「スマホ顎関節症(がくかんせつしょう)」って聞いたことありますか? 長時間、悪い姿勢でスマホを触っていると、顎関節症をはじめ、食いしばりや歯ぎしりといった症状が出ることがあるんです。一説によると、生涯で日本人の2人に1人が顎関節症を経験しているそう。放置しておくと、知覚過敏や頭痛などにつながる恐れもあるんだとか…。そこで今回は、顎関節症などの口腔トラブルとその対処法について、歯科医師で日本顎関節学会の指導医でもある宮本日出さんに解説していただきます。
目次
スマホに限らず姿勢が顎関節症の原因になるってホント?
顎関節とは、アゴの骨(下アゴ)と頭の骨(側頭骨)をつなげる関節のこと。日常的に口を開けたり閉じたりする際に使われます。この顎関節や、周囲の筋肉に関連する症状や障害を引き起こす疾患のことを「顎関節症」といいます。
顎関節症の要因は、歯ぎしりや食いしばり、かみ合わせの不調、アゴの筋肉の緊張、ストレスなどさまざまです。複数の要因が重なって顎関節に負担がかかり、症状を引き起こすこともあります。顎関節症の主な症状としては、次のようなものが挙げられます。
日本顎関節学会の調査によると、2020年時点での国内の患者数は約1,900万人。日本人の2人に1人が、一生のうちに何らかの症状を経験するとも言われているそうです。
宮本さん 「従来の顎関節症に加えて、コロナ禍を機に増えているのが『スマホ顎関節症』です。スマホを操作していると、長時間うつむいたり、首や肩に余計な力が入ったりすることがありますよね。その結果、下アゴが自然な位置からずれて上下の歯が接触したり、アゴまわりの筋肉や関節に過度な負担がかかったりしてしまいます。こうした習慣が積み重なることで、歯の食いしばりや顎関節症が引き起こされるのです」
宮本さんによると、専門家の間では、実は10年ほど前からパソコンやタブレット、スマホ、携帯型のゲーム機を使うときの姿勢によって、顎関節症が引き起こされる可能性があると指摘されていたそう。コロナ禍を機にオンライン化が進み、デバイスに向かう時間が長くなったことで、症状を訴える人が急増したといいます。
宮本さん 「スマホに限らずパソコンを使ったり、読書をしたりと、うつむき姿勢や猫背などが長時間続くことによって症状が現れるため、使用時間や姿勢を意識して改善することが大切です」
スマホ顎関節症が起こるメカニズム
スマホ顎関節症はどのように進行していくのでしょうか? 長時間うつむく姿勢を取ることによって起こる、アゴ機能の障害について見ていきましょう。
関節円板の位置がずれて痛みが生じる
顎関節には「関節円板(かんせつえんばん)」という組織があり、関節の動きをスムーズにし、関節への衝撃を和らげる役割を担っています。長時間うつむいた姿勢を続けると、アゴの位置が不安定になり、上アゴと下アゴの当たる位置がずれてしまいます。その結果、関節円板の位置がずれたり、口の開閉時に痛みが生じたりすることがあります。
TCH(歯列接触癖)や食いしばりが起こりやすくなる
TCH(トゥース・コンタクティング・ハビット)とは、無意識のうちに上下の歯を軽く接触させるクセのこと。1回1回の圧力は弱いものの、長時間にわたって上下の歯を接触させることで、顎関節に過度な圧力がかかることになります。長時間うつむく姿勢をとると、下アゴの位置がずれ、不安定になります。それを避けるためにアゴを固定しようとすると、上下の歯が接触しやすくなり、TCHや食いしばりを引き起こしやすくなります。
口腔の状態をセルフチェックしてみよう!
「口を開けるときになんとなく違和感があるけれど、顎関節症かどうか分からない」という人も少なくないはず。自分の口内の状態を知るために、まずは次の3つの方法でセルフチェックをしてみましょう!
1. スリーフィンガーチェック
口の開き具合と顎関節の痛みをチェックする方法です。口を開けた状態で手の指を横にして、3本の指が口の中に入るかどうかを確認します。
- 指が1本も入らない:顎関節症で指が1本も入らないほど症状がひどくなる可能性は低いです。他の病気の可能性があるため、すぐに医療機関を受診してください。
- 指が2本入らない:顎関節症の初期段階である可能性が高いです。
- 指が3本入らない:顎関節症が慢性化している可能性があります。
宮本さん 「指が3本入れば口の開き具合は正常です。指が2本入らない人はなるべく早めに治療を始めてください。顎関節症を発症してから2週間以内に治療すると、8割以上の人が2カ月以内に完治すると報告されています。一方で、顎関節症が慢性化すると完治するまでに時間がかかります。指が3本入らない人は、医師とよく相談してから治療を始めてください」
2. アゴの筋肉の痛みチェック
かみ合わせの悪化や、アゴのずれが起きていないかをチェックする方法です。咬筋(こうきん)や側頭筋(そくとうきん)を外側からグーッと押してみて、痛みがあれば筋肉が炎症を起こしています。
3. 顎関節のゆがみチェック
左右の関節が一緒に動いているかチェックする方法です。必ず鏡を見ながら行いましょう。
- 鏡の前に立ち、人中(鼻の下から上唇までの縦の溝)にそってボールペンを当てる。
- そのままゆっくり口を開ける。
- ボールペンにそって口がまっすぐに開いているかチェック。左右どちらかにずれている場合、ずれた方のアゴの動きが悪くなっている可能性がある。
これらのセルフチェックを行って「症状があるかもしれない」と感じた方は、早めに医療機関を受診して、医師に診てもらいましょう。次ページでは、顎関節症をはじめとする口腔トラブルを防ぐために、自宅で手軽にできるセルフケアをご紹介します。
スマホ顎関節症を防ぐには? 専門医が教える簡単セルフケア3選
日頃からアゴの関節や筋肉を動かしたり、ほぐしたりすることで、顎関節症をはじめとする口腔トラブルを防ぐだけでなく、軽度の顎関節症の症状緩和も期待できます。ここからは、毎日の生活に取り入れやすいセルフケアを3つご紹介します。
1. アゴの動きをスムーズにするストレッチ
- 手の指を縦にして口の前に持ってくる。
- 指3本分を目標にゆっくり口を開けていく。
- 口の開閉を10回行う。
宮本さん 「毎日、食事の前にストレッチを行う習慣をつけましょう」
2. アゴの筋肉の血流を良くするマッサージ
指3本をそろえて、咬筋や側頭筋をマッサージする。
宮本さん 「痛気持ちいい程度の圧をかけながらマッサージをしていきましょう。毎日、お風呂に入るときに行うと、血流が促されて筋肉がほぐれやすいですよ」
3. 口まわりの筋肉を鍛える「あいうべ体操」
- 「あ~」と口を大きく開け、1秒キープ。
- 「い~」と思い切り横に口を広げて1秒キープ。口角をやや上げて、奥歯が見えるようにする。
- 「う~」と唇をとがらせ、鼻より前に出すイメージで突き出し1秒キープ。
- 「べ~」と舌をアゴ先に向かって伸ばすようなイメージで1秒キープ。
- ①〜④を10セット繰り返す。
宮本さん 「あいうべ体操は、顎関節症の予防だけでなく、歯ぎしりや食いしばりなど口腔内の悪習癖の改善や、口呼吸の改善、口腔機能の強化にも役立ちます。効果的に行うために、最初は鏡を見ながら、口を大きく動かしましょう。習慣化しやすくするために、当院ではトイレに行くたびに、あいうべ体操を行うことをおススメしています」
舌の筋力も衰える! あなたの舌は正しい位置にありますか?
舌の位置は、舌先が前歯の裏にくっついて、舌の広い部分が上アゴの裏に軽く付いている状態が正常。舌の筋力が衰えると、下の図のように舌が下がってしまいます。舌の位置が適正でないと、顎関節症をはじめ、歯並びや呼吸、発音などに悪影響を与えることがあります。

日常生活に取り入れたい「歯と口の健康を守る習慣」
「最近は顎関節症だけでなく、口呼吸や、口がポカンと開いているなど、若いうちから口腔機能が衰えている人も多い」と、宮本さんは指摘します。口腔機能の低下は、健康寿命を縮めることにもつながるため、早いうちから対策をしておきたいもの。そこで、ここからは、日常生活に取り入れたい「歯と口の健康を守るための習慣」をご紹介します。
スマホを見るときは姿勢を良くする
スマホ顎関節症などの口腔トラブルを防ぐ一番の方法は、正しい姿勢でスマホやパソコンを使用すること。スマホを使うときは、脇をしっかり締めて、画面を目線の高さに合わせましょう。
宮本さん 「電車に乗っているときなどは、スマホを片手で持つ人が多いと思います。そうすると、無意識のうちに目線が下がり、顔が下を向いてしまいます。スマホを片手で持つ際は、もう片方の手で、ひじの下を支えて、スマホを胸の前に引き寄せましょう。こうすることで、目線を正しい位置にキープしやすくなりますよ」

リマインダーをセットして15分おきにストレッチ
パソコンやスマホを同じ姿勢で長時間見続けないために役立てたいのが、リマインダーアプリや目覚ましアプリです。15分おきにセットし、時間になったら背中を伸ばしたり、軽いストレッチをしましょう。
宮本さん 「肩甲骨が縮こまったり、硬くなったりすると、肩こりや首の痛み、猫背などの症状につながります。15分ごとに、『腕を上に伸ばして肩甲骨を開く』『脇を開いて肩甲骨を寄せる』といった2つのストレッチをするだけで、肩甲骨が柔らかくなり、食いしばりや歯ぎしりの予防にもつながります」
スマホを見る際の正しい姿勢やストレッチの方法については、こちらの記事でも詳しく解説しています。
「全力5秒うがい」をする
口まわりの筋肉を鍛えるために、宮本さんが推奨しているのが「全力5秒うがい」です。
- 大さじ2杯分(30ml)の水を口に含み、口の中の空気と混ぜる。
- ほほを膨らませて勢いよく「ブクブクうがい」を5秒間行う。
- 頭を後ろに傾け、真上を向いて「ガラガラうがい」を5秒間行う。
- 水を吐き出す。
- ①〜④を3セット繰り返す。
宮本さん 「全力5秒うがいをすることで、口呼吸やオーラルフレイル(口機能低下症)の対策になります。また、通常のうがいでの除菌率は67%ですが、全力5秒うがいは97%の除菌効果があると証明されています。口腔機能を改善でき、口の中も清潔になるので、ぜひ日常生活に取り入れていただきたいですね」
ケアを習慣化して口腔機能を健やかに保とう
顎関節の痛みや、ゆがみといった症状を放置すると、口まわりだけでなく全身に影響を及ぼし、頭痛や肩こりなどを引き起こすこともあります。「口の開き方や顎関節に違和感がある」と感じたら、まずは本記事でご紹介したセルフケアを実践してみてください。2週間ほど続けても症状が緩和しない場合は、必ず医療機関を受診しましょう。
(掲載日:2025年3月31日)
イラスト:POP CORN STUDIO
文:佐藤由衣
編集:エクスライト