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明けない夜はない。国内初のハンドルがない自律走行バスのナンバー取得に賭けた担当者奮闘記

明けない夜はない。国内初のハンドルがない自律走行バスのナンバー取得に賭けた担当者奮闘記

2019年6月27日、車両の新規登録(ナンバーの取得)を発表。同年10月開催の「CEATEC 2019」では千葉市美浜区の公道を走行した

「夜明け前が一番暗い」という言葉がありますが、これは前例のない新しいことに挑戦している時に、誰しも感じることかもしれません。何もかもうまくいかずどうにもならない闇の中で抜け出せないような感覚…。

ちょうど1年前、自動運転の実用化に取り組むフロントランナーであるBOLDLY株式会社(旧SBドライブ)では、自律走行バス「NAVYA ARMA(ナビヤ アルマ)」(仏 Navya 社製)で公道走行に必要な車両の新規登録(ナンバーの取得)に向けて、担当者が暗中模索しているところでした。

「どんなにつらくても、どん底の時期は必ず終わる」
自律走行バスのナンバー取得に取り組んできたソフトバンクの渡辺氏が経験した悪戦苦闘のストーリーを紹介します。

渡辺 敏浩さん

渡辺 敏浩さん
大手警備会社、経済産業省を経て、2017年4月、SBドライブ株式会社(現BOLDLY株式会社)に入社。同社の政府渉外担当として各中央官庁への政策・制度提言、規制緩和要望など各種プロジェクトの推進を担当。現在は、ソフトバンク株式会社渉外本部に所属

序章:自律走行バス「NAVYA ARMA」は、そもそもクルマなのか?

NAVYA ARMAにはハンドルがついていない

自動運転車がナンバープレートを取得するというのは、どういうことですか?

渡辺:BOLDLYは2017年にNAVYA ARMAを2台輸入して以来、公道で走らせたいという構想を持っていました。

自動車が道路を走る上での主な法規は二つ。一つは「ハードウエアとしての自動車の法規」、もう一つは「自動車としての走り方の法規」です。前者が、保安基準という車のパーツの基準を定めた省令、後者が道路交通法です。公道走行には、これらの基準を満たしていることが必要です。

いわゆる普通の車なら、最初から保安基準を満たしているのですぐに公道を走れますが、自律走行バスのNAVYA ARMAは、運転席もハンドルもない自動運転車両です。「NAVYA ARMAとは何なのか?」ということから考えていかなければなりませんでした。

NAVYA ARMAはクルマじゃないんですか?

渡辺:そもそも、保安基準が想定するような「自動車」ではないので、果たして車両なのか? 機械なのか? というところから考えていく必要がありました。まずこの自律走行バスなる自動車に似て非なるものを「自動車」と見なすにはどう定義すればよいか、という議論から始まりました。

NAVYA ARMAはハンドルがないので運転席もない。汎用的なゲームコントローラがハンドル代わりです。これは、運転手の存在を前提としている保安基準では想定されていない事です。例えば、運転手が前を見るから視界の基準が定められ、運転手がハンドルを切って車を操舵するから、ハンドルの基準があるわけです。そもそも、最初から、保安基準には適合しないモノなのですが・・・。

第1章:少人数で取り組んだプロジェクト。誰も答えを持っていない?

これまで約50回にわたって日本各地でNAVYA ARMAの実証実験を行ってきた

まずは、何から取り組んだのでしょう?

渡辺:実車を見ながらの、保安基準との差を洗いだす作業です。繰り返しになりますが、保安基準に車両が適合していなければ、自動車検査証の交付がされず、ナンバー取得ができません。

ナンバー取得までのステップを簡単にまとめると、①法規面の議論→②実車改造→③検査機関による実車確認。

私は渉外担当ですが、自動車についての知見があるわけではありません。また、国交省側も当然NAVYA ARMAのことは初見なので、不適合箇所をどうすればいいかについての答えをもっていません。新しいことに挑戦しているとはいえ、お互いに顔を見合わせて「これ、どうすればいいんでしょうね?」ということも多かったです。

プロジェクトは何人体制ですか?

渡辺:社内は私とNavya社窓口の担当者がひとり、社外は車両改造担当の城東自動車工場さまと全体で数名なので、プロジェクトの規模に比して相当な少人数、多分メーカーさんの10分の1以下だと思います。

第2章:広辞苑一冊分のボリュームに圧倒されながら、保安基準の適合作業に挑む!

数少ないプロジェクトメンバーと一緒に頑張った!

保安基準の適合作業について、詳しく教えてください。

渡辺:保安基準は、車のパーツごとにルールが決まっています。例えば、ウインカーなら車両の最外側から何ミリメートル以内であること、角度が左右とも何度から見えること、照射部の面積は何平方センチメートル以上など。ものによれば100ページ以上に及ぶ条項があります。

これが、車両のパーツごとにあり、また、車のレギュレーションごとに適用する条項が異なります。保安基準は、紙にすると広辞苑一冊分ぐらいの分量です。「いったい、どこをみればいいの?」という状態でした。

想像するだけで大変さがわかります・・・。ほかにどんなご苦労があったのでしょうか?

渡辺:分量もさることながら、条項の内容や各条項間のつながりが難しく、日本語なのに理解できない…という壁に何度も阻まれました。分からない中で論点の法規を探し当てて、その都度適否を確認し、否であればその対策を国交省側とひざ詰めで議論し、を延々と繰り返す日々でつらかったです。

また、国交省とのナンバー取得の取り組みと並行して、警察庁に対しても、道路交通法に準じて、自律走行バスを公道走行させる枠組みについて協議を進めていました。

どのくらいの期間、そういう状況でした?

渡辺:議論が始まった2017年10月段階では、半年もあれば終わると思っていましたが、その見通しは甘いものでした。

そしていよいよ申請ですが、申請前はどのような状況でしたか?

渡辺:今回の取り組みは前例がないだけに、どこに不適合箇所があるか分からない。保安基準が膨大すぎて、全ての基準を総当たりでつぶし込むのは非現実的ですし、さらには、日本の検査機関とフランスのメーカーの言い分が違うなど、不確定要素も多すぎて全体工数が見込めない状況でしたが、営業的な事情から、ナンバー取得の期限が近づいていました。そのため、検査の前夜も日付が変わるまで、工場で車両改造を行っていました。

実際に工場で作業もこなしました

翌日、寝不足の中でまとめた書類とともに、なんとか仕上げた車両2台を鮫洲の検査場に持ち込みました。既存論点はクリアしていましたし、何より、これだけの努力をしたのだから何とかなるだろうと思っていました。

自動運転はいつ実用化されるの?

内閣府が設定した自動運転の定義は、誰がどの操作を行うかによって5段階のレベルに分かれています。自動運転は、レベル3〜5に当たり、国内では2019年には「レベル2」までが市販車に採用され、実用化が進んでいます。

人間のドライバーが不要なのは「レベル4」から。実用化には、さらなる自動運転技術の開発や、法律や規制の整備などが必要です。

国交省 自動運転車のレベル分け

第3章:保安基準の量と難易度に完敗。何も手に付かない数カ月が過ぎていく

その結果はどうでしたか?

渡辺:現実はそこまで甘くなかったです。

今まで出てこなかった、現車を見て初めて明らかになった論点が検査場で複数指摘され、その全てがすぐには解決できないものでした。指摘を受けながら目の前が暗くなっていくのを感じました。

この後の数カ月間は仕事が手に付かないほど、こたえました…。

最大の難題は何だったのでしょうか?

渡辺:簡単にまとめると、①先行事例がなかったこと、②関係者や対応すべき論点が多かったこと、でしょうか。

NAVYA ARMAを公道で走らせたいという思いはあっても、そこに至る道筋が見えない。まず、車としての枠組みが分からない。その上で、論点がどこにあってそれをどう解決していったらいいかも分からない。出てきた論点についても、答えなど誰も持っていない。個別にハンズオンで相談・検討し、積み上げていくしかない。

それから、国交省、警察庁、メーカー、外部の有識者など、関係各所の意向との整合性をとる必要がある。しかもその整合性をとるべき対象である、保安基準の量が多い上、車の現状と法規との差分が大きい。

1回目の検査に失敗した時は、何もかもうまくいかず、もはやどうにもならないと思いました。分かっている範囲で打つ手は打った。できることは全てしたのに結果はNG。もう、何もかも嫌になってしまうどん底の時期でした…。

そんなつらいご経験のあとに再チャレンジとなったわけですが、どんなふうに取り組んだのでしょうか?

渡辺:コストも期間も想定以上にかかった揚げ句に、検査合格に至らなかったので、会社としては中止という決断はあり得たと思うのですが、そうしなかった。失敗であることを認めた上で、会社としてこの件を進めないという選択はないということで、再チャレンジになりました。少なくとも、私の心は折れていたのですが……。

そこで失敗の教訓をベースに、次は戦略を変えて臨むようにしました。

最終章:ベンチャーの意地を賭けた再チャレンジ! ついにナンバープレート取得へ

どのような戦略ですか?

渡辺:当初は準拠すべき保安基準の量が多すぎるので、国交省との議論を通じて論点を洗い出し、その都度、対策を講じていくという形で進めていきました。再チャレンジに向けての方針は、①それまで非現実的としていた、全ての保安基準の条項にあたる、②走行可能な場面に条件を付けることで、いくつかの基準について緩和認定を受けることの二点でした。

つまり、今回の案件の難しさを認め、さらに数倍のリソースを掛けることを覚悟した上で、例えば「夜間走行しない」などの制約をあえて加えることで論点を減らし、まずはナンバーを取るという一点だけに集中することにしました。

最後の段階で申請書類一式を作成したのですが、分厚いキングファイル一冊分くらいになりました。そしてついに申請が通り、車両の新規登録(ナンバーの取得)が許可されました。

ナンバー取得で一番印象に残っていることは何でしたか?

渡辺:野田自動車検査登録事務所で、ナンバープレートの現物を見た時ですね。これまで行政とやりとりしていたのは、ずっと書類の山だけ、議論はひと山越えてもまた一山の連続、NAVYA ARMAに付くナンバープレートなるものは、本当は世の中に存在しないのではないか、と思ってたほどだったので…。

ですが、検査に合格した日、係員の方がナンバープレートを手にこちらに向かって歩いてきたときに、ああ、本当にナンバープレートが付くんだな、と。それを見た時は、もう言葉で表現できないぐらいの気持ちでした。

その後、公道を走った様子がメディアで好意的に報道されたのも、これまでの苦労が報われたようで印象に残っています。

2019年8月には、長崎県対馬市の公道で自律走行の実証実験が行われました

改めて、このプロジェクトを振り返ってどう思われますか?

渡辺:前例のないことに苦しみながら取り組んでいると感じたこともありましたが、それは、申請を受け付ける行政側も同じだったと思います。

国交省も警察庁も、守るべき法規は守るという点で一切譲らなかった。ですが、その一方で、どのようにすれば課題解決できるかについては、一緒になって知恵を絞ってくれました。彼らの協力なくして間違いなく今回の成果はなかった。ひとりのビジネスパーソンとして、その事についてはとても感謝しています。

自動運転の実用化に向けた課題は何だと思いますか?

渡辺:今年の初め、BOLDLYが茨城県の境町と協定を結び、NAVYA ARMAの実用化宣言をしましたが、初期の段階では運転手がいる状態なので、一般的に皆さんが想像するような運転手なしの自動運転という状態ではありません。

個人的な感覚ですが、自動運転の完全な実用化を登山に例えると、今は3合目くらいでしょうか。この実現に向けては、国内法規の見直しや車両性能向上、車両コストの低減など、さまざまなハードルを越えていく必要があるのではないかと思っています。

今回のような一品物の規制緩和は、確かにゼロワンの挑戦としての価値はあると思うのですが、自動運転業界が目指している「公共交通維持のための貢献」という本来の目的からすると、もっとたくさんの車両を、もっと廉価に市場に流通させる必要があると思いますので、今後は多くのプレーヤーの参入が不可欠だと思っています。

(掲載日:2020年5月13日)
文:ソフトバンクニュース編集部