「5G×ロボットアーム」の遠隔操作は、どこまで人の手の繊細さを再現できるのか?

2021年7月16日掲載

目次

  • 大成建設とソフトバンクが「5G×ロボットアーム」を用いた遠隔操作細胞培養の実証実験を実施。
  • 東京(操作側)・大阪(作業側)エリア間でのピペット作業の遠隔操作に成功した。
  • 伝送・蓄積した遠隔操作データの利活用も視野に入れる。

日本でも本格化している5Gの利活用。産業分野では数々のユースケースが生まれている。その先端事例の1つが大成建設とソフトバンクによる「5G×ロボットアームの細胞培養実証実験」である。5Gを利用した遠隔操作がもたらす可能性について、大成建設株式会社 エネルギー本部ZEB・スマートコミュニティ部システム計画室の大手山亮氏、同社 エンジニアリング本部ライフサイエンスプロジェクト部医薬品施設第1プロジェクト室の渡野邉哲也氏にお話を伺った。

大手山 亮 氏

大成建設株式会社
エネルギー本部ZEB・スマートコミュニティ部 システム計画室
課長代理

渡野邉 哲也 氏

大成建設株式会社
エンジニアリング本部ライフサイエンスプロジェクト部 医薬品施設第1プロジェクト室
シニアエンジニア

東京→大阪間での遠隔操作による細胞培養ピペット作業を再現

2021年3月、ソフトバンクは大成建設と共同で、第5世代移動通信システム(5G)とロボットアームを活用した「細胞培養向けピペット作業遠隔操作システム」の実証実験を行った。ピペット操作とは、ピペット(計量・移動を目的とした科学実験器具)を用い、細胞などにダメージを与えないよう細胞を含む少量の液体を吸引・吐出・計量する操作のことを指す。

東京のソフトバンク竹芝本社ビルから大阪のロボットアームを遠隔操作する大手山氏 東京のソフトバンク竹芝本社ビルから大阪のロボットアームを遠隔操作する大手山氏
東京と5Gで接続された大阪「5G X LAB OSAKA」に設置のロボットアーム。東京から遠隔でピペット操作が行われた 東京と5Gで接続された大阪「5G X LAB OSAKA」に設置のロボットアーム。東京から遠隔でピペット操作が行われた

実証実験の場所はソフトバンク新本社ビル「東京ポートシティ竹芝」(東京エリア)と「5G X LAB OSAKA」(大阪エリア)。両拠点を5Gネットワークでつなぎながら行われた実証実験では、4K高画質映像を介し、東京側のマスターロボットの操作で大阪側にあるスレーブロボットでのピペット操作(吸い出し・かくはん・洗い流し・上澄み排出)に成功した。

操作を体験した担当者からは「東京にいるのに、大阪にいるような感覚で操作できた」「左右の動きも前後の動きもほとんど違和感なく操作できた」などの声があがった。

再生医療現場の「属人化」の課題を解決したい

大成建設で同実証実験の“前身”となるプロジェクトがスタートしたのは2016年のことだった。

「当時、私が在籍していたエンジニアリング本部に技術戦略推進室という部屋が立ち上がり、会社から新規技術開発の命が下りました。同室にてプロジェクトのための社員有志のタスクフォースを立上げ、そのさなかで我々が目を付けたのが“生産施設(医薬品・食品工場など)の省人化”を目的とした新しいコンセプトの遠隔操作システムでした」(大手山氏)

その後、生産施設向けの新しい遠隔操作システムをいくつも発表してきたが、その中でも大手山氏らが最近着目したのが、細胞培養に挑む「再生医療」の現場だった。

再生医療とは、病気・事故などで失われた体の組織を再生する医療技術のこと。多くの場合、患者本人やドナーの生体から細胞・組織の一部を取り出し、培養容器のなかで維持・増殖させる「細胞培養」が行われる。

「細胞培養士は昼夜を問わず、専用の実験室で雑菌の混入を防ぐための防護服を身に着けながら作業にあたります。また、細胞培養工程の1つであるピペット作業では細胞品質が安定しにくく、細胞培養士の熟練度によって品質が左右されることもあります。細胞培養士の長時間労働や作業環境、細胞品質の安定性——これらは長年、再生医療の現場に横たわる課題です。

再生医療や遺伝子治療は、少子高齢化が進む日本で需要が拡大する見込みですが、いまだ極端に“人”へ依存しています。そうした事情から自動培養装置などの導入が一部では進んでいますが、リーズナブルな金額で、かつ、汎用性の高い技術の活用が進んでいるかというと、そこには至っていません。遠隔操作・自律動作が拡がっていかないと、こうした属人化がボトルネックとなり必ずどこかで行き詰まるでしょう。そうした思いから本プロジェクトがスタートしました」(渡野邉氏)

5Gで「遅延のない4K高画質映像」が可能に

2017年、大手山氏らメンバーは、電動義手の開発を手掛けるベンチャー企業とともに、ロボットアームの遠隔操作システムの実証に乗り出した。

同年9月、“力触覚”伝達型遠隔操作システムの初号機から実証実験を開始。当時の試作機は遠隔地の様子をVRで見ながら5本指ハンドを持つロボットアームを動かすものだったが「5本指は非常に格好良かったが、出来ることが人間のように多くは無かった」ことから、2018年7月、より広い汎用性を求めて現在のような産業用ロボを導入したという。

ロボット初号機(5本指ハンド)時代 ロボット初号機(5本指ハンド)時代
現在のロボットアーム 現在のロボットアーム

このとき5Gの実証実験も同時に開始した。ソフトバンクの「おでかけ5G」を用いた建設機械システムを担当する同社・建設機械自動運転チームからソフトバンク5G担当者を紹介されたのは、2018年3月頃のこと。かねてより5Gにはこんな可能性を感じていた、と大手山氏・渡野邉氏の両者は振り返る。

「ロボットアームの遠隔操作システムは、単に『遠隔地の力加減が分かればよい』『遠くの映像が分かればよい』ということだけではなく、視覚・力触覚をはじめとする複合的な感覚の双方向性やそれに伴う無意識の動き、すなわち人間の体験そのものに近い、多様で質の高い情報のやり取りがとても重要です。5Gは場所を問わず、多様で質の高い情報をやり取りすることができる手段として遠隔操作との親和性も高く、世界を大きく拡げることができると期待していました」(大手山氏)

「特に今回の場合は、細かい対象物を扱う細胞培養を、人が操作するロボットアームの遠隔操作で再現するプロジェクトですから、遠隔地で撮影する映像には高い精度が求められます。映像の画質がよくなければ、操作側での緻密な操作はできませんし、映像に操作を妨げるような遅延があってもいけません。その点で5Gには大きな優位性を感じました」(渡野邉氏)

遠隔操作データの利活用も視野に

本実証実験の関連メンバ(大成建設とソフトバンク) 本実証実験の関連メンバ(大成建設とソフトバンク)

2018年11月、遠隔操作データの蓄積とAIによる自律化技術の実証実験もスタート。翌2019年2月には液体を計量する多数の遠隔操作データをAIに学習させることでロボットアームによる自律的で正確な液体計量動作の生成に成功し、同年夏「細胞培養向けピペット作業遠隔操作システム」の開発が本格始動した。

2021年の実証実験では、サーボモータメーカの山洋電気株式会社やピペットメーカの株式会社ニチリョーを巻き込み、他に類を見ない「遠隔操作専用ピペット」を開発して特許も出願。ロボットアームの動きも含めた多様な遠隔操作データを東京から伝送し、大阪側で高精度に記録することにも成功した。遠隔操作データの記録により「リアルタイム遠隔操作だけでなく、時間・場所を問わず必要なとき何度でも過去に行われた動作を再生できる」「優れたデータの選別や編集が可能になる」「5Gの利用で動作データの他、4K低遅延映像などの他の感覚情報も収集でき、AI学習モデルを転送できる」「ロボットと5Gが連携した、ネットワークやクラウドを活用する遠隔操作データエコシステムの構築」などの可能性を見据えている。

AIによる自律化を含め、同社での実証はまだまだ続くが、2021年の実証実験の結果について改めて両者にたずねた。

「プロの細胞培養士からもコンセプトにはすでにお墨付きをいただいています。今回の対象は細胞培養の一部に過ぎませんが、とりわけ緻密さを要求されるピペット操作の再現を突破できたことにはひとまず満足しており、この操作ができるのであれば、他の作業の再現も不可能ではない、と現場からの期待が高まると思います。今後注力していくAIによる自律化も細胞培養の品質向上に寄与してくれるはずです」(渡野邉氏)

最後に大手山氏はこう総括する。

「今回挑戦したピペット作業(吸い出し・かくはん・洗い流し・上澄み排出)は専門外からするとどれもマニアックな作業かもしれませんが、それらの非常に緻密な作業を東京と大阪間の遠隔操作で実現できたことに満足していると同時に驚きを感じています。特に5Gによる4K高画質映像は、よい意味でとても生々しく、操作習熟や没入感の観点でも期待以上の成果がありました。机上では都市間での細胞培養遠隔操作はできると思いながら、今回ソフトバンクの皆さまと実際に手掛けて得られた成果は期待以上だったと思います。

熟練細胞培養士からのデータ収集、構成機器のブラッシュアップ、このシステムで対応できる培養操作の拡大、さらにはマルチモーダルAIによる遠隔操作データの学習など、まだまだ取り組みたいことは沢山ありますが、今後も本プロジェクトを通じ、再生医療分野の発展に貢献していきたいと思っています」(大手山氏)

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