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視界の“95%”が消える? 「ながらスマホ」の危険性を視線計測で検証

視界の“95%”が消える? 「ながらスマホ」の危険性を視線計測で検証

無意識のうちに「ながらスマホ」をしていて、歩行者や電柱とぶつかりそうになったり、階段を踏み外しそうになってヒヤッとしたりしたことはありませんか?

スマホの利用が当たり前になった今、この現代病は「百害あって一利なし」。交通事故や駅構内でのトラブル、転落事故など、ながらスマホが命に関わる事故やトラブルを引き起こす要因のひとつになっています。

人の視線を計測するといった科学的なアプローチで、ながらスマホの危険性を研究してきた愛知工科大学の名誉教授 小塚一宏さんにお話をお聞きしました。

携帯電話使用等に起因する交通事故件数と原付以上運転者の交通事故件数

(引用元:政府広報オンライン

2013(平成25)年から2018(平成30)年の5年間で、ながらスマホなど携帯電話使用に起因する交通事故の件数は約1.4倍に増加しています。全事故件数が減少する中での増加となり、ながらスマホが社会問題といえる理由のひとつとなります。

ながらスマホが引き起こす事故やトラブル。あなたのその行動が、一生の後悔を生むかもしれません

プロフィール

愛知工科大学 小塚 一宏(こづか・かずひろ)名誉教授工学博士
1968年名古屋大学工学部電子工学科卒。1973年に同大学院博士課程を修了し、株式会社豊田中央研究所に入社。自動車用エンジンの燃焼研究、ETC(自動料金収受システム)の基礎研究・開発などに従事。2002年、愛知工科大学工学部着任。2011年から2014年、工学部長・工学研究科長を勤める。IEEE International Vehicle Electronics Conference(IVEC)2001 Best Paper Award受賞、第12回ITSシンポジウム2014優秀論文賞受賞。著書に『ドライバー状態の検出、推定技術と自動運転、運転支援システムへの応用―分担執筆:ドライバーの挙動計測と運転への集中力の評価方法』(技術情報協会)など。

ながらスマホの視線計測に関する研究を始めた経緯を教えてください

車の運転中に携帯電話を使用する際の視線の動きを本格的に研究し始めたのは2004年。2008年に改正道路交通法が施行され、自転車走行時の携帯電話やイヤホンなどの操作が安全運転義務違反として明記されたことから、自転車についても車と同様に視線計測に関する研究を始めました。

ながらスマホによる事故は、いつ頃から増えたと感じますか?

スマホが急速に普及した2011年ごろからです。同年、駅のホームでのながらスマホでの事故発生の可能性を社会に発信するため、西武新宿駅で実証実験を行うことになったんです。2013年にはJR四ツ谷駅で小学生がスマホを見ていて線路に落ちるという事故が発生しました。本人はホーム下のくぼみに逃げて助かったものの、中央線が何時間も止まって大問題になりましたね。

その後、スマホを見ながら駅のホームを歩いていた人が線路に落ち、電車にひかれて亡くなるといった事故が頻発しました。実証実験以降、悪い未来を予見したように事故が相次ぐこととなります。

そのときの実験の内容を具体的に教えてください。

学生に視線計測装置をつけてもらい、一般客がいる西武新宿駅のホームを、スマホを操作しながら歩いてもらいました。学生には、ツイッターを見ながらホームを歩いてもらいましたが、新しい情報が次々入るため、それを追いかけようとして視線はスマホの画面に集中。画面を凝視している状態では、視界が20分の1になるという実験結果があります。つまり95%も視野を失っているんです。

実験中に、幼い子どもとお母さんの親子連れが学生の横を追い越して行く様子が視界に見えましたが、学生は子どもに気づきませんでした。視界に入ったから見えているというのは誤解です。視界に入った人、車などに視線が移動し、脳で認識されて初めて見えているといえます。

横断歩道での「ながらスマホ」視線検証

無タスクの場合(横断に約18秒)
視線移動範囲が広い、特に横方向に広くなっている。周囲の安全確認が十分可能で、状況変化に対応できる状態

通話しながらの場合(横断に約21秒、17%増加)
無タスクに比べ、視線の移動範囲がやや狭く 一見周囲の様子を見ているようでも、認識できていない、反応が鈍い、上の空の状態などが考えられ、安全確認として不十分。

SNSの読み取り・文字入力をしながらの場合(横断に約24秒、31%増加)
画面に視線が集中(視線の張り付き)。前方へは、時折先行する人を見る程度の視線移動。左右方向に視線が向けられず、危険な状態

ながらスマホでの事故が頻発する場所とその理由を教えてください

ながらスマホによる事故が発生しやすい場所はありますか?

駅のホームや横断歩道、大きな交差点、階段の上り下り、エスカレーターの乗り口と降り口ですね。朝のラッシュ時は、皆さん急ぎ足で同じ方向に歩きますよね。ところが、スマホを使っている人は30%くらい歩く速度が落ちるんです。歩行中に蛇行することもあります。ときには、エスカレーターの降り口で突然立ち止まることも…。皆が一斉に歩いている中で、誰かがそういう行動をとると、事故につながりやすくなります。

スマホで何をしているときが、最も事故につながりやすいのでしょうか?

統計は出ていませんが、ゲームやSNSの閲覧、地図アプリの操作などが考えられます。埼玉県草加市では、2017年に、地図アプリを見ていたトラックのドライバーが赤信号を無視して突っ込み、子どもをかばってお母さんが亡くなったという事故が発生しました。

2016年に愛知県一宮市で、ドライバーが運転中にゲームアプリを操作していて、横断歩道上の小学4年生を跳ねて死亡させるという悲惨な事故が起きました。愛知県西尾市でも昨年、同様の事故が起きています。ニュースやメディアでこれだけ注意喚起されていても「自分だけは大丈夫」と安易に考えて、ながらスマホをしてしまう人が多いということでしょう。

人は、同時に2つ以上のタスクを同等にできません!!!?

そもそもスマホの画面に意識が集中してしまうのはなぜでしょうか?

人間はマルチタスク(2つ以上の動作)をすると、本人が最も興味・関心のあるテーマに意識や視線が集中し、、判断に遅れが生じることもあります。運転に50%集中し、スマホの画面にも50%集中するといった器用なことは、大半の人はできません。つまり、車を運転しながらスマホを見ると、注意力が散漫になって、運転していることを忘れてしまうんです。歩きスマホも歩くこととスマホを見る、という2つの動作をするので同様ですね。

イヤホンをして、歩いたり自転車に乗ったりするときは、どれくらい視覚に影響があるのでしょうか?

「周囲の音が聴こえなくなる」といった理由で、自転車走行時にイヤホンの装着を禁止している地域は多いですが、実は聴覚だけでなく視覚にも影響が生じます。個人差はありますが、両耳にイヤホンをして自転車に乗る実験では、平均0.3秒ほど視覚認識が遅れることがわかっています。

時速10kmで走る場合、1秒間に2.8m進むわけですから、0.3秒間に70〜80cm進むことになりますね。ロードバイクなどスピードが出る自転車に乗っていれば、0.3秒で1m以上進む場合もあるでしょう。わずかな距離のように思えますが、ちょっとした認識の遅れによって、大事故が発生する可能性は否めません。

視線計測で、ながらスマホ時の視界を検証。人の意識の脆弱性が明らかに

この日は学生に協力してもらい、愛知工科大学のキャンパス内で、視線計測の実験を行いました。ながらスマホの視線計測の実験には、株式会社ナックイメージテクノロジーが販売するアイトラッキング装置を使用。人間の黒目の位置を検出し、「人がどこを見ているか?」を可視化・計測可能にする視線計測装置です。

アイトラッキング装置にはカメラが3つついており、額についている視野カメラで前方の風景を撮影します。眼前についている2つのアイカメラで黒目の動きを感知し、モニターに視線のマークを映しだす仕組みです。

愛知工科大学の学生に装置をつけてもらい、いよいよ実験スタート。まずは、歩きながらスマホを操作するときの視線の動きを計測していきます。

徒歩編! 徒歩編
階段編 階段編
自転車編 自転車編

① 徒歩編

スマホを操作していないとき(左の映像)

視線が小刻みに動き、広く周りを見ながら歩いていることがわかります。

スマホを操作しながら歩いたとき(右の映像)

視線が一点に集中し、視界が明らかに狭まっています。すれ違う人が大人だったため避けられたものの、幼い子どもとすれ違った場合は、スマホに気を取られて存在に気づかない可能性もあります。

歩きスマホの視線

② 階段編

スマホを操作していないとき(左の映像)

かなり先の段を見て、すれ違う人に注意しながら上り下りしています。

スマホを操作しながら歩いたとき(右の映像)

視線がぐっと手前寄りになり、すれ違う人に注意を払っていないことが視線の動きからわかります。被験者の学生は「ニュース記事を読みながら階段を下りていたら、いきなり人が来たからヒヤヒヤした」と話していました。

③ 自転車編

スマホを操作していないとき(左の映像)

視線を小刻みに動かし、道の先や左右を広く見ながら運転していることがわかります。歩行者にも注意し、ぶつからないように一定の距離を保ってすれ違っていました。

スマホを操作しながら歩いたとき(右の映像)

2、3メートル先の道路しか見えておらず、視界も狭くなりがち。被験者である学生は「避けられるかどうかギリギリのところで歩行者に気づくので、かなり危険だと思った」と話していました。「歩行者が避けてくれるだろう」という期待が、大事故につながりかねません。

「ながらスマホに対して“なんとなく危ない”という認識を持っているものの、なぜ危ないのか具体的に説明できる人は少ないでしょう。科学的なデータを用いて危険性を可視化することは、ながらスマホを減らすための第一歩です。

今回の実験では、ながらスマホによって視線移動範囲が狭まる(一般的に視野が狭くなる)ことや、前から来る歩行者に注意を払えていないこと、平衡感覚を失いふらつくことが明らかになりました。多少の個人差はありますが、スマホの画面に没入することで視界が狭くなるのは誰でも同じ。自分は大丈夫という過信は禁物です」

視線計測の匠が考える、ながらスマホを減らすための3つの方法

ながらスマホの危険性がこれだけ叫ばれているにもかかわらず、なかなか浸透しないのはなぜだと思いますか?

私は、ながらスマホを減らす方法は3つあると考えています。

その1. ユーザーのマナー・モラルの向上

歩きたばこは、条例ができてから10年ほどかけて浸透し、今では路上でタバコを吸いながら歩いている人をほとんど見かけなくなりました。ながらスマホも、ユーザーのマナー・モラルが向上すれば、徐々に減っていくと思います。

その2. 通信事業者共通の活動

通信事業者が一体となって「ながらスマホ」防止の活動をより積極的に行うこと。啓蒙活動やキャンペーンに加え、歩きながら使うときはロックをかける仕様についても検討を開始すべきかもしれません。

その3. 条例や法律による、ながらスマホ規制

車や自転車は、道路交通法でながらスマホが規制されていますが、歩行中に関しても条例や法律を設けるべきだと思います。ただし、例えば渋谷のスクランブル交差点のように人通りの多い場所で、誰がどう取り締まっていくか考えると、いまいち実効性に乏しい…。

そうすると、1つ目か2つ目が現実的な解決策といえるでしょう。通信事業者は社会的責任として、ながらスマホの防止策を進めていくべきだと思います。位置情報を正確に測れるGPS(衛星測位システム)や、加速度センサーなどの技術を掛け合わせた、ながらスマホの防止策を、できるだけ早めに進めていただくことを期待しています。

“いつものクセ”を見直すことが、「ながらスマホ」の防止策になる

ながらスマホがいかに危険であり、どうすれば防止につながるかについて、小塚先生に教えていただきました。事故は歩き慣れた道で、ある日突然起こります。自分が後悔するだけでなく、周りを事故に巻き込まないためにも、「スマホは立ち止まって操作するもの」という意識を持つことが大切です。加害者や被害者に絶対にならないでください。

脳神経科学の視点から、ながらスマホを考えるような研究も進んでいます

欧米の脳神経科学の最新研究を取材した本。その中に、スマホを操作してから運転に戻ろうとすると、正常な判断力・認識力が戻るまでに10〜15秒ほど時間がかかるという実験結果が載っています。人間はそう簡単に意識を切り替えられないということが、この実験結果からわかります。

  • 日本語版特別付録として、小塚一宏名誉教授による解説を収録。

「神経ハイジャック-もしも注意力が奪われたら(英知出版)」

(掲載日:2019年11月1日)
文:佐藤由衣
編集:エクスライト
撮影:山崎悠次

「歩きスマホ」の事故を防止するために

「ぶつかってきたのは、あなた。何も言わずに立ち去るのも、あなた。」歩きスマホをすると周囲の人とぶつかるだけでなく、さらに危険な事故につながる恐れがあります。

ソフトバンクは昨年度に続き、NTTドコモ、KDDI、楽天モバイルおよび全国の鉄道事業者45社局2団体とともに「やめましょう、歩きスマホ。」キャンペーンを実施します。

駅やホームでのスマートフォン・携帯電話のご利用は、あんしん・安全に。スマホマナー向上に、ご協力お願いします。

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