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食糧問題を担う養殖産業の課題解決へ。ソフトバンクが愛媛県で挑むスマート真鯛養殖

生き物を扱うからこそ予測の難しい養殖経営。テクノロジーで見える化して持続可能な産業に

さまざまな産業でDXが進む中、農業や漁業といった第1次産業は、生産者の知識や経験を基に営まれることが多く、比較的スマート化が進んでいない分野とされています。

愛媛県西予市三瓶町で真鯛養殖のスマート化に取り組むソフトバンクのIT統括 IT&アーキテクト本部 アドバンスドテクノロジー推進室の須田 和人室長に、養殖産業が抱える課題やDXの現状について話を聞きました。

須田 和人

ソフトバンク株式会社 IT統括 IT&アーキテクト本部 アドバンスドテクノロジー推進室 室長

須田 和人(すだ・かずと)

システムエンジニアとして、SI企業でキャリアをスタート。2005年からソフトバンクのグループ企業に参画し、2008年からはアリババ株式会社(Alibaba.com Japan Co., Ltd.)でCISO(最高情報セキュリティ責任者) 兼 情報システム部長を歴任。2012年よりソフトバンク株式会社にて、並列処理アルゴリズムやコンピュータグラフィックスの研究チームの責任者として先端テクノロジーの研究開発に従事。最近では、第1次産業のスマート化に向けた研究開発に注力して活動している。

生き物を扱うからこそ予測の難しい養殖経営。テクノロジーで見える化して持続可能な産業に

生き物を扱うからこそ予測の難しい養殖経営。テクノロジーで見える化して持続可能な産業に

養殖産業のスマート化に取り組んでいるとのことですが、養殖の分野では今どのような課題があるのでしょうか?

今、魚の養殖産業を取り巻く課題としては、主に⽣産効率の問題とそれに伴う不安定な経営環境が挙げられます。実際に生産者の方などからお話をお伺いしていく中でも、生産効率への課題感は多く聞かれました。

養殖産業の解決すべき課題

魚の養殖は海上に設置した生け簀の中で一定量の魚を育てるわけですが、成長の度合いにはどうしても個体差があります。つまり⽔揚げするまで漁獲量の予測が難しく、売り上げの⾒通しとのギャップが⽣じ赤字になってしまうリスクがある。それでは経営は安定しませんよね。

また、自然界とは違い養殖では人間が餌を与える給餌が必要になりますが、実に出荷までの生産コストの約7割が飼料代と言われており、これも経営効率を圧迫する大きな要因となっています。

毎日複数回の餌やりや魚体の健康管理が必要なため、休みも取りづらく、毎回洋上の生け簀まで船を出して通わなくてはならないなど、生産者の厳しい労働環境も課題の一つでした。

生き物を扱うとあって、難しい分野なのですね。その課題解決に向け、今回ソフトバンクが取り組んでいるのはどのような取り組みなのでしょうか?

愛媛県からの要請を受け、真鯛などの養殖を手がける赤坂水産有限会社、県内でフードテック活用やDXを推進しているEFIコンソーシアム(Ehime Food Innovation コンソーシアム)と共に進めるスマート養殖プロジェクトです。

コスト削減など生産効率の向上や、⽔揚げのギャップ軽減による経営リスク改善をテクノロジーで実現する取り組みとして、愛媛県西予市に設置した共同実験用の生け簀でAIを活用した実証実験を行っています。

須田 和人

愛媛県で進めるスマート養殖プロジェクト

愛媛県西予市に設置した生け簀

AIを活用して最適な給餌と漁獲量の推定精度を高める

AIを活用した実証実験とはどのようなものでしょうか?

漁獲高の予測の確度を高めるには、生け簀の中に何匹の魚がいるのか、大きさがどのぐらいかを把握することが重要になりますが、生け簀の中で泳ぐ魚体は、海上からは見えません。これまでは、生け簀から網で真鯛を引き上げ、人間が目視で確認していました。

魚体数のカウント

この方法では非常に時間がかかりますし、数え間違いなども発生する可能性があります。そこで、生け簀の中の真鯛の尾数や体重/体⻑の把握にAIの画像認識技術を活用する実験を行なっています。

海中カメラ

海中カメラ

生け簀の中にカメラを設置し、撮影した映像をAIで解析。泳いでいる真鯛を識別することで、わずかな時間で精度の高い尾数のカウントが可能なほか、個体識別してトラッキングすることで、大きさや魚群の状態を定常的にモニタリングができるようになります。

また、解析データをシミュレーションデータとして活用し、AIが魚の動きを機械学習するためのCG映像も作成しました。

実際の映像で学習データを作成するとなると、あらゆるシチュエーションでの膨大なデータが必要になり時間がかかるのですが、CGであれば生け簀の形、魚体の数、水温などの環境、時間帯などあらゆる状態を再現することができますので、他の生け簀のシミュレーションにも活用ができます。

このように個体数や環境に応じた状態を把握できるようになれば、成長に必要な餌の量を最適化しながら、いつごろ水揚げし出荷するのかコントロールも可能になります。

生け簀の中の様子をCGで再現

給餌の最適化とはどのようなものでしょうか?

養殖で与えている餌は、全て魚が食べている、という前提で与えられているのですが、調査のためにソフトバンクのダイバーが生け簀に潜ってみたところ、生け簀の底に沈殿している餌が見えました。ということは、何割か無駄な飼料があるのではないか、と推定されます。

生け簀の中を見える化して餌の食いつきや魚の大きさの変化を把握することができれば、餌の量を調整してその分コストを削減できますし、成長を管理して出荷サイクルを短縮するなど効率的な生産が可能になります。

ダイバー

今後は実験データを蓄積し、給餌タイミングによる成⻑ポテンシャル予測に基づき⾃動給餌機の開発を行うなど、⼈間で検知・認識できないことをAIで見える化することで実現できる効率化を進めていきたいと思っています。

今後の取り組み

魚の状態を見ながら最適解を導き出すには、さまざまな検証が必要になりますね?

そうですね。スマート化をサポートする立場として、養殖のプロセスをきちんと理解する必要があります。今回われわれは、生産者が抱える課題を自ら体験し収益性の高い養殖づくりを実践する場として、実証実験と並行して自前で生け簀を設営させていただき、そこでさまざまな改善アイデアの試験も行っています。

その成果もノウハウとして蓄積し、課題解決に還元していけたらと思っています。

ソフトバンクの実験用生け簀

スマート化で生まれる新たな常識が地域経済活性化のカギに

そもそもソフトバンクが養殖産業のスマート化に取り組む目的は何でしょうか?

国内の食料自給率の向上は、SDGsの目標にも取り入れられるなど重要な課題ですが、国内の食料供給を担う第1次産業は、従事者の高齢化による人材不足解消のため効率化や高収益化が求められています。

生産者の方と実際にお話してみると、新しいことにチャレンジして収益性を向上したい、という気持ちがありつつも、不安定な経営環境を課題とする中、新しいことに取り組む余裕がなかったり、先端テクノロジーを扱う専門技術やノウハウを持つ人材が不足している現状が見えてきました。

須田和人

そういった状況に対して、ソフトバンクが持つ通信基盤や先進テクノロジーをはじめ、成長戦略である「Beyond Carrier」により培った多彩なノウハウや専門性の高い人材などの豊富な経営資源、技術を持つ企業との連携を活用して地域活性化に貢献できるのではないかと考えています。

スマート養殖に取り組む理由

第1次産業の成長が地域活性化の鍵、ということでしょうか?

地域が元気になるには衣食住の充実が非常に重要で、その中でも食が担う役割は大きいです。世界の情勢が変化する中、食料自給率の向上のためにも第1次産業をスマート化し生産力・経営力を向上することは地域活性化の骨子であると認識しています。

効率化によって生産者の経営が安定し、新しいことにチャレンジができるようになると、生産の形など今までの常識が変わるかもしれません。養殖でいえば、研究が進むことで生け簀も従来のように洋上に設置するのではなく、生け簀を備え環境に応じて自由に移動ができる養殖船が登場するなど大きく様変わりするかもしれないですよね。新しい常識ができると、そこに新たな産業が生まれ、地域が活性化されていく。

須田和人

今回愛媛で作ったスタンダードを全国に普及拡大させて、日本全体の生産量の向上と活性化に貢献していきたい。そんな展開を期待して、専門性を持つ地場企業や地方自治体、大学などとも連携して第1次産業のスマート化に取り組んでいきたいと考えています。

常識を変えることで、地場産業全体を活性化するということですね。

常識を変える意味では、これは私の裏テーマになりますが、第1次産業のイメージをリブランディングしたい、というのもあります。

何人かの若手生産者にお話を伺った際に口をそろえて言ってたのが、養殖や畜産の仕事のイメージを変えていきたい、ということ。現在は、3Kと呼ばれるきつい仕事のイメージがありますが、それを格好良くて誇りとやりがいのあるイメージへと変えて従事者を増やしていきたい、という思いに私も非常に共感しました。

その思いに対して、ソフトバンクが業界のリブランディングに貢献しけん引していけたら面白いな、と思っています。

第1次産業の活性化に向けて今後の取り組みの展望は?

今後の取り組みについては、大きく分けて3つのフェーズで考えています。

1つ目が今取り組んでいる「⽣産⾰命」で、効率良く品質の高い食品を生産すること。2番目の「流通⾰命」は、生産した食品をどう運送し、安全に保存し、加工するかという分野の課題への取り組みです。

そして、3つ目が「輸出革命」。効率的に生産・流通できるようになると、国内だけでは消費できなくなる、あるいはせっかく良いものを作ったら、海外にも届けましょうということになりますよね。販路開拓や検疫、ブランディングなどの課題解決をテクノロジーの力で何かお手伝いできることがないかと考えています。

どういった形で貢献できるかはまだ分かりませんが、これらの支援を通して第1次産業の活性化に貢献していきたいですね。

今回は養殖産業のスマート化に取り組んでいますが、これに限らず第1次産業の他の分野のスマート化にも幅広く対応できると考えていますし、積極的に取り組んでいきたいと考えています。

(掲載日:2023年9月8日)
文:ソフトバンクニュース編集部