なぜ脳は、物事を学ぶことができ、学んだことがないことにも予測や推論ができるのだろう。
こんな脳特有の仕組みをコンピューターに活用できないか。
ソフトバンク株式会社の先端技術研究所と東京大学の池内与志穂 准教授が共同研究を行い、iPS細胞を使って作る小さな人工の脳組織を培養し、コンピューターのアクセラレーターとして利用する「BPU(Brain Processing Unit:ブレイン・プロセッシング・ユニット)」の成果について発表しました。
目次
iPS細胞から培養した脳オルガノイドをコンピューターに活用
世界中で多くの研究者が、その解明を追求し続けている「脳」。AIの分野でも、脳の構造を数理的・物理的に再現したニューラルネットワークやニューロモーフィックコンピューティングなど、脳の特性を活用した技術が注目されています。さらに、AIのモデル分野でも、外界(世界)の情報からその構造を学習する「世界モデル」など、脳の特性を取り入れた活動が盛んに行われています。

「脳オルガノイドは、iPS細胞を培養して生成した小さな脳の組織体のこと。人の脳と同様に、活動時に電気信号を発し、電気で刺激することによって活動が変化する。さらにはこの刺激によって、脳オルガノイドがなんらかの学習を行っていることがわかってきた。従来のコンピューター技術と同様に入力した情報に対して処理をし、出力するという構造になる。このような特性を利用し、次世代のコンピューティング技術『BPU』として活用できるのではないかという仮説の検証を行ってきた」と、先端技術研究所 先端5G高度化推進室 室長の朝倉慶介が研究の背景を説明。
先端技術研究所 先端5G高度化推進室 室長の朝倉慶介
「BPU」の特長として、従来の半導体と比べて圧倒的に省エネルギーであること、少ないデータで学習が可能で、事前に学習をさせずとも、これまでの経験から推論ができる高効率な学習の2つを挙げました。「これらにより、未知の環境でも省エネルギーで迅速に適応でき、次世代のアクセラレーターとして期待されている。従来のCPU、GPU、QPU(量子プロセッサ)に続く新たな技術として、BPUが未来のコンピューター技術の鍵になるのではないか」と、未来への可能性について期待を寄せました。

脳オルガノイドは学習できるのか
先端技術研究所 先端5G高度化推進室 企画推進課 研究員の杉村聡太は、「脳オルガノイドは、外部からの刺激により神経細胞のつながりが変化することで学習する」と言います。「脳オルガノイドを電極デバイスに設置し、異なる電気刺激を与えて活動の変化を観察。一定の刺激では学習に相当するパターンが形成されることを確認した」と説明しました。

次に電気刺激を通じて脳オルガノイドに、バーの間にボールを通す簡単なゲームを実施しました。成功時には報酬刺激、失敗時にはペナルティ刺激を与えるフィードバックループを構成し、学習効果を測定。結果として、成功率は前半より後半で1.5倍向上しました。この研究により、脳オルガノイドが電気刺激を通じて学習可能であることが示されました。
先端技術研究所 先端5G高度化推進室 企画推進課 研究員 杉村聡太
脳オルガノイドを活用し、脳機能の解明を目指す
ソフトバンクと共同で研究を行っているのは、東京大学 生産技術研究所の池内与志穂 准教授です。分子細胞工学を専門に、脳オルガノイドを活用し、脳機能の解明を目指して研究を行っています。
iPS細胞を用いた脳組織の作製では、「1mm〜1cm程度の大きさの神経細胞やグリア細胞を含む複雑な3次元構造を形成するなど、脳組織に近いものができ始めている」と現状を説明。「過去10〜15年で、脳のさまざまな領域を再現する技術が飛躍的に進歩したものの、実際の脳の大きさや複雑さには及ばず、全体を完全に模倣することは依然として困難である」と課題についても触れました。
東京大学 生産技術研究所の池内与志穂准教授
この課題に対応するための新しいアプローチとして、特に注目されるのは、異なる脳領域を接続するマクロスコピックな回路の再現を目指す試みです。ゴムの型を使用してオルガノイド間を軸索で接続する方法により、局所的な回路と大規模な回路の両方を模倣できる可能性があります。

また、複数の脳オルガノイドを軸索で連結したコネクトイドは、単一のオルガノイドよりも複雑で活発な神経活動パターンを示します。この成果をもとにBPUの基礎となる、学習するために必要な素地や感覚、脳の自己組織化能力の解明を目指しています。
脳オルガノイドはBPUとして、まだ生まれたばかりの赤ちゃん
脳オルガノイドの接続が学習能力に与える影響の検証として、単一のオルガノイドを「ソロ」、2つのオルガノイドを接続したものを「デュオ」、3つのオルガノイドを接続したもの「トリオ」を比較。実験では、これらのオルガノイドに2種類の刺激を与え、約1カ月間にわたって活動データを収集し、AIモデルを用いて刺激の種類を分類しました。
結果は、ソロとデュオの分類精度は50〜60%程度で推移したのに対し、トリオは最終的に80%以上の精度を達成しました。さらに、より高度なAIモデル(CNN)を用いて解析すると、デュオとトリオの性能はさらに向上し、最終的には100%近い精度を示しました。

杉村は、「現状の脳オルガノイドは、まだBPUとしては初期段階で、人間の脳で例えると、赤ちゃんの段階。培養技術と解析技術の進歩により、将来的にはより高度な機能を持つBPUの実現が可能になると考えている。脳オルガノイドの発達段階に応じて、小型・省エネのエッジ向けセンサーからロボットの運動制御、さらには自動運転や創造的な領域まで、さまざまな応用が可能になってくるのではないか」と研究結果について現状と未来への展望を語りました。

今回の研究は、生物学的な神経システムを活用した新しい計算技術の可能性を示唆しており、神経科学とAIの融合領域における重要な一歩となっています。これらの仕組みを利用した展示イベントが、恵比寿の会場にて開催中です。
ソフトバンク・真鍋大度・東京大学 特別展
BrainProcessingUnit - 生命とコンピューターが融合する未来 -

東京大学池内研究室と取り組んでいる脳オルガノイド研究の最新成果の紹介や、真鍋大度氏による脳オルガノイドを用いた作品展示を実施します。
開催日時:2025年2月1〜9日
(掲載日:2025年2月5日)
文:ソフトバンクニュース編集部