DXを推進する梓設計は「学習データ不足」をどう解決した?

2020年4月20日掲載

  • 梓設計は内装資材の検索アプリ「Pic Archi(ピックアーキ)」を2020年4月にリリース
  • Alibaba Cloudの「Image Search」を利用して、撮影した画像と類似の画像を検索
  • アプリはさまざまな建築データへアクセスする入口となる可能性がある

目次

あらゆる業界で急速に進むデジタル化。長年アナログな方法が主流だった建設・建築業界にもその波は押し寄せている。中でも、建設・建築業界のDX(デジタルトランスフォーメーション)にいち早く取り組んでいるのが大手設計事務所の梓設計だ。

建設・建築業界では今でも大量の図面と参考資料をデスクに積み上げて作業するのが一般的。そこで梓設計が取り組んだのが、建材・家具を検索できるアプリの開発だった。建物の建材・家具を撮影するとAIが類似の商品をレコメンドする仕組みだが、開発にあたっては学習データの不足が課題になっていたという。

プロジェクトに携わった梓設計の一級建築士・岩瀬功樹氏、コンピュテーショナルデザイナー・渡邊圭氏と、画像検索のソリューションを提供したSBクラウドの服部融明氏に、アプリ開発の狙いとプロセスについて聞いた。

ペーパーレス化から始まった「建材・家具の検索アプリ」開発

2019年8月に新たに誕生した梓設計の本社オフィスは、15項目のデータをセンシングし、AIで分析するなど徹底的なIoT化を実現。この新社屋移転に伴って本格的に全社フリーアドレスを導入した梓設計は、働き方を大きく変える必要に迫られていた。

建築設計の仕事は膨大な紙の資料と建材のサンプル、カタログなどを用いるケースが多く、従来は自席にそれらを積み上げて作業している人も多かった。しかし、毎日席が変わるフリーアドレスの新社屋では徹底したペーパーレス化、サンプルレス化が求められる。
そのため、梓設計ではオフィス移転と連動してもう1つのDXプロジェクトが進められていた。

それが、建材・家具の検索アプリ「Pic Archi」の開発だ。

アプリを起動し、カーペットや床、家具などを撮影すると、特徴が一致する類似商品が複数表示され、詳細を知りたい場合はメーカサイトへアクセスすることができる。身近にある建材や家具を写真に撮るだけでサンプルをアプリ上に集めることができるため、分厚い紙のカタログやサンプルは不要だ。

「Pic Archi」の利用イメージ

プロジェクトメンバーの岩瀬氏は開発経緯を次のように話す。

「サンプルレス化を進めるため、梓設計の新社屋の床にサンプルとなるカーペットを200枚以上貼りわけ、オフィスそのものをショールーム化しました。それとともに、どこにどのカーペットが貼られているかを誰もがすぐにわかるようにしようと、社内用に検索アプリの開発がスタートしました。
アプリの開発が進むうちにアプリの有効性を実感し、そこから、社外への公開を目指して本格的な開発を進めることになりました」(岩瀬氏)

集めたサンプルをオンライン上でチームと共有できる点も、このアプリの大きなメリットの1つ。これにより、設計者が抱える課題が改善されるという。

「これまでのアナログな設計の仕方には、2つの課題があると感じていました。
1つ目は非効率性。従来、建材・家具のメーカさんは個々の設計者に営業して、自社商品のカタログやサンプルを渡しているケースが多かったんです。設計者として新商品の話を直接聞けるのはありがたいのですが、設計者はたくさんいるので決して効率的とは言えません。

もう1つはチーム内での情報共有の難しさです。ある素材について知っているかどうかはメーカさんの営業とのつながりによるところが大きいため、チーム内で商品の知識にばらつきが出てしまうほか、無意識のうちによく知っているメーカさんの商品を検討してしまいがちです。全社で情報を共有し、フラットな視点で商品を検討するにはどうすればいいか、ということをずっと考えていました。

その点、当アプリの場合は大量にサンプルを保存し、チームで共有しやすいため、作業効率のアップにもつながります。また、商品を探すときの選択肢も大きく広がります」(岩瀬氏)

数枚の登録画像から類似画像を検索する「Image Search」を導入

エンジニアとしてこのアプリの開発に携わったのが渡邊氏。「実はAIは得意ではない」と語るが、ゼロから機械学習を学んで取り組んだという。

「最初のうちは社内のカーペットだけが対象だったので、ひたすらカーペットの写真を撮り、機械学習のためのデータを集めていました。

当初は1種類のサンプルにつき100枚ほどの画像を学習させていたのですが、社外にもアプリを公開することが決まったため、このやり方では今後登録するサンプルの数が増えてきたときに対応が難しくなると感じました。

そのタイミングでソフトバンクから、数枚の写真で商品を識別できるというAlibaba Cloudの『Image Search』を紹介してもらいました。実際に導入してみると、画像の登録、学習の工程がすごくシンプルで使いやすかったですね」(渡邊氏)

Alibaba Cloudのソリューションを日本で提供しているのはSBクラウドの服部氏は「Image Search」の特徴について、次のように話す。

「『Image Search』は一般的な画像認識の仕組みと少し異なります。一般的な画像認識は大量の学習データを覚えさせてAIで分析するのに対し、『Image Search』は学習済みのアルゴリズムをもとに、特徴を抽出して類似画像を検索するという仕組みです。

アリババグループはTmall(天猫)、タオバオ(淘宝網)など、数億人が利用するECプラットフォームをグローバルに展開しており、多数のユーザが日々画像検索をしているため、Alibaba Cloud上ではその学習データを使って類似画像を見つけるアルゴリズムがすでに出来上がっているのです。

『Image Search』の精度は、AIエンジニアが一から作り上げるのとほぼ同程度です。アリババグループ内のサービスによってどんどんアルゴリズムは更新されていくので、今後さらに精度が向上していくでしょう」(服部氏)

「Image Search」によって画像の学習が簡単になったことで、内装資材のメーカから商品画像をもらって登録するだけで、画像検索ができるようになる。将来的には、メーカの担当者が直接アプリに商品データと画像を登録することも想定しているという。そうなれば、あらゆる内装資材のサンプルが集まるプラットフォームとして大きく成長していく可能性を秘めている。

また、BIM(Building Information Modeling)と呼ばれる、PC上の3次元デジタルモデルに建物の設計から施工までのあらゆるデータを入力、一元管理するソリューションとの連携も考えているという。

「このアプリで検索した建材・家具の情報をBIMに直接送れるようになれば、すぐに3Dモデル上に反映させることができるようになりますので、その連携も試験的に取り入れています。これによって今まで以上に、直感的に建材・家具を選ぶことができますし、メーカとのデータのやりとりが効率化される分、スピードがアップします」(渡邊氏)

「ものづくりの魂」を生かしながら、建築業界ならではのDXを進めていく

建材・家具を探したい人とメーカをマッチングさせることができる「Pic Archi」が成長したとき、次に見えてくる新たな可能性が「データ活用」だ。

大量の商品データと検索データが集まれば、今までは見えていなかった建材・家具のトレンドを把握できるようになる可能性がある。設計者やエンドユーザが直感で『いいな!』と思ったものが可視化されることで、メーカは新商品開発につなげることもできるだろう。

「例えばアリババグループでは、自社プラットフォームやTmallから収集したデータや業界レポート、SNSで流行っているファッションのデータを収集し『今年流行する服』の傾向を分析しています。アパレルメーカはそのデータを参考にしながら、服やアイテムを製作しているのです。これに近い取り組みを、建築の内装資材の業界でもできるかもしれません」(服部氏)

梓設計の2人は今回の建材・家具の検索アプリを通して、どのように建設・建築業界を変えていこうと考えているのか。

「このアプリを通して建設・建築業界の働き方改革はもちろん建設資材のサステナビリティにも貢献したい。将来的にはSDGsに合致していたり、地球に優しい商品に何か評価を加えたりできないかなと。また、設計者やメーカ、職人のこだわりを可視化するプラットフォームとしても育てたい。アプリで、建材・家具との偶然の出会いを演出し、製作者のこだわりやデザインを深く知ってもらえる場にしていきたいですね。例えば、商品のコンセプトや製作ストーリーをコンテンツ化したり、こだわりの一品生産の作品も登録してほしい。

建設・建築業界は、さまざまな企業が複雑に関わっているため、他の業界に比べてDXが遅れていました。しかし、小さな家具から大きな建物、まちづくりまで含めて、ものづくりの集大成といえるのが建築ですし、そこには高度な職人の技術が集結しています。繰り返しになりますが、日本が誇る職人魂を可視化し、オープンなプラットフォームで誰でもアクセス可能にすることで、建築がもっと身近な存在となったり、ものづくりを盛り上げていくことにつなげていきたいと思います」(岩瀬氏)

「今も、BIMという仮想空間にさまざまな建築物のデータが収められていますが、これからデジタルツイン*と言われる世界はもっと広まっていくと思います。建物にカメラを向けるだけで、何年に建てられて、どのメーカの建材を使っているか、床がどのくらい摩耗しているかなど、さまざまな情報がすぐに得られるようになったら面白いですね。そうした世界の1つの入り口になるように、アプリを育てていきたいです」(渡邊氏)

*デジタルツイン … 現実空間の情報をサイバー空間に双子(ツイン)のように再現すること

後記

代表的なDXの失敗要因の1つに、「現場のニーズを汲み取れていない」ということがある。今回の梓設計のアプリ開発で注目すべきは、設計の現場を担う2名が企画から開発、そしてビジネスモデルの構築までをリードしている点だ。今後、DXが浸透していくためには、梓設計のように現場を知る人間が積極的にプロジェクトに携わっていくことが必要になるだろう。

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