「効率化」と「イノベーション」を両立させる、ソフトバンクの働き方改革

2020年3月25日掲載

  • 「Beyond Carrier(ビヨンド キャリア)」の成長戦略のもと、新規事業に積極的に取り組むソフトバンク。
  • 新規事業創出のリソース確保のため、Smart & Fun!な働き方改革を実施。
  • 社内アンケートの結果、約7割の社員が生産性向上を実感しているという結果が出た。

目次

高い実行力でビジネスを成長させ続けてきたソフトバンク。その徹底した前進姿勢は、企業内における「ワークスタイルの変革」においても例外ではない。

2012年春に発表した「社内業務ペーパーゼロ宣言」では、ソフトバンクグループ代表の孫正義氏が「ソフトバンク社員は、社内業務で紙を使ってはならない」という強烈なメッセージを発した。このひと言が結果的に、数億円ものコスト削減につながったという。

そんなソフトバンクが2017年から「働き方改革」を本格的にスタートさせた。全社一丸となって進める改革とはどのようなものなのか。プロジェクトを推進する同社の人事本部長(2020年3月時点) 長崎健一氏に話を聞いた。

長崎健一(ながさき けんいち)

ソフトバンク株式会社
人事本部 本部長 兼 総務本部 本部長
2021年4月より同社 総務本部 本部長

1992年に日本テレコム(現ソフトバンク)入社。カスタマーサービス部門を経験後に人事部門へ。2004年に同社がソフトバンクグループ傘下に入り、M&Aを機に一体運営となった当時の国内通信3社(ボーダフォン日本法人、ソフトバンクBB、日本テレコム)の人事制度統合プロジェクトをリード。2014年よりソフトバンクの人事本部長。人事部門として急速な事業変化に対応しながら、全社フリーエージェント制度や働き方改革推進などの人事施策を実行する。

「ベンチャースピリット」が生んだ働き方への課題

――ソフトバンクが働き方改革を推進するまでの背景について教えてください。

長崎:ソフトバンクグループの経営理念は、「情報革命で人々を幸せに」。1981年の創業以来、流通から出版、通信事業に至るまで、常に「情報革命」を見据えた事業を展開してきました。

そして2017年、これまで通信事業を主軸にしてきたソフトバンクが、AIやIoTなどのデジタル領域における新規事業を創出していくという「Beyond Carrier(ビヨンド キャリア)」の成長戦略を掲げました。

会社のビジネスモデルを変えていこうととする流れと、2017年から始まっていた世の中の「働き方改革」の大きな流れがちょうど重なりました。そこで、事業改革に伴う人事戦略を働き方改革と連動させて、社内から変革を起こしていくことになったのです。

――改革を始める前、社員の働き方にはどのような課題があったのですか。

長崎:私たちソフトバンクは、従業員1万7千人を超える企業でありながら、その根底にあるのは、常に前例のないことに挑戦しようとする「ベンチャースピリット」で、これは私たちの特徴的な企業文化です。

ただ、この社風は時として、「何としてでも目の前の仕事をやり遂げる」という、なかば執念にも似た仕事への姿勢につながります。

仕事に情熱を持つこと自体は、決して悪いことではありません。しかしながら、働き過ぎは健康面などでのトラブルになる可能性もあり、また時代が求める働き方ともマッチしていない。私たちはこれまでのソフトバンクらしさを残しながらも、単に「がむしゃらに働く」というやり方を見直す必要がありました。

「Smart & Fun!」で個人と組織の成長を目指す

――ということは、ソフトバンクの働き方改革の方針は「長時間労働の是正」だったのですか。

長崎:政府による働き方改革の指針のひとつに、長時間労働に対する法令の厳しい規制がありました。当然、世の中の風潮として「残業時間」に注目するわけですが、私たちが見据えたのは、ただ単純に「残業時間を減らす」ことではありません。

もし労働時間をゴールの指標にしてしまうと、「効率化」にしか目がいかなくなるからです。もちろん、法令遵守への意識や、業務の最適化は必須事項であるものの、それはあくまで改革の第1フェーズに過ぎないのです。

――では、ゴールとしたのは何でしょうか。

長崎:改革達成の基準としたのは、社員が「創出された時間で、新しいことに取り組めているかどうか」ということ。なぜならば、私たちが最終的に目指すのは、最先端テクノロジーによって新しい事業を創出し、世の中をより良くする変革を起こしていくことだからです。その実現のためには、「効率化」の一歩先を見ることが欠かせません。

そこでソフトバンクでは、働き方改革のスローガンとして「Smart & Fun!」(スマート・アンド・ファン/ITでスマートに楽しく!)というメッセージを掲げました。

つまり、業務効率化によって生まれた時間を、個人が新しい何かに挑戦する時間やスキルアップのための時間にあてて、イノベーティブでクリエイティブな活動を増やしていくという考え方です。

――「Smart & Fun!」のコンセプトについて詳しく教えてください。「楽しい」とはどういうことですか。

長崎:このスローガンが生まれた経緯として、働き方改革のプロジェクトを始める前に、 スローガンのアイデアを社内公募しました。業務効率化の軸となるのが、AIやRPAなどのITツールの活用であったことから、一番多く出てきたのが「スマート」という言葉です。

それを見たソフトバンク社長の宮内謙が、「そこに楽しさがないといけない」と言って、「Smart & Fun!」が決まりました。このスローガンには、「ITを駆使して社員全員がスマートになり、より成果をあげて、より楽しく毎日を過ごしてほしい」という宮内自身の願いが込められています。

「楽しい」という言葉は、ソフトバンクのバリュー(行動規範)である「努力って楽しい」から来ています。社員一人ひとりがチャレンジの心を忘れず、「楽しい」と感じる仕事をやり続けていく。そうして個人が自己成長を遂げることで、ひいては組織としての可能性が広がり、やがて世の中にインパクトを与えるビジネスへと進化していくのです。

働き方改革を推進するあまりに、「ソフトバンクらしさ」を失ってしまっては、改革の意味がありません。私たちが本来持っている強み、ソフトバンクの企業風土を生かして、さらに社員が働きやすい環境を整えていくことが、私たちの理想とする働き方改革だと考えました。

改革の決め手は「ソフトバンクらしさ」

――「Smart & Fun!」をスローガンとした働き方改革の、具体的な施策について教えてください。

長崎:改革では、いくつかの新しい制度を取り入れています。たとえば「スーパーフレックスタイム制」。コアタイムを撤廃して、朝7時から夜10時までの間、業務状況に応じて始業時刻と終業時刻を柔軟に変更できるというものです。シフト制で勤務する従業員以外の、ほぼ全職種の従業員がこの制度を活用できます。

これは「ソフトバンクらしい働き方」を語るうえで最も象徴的な制度です。働き方改革が進む世の中の流れで、たとえば「夜8時になるとオフィスを消灯して、強制的に帰宅させる」といった取り組みを実施する企業も多々ありました。私たちも同じようにするかどうか話し合うなかで、「それは果たしてソフトバンクらしいのか?」という疑問があがったのです。

私たちの企業文化においては、仕事への積極的な姿勢が大きな特徴のひとつです。仕事をするうえで、「どうしても今日、これをやっておきたい」と思うこともあるでしょう。そんな時に、ルールでがんじがらめにして全員が同じ時間に仕事を終えさせるのは、ソフトバンクらしいとは言えない。そこで、「やるべき時はやる」「余裕がある時は休む」と、個人レベルで就業時間の管理ができる仕組みをつくりました。

「在宅勤務」も同様に、個人の裁量に任せる方向で改革を進めています。これはもともと2015年、育児や介護をする社員を対象に始まった制度です。2017年からは制度を拡充し、その他の社員も希望があればモバイルワークができるようにしています。

今後はさらに場所にとらわれず、個人の状況に合った効率的な働き方ができるよう、WeWorkなどのコワーキングスペースやサテライトオフィスの活用を拡大しています。

もうひとつ、「副業・兼業」に関しても、これまでは原則禁止だったものを、本業に影響を与えず、スキルアップなど個人の成長につながることを条件に、2017年から許可することにしています。2019年9月までに、合計548人の社員がこの制度を利用しています。

広がるITツールによる業務改善

――ITの活用に関してはいかがでしょうか?

長崎:これには前提として、2012年から推進している「ペーパーレス」の取り組みがあります。そもそもITツールというのは、いきなり「今日から使いなさい」と言って導入できるものではありません。

まずは第1ステップとして、社内で行われている紙の手続きをすべて電子化したり、スマートフォンなどのデバイスで業務が遂行できるようにしたりと、IT活用のための基礎的なインフラを整えていきました。

現在は第2ステップであり、AIやIoT、RPAなどを業務に取り入れる社員が増えています。特徴的なのは、エンジニア職ではない一般の現場担当者が、自主的にITツールの勉強をして、試験的にツールを導入し、業務効率化を成し遂げていること。特にシステムとして全体に導入しているわけではなく、意欲ある一部の社員の行動が自然と他の社員にも広まってきています。

2018年度には、こうしたIT業務改善の「事例発表会」を2回に分けて実施しました。約700人の社員が集まり、たとえば「採用活動におけるAI活用」や「見積書作成におけるAI・RPA活用」といった事例を共有しました。聞いていた社員たちは「エンジニアでなくともこんなことができるのか」と、大きな刺激になったようです。

また、2017年からは、「Smart & Fun! 支援金」として、正社員全員に月1万円を支給しています。これは社員の自己投資を会社が後押しするもの。ITツールの教材を購入する社員もいれば、自己啓発、社内外での交流、またスポーツ活動などの体力づくりに活用したりと、用途は人によってさまざまです。

「個人」と「組織」双方の良さを増幅するのが働き方改革の要

――こうした大きな社内改革を進めるうえで、重要なことは何でしょうか。

長崎:社員一人ひとりの意識を変えていくためには、まずはトップから変わっていかなければなりません。改革の実行前には、ソフトバンク社内にいる約50名のリーダー層に対して対話型のワークショップを実施し、「なぜ今、Smart & Fun!の取り組みが必要なのか」ということを徹底的に議論しました。

ワークショップは3回に分けて行い、各人の組織に対する思いや将来へのビジョン、現状などを確認して、ひとつずつ理解を深めていきました。時間はかかりましたが、こうやってマネジメント層に働き方改革の意義を納得してもらえたからこそ、彼らがメッセンジャーとなり、それぞれの部門の社員たちにきちんと浸透したのだと考えています。

――改革に対して、ネガティブな意見もありましたか。

長崎:新しい取り組みを進めるうえでは、何かしらの反発が起こるのは当然のこと。「そんなことをして本当に大丈夫なのか」と、心配の声が多くあがったのも事実です。
たとえばスーパフレックス制度に関しては、「始業時間を自由にして、みんなが昼過ぎに来るようになったらどうするのか」といった意見もありました。こうした制度に対する不安の声には、「あらかじめ“運用ルール”を設けることでトラブルを防げる」と説明しました。

――なぜ「運用ルール」が必要なのですか。

長崎:運用ルールとはつまり、「個人の裁量」と「会社の統制」のバランスをとるものです。完全な「個人主義」はただの無秩序となり、組織として本来あるべき強さが出せません。個人と組織、両方の良さを引き出す絶妙なラインを探っていくことが改革の要です。

スーパーフレックス制度では、従来通りの朝9時から夕方5時45分までを「標準の勤務時間」として設定しています。基本は会社共通の標準時間を意識しつつ、「何かあれば変更してもよいですよ」という運用なのです。

制度を活用する社員の立場からすると、「自分に合った働き方」の選択肢が大いに広がります。時間に縛られなくなった分、「自分が会社で何を達成するか、以前よりも考えるようになった」という声も出ています。

2018年、働き方改革の成果を探るため、半年ごとに社員にアンケートをとりました。およそ7割の社員が、働き方改革によって「業務生産性」や「自己成長のための活動度」「イノベーティブ・クリエイティブな取り組み」が、それぞれ向上したと答えています。

――ソフトバンクの働き方改革は、今後どのように進んでいくでしょうか。

長崎:ソフトバンク社員の「仕事を楽しみ、新しいものに向かっていく」という気質が、より生かされる環境をつくっていければと考えています。

2020年度には、本社が汐留から竹芝に移転します。そこではITテクノロジーをフル活用したスマートオフィスを実現し、フリーアドレスはもちろん、リモートワークもこれまでよりずっと実践しやすい場となるでしょう。

私たち自身のチャレンジをモデルケースとしてお客さまにお見せし、新たなビジネスにつなげていけるような取り組みをこれからも続けていければと願っています。

編集後記

相反するものとして捉えられがちな「仕事への情熱」と「効率化」を両立させるための術として、ソフトバンクはSmart & Fun!な働き方改革を打ち出した。社員が自主的に業務効率化のためにITを活用し、そこで生まれたノウハウを顧客に提案するという好循環が生まれている。日本企業の課題を先んじて、まず社内で取り組み、解決を図るソフトバンク。日本企業のこれからの働き方が、ここにある。

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