「地図」のユニコーン企業が日本上陸。Mapboxが起こすイノベーションの正体

2020年2月3日掲載

  • 開発者向けの地図開発プラットフォームを提供するMapboxが2019年11月から日本で事業を開始した。
  • Mapboxの利用企業はゼンリンの地図データのほか、気象、人流、道路の渋滞など、さまざまなデータにアクセスし、地図を作成することができる。
  • Vision SDKは、ルート案内や運転中のアラートといったナビゲーション機能のモバイルアプリへの実装を可能にする。

地図は、実はあまりイノベーションが起きてこなかった分野なのかもしれない。
一般的な地図で扱われるデータは地名、道路、建物名、店舗名などで、昔から変わっていない。しかし、これは地球上に存在するデータのごく一部にすぎない。

気象、人流、購買、交通渋滞、価格、ソーシャルグラフなど、世界にはさまざまなデータがあり、いずれも地図上で表現されることで、新たな価値を生み出す可能性がある。
地図というインターフェースがイノベーションを起こすための鍵――。それはあらゆるデータと地図との接続だ。

開発者向けに地図開発プラットフォームを提供する米国・Mapboxは2019年11月に日本での事業を開始した。
Mapboxのプラットフォーム上で日本企業の保有するデータと地図インターフェースがつながることで、どのようなイノベーションが起こりうるのか。

サンフランシスコ本社で、同社事業戦略のVice-Presidentを務めるデイブ・コール氏に、日本での事業展開について話を聞いた。

目次

数十億ドルの費用がかかっていた地図開発にイノベーションを

Mapbox、それ自体はGoogle Mapのような地図サービスではなく、オリジナルの地図を作成したい企業の開発者向けにAPI、SDK(ソフトウェア開発キット)を提供する開発プラットフォームだ。

「Mapboxの地図開発プラットフォームは130以上のプロパイダから地形、建物、気象情報などのデータ提供を受けており、そのなかには独占的なデータも含まれています。企業がオリジナルで地図を開発するためには自社でゼロからシステムを構築し、データ提供のために各地のパートナーと契約し、それを維持しなければなりません。
例えば、Googleは、Google Mapの開発のためにデータの購入やライセンスの供与に数十億ドルもの費用をかけています。Mapboxが地図開発の基盤となるデータと開発に必要なツールを提供することで、顧客企業はその企業にしかできない地図インターフェースの提供に集中することができるのです」(デイブ・コール氏)

Mapboxが提供するデータは地形、建物、航空写真などの通常の地図情報だけでなく、気象、流動人口、道路渋滞などの外部データも含まれ、企業が保有する独自のデータを加えることもできる。

また、利用企業はMapboxのAPI、SDKを利用し、柔軟かつ容易に地図のデザインを編集し、これらのデータとつながったオリジナルの地図を開発できる。

地図開発を直感的な操作で行うことができる「Mapbox Studio」 地図開発を直感的な操作で行うことができる「Mapbox Studio」

「他の地図プロバイダーを利用して地図を開発する場合、パラメータを使用して地図を変更することはできても、Mapboxのように外部データにアクセスすることも、自社が保有するデータを使用することもできません。 Mapboxの開発プラットフォームはオープンかつモジュール式であるため、高いカスタマイズ性を誇っています。また、私たちが開発して業界標準となったベクタータイル*というデータ形式は、大量のデータであっても高速かつハイパフォーマンスに、モバイル環境で地図を表示することを可能にします」(デイブ・コール氏)

*ベクタータイル … 地図をベクター形式でタイル状に区切ったデータ。容量が軽く、描画速度も速い。

ユーザのGPS情報でリアルタイムにアップデートされる地図データ

しかし、いかにMapboxのAPI、SDKが使いやすくとも、ベースとなる地図データ(地形、建物など)の精度に問題があれば企業は利用しないだろう。地図サービスの成否をわけるのは、ベースとなる地図データの精度につきる。
これまで地図データの作成・更新は、作業員の地道な現地調査によって行われていた。
一方、Mapboxは3.7億人以上のユーザのGPS情報によって、この調査を代替する。

「Mapboxの地図データはユーザの携帯電話から送信されるGPS情報を元に作成されています。ユーザがMapboxの地図を起動すると、緯度、経度、時刻などの情報がプライバシーに配慮したプロセスを経て、自動でMapboxに送信されます。
こうして集まったデータによりMapboxの地図データはリアルタイムでアップデートされているのです。ユーザデータを利用することで、顧客企業に精密な地図データを低コストで導入いただけるようになりました」(デイブ・コール氏)

また、2019年7月、Mapboxは日本での事業開始にあたり、アップデートのベースとなる地図データを、地図情報大手「ゼンリン」と提携することを発表した。

「ゼンリンは強力なパートナーです。この数ヵ月間、一緒に仕事をして、ゼンリンのデータが顧客にとって最高なものであると確信しました。私たちのAPIとプラットフォームを通じてゼンリンのデータを顧客企業に提供できることをとても嬉しく思います。ゼンリンは地図を改善していくためにユーザからのフィードバックを得るMapboxの仕組みに関心を持っていました。
私たちは地図データを提供してもらう代わりに、ユーザから得たデータをゼンリンに提供し、より良いプロダクト作りに貢献することができます。今後、ゼンリンとMapboxのパートナーシップはさらに強化されるでしょう」(デイブ・コール氏)

2019年3月、Google Mapの著作権表記から「ゼンリン」の名前が消えたことが話題になった。そしてそれから数ヶ月経った2019年7月、Mapboxの日本事業の開始とゼンリンからのデータ提供が発表された。
なぜGoogle Mapがゼンリンの地図データを使用しなくなったのかは定かではない。しかし、ゼンリンのデータがユーザのGPS情報でアップデートされていくことで実現する地図精度は、他の地図プロバイダーに対する優位性になりうることは想像に難くない。

Mapboxが日本のデジタルトランスフォーメーションを加速させる

デイブ・コール氏は日本展開における展望について次のように語る。

「早期に多くのユーザを獲得すれば、ユーザのGPS情報を得ることにつながり、将来的なプラットフォームの質の向上が見込めます。そのため、Mapboxのデータが利用可能になったタイミングから、なるべく早く市場に採用されることが重要です。
私たちは、企業によるプラットフォームの利用を促進するため、多くの企業との出会いを求めています」(デイブ・コール氏)

SoftBank World 2019において、Mapbox・CEOのエリック・ガンダーセン氏はヤフーと建設機械のコマツが、同社のプラットフォームを採用することを明かした。

日本最大級のユーザ数を誇るヤフーでMapboxの開発プラットフォームが採用されることの意味は大きい。より多くのヤフーのユーザに使ってもらうことで、サービス改善に繋げられるからだ。
ヤフー 高橋壮一氏はMapboxを採用した理由について、次のように語る。

「これまでヤフーでは、自社で地図描画に関する開発を行ってきましたが、Mapbox社の技術検証をしたところ、非常に高性能だとわかりました。
自社で同等の技術を開発する場合の期間や費用などから総合的に判断し、最終的にMapboxを採用しました。
今後は、目的地までのルート検索をするだけではなく、目的地を決めるサポートから、現地までのタクシー手配やレストラン予約、現地でのレストランランキングや営業中の観光スポットのリサーチまで、外にいるときに必要な検索すべてをパッケージしたサービスを目指しています」(ヤフー・高橋氏)

また、コマツがMapboxを採用したという事実は、Mapboxがデジタルトランスフォーメーションによる業務効率化にも寄与できることを示している。
コマツ スマートコンストラクション推進本部 システム開発部 部長 赤沼浩樹氏は次のように語る。

「私たちコマツは、近年、従来の建機ビジネスに加えて、施工現場全体をICTで有機的につなぐスマートコンストラクションを代表とするサービスを拡大しています。
今回、スマートコンストラクションの新サービスを検討するにあたり、エンジニア視点、ユーザー視点、そしてユーザー企業の経営者の視点から考慮した場合、カスタマイズの自由度が高く、描画性能が優れており、安価に利用できるMapboxが私たちのVisionを実現するための最適なツールと判断し、採用するに至りました。
現在、経営者向けのBIツール(BIコックピット)をMapboxをベースに開発中です。
スマートコンストラクションが展開する様々なサービスからのデータを集約、活用し、経営者向けに各現場の状況(進捗状況、建機稼働状況、安全状況など)を分かりやすく可視化することで、経営判断に役立てて頂くことをイメージし開発を行っています。
Mapboxは可視化プラットフォームの中核と位置づけており、Mapboxの持つポテンシャルを最大限引き出し、お客さまに喜ばれるソリューションにすべく日々尽力しております」(コマツ・赤沼氏)

デイブ・コール氏は、日本企業とパートナーシップを組みながら、日本のデジタルトランスフォーメーションを推進していきたいと意欲を示す。

地図革命からモビリティ革命へ

社内でディスカッションするデイブ・コール氏。取材は米国・サンフランシスコのMapbox本社で行われた 社内でディスカッションするデイブ・コール氏。取材は米国・サンフランシスコのMapbox本社で行われた

地図開発SDK、APIの提供は、日本での事業展開の「はじまりに過ぎない」とデイブ・コール氏は語る。

「次のステップは、日本で利用可能なナビゲーション機能の提供です。
来年初頭に日本でのリリースを予定しているVision SDKは、ルート案内や運転中のアラートといったナビゲーション機能を、モバイルアプリに実装することができます。
例えば、旅行サイトがユーザをホテルから目的地に誘導したり、運送会社が自社の車両を管理するといったことを、モバイルアプリで実現できるようになるのです。すでにVision SDKは日本の道路標識にも対応しています」(デイブ・コール氏)

Vision SDKで開発されたアプリを搭載するモバイル機器を自動車に取り付ければ、カメラで収集した映像から交通標識、近くの車両や人、車線などを検出し、ARによる細かな運転指示を出す、といったことが可能になる。

多くの車両を抱える運送会社は各車両への運転指示をVision SDKで開発したアプリで行いつつ、車両の位置情報を地図インターフェースで管理することもできる。

また、さまざまな外部データとの連携がスムーズなMapboxのプラットフォームは、MaaSのようなシームレスな移動体験とも相性が良いだろう。
さらに先の未来を見越せば、道路状況や車両の周辺状況を把握し車両に運転指示を出すことができる同システムは、自動運転を下支えする重要なインフラになる可能性を秘めている。

これから日本でも加速するであろうモビリティ革命において、Mapboxとその事業パートナーで構築されるエコシステムが、業界のスタンダードになっていくのかもしれない。

「今後、日本企業との正式なパートナーシップを順次発表していく予定です。私たちのグローバルビジネスのなかで、日本が占める割合はまだ5%程度です。
しかし、今後2年以内に、日本でのビジネスがグローバルの10%、15%占めるほどに成長していくでしょう」

編集後記

Google MapとMapboxの最も大きな違いは、Google Mapが1社で完成されたプロダクトを提供しようとしているのに対し、Mapbox は多くの事業パートナーとエンドユーザと共にプロダクトを完成させようとしている点にある。
事業パートナーのビジネスニーズに基づいて生まれる地図インターフェースの多様性は、Mapboxならではの強みである。
これまで地図の役割は「目的地まで到着する」ということに終始していた。Mapboxは地図というインターフェースの可能性を拡張していく存在になるだろう。

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