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エッジAIで養殖産業をサポートする最新技術が、国際的なアワード「CES Innovation Awards®」を受賞

養殖から1次産業のAXを。オフラインでもスマホ上のAIが業務サポートする最新技術「エッジAI」の可能性

海の上や山間部など都市部から離れた場所で営まれる農業や水産業、畜産などの第1次産業。通信が届きにくい場所が多く、デジタル技術やAIの活用が遅れている分野です。

そんな第1次産業でのAI活用を推進するため、ソフトバンク株式会社と米国 Aizip, Inc.が共同で研究を行い、エッジデバイスで魚の尾数カウントを実現するオンデバイス機械学習アプリケーションを開発。「CES Innovation Awards®」を受賞しました。

革新的な技術と世界的なイノベーターが一堂に。「CES® 2025」

世界最大級のテクノロジー展示会である「CES® 2025」が、今年も1月7日から10日までの間、ラスベガスで開催されました。Consumer Technology Association (CTA)® が主催するこのイベントは、革新的な技術と世界的なイノベーターが一堂に会し、最新のテクノロジーや革新的なソリューションを紹介しています。

本展示会開催に先立ち、テクノロジー製品の優れたデザインとエンジニアリングを表彰する「CES Innovation Awards®」の受賞者が発表されました。2025年は過去最高の3,400件以上の応募があり、そのうち受賞したのは458件と、受賞率13%の非常に競争率の高い賞となっています。ソフトバンクとAizipは、エッジデバイスで魚の尾数カウントを実現するオンデバイス機械学習アプリケーションの共同研究開発を行い、「Food & AgTech」部門で「CES Innovation Awards®(イノベーションアワード)」を受賞。

革新的な技術と世界的なイノベーターが一堂に。「CES® 2025」

「CES® 2025」の展示会にも出展し、期間中、多くの人がブースを訪れました。

革新的な技術と世界的なイノベーターが一堂に。「CES® 2025」

スマホに搭載したAIが魚やいけすの状態を把握

石若 裕子(いしわか・ゆうこ)

話を聞いた人

ソフトバンク株式会社 IT&アーキテクト本部 アドバンスドテクノロジー推進室

研究責任者(PI) 石若 裕子(いしわか・ゆうこ)

マルチエージェントシステムにおける強化学習に関して博士(工学、北海道大学)を取得。函館工業高等専門学校で助手、北海道大学大学院・情報科学研究科にて特任助教授を経て、ソフトバンク株式会社にて機械学習、計算論的神経科学などの基礎研究に従事。養殖のスマート化研究のため、潜水士の資格と1級小型船舶操縦士の免許を取得。

スマート養殖実現に向けて、ソフトバンクでは継続して取り組んでいますよね。

石若 「きっかけは愛媛県との『デジタルトランスフォーメーション推進に関する包括連携協定』だったのですが、養殖プロジェクトとして、当社と赤坂水産有限会社の2社の共同研究として取り組んでいます。今年で3年目になります」

スマホに搭載したAIが魚やいけすの状態を把握

今回、Aizipと共同研究開発を行い、受賞したオンデバイス機械学習アプリケーションは、これまでと何が異なるのでしょうか?

石若 「Aizipは、機械学習モデルを小さくするだけではなく、デバイスに最適化するためのパイプラインの技術を持っています。今回、Aizipのパイプラインを用いて、尾数カウント行うAIをエッジデバイスであるスマホに搭載しました。また、アルゴリズムの変更にも協力いただいています。その結果、水中カメラを使い95%という高い精度でリアルタイムの尾数カウントに成功しています。さらに、魚の大きさを推定したり、魚網の損傷の検出にも取り組んでいます」

リアルタイムで尾数をカウント

リアルタイムで尾数をカウント

魚網の損傷を検出

魚網の損傷を検出

精度を高めるために改良した点を教えてください。

石若 「当初、魚を認識するための四角い枠であるバウンディングボックスを使った個体検知を行っていましたが、魚が重なった場合、尾数カウントが正しくできないという課題がありました。バウンディングボックスが重なると、後に隠れた魚の表示面積が小さくなったり、完全に隠れてしまったりすることから、検知数が下がってしまいます。

そのため、ヒートマップというアルゴリズムに変更しました。新たに機械学習を行う必要があったのですが、学習データに使用したのが、2021年に『SIGGRAPH』という学会で、当社が発表した3Dコンピュータグラフィックス(CG)シミュレーション技術です。通常、機械に物体を認識させるには、人の手でマーキングする作業が必要となりますが、魚の動きをシミュレーションしたとてもリアルなCGを自動で生成することに成功しました。これを訓練データとしてAIが学習することで、アルゴリズムを変更しても、尾数を正しく認識できるようになったんです」

実際のいけす内の尾数カウントの様子

実際のいけす内の尾数カウントの様子

リアルなCGを作成するとなると、さまざまな要素が必要ですよね。

石若 「そうですね。まずは、魚やいけすを3D化し、魚の種類によって異なる水温や明るさの好み、パーソナルスペースなど8種類の生態を取り入れ、魚の群行動を計算。12パターンの魚の動きを用意し、いけす内をシミュレーションしたCGを作成しています」

とてもリアルでどちらが実写なのか区別がつかないです…

石若 「実は、われわれもよく見ないと間違えてしまうほどなんですよ」

スマホに搭載したAIが魚やいけすの状態を把握

この技術を使うことで、どのような効果が期待できるのでしょうか?

石若 「多くの養殖場は小規模で、高価な大型設備を導入することが難しい状況です。尾数カウントや、サイズ推定、病気の検知、出荷といった重要な作業は、現状、手作業で行われることがほとんどです。また、水中のいけすそのものを点検したり、網を修復するような複雑な作業は、プロのダイバーに頼るか、そもそも網の破れに気が付かないことがあります。

今回の技術は、こうした課題を解決し、コスト削減と作業の効率化に貢献できると考えています。簡単に導入可能で低コストなAIソリューションとして、魚の成長やいけす内の魚数、出荷に必要な数や重量を把握することができるようになるだけでなく、餌の量を最適化し、餌の無駄を減らすことも可能です」

ただ、いけすがあるのは陸から離れた海上ですよね。通信は届いているのでしょうか?

石若 「通信が届きにくい環境でも、オフラインで利用できるエッジAIの技術を活用しているのが、今回の研究開発のもう一つの成果です。省電力かつ小型で、高精度なAIであるTinyMLを、エッジデバイスであるスマホに搭載しています。これをエッジAIと言い、ネットワークの端(エッジ)に位置するスマホやIoT機器などのデバイスやセンサーに直接AIを搭載し、データ処理や推論を行う技術です。必ずしも通信でつながっている必要はなく、オフラインでもAIを利用することが可能なんです」

今、注目される「エッジAI」

須田 和人(すだ・かずと)

話を聞いた人

ソフトバンク株式会社 IT&アーキテクト本部 アドバンスドテクノロジー推進室

室長 須田 和人(すだ・かずと)

並列処理アルゴリズムやコンピュータグラフィックスの研究チームの責任者として先端テクノロジーの研究開発に従事。最近では、第1次産業のスマート化に向けた研究開発に注力して活動している。

エッジAIは、常にネットワークとつながり、最新のデータを参照しているわけではないと。

須田 「ネットワーク的にはつながっている状態ですが、必ずしも最新のデータが必要な訳ではありません。エッジ上でAIが処理し、必要なところはクラウドなどに問い合わせをする。問い合わせ先は、近くのエッジデバイスかもしれないし、データを集約しているLLM(大規模言語モデル)かもしれない。それを判断するのがエッジAIで、何の情報を聞いたらいいかもエッジ側で決めればいいんです」

エッジAIの一番の利点は何でしょうか?

須田 「最大の利点はパーソナライズとローカライズだと思います。全てを把握している大きな脳がLLMだとすると、そこに問い合わせしたら大体のことは分かる。その反面、パーソナライズすることは難しい。さらにLLMにある全てのデータや情報が必要な訳ではなく、自分だけが必要な知識だけをエッジに分散したらいい。自分専用の小さいAIをパーソナルアシスタントとして、必要な用途に利用できるのがエッジAIです」

今、注目される「エッジAI」

石若 「1人の人間にとって、全人類の知識って必要ないんですよね。自分に必要な知識、興味あるものだけでいい。それって実はスマホの中に収まる範囲じゃないかと。辞書や六法全書とか、私たちは知らなくても生活できる。それが全部入ってるのがLLMだったりするのですが、私たちの普段の生活ではLLMの全ての機能を利用する機会は少ないと思います」

今回AizipとはQAアプリケーションの共同開発も行っていますね。

須田 「はい。SLM(小規模な言語モデル)を組み込んだQAアプリケーションの共同開発も行っています。現在もソフトバンクでは従業員が問い合わせできるチャットボットを活用していますが、セキュリティやプライバシーの観点から、個人的な質問や問い合わせはできません。今回開発しているQAアプリケーションを導入すれば、各自の業務用スマホの中だけでAIが処理できるので、パーソナライズが可能です。プライバシーに関する問い合わせが行えるようになることで、社内業務の効率化につながると思います。なるべく早く社内で実装していきたいですね」

ソフトバンクが目指す次世代インフラの一端を担う「エッジAI」

ソフトバンクは次世代インフラとして分散型AIデータセンターの構築を進めています。エッジAIはその中でどのような役割になるのでしょうか。

須田 「大きな視点でコンピューターの潮流をみると、“分散” と “集中” が繰り返されています。
パーソナルコンピューターの登場で、いろいろなことがおのおのにできるようになりました。しかし、処理能力やセキュリティ、共有できないといった課題から、AIを含め、データを一元化しクラウド上で処理しているのが現在の状態です。ただ一元化すると、ハードウェアなどの環境が肥大化する。AIについても同じで、クラウドに全部集めてきても、将来、結局全てを網羅できなくなると考えられます。

ソフトバンクは、そのような課題を見据え、次世代社会インフラである『分散型AIデータセンター』の構築を進めています。主要都市には大規模な計算処理を担うブレインデータセンターを、各都道府県には計算基盤としてリージョナルブレインを分散して設置する。さらに、超分散の一番末端には、エッジAIを搭載していくことを考えています」

ソフトバンクが目指す次世代インフラの一端を担う「エッジAI」

分散と集中のバランスを考え、構築していくということですね。

須田 「AIを動かすためには、高性能のGPU(Graphics Processing Unit)を搭載したサーバーが必要となり、このサーバーを稼働させるため、膨大な電力が消費されます。今構築しているAIデータセンターでは、再生可能エネルギーを利用する想定ですが、エッジデバイス上でAIが動くことで、消費電力の分散も可能です。また、AI社会を支える次世代モバイルネットワークの基盤として、ソフトバンクではエッジAIを活用した『AI-RAN』での実装検討を進めています」

オフラインでもAIが活用できることで、これまでAIを利用できなかった分野での活用が期待されますね。

須田 「そうですね。1次産業では、AIを搭載したデバイスやIoT機器の開発がなかなか進んでいません。通信がつながっていないと使えないというのも背景にあります。今回受賞したようなエッジAIが、いろんなセンサーやデバイスに搭載されることで、もっとスマート化が進むんじゃないかなと思います。今後は水産業だけでなく、畜産業のAX(AI Transformation)にも取り組んでいきたいと考えています」

牛の給餌量と出荷時期の最適化を目指す畜産DXの技術検証実施について(2024年1月31日 ソフトバンク株式会社 プレスリリース)

(掲載日:2025年1月29日)
文:ソフトバンクニュース編集部