5Gの通信を支える半導体

2021年1月27日掲載

「大容量、低遅延、高信頼という5Gの特徴を有するサービスは、半導体の更なる進化無しには実現できません」

ソフトバンク株式会社 常務執行役員 テクノロジーユニットモバイル技術統括 モバイルネットワーク本部 本部長で、携帯電話の無線網開発・展開戦略の立案実行を担当している関和 智弘はこのように語る。

デジタル化の波が押し寄せている昨今、モバイル技術の進化は加速度を増している。この進化を支えているのは、いうまでもなく半導体だ。これから始まる5Gの本格普及に向けては、課題もあるという。通信事業者が半導体に寄せる期待とはどのようなものだろうか。 2020年12月11日よりオンライン開催されたSEMICON® JAPANにおける関和の講演を抜粋し、あらためて考えてみたい。

目次

モバイル技術の進化

携帯電話の通信方式の世代交代はおおむね10年ごとに大きな転機を迎えている。モバイル技術は、1Gから始まり2G~5Gへと進化、2030年からは6Gが始まると言われているが、実は同じ世代の中でも5年ごとに技術が進化しているという。

関和「3GであればHSPA(High Speed Packet Access)、4GではLTE Advancedといったように、10年単位の世代交代の中でも、さらに5年ごとに新しい技術の導入が進んでいます。その都度、通信速度の向上が図られ、それに伴ってネットワークや通信機器、お客さまが実際に使用する端末機器の性能向上とコンテンツのリッチ化が促進されるのが、これまでのモバイル技術進化の流れです。

この進化に伴い、データトラフィックは年々増加しています。 また、さまざまなウェアラブルデバイスが登場し、家電製品、自動車などにも通信機器が搭載されるようになったことで通信デバイス数も大幅に増加しています。昨今の企業活動におけるDX化の盛り上がりと、コロナ禍によるリモートワークの急激な増加は、通信デバイスの増加ペースに拍車をかけています。

通信デバイスが増えるということは、ネットワークの容量も年々増加しなくてはなりません。年々増加する通信デバイスとデータトラフィックを支えるために、現在ソフトバンクでは全国約23万ヵ所の基地局を有しています。特に東京などの都心では稠密(ちゅうみつ)な設置をして多数の通信デバイスから送信されるデータトラフィックを運ぶ取り組みをしています。」

増加する通信デバイスとデータトラフィックを支えるために、無線機も進化を重ねているという。とりわけ大きな進化は、周波数の追加とマルチアンテナ技術だと関和は説明する。

関和「まずは、周波数の追加です。第3世代(3G)では周波数ごとに割り当てられる帯域幅は10MHzから20MHz程度でした。第4世代(4G)では40MHz、第5世代(5G)では100MHzから400MHzというようなさらに非常に広い帯域を割り当てられています。

このように周波数帯域幅が倍増しているのは、世代の進化と共にユーザに求められている通信速度ニーズが高くなっているためです。つまり、周波数帯域幅が増えた分、高速な通信を提供するために、無線機のCPU・メモリなどのLSIパーツは高速処理能力が求められるのです。この無線機の高性能化は、同時に消費電力の増加に直面しています。

もう一つ忘れてはならないのが、マルチアンテナ技術の進展です。

帯域幅が倍増した5Gの周波数と言えども、多数のユーザが同時に通信した場合には周波数をユーザで分け合って使用してしまうため、必ずしも高い通信速度を維持できるとは限りません。そこで、複数のアンテナを活用したマルチアンテナ技術が必要になってきます。

マルチアンテナ技術とは、複数アンテナで送受信した信号をソフトウェアで最適化することで実現する『MIMO(マイモ)』または『Beam Forming(ビームフォーミング)』もしくは、それらを組み合わせた技術を指します。例えば、『4×4 MIMO』では、複数アンテナを活用し、同時に4倍もの速度の信号伝送をすることができます。あるいは、電波の放射方向を特定の方向に向けて集中的に発射する『Beam Forming』技術により、基地局の中心点から遠いところにいるユーザの通信品質を維持することにも有効です。マルチアンテナ技術は一人一人のユーザの通信速度を向上させるだけでなく、多数のユーザの同時接続時でも、通信速度を高速に維持し提供することができます。

つまり、5Gでマルチアンテナ技術を進化させるということは、ネットワークの容量アップに非常に有効であることがお分かりいただけると思います。

このマルチアンテナ技術の進化の代表が、『Massive MIMO(マッシブ マイモ)』と呼ばれる、1つの筐体(きょうたい)の中に128個の送信装置と受信装置がそれぞれ収められているものです。これによって、1基地局辺りの容量を増加させたり、また多くの端末を収容したとしても、それぞれの端末からの干渉を受けづらくすることができます。

ソフトバンクでは他社に先駆けて2016年から『Massive MIMO』の商用化に取り組んでおりまして、5Gでも『Massive MIMO』をフル活用し、容量の安定したネットワークの構築を進めているところです。

しかしその一方で、空間的にユーザを制御するために高度な処理性能が求められます。帯域幅の増加に伴うCPUの処理性能の高度化と同様に、マルチアンテナ技術もまた、CPUの要求条件の高度化、消費電力増加の非常に大きな要因となっています。」

モバイル技術の進化につきまとう2つの課題とは?

増加するデータトラフィックと通信デバイス数を支える無線機の進化は、モバイル技術進化の肝であると関和は位置づける。しかし一方で、進化に伴いCPU性能が上がることで消費電力も増え続けていく。この増え続ける消費電力というのが、通信事業者にとっての非常に大きな悩みだという。

関和「通信機器は多くの半導体から構成されています。端末の無線部分を司るRRH(Remote Radio Head)、デジタル処理を司るBBU(Base Band Unit)、それぞれの装置で非常に多くの半導体が使われています。

先述した『Massive MIMO』は非常に多数の送信機と受信機が1つの筐体の中に含まれているという装置ですが、これらのアンテナ制御には多くの処理が必要となります。このような基地局が全国で23万局配置されていますので、ネットワークの維持のために非常に大きな電力を必要としています。」

高い処理性能の要求に伴うCPU のサイクルが非常に短くなった結果、無線機製品そのもののライフサイクルも短くなっていると関和は指摘する。現状、無線機の新製品はおおむね2年ごとに更新が行われるというが、製品ライフサイクルの短期化によってネットワークにはどのような影響があるのだろうか。

関和「皆さんもご存知の通り、携帯電話のエリア展開は都市部を皮切りに徐々に郊外・地方へという順番が一般的な流れです。このエリア展開順序に則って地方に新しい装置が展開される時には、さらに新しいハードウェアがリリースされてしまっています。都市部に最新のハードウェアが入る一方で、地方で展開される時にはさらに新しいハードウェアがでてしまっている。このように、エリア展開の優先度と性能進化にギャップが生じています。

ソフトバンクのネットワーク展開において、消費電力の増加および装置のライフサイクルの短期化は、非常に大きな課題となっています。5Gの発展には、これらの課題解決が必要不可欠です。」

なお、ソフトバンクは数年前より基地局で使用する電力に再生可能エネルギーを利用する方向だという。

ソフトバンクが目指す「リアル5G」とは?

5Gの普及にむけた課題を整理した後、関和はソフトバンクの5Gロードマップについて言及した。ソフトバンクでは2020年3月27日に5Gの商用サービスを開始しているが、大容量、低遅延、高信頼の全てを含んで提供される「リアル5G」の実現にむけても開発を進めているという。

関和「現在ご提供している5Gは、高速大容量という最大の特徴を活用し、高品質なコンテンツをスマートフォンでご利用いただくというモデルです。このようにコンテンツのリッチ化からスタートした5Gですが、今後さらに新しい姿へ進化していく前提で、我々は5Gの開発を進めています。

まず2~3年後に登場するのが、社会や企業のデジタル化を促進するIndustrial IoTと呼ばれる世界観です。このIndustrial IoTの世界観では、高速大容量の通信に加えて、5Gのもう一つの特徴である高信頼低遅延の通信も実現される予定です。

ソフトバンクは、大容量、低遅延、高信頼、全てを含んで提供されるものを『リアル5G』 の世界と考えています。2021年度以降、この『リアル5G』を実現すべく、現在さまざまな開発を進めています。

例えば、製造業ではセンサなどを工場内に多数設置して生産のスマート化や自動化が進展する。運輸の世界では配送の効率化、荷物追跡のインテリジェント化が進み、また街では信号機や街灯、水道、電気、ビルディングなどに至る全ての場所にセンサが取り付けられ、それをAIが制御することで人の生活をより豊かにしていくスマートシティが展開される。 『リアル5G』の世界観として皆さまが期待しているものはこういったものではないかと思います。

この『リアル5G』の実現に向けて非常に重要なネットワークの進化が 、SA(Stand Alone)構成です。現在はNSA(Non Stand Alone)構成と呼ばれる物なのですが、ここからSA構成を目指していきます。現在のNSA構成では5GのNR基地局が従来の4Gコアネットワークに接続されていますが、SA構成では5Gのコアネットワークに5GのNR基地局が接続されるようになります。

このようにコアネットワークと5Gの無線ネットワークが連携することで、高速大容量の通信だけではなく、高信頼低遅延の通信ができるようになります。」

ソフトバンクは「リアル5G」のネットワーク構成要素として、「パブリック5G」「プライベート5G」「ローカル5G」の3種類を定義しているという。

「パブリック5G」は、従来のスマホのようなサービス展開イメージで日本全体を5Gサービスのエリアとするネットワークの構成。「ローカル5G」は、地方自治体や各企業の敷地内などの特定のエリアで個別に5Gネットワークを構成する。そして「プライベート5G」はソフトバンクが独自に定義しているもので、法人のお客さまに対してソフトバンクが5Gのネットワークを個別に設置する、パブリックとローカルの中間に位置する構成である。

リアル5Gを実現する主要機能

「リアル5G」のネットワーク構成の中で今後は特に「プライベート5G」の活用が重要になってくると関和は語る。そして「プライベート5G」との組み合わせで「リアル5G」を実現するのは、「マルチエッジコンピューティング」と「ネットワークスライシング」という2点の機能だという。

関和「1点目はマルチエッジコンピューティングと呼ばれる、クラウド経由ではなくよりユーザに近いところでコンピューティングをすることで一定エリア内の通信処理の効率化を図る技術です。 マルチエッジコンピューティング技術と『プライベート5G』を組み合わせると、それぞれの企業の敷地内に汎用コンピュータを展開して、そのコンピュータの上に仮想的にソフトウェアが実現されるネットワークを提供することが可能になります。このように仮想化されたサーバの上で通信機能と処理機能をあわせもち、かつ低遅延を実現するためには、『プライベート5G』が非常に有効なのではないかと考えています。

2点目はネットワークスライシングと呼ばれる、ネットワークを仮想的に分割することで、各サービスの要求条件にあわせて効率的にネットワークを提供する技術です。 この技術を用いることで、企業内に閉じた企業のニーズにあった『プライベート5G』での通信と日本全国をカバーするパブリックのネットワークの間を密に連携させることができます。これら2つの機能により、高信頼・低遅延のURLLC(Ultra-Reliable and Low Latency Communications)と呼ばれるサービスや、産業分野のIndustrial IoTが真に発展するものと考えています。」

5Gの多様なサービス要件を実現するRANアーキテクチャチャ

これまで説明してきた機能に加え、「リアル5G」を実現する上で非常に重要な取り組みが「オープンRAN」だという。「オープンRAN」とは、オープンなインターフェースを用いて汎用コンピュータの上でネットワーク機能を実現し、そのネットワーク機能をインテリジェンス化された専用ソフトウェアでコントロールしていく技術だ。

関和「5GのURLLCでは低遅延が求められますが、それぞれのアプリケーション用途によって許容される遅延量というのが定義されています。

最も代表的な例が、リモートコントロールやファクトリーオートメーションで求められる応答速度5ms-10msです。これは、汎用サーバの上に仮想化ソフトウェアを載せて、その上に通信アプリケーションを載せるという構成で実現するため、比較的想像しやすいのではないかと思います。

それに対して、コネクテッドカーに求められるような応答速度1ms-5msという許容遅延を同じ構成で実現するためには、ハードウェアの性能、仮想化ソフトウェアとアプリケーションソフトウェアのインテグレーションなど、非常に大きなハードルが数多くあることもご理解いただけるのではないかと思います。ソフトバンクはこのURLLCに求められた厳しい条件を実現できるよう、検討開発を進めています。

また、今後の5Gでは自動運転、工場自動化、オンオフ制御といった用途ごとに大容量や低遅延、多接続通信などのさまざまサービス要件があるので、それぞれに適した柔軟な無線機配置が必要になってきます。その要望に応えるために、ソフトバンクはオープンRANアーキテクチャの活用を考えています。

例えば、『パブリック5G』のように多くの端末を必要とするネットワークに関して適用できるハードウェアと、『プライベート5G』のように非常に限られたところで使われるネットワークに対する要求条件は、全く違うものにできるのではないかと考えています。

CPU性能をどのようなレベルにするのか、メモリ容量をどのレベルまで引き上げるのか、MEC性能はどこまで求めるのか、そういったバランスを取りながら、最初は『プライベート5G』でこの仮想化を適用して、半導体の進化に伴い、『パブリック5G』でも大きく仮想化を展開していこうと検討を進めています。」

最後に、関和は半導体業界に向けた次のようなメッセージで講演を締めくくった。

関和「これまで今後の5Gの発展に関係するさまざまな要素についてご説明してきましたが、消費電力の増加と非常に高い処理性能の要求というこれまでの課題は、これからさらに加速していくと予想されます。 ソフトバンクが目指す5Gの実現には、超低消費電力かつ超高性能な半導体が必要不可欠です。今後の5Gの進化を、半導体業界の皆さまと通信事業者が協力して実現していきたいと思います。」

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