現地のエンジニアが、東南アジアのネットワーク事情を紹介

2022年3月28日掲載

本記事では、何回かに分けて著者の経験をもとに「東南アジア」にスポットライトをあてて、「ネットワークインフラ事情」について紹介します。本記事では、実際のユースケースや課題、東南アジア各国の統計データを紹介していきます。

目次

  • 東南アジアのネットワークをよくご存じない方にむけて丁寧に解説します。
  • 想定している読者は、海外進出をしている日本企業の日本本社のICT企画部門やグループ全体のICT運用部門、情報セキュリティ担当者です。
金

金 澤根- Kim Tackkun

PT. SBTelecom Indonesia Corp.

2003年に韓国の国立大学(コンピュータエンジニアリング工学)を卒業後、来日。金融・通信業界のICTエンジニアとして活動し、2013年にソフトバンクへ入社。国内のデータセンター部門に所属しながら、社外的には日本データセンター協会(JDCC)にて関係者様と一緒にデータセンターのセキュリティガイドラインの共同執筆等を行いました。そこから視野を広げるための新しいチャレンジとして、2016年にはベトナムに、2017年から約3年間はシンガポールに駐在し、お客さまのプロジェクトに対応する一人のエンジニアとして、またときにはコンサルタントとしてマレーシア、ミャンマー、フィリピン、タイ及びバングラディシュの僻地まで飛び回りました。エンジニア出身ではありますが、2019年から現在の2022年2月まではインドネシアにて現地法人全体のビジネス責任者としてさらなる挑戦をしています。

はじめに

はじめまして。ソフトバンクの金と申します。

2016年度より海外拠点で日系企業様を中心にSEとしてICT環境全般をサポートしており、2022年現在は数あるソフトバンクの海外拠点のうちの1つであるインドネシア現地法人(※)の責任者としてICT及びデジタルトランスフォーメーション、デジタルマーケティングの領域でもお客さまをサポートしております。
※ PT. SBTelecom Indonesia Corp.

ソフトバンクとして展開している海外拠点は11ヶ国26拠点にものぼります。

本コラムでは私の経験をもとに「東南アジア」にスポットライトをあてて、「ネットワークインフラ事情」について紹介できればと思います。技術的な論点だけでなく実際のユースケースも含めて少しでもお役に立てれば幸いです。

海外主要11カ国26拠点を展開 海外主要11カ国26拠点を展開 https://www.softbank.jp/biz/contact/nw/global/support/

東南アジアであるあるなトラブル事例

まずは本題に入る前に私から3つのトラブル事例を紹介します。

Case Study 1)モノ(設備の観点)

ある生産財製造業様の海外拠点では、生産管理の情報連携のために日本本社のデータセンターに置かれているERPシステムへの接続をしており、リアルタイムでの情報連携が必要なため、国際回線の冗長化をしている。

ある日、日本本社のモニタリングで両回線が同時に通信断を検知していた。復旧まで24時間以上かかりその間に生産ラインが稼働停止となった。

Why1 工場敷地内での工事で誤って引き込みの光回線を工事業者(単純作業員)が切断した。

Why2 日本本社で契約している国際回線提供事業者の現地ISPは同じだった。

Why3 工業団地によってはISPの指定があり、光ケーブルの入線ルートを分けることができない。

Why4 現地にIT担当者はいるものの全体の構成を把握する能力はなく、日本側とのコミュニケーションで時間を要した。

Why5 日本本社側で現地の契約状況等の把握はできておらず現地任せにしていた。

ネットワーク構成

Case Study 2)ヒト(ICT組織の観点)

ある建設会社様の海外拠点ではメインオフィス及び工事現場のICTを運用するために現地社員としてのITスタッフは採用せず外部委託していた。ある日オフィス及び工事現場で使われているPC類にランサムウェアの警告が出たため、日本本社のIT部門に相談しながら現地委託業者に状況確認を行ったもののサポート範囲外として協力を得られない状況に陥った。日本本社よりランサムウェアの原因特定ができるまではPC等のICT資源を制限したいと指示があり、約一週間ほど工事現場での作業が止まった。

Why1 ランサムウェアの侵入ルートは会計システムで、Windows 7で運用されていた。

Why2 ICT外部委託業者も現地スタッフの知り合いで、専門のIT人材ではなかった。

Why3 法人としての業務委託契約等はなく、責任範囲等の記載のある契約文書もなし。

Why4 ICT外部委託業者が保守の名目で外部からリモートで会計システム等にアクセスできる環境であった。

Why5  現地側の全体のICT環境構成を把握するための管理ドキュメント等はなく、日本本社のIT部門が現状把握するまで時間を要した。

Why6  この辺の状況を管理監督する立場の方が、ICTについては知識がないまま現地スタッフに任せていた。管理体制の不在。

海外現地法人にICT担当で赴任したら
ICT担当で赴任したら

Case Study 3)カネ(コストの観点)

ある自動車部品メーカ様(ほかにも多数の類似事例あり)にてICTの投資予算の最適化がされておらず、駐在員の交代時に過去の数年間の不要ライセンス整理ができないままだった。さらに、すでに退職した社員のライセンス類(SaaS系の業務ソフト、Antivirus)も継続して支払いし続けていた。退職・異動した社員の分を削除せずに新規追加のみを外部業者に依頼していたため不要なコストが発生していた。なお、CAD等の専門領域で用いる高額なライセンスは社内申請しても決済が通らなかったため、現地従業員が勝手に海賊版を使用しており、ライセンス違反で該当プロバイダーへの巨額なペナルティの支払い等が発生した。

Why1 ICTスタッフはいるものの、PC修理依頼対応をメインのICT作業員が行っており、ライセンス管理やPDCAの概念がない

Why2 管理監督の駐在員も業務多忙のため、経理担当が事務的に新規ユーザの追加のみを対応している

Why3 誰がどのような業務をしていて、なぜそのライセンスが必要なのかの把握できない

Why4 現地従業員に必要なツールの提供ができない(高額なためマネジャから拒否される)

Why5 従業員のガバナンスの理解度の低さから、違法なライセンスを利用指定した。

日本と東南アジアのICT環境の違い

いかがでしたでしょうか?

私がこの記事のオーディエンスとして想定しているのは、海外進出をしている日本企業の日本本社のICT企画部門やグループ全体のICT運用部門、情報セキュリティ担当者を想定しておりますが、日本の事情とあまりにも乖離があるのではないでしょうか。もちろん、すでに日本本社のIT部門が主導して、現地のICT環境(技術面、運用面、組織面)を日本と変わらない状況にしているお客さまもいらっしゃいますが、日本本社側から適正なサポートを受けておらず、少ない経営資源で奮闘しているお客さまも多数いらっしゃいます。本コラムは後者の方にスポットライトを当てて進めさせて頂きますのでどうかご理解のほど宜しくお願いいたします。

近頃はガバナンス強化の一貫として、日本本社のICT企画部門の方々より現地調査のためのアセスメントの支援を依頼されるケースが増えましたので、海外現地法人(特に東南アジア地域進出拠点)へのサポートについての意識は高まっている印象です。我々のように海外にいながら現地のお客さまをサポートしている立場としては、大変ありがたい状況だと思います。

大企業でも、現地法人は経営資源が少ない中小企業と同じ状況にあります。ICTのアウトソーシングは、外部環境の変化への対応や自社の競争力強化などのための有効な手段であることをご認識いただき、外部支援を戦略的に活用するという視点で検討いただけければ幸いです。

前置きが長くなりましたが、本題に入ります。

東南アジアは一つの広域として見るのは難しい。

東南アジアと一言で言いますが多くの国と文化が入り交じっていて、1つの地域として扱うのは難しいのが実状です。

ここからは東南アジアの各国の統計情報などから各国がどのように違うのかを見ていきたいと思います。

まず、皆さまが思い浮かべている東南アジアとはどの国でしょうか。1万社を超える日系企業が進出していると言われている東南アジア(APAC:Asia Pacific内での東南アジア)には以下の11ヵ国があります。しかし、実質的には主要6ヵ国に日系企業が集約されていますので、本コラムではこちらの主要6ヵ国に絞って話を進めたいと思います。

ブルネイカンボジアインドネシアラオス
マレーシアミャンマーフィリピンシンガポール
タイ東ティモールベトナム 

※主要6ヵ国:・シンガポール ・インドネシア ・タイ ・ベトナム ・マレーシア ・フィリピン

 

日系企業進出数

以下は各国の日系企業進出数の2020年のデータになります。

日系企業進出数

Total

Singapore

Indonesia

Thailand

Vietnam

Malaysia

Philippines

13,549

96619595856212012301418

出典:外務省ホームページ海外進出日系企業拠点数調査 2020年調査結果(令和2年10月1日現在)

2020年現在、全世界での日系企業進出数は約3万2千社となり、APAC主要6ヵ国の中ではタイ王国に最も多くの日系企業が進出しており、ベトナムとインドネシアも勢いがあります。ちなみに、主要国ではないブルネイという国にも17社ほど展開されています。

他にもいくつかの指数をみて、日本とどのような差があるのかを見てみたいと思います。

 

人口統計データ

人口統計データ

Japan

Singapore

Indonesia

Thailand

Vietnam

Malaysia

Philippines

125,440,000

5,638,700

271,350,000

66,752,492

98,510,000

32,738,000

111,483,764

100% *注1

5%

216%

53%

78%

26%

89%

48 *注2

41.5

30.2

38

32.5

28.5

24

※ 注1)2020年現在のデータ。下段は日本の人口を100にした場合の比較値。
※ 注2)2020年現在の各国の平均年齢。

 

インターネット関連統計情報

インターネット関連統計情報

Japan

Singapore

Indonesia

Thailand

Vietnam

Malaysia

Philippines

1億2000万人

500万人

2億1000万人

5800万人

7500万人

2900万人

9100万人

94.5 % *注1

87.7 %

76.8 %

83.6 %

77.4 %

89.0 %

81.9 %

-  *注2

2.5 %

15 %

7%

1 %

2.5 %

6 %

※ 注1)ASIA INTERNET USE, POPULATION STATISTICS DATA / MID-YEAR 2021
※ 注2)2020年から2021年への対前年比インターネット利用の増加率
※ 注3)全世界のインターネット普及率65.9 %、ASIA地域は平均に近い64.1 %

 

2021年コロナ禍での人口の増加率、インターネットユーザ数の増加率、SNSユーザ数の増加率

在宅勤務やライフスタイルの変化による各国内のトラフィック変化が推測できます。世界で一番Facebookを使っている国がフィリピンであることは有名な話ですが、基本的に東南アジアは自宅へのインターネット環境が普及しないままスマートフォンに移行しているケースが多いです。新型コロナウイルス環境下で在宅勤務を現地社員が行う場合、一部の国では社員の家に固定インターネット環境がなく、携帯のテザリングを利用するケースもあります。今後、海外にゼロトラストのセキュリティモデルを展開する際にはBYODなどへの配慮も必要になるかと思います。

 

各国の前年比GDP増加率

名目GDP国別ランキングとITエンジニアの平均給与

世界の1人当たり名目GDP 国別ランキング・推移(IMF)とITエンジニアの平均給与

 

Japan

Singapore

Indonesia

Thailand

Vietnam

Malaysia

Philippines

1名あたりの
名目GDP

455万円

678万円

45万円

82万円

40万

116万円

38万円

ITエンジニア
平均給与

500万円

600万円

120万円

140万円

120万円

250万円

120万円

※データ更新日2021年10月13日 1ドル=113.48円 換算
※ITエンジニア平均年収は、筆者による推定データ(30歳、大学卒業、中間値)*JPY換算

多くのお客さまが自社でITエンジニアを採用(正確にはITエンジニアではない)する際、平均より安い賃金となるケースが感覚的に見受けられます。ITエンジニアではなくPC修理要員をITエンジニアとしてICT環境で運用しているため、全体の設計・変更管理と言った観点を持たないまま日々のオペレーションを行っている印象です。当然、日本本社のIT部門の期待値に達しないケースが多いため、技術論点の会話等において壁にぶつかり、ストレスを感じているという話もよく伺っております。

極端な例かもしれませんが、基本的なTCP/IPの概念はともかく、192.168.100.0/24の理解もできないという状況をITスタッフでもよく見かけます。社内ネットワークに目的別VLANを設定する必要性についても理解できていないため、全てのIT機器が一つのセグメントでつながる結果となります。

ただこれは現地にそのような要員がいないわけではなく、採用のミスマッチが多いからだと思います。ICT運用の重要性があまり認識されておらず、給料の安い従業員が採用されていることが原因かと思います。

最新のネットワークインフラ環境が整備されていても、運用する側の人的オペレーションミスが障害の原因となるケースも多く見かけます。

もちろんシンガポールのような高度なエンジニアが多い国でも同様のことはありますので、GDPが低かったり経済発展が遅いからという話はありません。どの国にも優秀な人材はいるのです。大事なネットワークインフラを社内で保守・運用する人材に、気を配る必要があることをご理解いただけると幸いです。

 

CISSP認定者数

高度ICT資格の一つであるCISSP認定者数

Japan

Singapore

Indonesia

Thailand

Vietnam

Malaysia

Philippines

3339

2804

129

270

78

390

202

*Source from ISC2 Homepage
*https://www.isc2.org/About/Member-Counts

単純な比較に過ぎないのでご参考レベルでご覧いただければと思いますが、上記数字の裏にはそもそも資格取得までの費用が壁になるケースが多いです。一部の国では資格試験代が中堅社員一人の1ヵ月の給料分と同じくらいにもなるので、チャレンジそのもののハードルが高い現状があります。

 

代表的な通信事業者

代表的な通信事業者

Japan

Singapore

Indonesia

Thailand

Vietnam

Malaysia

Philippines

NTT

SingTel

Telkom

True

Viettel

Maxis

Globe

KDDI

StarHub

Indosat

AIS

VNPT

Celcom

Smart

SoftBank

M1

XL

DTAC

FPT

DiGi

Sun

各国の代表的な通信インフラ事業者を3つほどピックアップしています。詳細は次回のコラムでご紹介していきたいと思いますが、まだ国営企業や国の影響が強く、それが安定した収入を得ていることが、先端技術への投資が遅れる原因ではないかと個人的には思っています。もちろんSingTelのように自国内では市場が小さいのでグローバルでビジネス展開しているところもあります。また、ベトナムのViettelは国営であり、国防省が運営している最大の事業者でもあります。上記の大手通信事業者とそこから派生する、もしくは関係性のある各国内のISPの事情についても論点絞ってお話できればと思います。

 

まとめ

今回は総論として全体の参考数値をご紹介してきましたが、次回は各国の詳細状況等についてお話したいと思います。なお、あくまでも以下の観点は個人としての認識であることをご理解いただければと思います。

次回は以下のような話もできればと思います。

  • 悪いことを言っているのではない、あくまでも基準の違い、物差しの違い
  • 東南アジアで合格点でも日本の物差しにすると不合格
  • 所得水準の違い、採用SEの違い、やすい人件費でIT人材採用(=PC修理員)
  • IT予算は最低限、年度予算に毎年組み込むなど設立当初から考慮すべき
  • 月給4万円のIT担当を採用し、日本と同等の品質管理はできない
    • 東南アジアでも30万円以上の月給のエンジニアはいる
    • ただのコスト削減とIT人材に対する誤解(IT人材 Not PC修理員)

関連資料

海外との拠点間通信で生じる課題を解決

「現地のIT人材不足」「インターネット品質」「セキュリティの脆弱性」などの日本と海外拠点間の通信課題とその解決策についてご紹介します。また、ソフトバンクが扱う3つのクラウド型SD-WANサービスの特長をまとめております。自社の用途に適したサービスの検討にお役立てください。

おまけ

雰囲気をつかんでもらうために私の見つけたショックな光景を紹介します。

ある国の工業団地でのケーブリング業者の作業様子 ある国の工業団地でのケーブリング業者の作業様子
ある国の都心部で見かける光ケーブルの様子 ある国の都心部で見かける光ケーブルの様子
ある国の工業団地内に位置するデータセンター ある国の工業団地内に位置するデータセンター

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