Twitter界隈(かいわい)で話題の小説『え、社内システム全てワンオペしている私を解雇ですか?』。この小説の著者である下城米雪さんは、実はソフトバンクの社員でした。タイトルが印象的なこの小説は、小説のタイトルを採点できるAIを下城米さん自ら開発し、その評価を参考に執筆したそう。下城米さんに、副業として活動している小説執筆やAIについて聞いてみました。
ペンネーム 下城米雪(かしろめ・ゆき)さん
ソフトバンクでは、テクノロジーユニット ビジネスシステム開発本部に所属し、通信機器の設定を行うシステムの管理などを担当。小説執筆は副業制度を利用して活動している。
- Twitter:@naro_shogakusei
日本最大級の小説投稿サイト「小説家になろう」のヒューマンドラマジャンルで年間1位、Kindleストアランキングにおいて最高順位1位(ライトノベルジャンル)を達成した心境をお願いします。
AIを活用して執筆した最初の作品で、高評価をいただき感無量です。私自身、多くの物語に影響を受けてきています。1人でも多くの方に、本作に込めたメッセージが届いたならば、これ以上の喜びはありません。
作品のどのようなところが、読者に刺さったと思いますか? 作品を少し紹介しながらお聞かせください。
本作には、2つの独立したストーリーがあります。会社を解雇された主人公の話と、主人公が去った後の会社の話です。前者では、主人公が講師を始めた「真のプログラマ塾」に、家庭不和やハラスメント、低所得者という現代社会においてありふれた悩みを持った受講生が門をたたきます。受講生は主人公との会話から「きっかけ」を得て明日がちょっとだけ笑顔になります。そんな受講生の姿に、読者も共感してくれたのではないかと思います。
またラストでは、お約束通り「意趣返し」の展開になります。こういった展開は「主人公と悪役が勝手に争っている話」になりがちなので、本作では「読者による意趣返し」という視点を意識しました。こちらも読者の心情にハマり、まるで自分事のように「ざまあみろ」という爽快感を得てもらえたと感じています。
なぜこのような作品を書こうと思ったのでしょうか?
常日頃から「私の物語に触れた人を今より少しだけ笑顔にしたい」という信念を持って執筆しています。基本的には書きたいことを好き勝手に書いているため、あまり読者の反応が良くなかったんです…。そこで一度くらいは爆発的に人気が出る作品を書きたいと思い、AIを使って当時の流行を分析しながら執筆しました。急に思い付いたものではなく、数値を根拠に、エンジニアとして本気を出して徹底的に計算し、ストーリーを組み立てました。
本業がエンジニアということで誤解される方も多いですが、そもそも本作はエンジニアを主題にした話ではありません。仮に私が営業の仕事をしていたとしても、同じ話を執筆したと思います。なので、作中に登場する企業や人物、システム開発の内容は、ソフトバンクとは全く無関係のフィクションです。
小説を書き始めたきっかけをお聞かせください。
中学生の頃、たまたま深夜に見たアニメに感動して、自分でも物語を作りたいと思い趣味として書き始めました。友だちに「面白い」と言われたことが、今でも書き続けている理由になっていると思います。さまざまなジャンルに挑戦していて、小説投稿サイトに投稿を始めたのは約6年前からです。
大学ではAI開発を学び、社会人になった今でも画像生成AIや文書生成AIなど、面白そうなオープンソースに手を出しています。小説の制作にもAIを活用しはじめ、結果、副業として小説家をするに至ります。
小説執筆では、どのようなところにAIを活用しているのですか?
主に題材を決めるために使っています。現代の創作活動は料理と同じで、きちんとした素材を使わなければ誰にも評価されないため、執筆を始める前に「これから使おうとしている素材は、本当に読者が求めているものか?」ということを客観的に確かめる目的で、AIの評価点を活用しています。
同業者からも好評のAI。下城米さんの考えるAIの可能性
自作したAIとはどのようなものですか?
小説のタイトルやあらすじが、小説投稿サイト「小説家になろう」「カクヨム」で読者に受け入れられやすいかどうか、10,000点を満点として評価するAIです。自身で運営するウェブサイト「なろうRaWi(ラヴィ)」で公開しています。
下城米さんの運営するサイト「なろうRaWi」
※RaWiは、ReaderとWriterの間にAIを配したネーミングです
多くのウェブ作家、ライトノベルの編集者などが活用してくれており、「閲覧数が激増した」「書籍化が決まった」などのうれしい声をいただいています。
AIの性能は、一般的な解析方法で毎日評価して公開しており、「最低評価であるDランク」と「最高評価であるFATランク」の作品を比較すると、読者の反応が700倍以上※も違うという結果を確認できます。
- ※
以下画像、2023年5月9日の解析結果の場合。ランクごとの差は毎日変動します
下城米さんの開発したAIの評価ランクを比較したグラフ
もちろん「似たような(AIが好む)タイトルが増える」という批判的な意見もありますが、まだタイトルの決め方が分からない初心者の執筆者などに取っては必須のツールだと自負しています。上級者の方からも「今、ウケるワードは何か」という分析のために、よく活用しているという反響をもらっています。
多くの作者に貢献してるのですね。読者に受け入れられやすいかどうかをAIが評価するとのことですが、「受け入れられやすさ」とはどのようなポイントがあるのでしょうか?
読者は「タイパ」を重視しています。「面白いかどうか分からない有象無象の作品」の中から「貴重な時間を使う作品」を選ぶためには、タイトルを見て判断するのが一番効率が良いため、必然的に作品の内容が伝わりやすいタイトルが「受け入れられやすさ」として高評価になります。
タイパ重視…時代を感じます。下城米さんのAIを活用すると読者に好まれやすいタイトルなのかを評価できるのですね。
評価に加えて、とある書籍化作家さんの希望で「今、ウケるタイトル」を生成する「タイトルガチャ」という機能をつい最近リリースしました。
とは言え、あくまでAIは補佐的な役割なので、最終的な調整や判断は人間がやります。AIは常識にとらわれない発想と、数値という客観的な評価指標をくれるので、とても参考になります。
AIの特性を理解して使いこなすことが重要ということですね。最近ChatGPTなど対話型AIが世間でも盛り上がっていますが、AIの可能性をどのように捉えていますか?
小説の2巻に、以下のような記述があります。
「自分自身をプログラミングできる日が必ず来る」
「しかし、今の研究速度では(生きている間に)間に合わない」
「だからシンギュラリティだ。完成されたAIならば、100年後を1秒後にできる」
作者の思想を登場人物に言わせるのは、あまり良くないことではありますが、AI自体が仮想世界で社会を作るようになる時が訪れると思っています。そうなるとAIは仮想世界で時間という概念をいくらでも加速できるようになり、人間が100年研究しないと実現できないことを、AIであれば1秒後には実現できてしまう。その瞬間がシンギュラリティだと思っています。はるか未来の技術なども、われわれが生きている現世にもたらしてくれるタイムマシンのような存在がAIなのだと思っています。
小説に例えると、異世界転生です。現時点ではファンタジーですが、AIがシンギュラリティに至った後は、AIが作った異世界に遊園地へ行くような感覚で転生できるようになると本気で信じています。
ワクワクする可能性ですね。今後はどのようなAIを作っていきたいですか?
これだけAIを語りながらも、主たる業務ではAI開発を担当していないんです(笑)
ただ最近、組織全体で共有している膨大な資料が探しにくいという課題に対して、資料の格納先をデータベース化し、検索をスムーズにするAIの開発を上司に自主的に提案したところ「ぜひ、やってみて」と快諾してもらいました。
普段から「これはITの力が活用できるな」と思えたときには、積極的にシステムを開発しています。もはや呼吸のようなものですね(笑)
呼吸のように当たり前な感覚で開発していることに驚きです! 風土として、手を挙げればチャレンジできる環境なのですね。
そう思います。副業についても応援してもらっていますので、さまざまなジャンルの作品を世に出していきたいと思っています。副業に役立てるためにAIを調べていると、本業でもふとした瞬間に生かせているときがあるので相乗効果を感じています。
ありがとうございました。
実際に下城米さんのAI「タイトルガチャ」を回したところ、このような結果が出ました。皆さんが読んでみたいと思うタイトルはありますか?
RANK | 評価点 | 推奨ジャンル | タイトル |
---|---|---|---|
FAT | 9,897 | 異世界恋愛 | 妹に全てを奪われた令嬢は、親に捨てられた。だが、幼なじみの公爵さまに溺愛されて幸せです。 |
FAT | 9,888 | 異世界恋愛 | 【短編】身代わりの花嫁無能と呼ばれた令嬢は、隣国の皇太子殿下と婚約を結ぶ |
S | 9,766 | 異世界恋愛 | 「お前のせいで死にたくない」と婚約破棄された公爵令嬢は、隣国の皇太子に溺愛される。 |
A | 8,479 | 現実世界恋愛 | 「お前のせいで俺の能力が半減する」と魔術大学を追放された俺は、勇者の家庭教師として雇われる |
B | 7,725 | ハイファンタジー | 片田舎の魔術師、婚約破棄&断罪されたので田舎で冒険者として生きることにしました。 |
(掲載日:2023年5月24日)
文:ソフトバンクニュース編集部
スマートワークスタイルの推進
ソフトバンクでは、新しいワークスタイルに向けたさまざまな取り組みを行っており、本業に影響のない範囲でかつ社員のスキルアップや成長につながる副業について、会社の許可を前提に認めています。副業によって得た知見やノウハウを、これまで培ってきた経験や知見と新しく組み合わせ、将来の新規事業や既存事業の活性化などイノベーションの創出につなげることを目的としています。