事例から学ぶダイナミックプライシング入門講座。AIがもたらす「価格」の未来とは?

2019年9月17日掲載

ダイナミックプライシングとは、需要と供給に応じて、AIが動的に価格を変動させることを指す。

「1円でも安く」という消費者の願いを実現することもできれば、消費者ニーズの高まりに応じて価格を高く設定することもできる。

これまで経験と勘によるところの大きかった「値付け」は、AIの登場により膨大なデータから最適な価格を導き出す競争になった。インターネットで簡単に価格比較ができるようになった今、ダイナミックプライシングは望むか望まざるかに関わらず、すべての事業者に関わるテーマである。

本記事では、2019年8月時点での企業事例を通じて、ダイナミックプライシングの概要と現在の状況を紹介していく。

目次

  • AIの普及により、需給に応じて価格を決定するダイナミックプライシングが注目されている
  • ダイナミックプライシングは収益の最大化を可能とするが、消費者の信頼を損ない買い控えが起こるリスクも
  • ダイナミックプライシングには、価格変更のオペレーションが簡易に行え、消費者から変更が受け入れられやすい業態が向いている

ダイナミックプライシングとは?

需要と供給のバランスに応じて、商品の価格が変動するダイナミックプライシング。変動価格制自体は、ホテル業界や航空業界ではGWやお盆時期に価格が上がるなど、以前から導入されていた仕組みだ。

では、今なぜダイナミックプライシングが注目をされているのか?それはビッグデータをAIで分析し、リアルタイムかつ正確に企業の利益を最大化する値付けが可能になったからに他ならない。

創業から6年で世界第2位の客室数となったホテルベンチャー「OYO」は、ホテルを検索しているユーザーの所在地や目的地などに応じて、宿泊料金を1日に5,000万回、1秒あたり730回変更しているという。常に最適な価格設定をすることで、安定して高い稼働率を実現し、収益を最大化しているのだ。

ダイナミックプライシングの仕組み

ダイナミックプライシングは、「データ収集」「需要予測」「価格提案」の3つのプロセスで行われる。

最適な価格決定に必要なデータは業界や企業によって異なるが、例えば「市況」「商品在庫」「ソーシャルメディア(トレンド)」「天候」「イベント」「競合動向」「サイトログ(個人の趣向)」などのデータを収集し、AIによる需要予測をする。AIが機械学習することで、価格提案の精度を徐々に向上させていくことも可能だ。

ダイナミックプライシングがトレンドとなった背景には企業がアクセス可能なビッグデータが増えたことがある。しかし、これは裏返せばアクセス可能な固有のビッグデータを保有する企業が、ダイナミックプライシングにおいても優位であるということでもある。

ダイナミックプライシングのメリット・デメリット

企業のメリット

企業のダイナミックプライシング導入による最大のメリットは収益の最大化である。需要が高いときには、値上げして利益を享受することができ、需要が低いときには、値下げして余剰在庫を処分することで、利益を享受することができる。

また、これまで価格の決定・変更に必要だった多大な人的リソースを削減し、他の業務に割り当てることも可能だ。上手くダイナミックプライシングが効果を発揮すれば、これまで経験や勘に基づいて行われていた値付けよりも、最適な値付けが可能になるだろう。

企業のデメリット

人的リソースにかかっていたコストを削減できる一方で、ダイナミックプライシングのシステム開発・運用コストが新たにかかることは避けられない。もし上手くダイナミックプライシングが機能しなかった場合は、割高なコストとなってしまうだろう。

また、もしダイナミックプライシングの価格変動に対して、消費者が不信感を抱いた場合、買い控えが起こってしまうリスクも考慮すべきだ。日本にはメーカや小売業者が価格を固定化し、消費者はそれを受け入れてきた背景がある。

消費者のメリット

これまで需要が高く入手困難だった商品やサービスも、高額な対価を払うことで手に入れることができるようになる。例えばアーティストのライブチケットや即完売の人気ブランドのアイテムなども、金額次第で手に入るようになる。またこれらの高騰しやすい商品が、転売目的で購入されるような事態も予防できるだろう。

商品の値段が高くなるばかりではなく、逆に需要が高くないタイミングであれば、これまでより商品を安く手に入れられる可能性もある。

消費者のデメリット

メリットの裏返しとして、欲しい商品がこれまでよりも高騰してしまう可能性は大いにありえる。人気の商品は富裕層でなければ購入できないという事態を招くかもしれない。

また、AIによって価格変更が起こった際に、消費者にとって値付けのアルゴリズムがブラックボックス化され、情報の透明性がなくなってしまう可能性もある。不当に企業が利益を得るために価格操作をしているという疑念を拭えなくなってしまうかもしれない。

ダイナミックプライシング導入の条件

すべての業態がダイナミックプライシングの導入に適しているわけではない。価格変更のオペレーション上の課題や消費者心理の問題がある。

ダイナミックプライシング導入にあたっての条件となるのが、以下の2点である。

価格変更が簡単にできる

店舗で販売している商品には値札がついている。値札を貼り替える、値引きシールを貼るなどの対応で価格を変更することはできるが、前述のOYOのように1秒あたり730回の変更は、物理的に不可能だ。また、カタログ通販も商品価格の修正には多大なコストがかかる。

インターネット通販のように価格を変更しやすい業態がダイナミックプライシングには向いている。しかし、最近では店舗でも、電子棚札(ELS)を利用することで、ネットワークを通じて瞬時に価格変更ができる。その場合は実店舗でのダイナミックプライシング導入もオペレーション上は可能となる。

価格変動が消費者に受け入れられる商材

価格変動が消費者に受け入れられるか否かが、ダイナミックプライシング導入の成否をわける。例えば昔から価格変更が行われているホテルの宿泊料金や航空券は消費者の抵抗も少ない。

また、ライブやスポーツ観戦のチケットのように2次流通で価格に変動がおきやすい商材。そして野菜や魚のように天候などの自然現象で価格が変更するものも、消費者は既に価格の変動をある程度受け入れている。

しかし、消費者に受け入れられるかどうかに明確な基準はない。Uber Eatsの価格は、料理は固定料金だが、配送料金は配達員(供給)と注文(需要)のバランスで変動価格となっている。今後、ダイナミックプライシングが浸透していく過程で、消費者の許容する程度に変化があるかもしれない。

ダイナミックプライシングの導入方法

AmazonやUber、そしてOYOのように自社でダイナミックプライシングの仕組みを開発し、運用するケースのほか、外部のベンダーに開発を依頼するケースもある。

大手ITコンサル企業やSI企業にスクラッチで開発を依頼するほか、最近ではPraaS(プライシング・アズ・ア・サービス)と呼ばれる、SaaS型でダイナミックプライシングシステムを提供する企業もあらわれている。

海外では、英・ブラックカーブ社が、価格決定のためのプライシングエンジンから価格設定や管理のノウハウまでを一貫して企業に提供する。

日本でも、ダイナミックプライシングサービスを提供する「メトロエンジン」、ホテルに特化した「MagicPrice」、EC向けの「throough(スルー)」など、SaaS型で自動価格決定ツールを提供する企業が現れはじめている。

ダイナミックプライシングの活用事例6選

先に挙げた通り、OYOやUber Eatsなど、海外では既にダイナミックプライシングの導入が活発化している。Amazonは1日に何度も需給に応じた価格変更を行い、ほかの小売業者の最安値に対抗していると言われている。

国内でも、昨年から今年にかけて大手小売・サービス業者がダイナミックプライシングの導入意向を示し始めた。ホテル業界や航空業界はもちろんのこと、ダイナミックプライシングの波はさまざまな業態に波及している。

トライアルカンパニー | スーパーマーケット

福岡県に本社を置くトライアルカンパニーは、2018年12月に最新のAI・IoTを導入した次世代スーパーマーケット「トライアル Quick大野城店」をオープンした。同店ではスマートレジカート、夜間完全無人化などの取り組みのほか、ダイナミックプライシングも採用。約12,000枚の電子プライスカードを全商品に導入し、需要と供給に合わせて価格設定を行っている。

参考: 3つの日本初!最新リテールAIを実装 トライアル新業態『Quick』、第一店舗目が福岡に誕生!「トライアル Quick 大野城店」2018年12月13日(木) 8時30分オープン( PR TIMESへ外部リンク)

ビックカメラ | 家電量販店

家電量販店のビックカメラが2020年8月をめどに、全店舗を対象に電子棚札とダイナミックプライシングを導入すると発表した。2019年2月に開店した町田店で、約10万点の電子棚札を設置し効果検証をした結果、全店への導入に踏み切った。

価格変更が多い家電量販店では、値札の貼り替え作業が店舗スタッフの負担になっており、価格変更だけで接客以外の作業時間の3割を費やす日もあったという。ダイナミックプライシング導入後は、ビックカメラの本部で一括で価格変更を行うことになる。

参考:家電の価格 刻々と変化 ダイナミックプライシング(日経電子版へ外部リンク)

ローソン | コンビニエンスストア

コンビニエンスストアのローソンは「ローソンゲートシティ大崎アトリウム店」で電子タグ(RFID)を活用した実証実験を実施。食品ロス削減のための取り組みとしてダイナミックプライシングを試験導入した。

商品に貼り付けられた電子タグから消費期限が近い商品を特定し、デジタルプライスカードに表示。実験用LINEアカウントでも商品情報を通知する。対象商品を購入するとLINEポイントが還元され、実質10円の値引きとなる。

参考:<参考資料>電子タグを用いた情報共有システムの実験(ローソンのサイトへ外部リンク)

akippa | 駐車場サービス

駐車場予約アプリ「akippa」は2018年10月からダイナミックプライシング導入の実証時間を関西エリアで開始した。

イベントの有無、規模、人気や過去の予約状況などの変動要因に応じて駐車場毎に適切な価格設定モデルを適用し、需給に応じた適切な値段でサービスを提供するという。ダイナミックプライシングの導入後、売上及び稼働率が約10%増加した。

参考:akippaがAIを活用したダイナミックプライシング自動化の実証実験を開始 日光企画と協力(PR TIMESへ外部リンク)

コスモエネルギーホールディングス | ガソリンスタンド

コスモエネルギーホールディングスは、2019年8月に給油所の利用状況や顧客ごとに適した割引サービスを提案するアプリを導入した。クーポンの利用状況をもとに来店頻度や給油量などのデータを収集し、値引きが少ないと来店しない顧客には値引き額を多くするなど、顧客の行動特性に応じてクーポンを提供する。

参考:値引き幅、利用者ごとに コスモHD、個別提案型の給油所アプリ(日経電子版へ外部リンク)

福岡ソフトバンクホークス | スポーツ観戦

福岡ソフトバンクホークスとヤフーは2019年の開幕戦からダイナミックプライシングにより価格を決定する「AIチケット」の販売を開始した。1試合あたり約1,500席が対象となり、列位置や通路側・中席といった1席単位での販売価格の変動が可能になる。

販売価格は過去の販売実績データに加えて、リーグ内の順位や対戦成績、試合日時、席種、席位置、チケットの売れ行きなど多様なデータからAIにより需要を予測し、決定する。

参考:福岡ソフトバンクホークス、ヤフーがリアルタイムで価格変動する「AIチケット」を2019年オープン戦より販売!(ヤフーのサイトへ外部リンク)

日本に変動価格制は定着するのか?

多くの企業がダイナミックプライシングを検討しはじめているなか、星野リゾートは2019年2月に開業した「BEB5 軽井沢」の宿泊料金を35歳以下のみで宿泊した場合、固定価格の16,000円にすると発表した。代表の星野佳路氏は日経新聞の取材に「ブランドのロイヤリティーは『この価値のものがこの価格で手に入る』という安心感だ」と語っている。

また、ダイナミックプライシング先進国のアメリカでは、巨大ハリケーンの襲来時、防災用の需要が高まった結果、Amazon内で水の価格が急騰したことが問題視されている。

もしダイナミックプライシングがひと度信用を失えば、消費者は安定した価格の業者を好んで商品を購入するようになるだろう。

AIが価格を決定するようになったことで、逆に今、どのように消費者と信頼関係を結ぶか、企業の“人となり”が問われている。

後記

アダム・スミスが『国富論』で語った「神の見えざる手」を、市場に任せておけばいい自然放任主義と解釈するのは誤りだとする説がある。アダム・スミスは経営者や商人に自由に競争する上での責任とモラルを求めていたのだという。

ダイナミックプライシングにおけるAIが市場をダイレクトに反映するツールだとすれば、それを扱う企業側がモラルとポリシーを持って運用をしなければならない。

ダイナミックプライシングの普及にあたっては段階的なトライアルと、消費者からの理解を得るための対話が鍵になるだろう。

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