CSRトピックス 2009年

障がいのある子どもの学習に携帯電話を役立てる 「あきちゃんの魔法のポケットプロジェクト」

障がいのある子どもの学習や社会参加を支援するツールとして、携帯電話の活用を促進しようと、東京大学 先端科学技術研究センターとソフトバンクモバイル株式会社は、事例研究の成果をとりまとめた「障がいのある子どもたちのための携帯電話を利用した学習支援マニュアル」を発行しました。このプロジェクトの中心となってご協力いただいた、同センター 人間支援工学分野の中邑 賢龍(なかむら けんりゅう)教授に、インタビューしました。

「あきちゃんの魔法のポケットプロジェクト」が開始されるまで

インタビュアー:
携帯電話を活用した、認知やコミュニケーションに困難のある子どもたちの学習支援の事例研究を行う「あきちゃんの魔法のポケットプロジェクト」は、2009年6月に開始されました。プロジェクトの名称には、取り組みのきっかけや目的が表されているそうですね。
中邑:

今から十数年前に、自閉的傾向のある小学校3年生の男の子に出会いました。その男の子がパニックを起こしたので、「どうしたの。理由を言ってごらん」と尋ねましたが、まったく落ち着きません。そこで彼に、電子手帳を貸してみたところ、「べんきょうがながい。はやくあそぼう」と文字を打ち込んで私に指し示しました。パニックには相応の理由があったのです。この出来事を通して、口頭による意思疎通が難しい人とでも、電子ツールを使うことでコミュニケーションが図れるということに気付き、以来、障がいのある子どもが電子ツールを使ってコミュニケーションをとるための研究を続けています。この子どもがプロジェクト名のもとになった“あきちゃん”です。


あきちゃんが常に持ち歩いていた電子ツール

その後、あきちゃんは、鞄の中に常にたくさんの電子ツールを持ち歩くようになりました。時計の時刻を合わせるためのラジオ、用途別の電卓3台、文字を書いて人とコミュニケーションをとるための電子手帳、遠く離れた人に「あ」「あ、あ」といった発話で意思疎通を図るための携帯電話、それからPDA*1。これだけのものを教室のテーブルの上に置くことは難しく、また買いそろえるにも高額の費用が必要でした。それが今や携帯電話1台で、しかも簡単な操作で、これらの全ての機能を使えるようになったのです。

携帯電話は、障がいのある子どもたちの学習やコミュニケーションを助ける優れた機能をたくさん備えています。しかし、多くの学校の先生がその事実を知りません。これらの優れた機能が学習に活用されないままになっているのはもったいない。そこで、私たちが主催する「障がいのある高校生・高卒生のための大学体験プログラム“DO-IT Japan”」において、事務局用の携帯電話の貸し出しや企業訪問授業の受け入れで協力していただいていたソフトバンクモバイル株式会社に相談を持ちかけたところ、ICT*2を活用した次世代の育成支援について模索していた同社と思惑が合致し、共同で取り組んでいくことになりました。「あきちゃんの魔法のポケット」というプロジェクト名称には、携帯電話が、障がいのある子どもの学習や社会参加を支援するさまざまな機能の詰まった「魔法のポケットのように便利なもの」として広く活用されるように、という願いを込めています。


視覚的に残り時間を表示する携帯電話のタイマー機能を使って、時間の経過を把握する子ども
インタビュアー:
携帯電話に備わる機能は、障がいを持つ子どもの学習にどのように役立つのでしょうか。
中邑:

携帯電話には、メモをとる際に使えるさまざまな機能がありますが、実際どのくらいの人が使っているでしょうか。世の中には、「ペンと紙でメモをとる」という行為が困難な人がたくさんいます。鉛筆を持つことができない肢体不自由の人、文字を書くことが困難な知的障がいの人、手先が極端に不器用でペンで判読可能な文字を書くことが困難な人、文字が見えない視覚障がいの人などです。それぞれ障がいの種類は違いますが、「ペンと紙でメモをとる」ということが難しいという点は共通しています。携帯電話の録音、メモ帳、カメラといった機能を使って、ペンと紙にとらわれずに「メモをして、後で確認する」ことができるようになることは、そうした困難を持つ人々にとって大きな助けになります。

ところが、多くの人が持っている携帯電話の中にそうした便利な機能が入っているのに、それを必要としている人たちに活用されていません。そこで、今年の6月から、認知やコミュニケーションに困難がある子どもたちにソフトバンクモバイルの携帯電話を実際に使ってもらい、活用事例の研究に取り組んでいます。

事例研究を通して見えてきた成果と課題


音声読み上げ機能を使って読書をする子ども
インタビュアー:
実際に携帯電話を使った子どもたちの様子はいかがでしたか。
中邑:

事例研究に参加した子どもの親御さんからは、「子どもが変わった」という声が寄せられました。なかには、音声図書を読み、SNSで感想を毎日送ってくれる読み書き障がいの子どももいます。読み書きは困難でも、耳で聞いて、電子ツールに入力すれば、本を読んで感想を書くことができます。そのほかにも、同じく読み書き障がいの子どもで、携帯電話を使ううちに、新しい言葉を難なく覚えていった事例や、携帯電話の英語のアプリケーションから英単語に興味を持つようになった事例がありました。

携帯電話の特長は操作が簡単なこと。子どもたちはどんどん使い方を覚えていきます。パソコンと違って電源を入れて準備をする手間もありません。勉強には楽しさも重要です。楽しんで一生懸命になっているうちに、辞書を引いてみようと思うなど、勉強に対するモチベーションも高まります。例えば、コミュニケーションや記憶が苦手で、「週末は何していたの?」と聞かれても上手に説明できなかった子どもが、携帯電話で撮影した写真を見せることで説明できるようになるのです。携帯電話は、大変な努力をしなくても簡単にそうしたことができる素晴らしいツールだと思います。これまで、苦手を直すのではなく別の手段をとることは、安易な方法だと考えられてきましたが、そのような認識も変化しつつあると感じています。


携帯電話の辞書機能を授業で活用する子ども
インタビュアー:
障がいのある子どもの学習に携帯電話を役立てるためには、学校の理解・協力が不可欠だと思います。事例研究ではその点は円滑に進みましたか。
中邑:

「障がいのある子どもにとって携帯電話が重要なツールである」という私たちの認識は、親御さんや学校にも同様にありました。ところが、現在はルール上、学校への携帯電話の持ち込みが難しい状況になっています。携帯電話は、学習やコミュニケーション、生活管理に困難のある子どもたちにとっては、大きな助けになるツールですので、これは大変残念なことです。ソフトバンクモバイルが情報モラル授業プログラム「考えよう、ケータイ」に取り組んでいますが、学習における携帯電話の活用普及を目指して、携帯電話を安全に正しく使うためのリテラシー教育など、学校現場に納得してもらえる活動が必要だと考えています。

学習での携帯電話の利用は、むしろ途上国の方が早く広まるのではないかと考えています。先日、タイとアフリカのマリで開催されたITU-D(ITU電気通信開発部門)*3の会議で、開発途上国向けに「あきちゃんの魔法のポケットプロジェクト」のプレゼンテーションを行ったところ、携帯電話という身近なツールをそのまま活用して実現できるという点に注目が集まり、大きな反響がありました。パソコンを利用できるほどのお金や電源がない人々も、携帯電話を利用できるという社会背景があるようです。参考書や辞書を買えない子どもにとって、携帯電話が辞書の役割を果たすものになる可能性もあります。“障がい”というくくりではなくて、“困難を持っている”という視点で活用法を考えれば、日本においても携帯電話の可能性はさらに広がるように思います。

障がいのある子どもの学習への活用を広めていくために

インタビュアー:
事例研究の成果を事例集としてまとめたのが、「障がいのある子どもたちのための携帯電話を利用した学習支援マニュアル 〜あきちゃんの99の魔法のポケット〜」という小冊子ですね。
中邑:

この学習支援マニュアルには、携帯電話の17種類の機能*4について、9つの障がい*5ごとの活用法をまとめたマトリックス形式の一覧表を掲載しています。一覧表の一部は、あえて空欄にしています。なぜなら、この一覧表は、携帯電話のどの機能がどの障がいに役立つのかという視点を提示するものですので、障がいのあるご本人や、学校の先生、親御さんをはじめ、このマニュアルをご覧になる皆さんに活用法をもっと考えていただきたいという思いがあるからです。学習支援マニュアルは、東京大学・学際バリアフリー研究プロジェクトのWEBサイトからダウンロードできますので、ぜひご覧ください。冊子版をご希望の方は電子メール(特定非営利活動法人e-AT利用促進協会、info@e-at.org)でお問い合わせください。

インタビュアー:
学習支援マニュアルの内容をどのように普及していこうとお考えですか。
中邑:

2009年12月4日〜6日に開催された、障がいのある人やそのご家族、学校・福祉関係者などおよそ2,000人が参加する「ATACカンファレンス2009 京都」*6で、「あきちゃんの魔法のポケットプロジェクト」と携帯電話の活用法マニュアルについて計4回のセッションを行いました。誰にとっても身近な携帯電話を活用しようという試みに関心が集まり、延べおよそ300人もの方々に、セッションへ参加していただきました。セッションでは、iPhone™の35種類のアプリケーションを紹介。参加者の皆さんには、実際にiPhoneを操作していただきながら、どの機能がどのような障がいのある人たちの助けになるかを一緒に考え、意見やアイデアを発表していただく場としました。

今後は、ソフトバンクモバイルと共同で、携帯電話を活用した学習支援の啓発活動にいっそう力を入れていきます。次年度に向け、障がいのある人や、保護者、学校関係者、社会福祉士を対象とするセミナーの開催を計画中です。参加者の皆さんで、実際の活用方法について考えていただき、家庭で実践するきっかけ作りをしていきたいと考えています。

(掲載日:2009年12月28日)

[注]
  • *1PDA(Personal Digital Assistant):スケジュール、ToDo、住所録、メモなどの情報を携帯して扱うための携帯情報端末。
  • *2ICT( information and communication technology):情報通信技術。
  • *3ITU-D(ITU電気通信開発部門):電気通信に関する国際標準規格を策定する「国際電気通信連合」の一部門で、開発途上国での電気通信技術の発展を目的とする活動を行っている。
  • *4電子メール、カメラ、音声録音、メモ帳、ネット検索・辞書、タイマー/スケジュール/リマインダー/アラーム、音声再生、通話(スピーカーフォン)、GPS、電子マネー、音声読み上げ、文字サイズの変更、反転表示、予測変換・仮名漢字変換入力、音声入力、バイブレーション機能。
  • *5軽度知的障害・知的障がいを伴う自閉症、聴覚障害、高機能自閉症・アスペルガー症候群、構音障害、読み書き障害(ディスレクシア、ディスグラフィア)、視覚障害、注意欠損多動性障害(AD/HD)、記憶障害、肢体不自由。
  • *6障がいのある人や高齢者の自立した生活を助ける電子情報支援技術(e-AT)とコミュニケーション支援技術(AAC)の普及を目的に開催されるカンファレンス。専門家のセミナー、実践紹介、当事者自身による発表、障がい疑似体験、世界の最新動向紹介など約80のセッションを自由に選択して学ぶことができる。
  • *Apple、Appleのロゴは、米国および他国のApple Inc.の登録商標です。
  • *iPhoneはApple Inc.の商標です。
  • *iPhone商標は、アイホン株式会社のライセンスに基づき使用されています。
  • *iPhone 3Gは単独の通信業者のサービスでのみお使いいただけるよう設定されている場合があります。
  • *内容は掲載当時の情報です。記載されている会社名、サービス名、肩書などは現在と異なる場合があります。