皆さんは、量子力学がどんな分野で活用されているか知っていますか? 自然現象や宇宙研究の分野で用いられる印象が強いかもしれませんが、半導体や情報通信など、身近な分野で実用に向けた研究や実証実験が進んでいます。報道関係者向けに実施された説明会の模様を通じて、量子力学を用いた社会課題の解決など、量子技術とソフトバンクの関わりをご紹介します。
なぜ量子技術が必要になるのか? 量子技術の専門スキルを生かし、顧客との架け橋に
先端技術研究所 先端技術開発部 部長の小宮山陽夫は、「ソフトバンクが考える量子未来ビジョン」について説明しました。
冒頭、モバイルネットワークが抱える都市部へのデータ処理や電力消費の一極集中という課題に対し、ネットワーク構造を根本的に変え、改善に取り組んでいると説明。
「5Gのネットワークを使って集めたデータの種別に応じて、即時性が求められるデータにはMEC、即時のレスポンスが求められないデータにはクラウドを使う。処理量・計算量が多いデータには、スーパーコンピューターなどに加えて量子コンピューターを活用し、データ処理基盤をパッケージとして作っていく」と説明しました。
増え続ける通信とデータ処理には量子コンピューターが必要であり、従来のスーパーコンピューターでは現実的な時間で処理ができない複雑な計算が可能です。しかし、NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum、ノイズがある中規模の量子コンピューター)と呼ばれる現在の量子コンピューターはエラーが多く、計算できる範囲は限られているため、スパコンとの連携によって互いの得意な計算を分担する方向です。
顧客が抱える課題解決の手段として、量子技術を用いるのが最適なのか他の手段が適しているのかなどの選別に始まり、量子コンピューターの導入には専門的な知識やスキルが必要なため、「ソフトバンク単独で技術開発を行うのではなく、ベンダーや大学などの研究機関と連携して顧客との架け橋の役割を担い、社会実装を加速させていきたい」と今後のソフトバンクの役割について、方針の説明を行いました。
説明会の模様は動画でご覧いただけます
一方、量子コンピューターの事業での活用に向けて、慶應義塾大学とソフトバンクは2023年7月から原子核の量子力学的な効果を量子コンピューター上でシミュレーションし、ユースケースを検証するなどの共同研究をスタートしています。
慶應義塾大学 環境情報学部 教授 ロドニー バンミーター氏
2030年に向けた量子力学の展望が説明され、「この5年くらいで強い誤り訂正が実現される」とコメント。
関連プレスリリース
量子コンピューターの事業での活用に向けて、慶應義塾大学と共同研究を開始
~原子核の量子力学的な効果を量子コンピューター上でシミュレーションし、ユースケースを検証~(2023年7月19日 ソフトバンク株式会社)
そもそも量子技術ってどんなもの? 量子技術をわかりやすく解説
ソフトバンク 先端技術研究所 研究員 宮下真行からは、量子技術の基礎について解説が行われました。
完成されたと思われていた古典力学では解けない問題、例えば、空洞輻(ふく)射問題、水素原子スペクトル問題、光電効果問題があります。その問題を解くためにさまざまな物理学者が一大推理合戦を開始した結果、これらの問題は全て解き明かされ、このとき分かった新たな基本法則が量子力学です。量子力学には、電子の波動性(粒子が統計的に振る舞うこと)や光の粒子性(粒子(質点)として振る舞うこと)といった特性があります。量子力学特有の状態として、「量子重ね合わせ状態」と「量子もつれ状態」があります。「量子重ね合わせ状態」を利用することで超高速・超並列な計算が可能となります。また、「量子もつれ状態」とは、量子同士に強い相関関係があり、量子状態の操作(観測)により、他の量子状態に影響をあたえる状態にあることです。例えば、量子もつれの関係にある2つの粒子(EPRペア)の場合、片方の粒子を観測することで、もう片方の粒子の状態が(観測しなくても)自動的に確定します。
この「量子もつれ状態」を通信に適用したのが、「量子テレポーテーション」です。量子テレポーテーションは、送りたい情報そのものを相手に送らなくても「送りたい情報が届く」といった特徴があります。「送りたい情報そのものを相手に送らない」ので、伝送路の途中で送りたい情報の盗聴や改ざんをされることが原理的にありません。そのため、セキュリティ技術としても注目されています。
宮下は、「2030年代のFTQC(Fault Tolerant Quantum Computer)登場により、現在の暗号が瞬時に解読される可能性がある。さらに、10年後、20年後も価値ある情報は、今はまだ解読できなくてもデータを保存しておき、将来解読する『ハーベスティング攻撃』を受ける可能性もあるため、量子コンピューターの実装を待たずに、次世代暗号技術により安全性の確保が必要不可欠」と説明。「ソフトバンクは、量子暗号通信、耐量子計算機暗号などにより信頼のある通信網を構築し、安全・安心な社会の実現を目指して取り組んでいます」とコメントしました。
説明会の模様は動画でご覧いただけます。
実用化に向けた実証実験・研究の成果を説明
ソフトバンクと共に量子技術に関連した共同研究を進める各社から、量子コンピューターに関する研究概要などの説明が行われました。
量子暗号技術「QKD」を用いた実証実験に成功
東芝デジタルソリューションズ株式会社とソフトバンクは、Beyond 5G/6G時代の量子セキュアネットワークの実現に向けて共創し、量子暗号技術であるQKD(Quantum Key Distribution、量子鍵配送)を用いた拠点間VPN(Virtual Private Network)通信の実証実験に成功しました。
東芝デジタルソリューションズ ICT事業部 QKD事業推進準備室 シニアフェロー 村井信哉氏
暗号化された通信における盗聴の原因の一つに暗号鍵の流出があります。身近な例では、皆さんの生活の中でも無料の無線LANに接続すると、データを盗聴される可能性があるというニュースを聞いたことがある方も多いと思います。これは、通信に暗号がかかっていない、または、同じ暗号鍵を使っている場合にデータを盗まれるリスクがあることを指しています。このことからもわかるように、暗号鍵が盗まれてしまうと、データそのものが盗まれてしまうことにつながります。
一般的に、通信に使われる暗号鍵(共通鍵)は、公開鍵暗号と呼ばれる方式で受信者に送信されるため、正規の受信者しか解読できないように作られていますが、将来量子コンピューターでこの公開鍵暗号を解くことができるようになると指摘されています。
今は暗号を解読できないけれど、重要そうなデータを保存しておき、将来量子コンピューターが完成したときに解読するという「ハーベスティング攻撃」への対策は、今からでも必要です。量子鍵配送(QKD)と呼ばれる手法では、データの送信側と受信側の双方に共通の暗号鍵が生成されますが、暗号鍵を相手に渡す際に盗聴の危険があるため、光子を利用した量子力学の原理を使って安全に共有を行います。光子は分割できず、光子状態も完全にコピーすることができないため、この技術で交換された暗号鍵は将来にわたって安全性が担保されます。
東芝デジタルソリューションズの村井氏は「量子暗号通信は通信距離に制約があるため、長距離化やネットワーク化が求められます。また、量子暗号通信には専用の設備が必要なため、社会実装がポイント。いつの間にかQKDが入っているようなシームレスな移行が必要」と説明しました。
関連プレスリリース
ソフトバンクと東芝デジタルソリューションズ、IPsec QKD-VPNの実証実験に成功
~Beyond 5G/6G時代の量子セキュアネットワークの実現に向けて共創を開始~(2023年9月20日ソフトバンク株式会社、東芝デジタルソリューションズ株式会社)
LQUOMと量子インターネットの実証実験をスタート
将来、量子技術が当たり前に使われる世界が来ると、ネットワーク・インフラも量子技術に対応する必要があります。量子技術を支えるネットワークとして、量子インターネット技術と呼ばれるものがあります。
横浜国立大学発のベンチャーであるLQUOM株式会社とソフトバンクは、2023年9月から、実用環境における量子もつれの伝送実験を共同で開始しています。
LQUOM株式会社 代表取締役 社長 新関和哉氏
量子インターネットが実現すると、量子コンピューターの分散処理や、情報理論的に安全な量子暗号通信、量子テレポーテーション、遠く離れた2地点の正確な時刻同期など、現在のインターネット技術だけでは実現できない機能が実用化されると期待されています。
量子インターネットは、量子もつれを共有する大規模なネットワークですが、社会実装には長距離化という課題があり、この長距離化のために量子中継技術が必要とされています。
LQUOMの新関氏は「実地環境に適用するための課題として、量子もつれ交換には、2つの光子の間で位相と波長の同期が必要ですが、その位相は光ファイバーの長さに敏感です。さらに、光ファイバーは電柱の上や地下を通っているため、通行車両や地下鉄による振動、風、気温の変化なども影響を与えます。現在、ソフトバンクが実用している光ファイバー環境でLQUOMの量子通信技術を実証実験しています」と説明しました。
関連プレスリリース
実用環境における量子もつれの伝送実験を開始(2023年9月21日 ソフトバンク株式会社、LQUOM株式会社)
ソフトバンクと東京大学、「量子イノベーションイニシアティブ協議会」を通して量子コンピューターの社会実装に向けた共同研究を開始(2023年9月20日 ソフトバンク株式会社 、国立大学法人東京大学)
(掲載日:2023年11月17日)
文:ソフトバンクニュース編集部
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