ニッポンの観光、復興の鍵は「データ分析」と「ロングテール戦略」

2020年7月17日掲載

  • 日本のインバウンド市場は特定のエリアに人気が集中。
  • IoTデバイスによるデータ収集・分析で、観光動態の可視化および需要予測が実現。
  • ニッチな観光需要を予測し、需給が一致することで日本の観光業の底上げが可能。

目次

新型コロナウイルスによる緊急事態宣言中の2020年4月。日本政府観光局(JTO)発表の訪日外国人数は99.9%減と、日本の観光業は大きなダメージを被った。

そして、緊急事態宣言が解除された2020年6月現在も、観光需要の回復の見通しはまだ立っていない。観光立国の実現に向けインバウンドによる消費拡大を目論んでいる日本にとって、観光業の復興は喫緊の課題だ。

今後、日本の観光業はどのような復興のシナリオを描いていけばよいのか。国立情報学研究所の相原健郎氏にお話を伺った。

相原 健郎氏

国立情報学研究所 コンテンツ科学研究系 准教授
総合研究大学院大学 複合科学研究科 准教授

<観光庁の調査分析事業>
ICTを活用した訪日外国人観光動態調査検討委員会 座長
GPSを利用した観光行動の調査分析に関するワーキンググループ 座長

成長の裏に潜んでいた、日本の観光の「偏り」

新型コロナウイルスが流行するまで、日本のインバウンド市場は急速に成長していた。2019年の訪日外国人数の推計値は前年比2.2%増の約3,190万人で過去最高。過去10年で3倍以上に増加している。

そんな中、マッキンゼーは2016年発表のレポートの中で、日本の観光業が持続的な成長を遂げるために取り組むべきテーマとして「訪日旅行者の国籍の偏り」「訪問する地域の偏り」「主要都市の観光関連施設のキャパシティ不足」の3つを挙げた。

急成長を遂げていた日本の観光業の課題。平たく言えば、特定の国の観光客が、特定の観光地に訪れるため、施設のキャパシティが不足しているということだ。

国立情報学研究所の相原健郎氏は、日本の観光業における「偏り」の是正のため、IT活用が必要だと話す。

「日本のインバウンド市場は、東京から箱根、富士山、名古屋、京都、そして大阪までに至るゴールデンルートに需要が集中しています。そこから派生して、よりディープなエリアに徐々に広がっていく。いわゆるトリクルダウン理論のように、人気のエリアのおこぼれが周辺エリアに流れていくという構造です。

もっとさまざまなエリアで需要が生まれるべきだという一方で、数十万人の観光客に訪れて欲しいというわけではなく、100人でも来てくれれば良いという観光事業者もいます。

そういったエリアでは過疎化により観光業の担い手が減ってしまっていたり、いつ、どれくらいの需要があるかが分からないため、訪れてみるとお店が閉まっているということが起こります。需給がマッチしなかったために、そのエリアのイメージが悪くなってしまっているのです。

一般的に旅行者は人それぞれで多様なため、大規模の来訪者を相手にする場合には、最大公約数的に来訪者群をとらえ、『満足度の平均を高める』ということになります。多くの人にとって及第点のサービスを目指すことになりますが、それは誰にとってもベストなものではないかもしれません。

一方、小規模のお客様を相手にする場合、最大公約数を想定した一様なサービスでは、満足度のばらつきが問題となります。そのため、個々の相手に合わせた細かい対応が必要になると考えられます。それには、個々をできるだけ詳細に把握し、限られたリソースを必要なところに重点的に費やさなければなりません。

そこで、ITの活用が求められています。具体的には、旅行者の動きと地元のリソースの把握を、ITによって分析・予測しようという動きです。これは、ITを使ったOne2Oneでの対応を実現可能にするということを意味しています」(相原氏)

観光客の行動動態をIoTデバイスで収集・解析

相原 健郎氏。取材はZoomミーティングで行った。

相原氏の研究テーマはサイバーフィジカルシステム(CPS)と呼ばれる領域。スマートフォンやIoTデバイスから得た、人の行動に関する情報を分析し、まちづくりや観光など、実社会の課題解決に役立てるための研究に取り組んでいる。

いつ、どこに、どんな人が訪れるのか──。観光客の行動に関するビッグデータを収集・解析できれば、観光業の需要予測が本格的に実現するかもしれない。

「例えば、10万人規模の地方都市であれば、メインとなる観光客は、実は近県の人たちだったりします。そういった都市の場合は、観光客数は天気に左右される部分が大きい。

このように、人の流れとその要因を把握することで、そのまちの観光業にさまざまなフィードバックをすることができます」(相原氏)

近年、スマートフォンやウェアラブルデバイス、テレマティクス、ICタグなどのIoTの普及により、人やモノの動きを計測するための土壌ができつつある。また一方で、道路や信号機、店舗などの環境側でのセンシングも普及しつつある。

これらのデータに基づいて、人の動きや街の状況を把握するのが、現在のトレンドだという。

多言語観光クラウドサービス「Japan2Go!」

スマートフォンアプリ経由で利用者の個人情報を排した属性情報(性別・年代、居住地、国籍など)と位置情報を取得し、データの分析・可視化を可能にするプラットフォームが、ソフトバンクの提供する多言語観光クラウドサービス「Japan2Go!」だ。

「Japan2Go!」ではスマートフォンアプリで観光客向けに多言語で観光情報や地域情報を発信するとともに、ユーザの「属性データ」「操作ログ」「行動履歴」を取得することで、観光客の細かな動態の可視化や分析が可能になる。

相原氏は「Japan2Go!」のデータ分析への助言を行うとともに、一部の具体事例の監修をしている。

観光業を推進する自治体や観光協会、DMO(観光地経営組織)などは、観光客のデータを分析することで、まちづくりやさらなる観光振興のためのフィードバックを得ることができる。

京都、沖縄エリアから始まった「Japan2Go!」は、現在、全国各都市へと展開を広げている。

2019年には、同アプリのモバイルスタンプラリーを活用した取り組みが山口県で実施された。

同事業は、2018年の地域IoT実装推進事業の成果を活かし、山口県及び山口県観光連盟が県内東部地域において開催した「YAMAGUCHI MAGIC! 秋冬の旅キャンペーン~おいでませ!ぶち楽しい岩国、サザンセト※、周南エリアへ~」と連動した取り組みだ。
※南瀬戸内海

対象エリアの回遊促進を目的に、10エリア(岩国市、柳井市、周防大島町、和木町、上関町、平生町、田布施町、光市、下松市、周南市)に対象施設を設置した。スタンプが集まることで、景品がもらえるという仕組みだ。

例年、県内各地では、紙によるスタンプラリーとアンケートを実施していたが、モバイルスタンプラリーによる効果測定は、今回が初めての取り組みとなった。

山口県でのモバイルスタンプラリー 分析結果

上記円グラフは錦帯橋付近のメッシュ内にいるユーザの属性情報。
ユーザのルートを可視化。錦帯橋から周防大島町へ移動したユーザの周遊の様子が観察できる。

モバイルスタンプラリーはコンテンツであると同時に、さまざま観光データを計測するのに有効な手段だ。参加者のデモグラフィックデータ(年齢、性別、居住地など)のほか、各施設の集客数とその伸び率、施設から施設への回遊など。エリア内で、どのような人が、どのように移動し、どのような効果を生み出しているのか、定量的なデータで把握することができる。

観光業のデジタル化にむけて

Webサービスであれば、こういった分析結果に基づいてPDCAを実行することはすでに一般的だが、これまで地域経営に関して言えば、その限りではなかった。これまでに実施していた紙のスタンプラリーやイベントのアンケートにしても、その効果を細かく計測することは難しい。

今回のモバイルスタンプラリーのように観光業のデジタル化を推し進めるメリットは、効果測定とそれに基づく予測・改善にある。

本事業を実施した山口県観光連盟からも「参加者を定量的に把握できたことで今後のPRターゲットが明確になった」「次回以降のモバイルスタンプラリーへの改善点が見えた」など手応えを感じる声が聞かれた。

「こういった施策を繰り返すことで、例えばイベント会場に出かけた人がその後、周辺のどのような施設へ流れるかを、予測できるようになります。ひいては、イベントを1回開催することによる地域への経済効果なども算出できるようになるでしょう。

本システムは、まだデータを取得し、分析・可視化するというファーストステップにあります。しかし、次のステップとしては、収集したデータを基にあらゆる予測を行っていく必要があります」(相原氏)

日本における需要予測の取り組みとしては、日本観光振興協会などが運営する「観光予報プラットフォーム」が、すでに始まっている。同プラットフォームでは、過去の宿泊データなどから6ヵ月先までの宿泊動向を予測することができる。

今後「Japan2Go!」も、「観光予報プラットフォーム」と連携したサービス展開を検討しているという。

ロングテール戦略で、日本のニッチな観光市場を底上げする

ITを活用し、人の動きを分析し、未来の観光需要を予測する。その先にあるのは、特定のエリアに限らない、観光業による日本全体の経済振興だ。

日本の知られざるニッチな観光資源と、世界のどこかでそれを求める観光客の需給を一致させること。それが、日本の観光業の底上げにつながっていく。

「旅行者のニーズは多様化してきていて、「自分に合った」「特別な」ものがより強く求められるようになっていると考えられます。そういう意味では、One2Oneの実現は、マイクロツーリズムにおいてだけでなく、多くの来訪者を獲得している観光地においても進められていくべきものと考えています。

さらに、今般の新型コロナウイルスの影響による移動制限、接触制限を要請される環境の下では、従来のような人々を一カ所に集めて効率的にサービスを提供するのではなく、人々を緩やかに分散させて「ゆったりと楽しめる」ことが求められます。

そのため、混雑状況に合わせた柔軟な予約や、逆に余裕のあるところへの積極的な誘引など、時々刻々の状況を捉えて的確に情報を提供することが重要になってくるはずです。それは、安全であるだけでなく、体験そのものの向上にもプラスに働くのではないかと思います。

また、今はSNSで情報が拡散していく時代です。今後はガイドブックに載っているような場所だけでなく、さまざまな接点から、日本のディープな魅力を知ってもらう機会が増えると思います。

そのとき、観光地側としては、きちんと需要を把握し、限られたリソースを効率的に使っておもてなしできるように準備しておかなければなりません。そのためのITによる観光動態の計測が鍵になります。

小規模の観光地の方が、個々の来訪者に合わせた対応がより実現しやすいとすれば、きめ細かで高い評価を獲得できるサービスを提供できるのかもしれません。小規模の観光地の方が有利である、と言ったら言い過ぎかもしれませんが、その可能性には大いに期待したいと思っています。

EC業界では、Amazonがニッチな商品の販売を積み重ねることで全体の売上を底上げする、ロングテール戦略で成功しました。日本の観光事業者にも、100人単位の観光客を求める小口のプレイヤーが多く存在します。

例えば、コロナウイルスが気になる方には、人けのない秘湯の温泉宿が、今後求められるかもしれません。

彼らの存在がマーケットの平場にきちんと陳列され、需要が予測できるようにする。そうすることで、観光客は買いやすく、事業者は売りやすくなります。

それが、今後の日本の観光業の再興につながっていくのではないでしょうか」(相原氏)

海外旅行が当たり前にできる日常が戻ったとき。日本の観光がさらに魅力的なものになるため、ITを活用した観光のアップデートが、今、求められている。

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