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積み重なった臨床データを、次の医療の可能性へ。順天堂大学・ソフトバンクらが取り組む医療AI基盤整備

AIの活用が社会に広がる中、医療現場でAIを活用するには、優れたAIモデルだけでなく、質の高い医療データを安全かつ適切に扱うための基盤が欠かせません。こうした医療AIの基盤づくりに向けて、順天堂大学、株式会社HEMILLIONS、ソフトバンク株式会社などが連携し、医療データとAIを活用した研究と社会実装に共同で取り組んでいます。

写真左から
株式会社HEMILLIONS システム開発部 システム開発課 課長
馬目 慎太郎(まのめ・しんたろう)さん

順天堂大学大学院医学研究科総合診療科学教授、AIインキュベーションファームセンター長
矢野 裕一朗(やの・ゆういちろう)さん

順天堂大学大学院医学研究科総合診療科学 准教授 AIインキュベーションファーム副センター長 藤林 和俊(ふじばやし・かずとし)さん

ソフトバンク株式会社 次世代戦略本部 医療ソリューション事業部 ソリューション開発課 課長
飯沼 直祥(いいぬま・なおあき)

SB Intuitions株式会社 事業戦略本部 事業戦略部 事業開発マネージャー
硴﨑 裕晃(かきざき・ひろあき)さん

バラバラな医療データをどう整える? AI活用の土台となるデータ基盤

順天堂大学、HEMILLIONS、ソフトバンクは、2025年12月1日から2028年11月30日にかけ、医療データを統合した「データレイク基盤」をクラウド上に構築し、AIやLLM(大規模言語モデル)の活用を含めた研究・社会実装を目指す共同研究講座「医療AI・デジタルイノベーション」を設立し、研究に取り組んでいます。また、国産生成AI「Sarashina」を開発するSB Intuitionsも参画し、AI・LLMを活用した検証を進めています。

医療データとAIを活用し、医療現場への実装と病院外との連携を目指す

今回の共同研究講座の目的を教えてください。

順天堂大学・矢野さん 「大きく3つあります。1つ目は医療情報の利活用です。順天堂大学には6つの附属病院があり、日々、電子カルテに膨大なデータが蓄積されています。これらのデータは目の前の患者さまの診療はもちろん、研究や治療ノウハウとして構造化・分析することで、医療界全体の課題解決に貢献する可能性を秘めています。データ利活用による最新の知見や医療モデルを広く社会へ還元・展開することで、順天堂の病院に通うことが困難な地域の方々も含め、より多くの人々に質の高い医療が行き渡る社会の実現を目指します。

2つ目は、医療に特化した大規模言語モデルをどのように診療で活用していくかを検討することです。モデルの性能だけではなく、どのような場面で、どのように使えば安全かつ有効なのか、業務の流れも含めて検討していきます。

3つ目は、病院の中と外をつなぐことです。これまで病院は、病気になってから訪れる場所という側面が強くありました。これからは日常生活と医療の間にある壁をなくしていくことが重要になります。病院の外との接点を多く持つソフトバンクなどと連携しながら、新しいヘルスケアの形を考えていきたいと思っています」

ソフトバンク・飯沼 「ソフトバンクのグループ全体で進めているAI戦略を、実際の医療現場で形にしていくことが大きな目的です。日本有数の医療機関である順天堂大学とともに、ソフトバンクだけではなく、グループが持つAIやクラウド、医療データ基盤などを掛け合わせながら、医療現場でAIを実装していきたいと考えています」

SB Intuitions・硴﨑さん 「SB Intuitionsではこれまで汎用的なLLMを開発してきましたが、医療や製薬、金融、製造など、産業ごとの領域にも国産モデルを広げていこうとしています。医療分野での最初の取り組みとして、順天堂大学との共同研究を進めています」

医療データを活用する上で、現在の医療現場にはどのような課題があるのでしょうか?

順天堂大学・藤林さん 「順天堂大学の病院では、複数のベンダーの電子カルテを使っています。電子カルテごとにデータの持ち方も異なるため、共通化するハードルが高いのが実情です。これは、順天堂大学だけの問題ではなく、日本全体の課題でもあります。例えば、最近ではできるようになったのですが、以前は、風邪をひいて近くのクリニックで薬を処方してもらった後に別の病院へ行っても、その薬の情報が自動的に分かるわけではありませんでした。今でも患者さん自身が『この薬を飲んでいます』と伝える必要がある場合もあります。それくらい、日本では医療データの連携ができていないのが現状です」

異なる電子カルテのデータの「標準化」が、医療AIの土台に

では、異なる電子カルテのデータを、どのように活用できる状態にしていくのでしょうか?

HEMILLIONS・馬目さん 「HEMILLIONSでは、さまざまな電子カルテやシステムから医療データを収集し、標準化して、安全に利活用できる基盤づくりに取り組んでいます。順天堂大学の6つの病院でも電子カルテのデータ形式やシステムが異なるため、それぞれのデータを標準化するための基盤の構築に取り込んでいきます。その上で、集まったデータとAIなどを組み合わせて、研究や診療、産業連携に使っていただく。さらに、研究成果を社会実装していくためのプラットフォームまで一気通貫で提供することを目指しています」

データを標準化する上では、どのような難しさがありますか?

HEMILLIONS・馬目さん 「医療データには標準規格がありますが、規格を決めれば自動的に全てのデータが整うわけではありません。病院や電子カルテによって、記録されている項目やデータの形式が異なるためです。例えば『このデータが入っていないので出してください』『この項目は標準規格にはないので別の形式で取得しましょう』といった詳細な調整を、電子カルテのベンダーと一つ一つ確認する必要があります。データ項目の意味や形式を照らし合わせてマッピングしていく、かなり地道な作業も必要になります」

順天堂大学・藤林さん 「米国では、大手の電子カルテのベンダーが大きなシェアを持ち、標準化された大量のデータを活用できる環境があります。そこにAIを組み合わせることで、患者さんの状態だけではなく、病床の稼働状況や患者数の予測、人員配置など、病院運営そのものの最適化にもデータが使われています。
日本では電子カルテのデータがそれぞれの病院に分散しているのが現状です。まず、順天堂大学で6病院の電子カルテのデータを統合できれば、他の病院にも応用できる仕組みにつなげられると考えています」

長年の医療AIの課題にLLMの登場が変化をもたらす

医療データを集めて標準化した先で、その価値を引き出す役割を担うのがAIです。中でもLLMの登場は、長年研究されてきた医療AIが抱えていたデータ活用の課題を大きく変える可能性があります。

長年続いてきた医療AI研究。実用化を阻んできた「データ」の課題

医療分野でAIが注目されるようになったのは最近のことなのでしょうか?

SB Intuitions・硴﨑さん 「実は、医療AIには非常に長い歴史があります。AIの研究が盛り上がるたびに医療AIも注目され、何度も実用化が試みられてきましたが、これまで大きな課題とされてきたのはデータです。従来は、ある特定の目的のAIを作るためには、その目的に合わせたデータセットを準備する必要がありました。医療には非常に多くのユースケースがあるため、それぞれにデータを用意していてはスケールしません。データ整備の負担や投資対効果が壁になっていました」

生成AIやLLMの登場によってその状況が変わったということですね。

SB Intuitions・硴﨑さん 「そうです。LLMの登場によって、形式が異なるデータを学習に活用したり、一つのモデルをさまざまなユースケースに使ったりできる可能性が出てきました。集めたデータをAIで標準化、構造化してデータセットを作る。そのデータを解析することで新しい知見を得るだけでなく、学習にも還元してAI自体の性能をさらに高めていく。そうしたフィードバックループを作れるようになってきたことが、大きな変化だと思います。

どの業務にどのようなAIが適しているのかは、これから順天堂大学の先生方と実際の医療現場で検証しながら見つけていきます」

順天堂大学・藤林さん 「医療データの標準化には、どうしても限界があります。さらに、日本国内だけで標準化すればよいわけではなく、世界の標準にもあわせていく必要があります。日本語で記述されたデータをグローバルなデータにつなげていく上でも、生成AIは重要になると考えています」

研究成果を実際の医療現場へ広げていくために、ソフトバンクはどのような役割を担うのでしょうか?

ソフトバンク・飯沼 「共同研究で成果が出て、『研究ができました』で終わらせるのではなく、成果を実際の医療現場で活用し、その結果をまたフィードバックしていく。研究から社会実装までを一つのサイクルとして回していくことが、ソフトバンクの大きな役割だと考えています。

HEMILLIONS社と協力し、まずは順天堂大学の6つの病院で異なる電子カルテのデータを統合し、AIやLLMを活用できる環境を整えていきます。その上で、確立した仕組みや成果を他の病院にも応用していきたいと考えています。異なる電子カルテのデータを標準化する仕組みを作ることで、『この電子カルテを使っている病院でも導入できる』という形で展開できる枠組みを作っていきたいですね」

医療AIで「国産LLM」を活用することには、どのような意味があるのでしょうか?

SB Intuitions・硴﨑さん 「医療や金融のような産業では、海外製モデルを継続的に利用できなくなるリスクも考える必要があります。海外のモデルを使うことが適しているケースも当然あります。一方で、国内でゼロから開発したフルスクラッチのモデルを持ち、モデルの中身を把握した上で追加学習までできるプレーヤーが存在することは、日本の医療を安定的に支えるという意味でも重要だと考えています。

今回の共同研究では、医療現場で実際にSB Intuitionsが手掛ける国産生成AI『Sarashina』を使っていただき、評価を受け、そのフィードバックからモデルを改善するサイクルを回していきたいと考えています」

機微な医療データを守り、安全性と透明性を両立する仕組みづくり

医療データは非常に機微な情報です。患者のプライバシーを守りながら、どのようにデータを活用するのでしょうか?

順天堂大学・藤林さん 「次世代医療基盤法※のもとで、まずは利用が認められた匿名加工医療情報などの活用から始めることを考えています。データを外へダウンロードせず、安全な環境の中で解析できる仕組みを構築することで、データが外部へ出るリスクを抑えながら、研究者が必要な分析をできる環境を整えていきます。

セキュリティでは、失敗しないことを目指すのは当然です。その上で、あらゆる事態を想定して患者さんの個人情報が外へ流出しない形からスタートすることが重要だと考えています。まず匿名加工された情報から始め、個人情報の活用については段階を踏んで慎重に進めていきます」

  • ※
    次世代医療基盤法:2018年に施行。内閣府を中心に文科省・厚労省・経産省が推進し、医療機関などが持つ健康・医療情報を、個人が特定できないよう加工し、研究開発などに活用するための法律。安全なデータ活用を通じて、新薬や治療法の開発、医療の質向上につなげることを目的としています。

患者自身が、自分のデータが何に使われるのかを確認できる仕組みも必要になりそうですね。

HEMILLIONS・馬目さん 「医療情報は非常に機微な情報なので、不透明な部分があると患者さんの信頼を損ないかねません。アプリケーションを通じてデータ利用について説明し、同意を取得する仕組みを考えています。

患者さん自身が『自分は何に同意しているのか』をいつでも確認できるようにするほか、利用してほしくない場合には、その意思も示せるようにする。さらに、その同意情報に応じて、『この研究にはこの患者さんの匿名化したデータを利用できる』といったアクセス権限をシステム側で制御します。患者さんへの透明性と、データを扱う側のガバナンスの両方を整えることが重要です」

この基盤が整った先には、どのような医療やヘルスケアの未来を描いていますか?

順天堂大学・矢野さん 「まず考えなければならないのは、病院にあるデータは、その人の『ウェルビーイング』の全てではないということです。病院には、病気になって受診したときの情報はありますが、病院へ来ていない期間の情報はありません。退院後に別の病院でリハビリをしたり、在宅医療へ移ったりしたときの情報も十分に連携できていません。病院の中のデータだけではなく、その外にあるデータをどのようにつないでいくのか。日常生活との接点を持つソフトバンクなどと連携する意味は、そこにあると思っています」

将来的には「デジタルツイン」のような世界も見据えているのでしょうか?

順天堂大学・矢野さん 「最終的には、現実の人の状態をデジタル空間上に再現するデジタルツインが一つのゴールになると思っています。ただ、ゼロからいきなり全てを作ることはできません。まずは病気や医療に関するデータから、どこまで一人の状態をデジタル上で再現できるのか。データを集めるには、患者さんや利用者自身が、自分の健康や暮らしにどう還元されるか、という明確なメリットと魅力を実感し、自ら進んで提供したくなる仕組みが不可欠です」

順天堂大学・藤林さん 「そこは非常に重要だと思っています。例えばウェアラブルデバイスも、今は『健康のために睡眠や歩数を測る』という使い方が中心ですが、それだけではご自身の医療データとなかなか連携できないですよね。皆さんがご自身のデータを取ることを身近に感じてもらい、自然にデータが集まる。そのデータを医療データと統合することで、新しいヘルスケアが生まれてくる可能性があります。医療と日常生活が融合し、日々のウェルビーイングにつながることで、皆さんが自然な形でヘルスケアに関われる。そういう世界を作ることが、次世代の医療につながるのではないかと思っています」

ソフトバンク・飯沼 「ソフトバンクは、グループ全体で日常生活の中でユーザとさまざまなタッチポイントを持つサービスが数多くあります。その中で、これまで十分につなげられていなかったのが医療データだと思っています。順天堂大学との取り組みを通じてそこをしっかりとつなぎ、一人一人が自分のデータが健康や暮らしに役立つことを実感しながら、日常生活の中で自然にヘルスケアに関われる仕組みや、その先にあるワクワクする体験を一緒に作っていきたいと考えています」

SB Intuitions・硴﨑さん 「患者さんの生活は病院の中だけで完結するものではなく、健康管理や金融、保険など、さまざまな領域と関わっています。それぞれの領域に適したAIモデルを提供しながら、将来的には領域を横断してデータを活用できる世界を目指します」

HEMILLIONS・馬目さん 「医療現場に分散しているデータを収集・標準化し、安全に利活用できる基盤を整えていきます。その上で、研究や診療など用途に応じてデータを活用できる環境を提供し、共同研究で生まれた成果を実際の医療現場で使える形にしていきたいです。さらに、ここで作った仕組みを、同じ課題を抱える他の病院にも展開していければと思います」

医療機関に蓄積されたデータを安全に集め、整え、AIで活用する。そして、その成果を医療現場へ戻し、さらに病院の外へ広げていく。順天堂大学、HEMILLIONS、ソフトバンクなどによる取り組みは、医療AIの社会実装と、その先にある新しいヘルスケアの形を見据えて進んでいます。

(掲載日:2026年9月25日)
文:ソフトバンクニュース編集部