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あの日を知るからこそ伝えたい。東日本大震災で復旧対応に携わった社員が語り継ぐ、通信が担う責任と使命

災害時、通信は単なる連絡手段ではありません。家族の安否を確認する、避難情報を得る、救助を求める。通信は、人々の命と安心を支える重要な社会インフラの一つです。

東日本大震災から15年、熊本地震から10年が経過。当時、被災地で通信環境を確保するため、甚大な被害を受けた通信インフラの復旧に奔走したエンジニアたちがいます。震災を経験していない社員が増える中で、大規模災害の記憶を風化させないよう教訓を語り継ぎ、通信インフラの使命をつないでいく大切さについて話を聞きました。

話を聞いた人

村上 睦(むらかみ・むつみ)

エリア建設本部 東北ネットワーク技術部

東日本大震災では、宮城県のネットワークセンターで基地局保全に携わり、被災地での通信ネットワークの復旧に対応。現在もネットワークの運用に関わりながら、若手社員に対して災害対応の経験を伝えている。

通信インフラを担う責任感と現場の想像力を継承。災害経験を語り継ぐ理由

災害時に通信が果たす役割について、どのように捉えていますか?

災害が起きたとき、通信はより重要な役割を担います。家族の安否を確認したい、自分が無事だと伝えたい、避難所や支援の情報を知りたい、今いる場所が安全なのか確認したい、助けを求めたい。
災害で通信設備が被害を受けた際、通信ネットワークの復旧は、その先にいる人たちの命や安心を支える意味を持ちます。そこに、通信インフラを担う私たち社員の責任があると思っています。

東日本大震災や熊本地震、能登半島地震などの災害を経て、通信ネットワークの復旧設備や災害時の体制も年々進化してきました。それでも、当時の経験を若手社員に語り継ぐ必要があると感じるのはなぜでしょうか。

年数が経つにつれて、大規模災害の復旧対応を実際に経験した社員は少しずつ減っていきます。この先、万が一、南海トラフ地震や首都直下地震などが発生して通信設備が被害を受けたときに、復旧対応の中心を、今の若手社員もしくはそれ以降の世代が担う時代がやってきます。

衛星通信や可搬型基地局など、復旧設備やソリューションは東日本大震災の頃から大きく進化しており、熊本地震や能登半島地震などの経験も踏まえて、運用や体制をアップデートするとともに、社員も日頃から訓練を行っています。

ただ、災害対応で本当に難しいのは、マニュアル通りに動くだけでは対応しきれない状況が起きることです。情報が十分にそろわない中で判断し、何を優先するのかを決め、行動しなければならない場面があります。当時の経験を語り継ぐことで、若手社員には通信インフラを担う責任を感じてもらうとともに、いざというときのために「現地の状況を想像できる」ようになる必要があると感じています。

現地を想像する力がとても重要なのですね。

通信設備が被害を受け、通信障害が発生した際には、あらゆる手段を使って、一刻も早いネットワークの復旧を目指します。そのためには、現地がどのような状況になっているのかについて情報を集め、現場とコミュニケーションを取りながら「では、こうしよう」「次はこの方法でいこう」と臨機応変に判断していく必要があります。

このとき、現地の様子をどれだけ具体的に想像できるかが大事になります。机上では正しい判断に見えても、実際には動けないということが起こり得ます。道路は通れるのか、資材は届くのか、作業員は安全に動けるのか、避難所ではどのような状況が起きているのかなどをを想像できるかどうかで、判断や依頼の仕方、連携の取り方が変わってくると思います。

具体的にはどのようなことを語り継いでいるのでしょうか?

当時の経験を語り継ぐということは、単に震災の状況を伝えることだけではありません。
私たちが次の世代に伝えたいのは、被害の大きさそのものではなく、「通信インフラを担うとはどのようなことなのか」ということ。そして、想定を超える事象がいくつも発生し、十分な情報がない状況の中で何に迷い、何を優先し、どのように行動したのかという経験です。

経験の浅い社員にとって、大規模災害で通信設備に被害が出た際のネットワーク復旧は、訓練の中で学ぶものだけになりがちです。しかし、実際の現場では、訓練だけでは分からないことが数多く起きます。完全に同じ状況は起こらないかもしれませんが、将来、若手社員がその立場に置かれたときに、「以前、こういう話を聞いたな」と思い出して、考え、判断し、行動できる社員になってもらうことが目的です。

過去の災害時の経験はどのように若手社員に伝えているのでしょうか?

若手社員には、日頃から災害当時の話を少しずつ伝えるように意識しています。また、
私の所属する部署では、震災の記憶を風化させないための機会を毎年設け、次の世代へ継承していく取り組みをしています。東日本大震災が発生した当時の映像を見たり、経験者の話を聞くことで、若手社員が当時の復旧の過程を知り、自分ごととして捉える機会になっています。

マニュアルでは見えない被災地の現実

若手社員に通信事業者の使命を深く理解してもらうとともに、いざというときに「あのとき、こんな話を聞いたな」と思い出してもらいたいと話す村上。その背景にはどのような経験があるのでしょうか。

東日本大震災で実際に復旧対応にあたったそうですね。当時はどのような業務を担当していたのですか?

当時、被災地でもある宮城県のネットワークセンターで基地局の保全を行う部署に所属していました。災害時には、基地局の状況確認や発電機・電源車による電源供給や、協力会社への作業依頼、現場との調整など、通信ネットワークの復旧に必要なことを幅広く行っていました。

当時の被災地の様子はどのようなものだったのでしょうか?

東日本大震災のような津波による被害は経験がなく、初めて被災地を訪れたときには大きな衝撃を受けました。沿岸にある基地局の多くは、津波で流されていたり電気の供給ができなかったりして、通信がほとんどできない状況でした。

道路などの交通インフラにも大きな被害が出ており、電源車で石巻方面に向かったときのことは、今でもよく覚えています。津波の影響で道路の一部が冠水し、通れる道も限られていました。震災当時はカーナビは動いていましたが、表示される道路情報を100%信頼できる状況ではなかったため、紙の地図も頼りに、「この道なら行けるかもしれない」と手探りで進んでいましたね。

また、復旧対応にあたっていた社員の中には、被災した人が少なくありませんでした。自宅が被害を受けたり、家族の無事を確認しながら、それぞれが通信の復旧にあたっていました。被災者でもある社員が復旧対応を担っていたり、限られた設備や情報の中で判断しなければならない場面は、マニュアルだけでは分からない現実だったと思います。

通信ネットワークの復旧作業で印象的だったことを教えてください。

通信をつなぐことが、人々の命や安心に直結するということを肌で感じました。避難所には家族と連絡がとれない方も多く、移動基地局の設置や携帯電話の貸し出しによって、家族と連絡が取れたときにとても安心した表情を浮かべていたのは、今でも印象に残っています。たくさんの避難所を回って、「来てもらって助かった」との感謝の言葉をいただき、通信ができる環境を待っている方がたくさんいるのだと現場で強く感じました。

また、中には身の危険を感じた人もいたといいます。消防も警察も呼べず、情報収集もできないまま何度も津波が押し寄せる恐怖と戦っていたそうで、その人のお話を聞いた際にもあらためて通信が必要不可欠なものだと認識しました。

復旧体制や拠点作りも進化。震災の教訓が生きる現場

東日本大震災をはじめ、熊本地震や能登半島地震など、各災害の経験から制度や運用は継続的に見直されているとうかがいました。具体的にどのような見直しが行われているのでしょうか?

例えば、被災地域だけで全てを抱え込まない体制にしたことは大きなアップデートです。私が復旧対応にあたっていた当時は、全国から支援の社員が集まる一方で、受け入れや業務の調整、宿泊の手配まで東北事業所側で対応していました。現在は、例えば関西から支援に来る場合は関西事業所側のメンバーが管理を担う分散型の体制に変わっています。また、災害対策本部の機能が強化され、いざというときにより迅速に復旧対応ができるようにもなっています。東日本大震災で得た教訓が、その後の体制づくりに生かされていると感じます。

また、資材運用の考え方も変わりましたね。当時、ネットワークセンターに資材を集めていたことで、被災地まで運ぶのに時間と労力がかかっていましたが、現在は、被災地に近い場所に復旧活動のベースキャンプを設け、資材や人員を集約する体制が整えられています。能登半島地震の際には、、能登空港のほか数箇所にベースキャンプを設け、 発電機などの資材を集中的に配置していました。

そうした過去の災害対応から生まれた変化も若手社員に伝えているのでしょうか?

今の設備や体制は、これまでさまざまな災害の経験を踏まえながら「何が課題だったのか」「次に備えて何を変えるべきか」を見直してきたものです。ただ、それがなぜ必要になったのか、何がきっかけで生まれたのかを知ることで、理解の深さは変わりますし、想定外の状況にも臨機応変に対応できる場面があると思います。

また、この先、大規模災害が起きた際には、今の若手社員が現場で感じた課題をもとに、さらに体制や運用を見直していく必要があります。災害対応の経験を語り継ぎ、積み重ねていくことで、組織全体の災害対応力を高め、いざ災害が起きたときに一刻も早い通信ネットワークの復旧につなげていきたいと考えています。

(掲載日:2026年6月19日)
文:ソフトバンクニュース編集部