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産官学民連携による行政サービスのデジタルトランスフォーメーション(DX)が進められている福島県会津若松市。どのようにしてデジタル化を推進してきたのか。そして、このモデルを全国で実装するためにはどうすれば良いか。アクセンチュア・イノベーションセンター福島の中村氏を招いたパネルディスカッションの内容をダイジェストで紹介する。
アクセンチュア株式会社
アクセンチュア・イノベーションセンター福島
センター共同統括
ヘルスケアテクノロジーズ株式会社
代表取締役社長 兼 CEO
ソフトバンク株式会社
デジタルトランスフォーメーション本部 本部長
ソフトバンク株式会社
デジタルトランスフォーメーション本部
会津若松デジタルトランスフォーメーションセンター
センター長
ソフトバンク株式会社
法人事業統括 シニアテクノロジーエグゼクティブ
アクセンチュア株式会社
デジタル戦略アドバイザー
石岡 まずは、9年間の会津若松での取り組みをご紹介いただけますか。
中村氏 市民が納得して自分の意志でデジタルを使いこなす時代を作らない限り、DXは進まないと思っていました。そこで、我々が会津若松で注力してきたのは、どのように市民とコラボレーションして地域を活性化していくかでした。
会津若松は人口12万人の街ですが、日本の課題はこの小さな街に凝縮されています。この街で課題解決して、その成功例を全国展開すれば日本のDXが進むのではと考えました。そして、8項目の「あるべき方向」を定めました。その中心に据えたのは、データに基づいて政策決定を行うことでした。(図中④)
データは市民のものですからオプトイン(※)で情報共有します。また、デジタルはあくまでツールです。ヒューマンセントリック(人間主体)であることを方針として定めました。
現在は、ヘルスケア、モビリティ、フィンテック、教育、エネルギー、観光、食・農業、ものづくり、防災の9分野でDXを進めています。「医療など特定の分野に注力し、その成功を他に広げていく方が良いのでは?」いう意見もありますが、特定の分野のみでは対象となる市民の世代も限られてしまいがちです。 この9分野全てを行うことで、市民の参加率が高まると考えました。
※データを収集する目的を明確に示し、データを市民自ら提供してもらうこと
会津若松モデルの根底にあるのは、市民、地域、企業の3つのグループが恩恵を受ける「三方良し」の考え方です。市民は地域発展のためにデータを共有し、そのデータを活用されることでメリットを享受し、社会的にもSDGsに貢献し、企業も新しいビジネスモデルにつなげていく。これが大切だと考えています。
石岡 会津若松での今後の展開について教えてください。
中村氏 次のステップはスーパーシティ化。我々はまずデジタルコミュニケーションプラットフォームを作りました。今後、地域に必要なサービスを全てこの都市OSに集約して、行政のデータをオープンデータ化し、そのデータに基づいて市民生活を向上させていきます。
例えば、従来は行政や医療期間のホームページはバラバラに点在していましたが、1つのポータルサイトでパーソナライズ化されたデータを見ることができるようにしていきます。
また、日本は災害が多いですが自宅周辺以外のハザードマップを知らないことがほとんどです。そこで、オプトインした上で防災システムと個人の位置情報を連携して、災害時に今いる場所から避難誘導するサービスも提供していきたいと思います。
石岡 ありがとうございます。ソフトバンクでもスマートシティ事業を進めております。河西さんからご紹介してください。
河西 ソフトバンクでは2017年からデジタルトランスフォーメーション本部を設置し、日本の社会課題を解決することをミッションに事業を進めてきました。その中で会津若松のスマートシティ化の取り組みに関わり、このモデルを日本全国にどう実装していくかを強く考えるようになりました。
日本は今後人口が減っていき、2040年には半数の自治体が消滅危機にあると言われています。こうした中で、どう自然と共存して働き、生活していくかをしっかり考えていく必要があります。
ソフトバンクはモバイルネットワーク、固定ネットワーク、クラウドなどを持っていますし、5Gもスタートしました。グループでいえば、Yahoo! やLINEなど何千万人もの方が使っているサービスもあります。我々のアセットを活用しながら会津若松のスマートシティ戦略を一緒に進めていき、それを日本全国に横展開していきたいと考えています。
石岡 ソフトバンクではヘルスケア領域の課題解決のため、ヘルスケアテクノロジーズという会社を設立しました。会津若松で検討が進んでいるヘルスケアの取り組みを大石さんから紹介します。
大石 国民皆保険制度により日本の医療費は年間40兆円かかっていて、そのうち17兆円を国が公費で補填しています。20年後には医療費は70兆円に膨らむと試算されていて、日本の医療制度はすでに崩壊間近だと言えます。
この負の遺産を次世代に委ねず持続可能な社会を実現するために、パーソナルヘルスレコード(PHR)※を活用して行動変容を促すプラットフォームを構築しようというのがヘルスケアテクノロジーズの取り組みです。
※患者が自らの医療や介護、健康といった分野のデータを収集し統合的に保存するしくみ
人々の生活の中で健康に関するデータはさまざまな場所にあります。それらを市民が保持し、オプトインでデータ提供いただき、サービスにつなげる。
例えば、尿酸値が少し高い人に対して、食事やトレーニング方法を提供することも可能になります。現在はさまざまなデータに基づき、どんな展開ができるかを検討している段階です。
ヘルスケアテクロジーズが現在サービス提供している範囲は「未病以上医療未満」です。少し体調が悪いときに相談する場を提供し、次に起こす行動を伝えます。将来的にはオンライン診療や、介護領域にも取り組んで行きたいと考えています。
石岡 もう1つ重要な領域が防災です。こちらは会津若松デジタルトランスフォーメーションセンターに所属するソフトバンクの馬越さんから紹介します。
馬越 災害時には、市民だけでなくそこに滞在している人にも速やかに情報を伝えなければなりません。しかし、旅行先のハザードマップはみんな知らないですよね。
今までの災害情報はアラートで通知する形でしたが、もう一歩踏み込んで、どういう避難行動をとるべきかを伝えていく仕組みを作りたいと考えています。
事前のオプトインに基づいて「この道は危ない」「側溝が外れている」など市役所が把握する情報を提供し、避難誘導をしていくイメージです。まずは会津若松で実装するべく、今奮闘しているところです。
中村 今の話は全てヒューマンセントリックですよね。市民にフォーカスすると、行政にも企業にも恩恵が生まれる。これを会津若松で証明すると、DXに対するアレルギーが解消されるのではと思います。
石岡 会津若松のモデルを今後は全国展開していくことになりますが、今後のシナリオについて教えてください。
中村氏 昨年度、都市OSを標準化する動きを政府側と合意しました。これは日本で初めてだと思います。よく言われるのは、自治体の数だけシステムが散らばっているということ。今までの日本のIT業界はお客さまの要求に基づいて、オーダーメイドで作ってきたため、結果としてバラバラになってしまった。
今回、デジタル庁ができること、都市OSができたことをきっかけとして一度踏みとどまり、どこまでが非競争領域なのかを明確にして、非競争領域は標準化するべきだと思います。
我々が考える全国共通のシステム基盤は、都市OSどうしで各地方がつながり、標準化されたAPIを用いることで地域別での自由なサービス開発も可能にし、共通サービスはシェアするという形です。
また、日本の行政サービスのUX(ユーザーエクスペリエンス)はそろそろ統一すべきだと考えています。例えば、街ごとにホームページの様式が違い、観光客にとっては使いづらい。このタイミングで世界トップレベルのUXを作って自治体はそこにコンテンツを提供する形にすれば、標準化も守れるし、地域のユニークさも出せるでしょう。
また、1つの市だけで生活しているわけではなく、多くの人は周辺都市を行き来しています。この生活圏という考え方がデジタルの時代には必要になってくるでしょう。スマートシティ化を進めるには、周辺の街を巻き込んでいかなければ成立しません。
石岡 ここからは「スマートシティによる自律分散社会を実現する8策」というテーマでディスカッションをしていきます。まずは中村さんからご説明をお願いします。
中村氏 スマートシティを推進する都市にまずお伝えしているのが、データは市民のものということです。会津若松の場合は、IoTヘルスケア事業を立ち上げたときに、市長に議会答弁で明言していただきました。
ですから、行政が預かっている市民のデータを欲しいと言われたら、渡さなければなりません。行政の方と議論すると個人情報保護法の話になり、データを渡せないとなりがちですが、オプトインであればこれに当たりません。
この前提があって、次に市民、地域、企業の3つのグループ全てが恩恵を受ける「三方良し」のルールをデザインすることが必要となります。その際に押さえておくべきは、周辺地域も巻きこんでの生活圏でデザインすること、APIでの地域間連携、都市OSの標準化。そして、スマートシティ全般と統括するアーキテクトの配置です。
馬越 防災の観点で言うと、データを提供する仕組みを作るだけでなく、危機管理セクションと福祉、医療分野の関係性や、実際にどのような業務をしているかを現場でヒアリングするところからがアーキテクトなのだと思います。
大石 サービスを受けるのは人なので、人を理解することが大事だと思います。例えば、ヘルスケア領域では、高齢者がいろいろな病院で薬を重複処方されることがありますが、人にも良くないし、財源にも良くない。これをどう改善していくか。全体を俯瞰(ふかん)してマネジメントしていかなければならないと思います。
河西 日本の保険制度は世界に誇れるものですが、維持が困難になっている。民間としても市民としても考える必要があると思います。これまでは企業目線でデータが取得されていましたが、会津若松の取り組みのような市民に価値あるものとして還元する仕組みを日本全国に広げて行きたいですね。
中村氏 シチズンセントリックを実現するためには、まず市民として考えることが大切です。僕自身も、行政の人も、議員も、まずは自分が一市民だと考える。市民として過ごす中で課題を発見したら、スイッチを切り替える。僕はアクセンチュアの人だから、どう解決するかを考える。思考する順番を逆にするだけで、シチズンセントリックにつながっていくと思います。
2020年5月、Googleの姉妹会社、サイドウォーク・ラボによるカナダ・トロントのスマートシティ構想の中止が発表された。その最も大きな理由は住民のデータを企業に提供することに対する不信感だったという。今回のセッションで繰り返し強調された「オプトイン」「三方良し」が、スマートシティ化を推進するにあたっての重要キーワードであることが、あらためてわかる。そして今回の構想の全てが実現したとき、世界でも稀な産官学民連携のスマートシティが日本で生まれることになる。
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