皆さんは「量子力学」や「量子コンピューター」がどんな分野に使われていくのか、想像できますか?
国連が2025年を「国際量子科学技術年」と定めるなど、今や世界の技術者によって、自然現象や宇宙、情報通信などの分野で実用に向けた研究や実証実験が進められています。
「IBM Community Japan」が主催する「ナレッジモール研究」において、ソフトバンクの技術者が率いるチームが量子コンピューターの研究で優秀賞に選ばれました。どんな研究をしたのかご紹介します。
ソフトバンク株式会社 データ基盤戦略本部 ソリューション設計部 量子技術推進課
木南 雅彦(きみなみ・まさひこ)
2003年にソフトバンクBB株式会社(当時)入社。IP電話システムの構築保守運用、法人向け通信サービス導入支援、新規事業の企画推進などを担当。学生時代は物理学で修士課程修了の経歴を生かして、2023年より量子HPC連携プラットフォームのプロジェクトに参加。現在、量子技術の事業化を担当。
IBM Community Japanの「ナレッジモール研究」は、企業、業界、世代の枠を超えたワーキンググループの仲間と自主的に行う共創研究活動のプログラムです。参加者が約8カ月間にわたって特定のテーマについて研究を行い、その成果を社会に広く発信することを目指しています。ソフトバンクの木南雅彦をリーダーとする9名は、「量子コンピューターの活用研究」で2024年度の優秀賞を受賞しました。
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量子技術により従来のコンピューターとの検知の差を1%に

「量子コンピューターの活用研究」とは一体どのようなものなのでしょうか?
日本アイ・ビー・エム株式会社が運営するIBM Community Japan(以下「IBM」)では、企業や業界、世代を超えて仲間と研究活動をするナレッジモール研究という取り組みをしています。大きく4つの分野があり、その中の技術探求分野のテーマの一つが「量子コンピューターの活用研究」です。毎年、少しずつサブテーマが違うのですが、今年は機械学習・量子化学計算・組み合わせ最適化への適用が挙げられていました。
この中で、われわれのチームでは、乳がんデータを使った量子機械学習への適用と、量子セルオートマトンをテーマにして取り組みました。
セルオートマトン
セルオートマトンとは、たくさんの小さな四角(セル)が並んだ世界です。各セルは白か黒のどちらかの色になります。時間が経つと、決まったルールに従ってセルの色が変わっていきます。
量子セルオートマトンは、量子力学の原理を応用したセルオートマトンの一種です。通常のセルオートマトンと同様に格子状のセルで構成されますが、各セルが量子的な状態(0と1の重ね合わせ)を持ちます。これにより、複数の状態を同時に処理できる超並列計算が可能となり、従来のコンピューターよりも高速な演算が期待されています。
8カ月にわたる研究開発で一番苦労したのはどんな点ですか?
研究テーマを何にするのか決めるのに一番苦労しました。
普段は違う企業にいるメンバーとは、予定がなかなか合わなかったので、オンラインで水曜日の業務終了後、翌週は金曜日の定時後に定例会を実施するなど、日程の工夫をしました。テーマについて話し合いをしていた中、メンバーの皆さんの量子コンピューターへの理解度がばらばらだったので、IBMのアドバイザーの方にいろいろ意見をいただき、各自アイデアを出し合って「量子機械学習」「量子セルオートマトン」という2つに決めました。
優秀賞に選ばれた評価ポイントを教えてください。
量子機械学習は、既存のコンピューターで行う機械学習より複雑で大規模なデータを効率よく計算ができると期待されています。ただし、現時点では、まだ研究段階のため、どのように適用すればよいのか参考資料が少ない状況でした。そこで、乳がんデータを基に分類する精度を上げるアルゴリズムの組み合わせを試し、どの組み合わせが最も精度が上がるか示しました。他のいくつかのデータセットでも精度向上を試みたところ、まだまだ事例が少ない中、試行錯誤して結果を出すことができました。

量子セルオートマトンは、格子状に区切られた複数の区画(セル)が時間とともに変化する古典的な数理モデルを量子技術に拡張した研究です。パズルのようなライフゲーム※やシミュレーションにも応用が期待されており、こちらもまだまだ研究段階で事例が少ない状況です。おそらく2次元に拡張した事例はなかったため、私たちのチームが量子コンピューターを使って実行したという研究となりました。
- ※
ライフゲーム:数理モデルの1つで、碁盤のような格子(セル)上で生命の誕生、生存、死滅をシミュレートする単純なルールのコンピューターゲームのこと。
実は量子コンピューターの領域では、実際の量子コンピューターを使った研究自体が少ないのです。その中で、この研究では実機を使って結果を出したという点が、審査員の方から高く評価されました。また、量子コンピューターの活用に向けた基礎的な研究として、まだ事例の少ないテーマにチャレンジした点も評価していただいたようです。


従来のコンピューター(古典コンピューター)と量子コンピューターの違い
古典コンピューターは情報を「0か1」という2通りの状態で表す「ビット」を最小単位として扱っています。 これに対し、量子コンピューターは、量子力学の基本性質である「0と1の両方を重ね合わせた状態」をとる「量子ビット」を使って計算します。
新しい量子技術の研究成果を日々の業務にも応用
今回の研究に参加しようと思ったきっかけは何でしょうか?
2023年に、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)のプロジェクト「量子・スパコンの統合利用技術の開発」に、理化学研究所とソフトバンクが合同で採択され、現在、量子コンピューター(QC)とスーパーコンピューター(HPC)を高度に連携させる「量子HPC連携プラットフォーム」の実用化の推進を行っています。
研究開発は主に理化学研究所で行われていますが、その研究成果の実用化をソフトバンクが推進する上で、量子技術をより深く理解したいと思うようになりました。そんな折、IBMのナレッジモール研究のことを知り、上長にも相談して参加しました。
量子コンピューターとスパコンを連携利用するためのプラットフォーム研究開発プロジェクトを始動(2023年11月22日理化学研究所)
「ナレッジモール研究」のチームには、いろんなバックグラウンドの方が参加していますね。実際はどのように研究活動を進めたのでしょうか?
まず、参加メンバーのレベルが量子技術に関する知識レベルを合わせるために、『量子コンピューターの頭の中』という書籍をメンバーで輪読して理解を深めるところから始めました。それぞれ読む章を決め、解説資料を作って理解が難しいところを議論するという形式です。実際に量子コンピューターを操作することができるプログラミングの事例があるのですが、バージョンが上がってしまったため、そのままでは実行ができませんでした。そこで、変更が必要なコードをみんなで調べ、実行結果を共有して理解を深めました。
他にも、ハンズオンセミナーにメンバーで参加してテーマの探索をしたり、中には70冊も書籍を購入して勉強したメンバーもいるなど、次第にテーマが絞られてきました。
いったんテーマが決まれば、量子機械学習を担当するデータサイエンティストは、データセットを探してきて実行したり、量子セルオートマトンの担当は、さまざまな論文を調べてチャレンジする領域を見つけ出したり、それぞれ成果を出していきました。
チームメンバーの知識レベルも異なる上に、普段は違う企業にいる状況の中で、円滑に研究を進めるためにリーダーとしてどんな点を工夫しましたか?
それぞれの企業での業務があり、全員が定例に参加できないことが多くあったので、とにかく情報共有に努めました。オンラインのミーティングだけでは議論が進まないので、対面で議論をしたり、ハンズオンセミナーに参加できなかったメンバーには講師の方にお願いをしてオンラインセミナーを開催していただいたりもしました。やはりチームで作業をするには、顔を合わせるのとフォローアップが重要だと思いました。
また、最終選考に至るまで、2度の中間審査があり、審査員の方から初心者にもわかるように説明してほしいという意見がありました。そこで、輪読で学んだ基礎知識の部分と、活用に関する部分とに分けて資料作成をしたのですが、途中から全く活動に参加できないメンバーもいたので、基本的な説明をする部分をまとめてもらいました。
活用に関する部分は定例に参加したメンバーで議論し、よりブラッシュアップした成果にするなど、みんなで成果を出せるようにタスクを考えました。
8カ月もの間、普段の業務との両立は大変だったと思います。研究に参加したことは、普段の業務にどのように生かされていますか?
量子技術の分野は専門性が高く、さまざまなプレスリリースや研究成果を理解する必要があるのですが、この活動によって量子コンピューターへの技術的な理解がとても深まりましたね。
「量子HPC連携プラットフォーム」のプロジェクトでも理化学研究所の研究成果はかなり先進的で、今度どのような活用が期待できるのか、検討していく上でとても有意義な活動だったと思います。
2025年は国連が「国際量子科学技術年」を宣言しました。われわれのプロジェクトにもますます注目が集まると思います。量子機械学習や量子セルオートマトンだけではなく、量子化学や最適化問題など、活用が期待される分野がまだまだあります。今後も幅広く量子技術の活用の可能性を探っていきたいと思います。
掲載資料について

(掲載日:2025年2月3日)
文:ソフトバンクニュース編集部