【GOVTECH】日本の給付金はなぜ遅い?エストニアに学ぶ、日本の行政のDX

2020年8月18日掲載

目次

コロナ禍の中で、政府や自治体の対応に注目が集まるとともに、多くの日本国民が厳しい目を向けている。特別定額給付金の申請手続きを巡っては、その申請方法の複雑さや給付されるまでの時間の長さに不満を覚えた人も多いだろう。民間企業がニューノーマルに舵を切り、DX(デジタルトランスフォーメーション)しようとしている中では、政府や自治体のDXの進み具合もまた、浮き彫りになる。

行政のDXをテーマにした連載企画「GOVTECH ─政府のニューノーマル─」。第一回は、エストニアで起業し、デジタルIDを活用したソリューションを日本の自治体に提供するxID CEOの日下光氏に話を伺った。

電子国家と言われるエストニアでは、国家プロジェクトとして行政サービス、教育、金融など、さまざまな面でデジタルが活用されている。どのようにして、行政のDXを進めているのだろうか。また、DXした行政はコロナ禍での対応にどのような違いを生み出したのだろうか。

エストニアは「ニューノーマル」ではなく「ニューバランス」

日下氏:新型コロナウイルスによって、エストニアでも日本や他のヨーロッパ諸国と同じように緊急事態宣言が発令されました。エストニアは海外から外貨を獲得することで経済が回っている国。そのため、世界経済が停滞するのに伴い、やはり経済的なダメージを被りました。

一方で、国民の生活という視点では、他国ほどの影響はなかったように思います。「緊急時」と「平時」のデュアルモードの基盤が、国に備わっていたのが大きかったのでしょう。

エストニアでは、e-IDカードという日本のマイナンバーカードのようなデジタルIDの仕組みが既に浸透しています。企業の社内システムにもデジタルIDでアクセスするので、自宅のPCからでも間違いなくその人であるということが分かります。

同じように医療システムでも国家システムでも、デジタルIDでセキュアにアクセスすることができます。そのため、エストニアでは国会議員でさえリモートワークをしていましたし、補助金の給付も発表してから約2週間で完了しました。

これらを実現するためのインフラはコロナ以前からエストニアにあったものです。そのため、従来通りの仕組みを使って、リアルとデジタルのバランスを変えるだけでよかった。

日本では「ニューノーマル」という言葉が用いられていますが、エストニアでは「ニューバランス」で十分だったのです。

電子国家の根底にある「フェアな透明性」

日下氏:そもそも、なぜエストニアは電子国家となり得たのでしょうか? エストニアは1991年に旧ソ連から独立した、人口132万人の国です。九州と沖縄を合わせたぐらいの国土に、沖縄と同程度の人口しかいない、過疎の国。

人手が足りない中でどのように行政サービスを提供するか。当時の大統領、トーマス・ヘンドリク・イルベス氏が元エンジニアだったこともあり、エストニアは電子政府化の道を歩むことを決めます。そして、2002年にデジタルIDの取り組みを開始しました。

エストニアの電子政府化における重要なコンセプト、それは「フェアな透明性」です。政府からも国民からも、お互いに透明性を担保できている状態。国民は常に政府の情報にアクセスできる状態でいるべきだし、政府が国民のどの情報にアクセスしたかも分かるべきだという考えです。

日本では、政府が国民の情報にアクセスできる状態を、監視社会ととらえる向きがあります。でも、もし政府がアクセスしたということが、国民に分かるようになっていたらどうでしょう? 国民も政府の情報にアクセスできれば、どうでしょう?

エストニアでは、この「フェアな透明性」をブロックチェーンという仕組みで担保しています。簡単に言えば、改ざんの出来ないmixi(ミクシィ)の足跡機能のようなものです。警察も、大統領であっても、改ざんできない記録。

もし政府から不当にアクセスされているようであれば、不服の申し立てもできます。監視社会という言葉をあえて用いるならば、言わば相互監視社会。それで不都合があるのは、何か悪いことをしている人だけです。

デジタルIDを活用したサービス事例

日下氏:現在では、エストニア国民の99%がデジタルIDを所有し、行政サービスのオンライン化率も99%。結婚と離婚と、不動産登記。この3つを除いて、全てがオンライン化されています。

日本の役所では、何かにつけて名前、住所などを記入しなければなりません。これまでの人生で、何度同じ情報を記入したか分かりませんよね。しかし、エストニアでは「ワンスオンリー」。つまり、同じ情報を2度入力する必要がありません。身分証明書のほか、運転免許証や車両登録、健康保険証、公共交通機関に至るまで、全てデジタルIDと紐付いています。

2010年以降はデジタルIDの利用もスマホにシフト。一度カードを読み取れば、スマホだけで簡単に使えるスマートIDは3年で国民の35%以上が利用しています。

デジタルIDを活用した民間サービスもさまざまなものがあり、行政サービス・民間サービスを合わせると3,000ものサービスが、電子政府の基盤の上で運営されています。

医療サービス

エストニアでは、電子カルテがオンライン化されいて、全ての病院から同じカルテにアクセスすることができます。デジタルIDさえあれば、違う病院に行くたびに、前の病院での診断結果や服用薬について、説明する必要もありません。初めての病院でも、診察室に入った時には、医師は既にカルテを見ている状態から診察が始まります。

教育サービス

エストニアには、デジタルIDを活用したマネジメントシステムがあり、80%の学校で利用されています。生徒の成績や出欠記録、先生の日誌、宿題の共有や保護者への連絡など、全てがシステム上で完結します。成績が自動集計されたり、保護者への連絡も自動通知されたりと、このシステムのおかげで先生の業務効率は飛躍的に向上しました。

また、学習状況がリアルタイムに分かるため、適切なケアが可能になり、退学率も10年間で80%改善されています。転校しても、そのままデータを引き継げます。プライバシーに関わるデータですが、デジタルIDを利用しているため、先生と生徒、親しかアクセスしていないということを証明することもできるのです。

銀行サービス

エストニアでは、銀行ごとに別々のパスワードを設定し、覚えておく必要はありません。全ての銀行サービスには、共通のデジタルIDでアクセスすることができます。銀行としても、政府が用意したデジタルIDでアクセスできる仕組みを導入したことで、独自にセキュリティ対策をする必要がなくなり、コストの削減につながっています。

この仕組みがあることで、決済もデジタルIDと銀行APIを使ったオンライン決済が主流になっています。ECサイトで商品を購入するときも、デジタルIDで認証するだけで銀行引き落としが完了。クレジットカードのネットワークを利用せずとも、デジタルIDだけで決済が可能なのです。

税務申告サービス

エストニアの税務申告は96%がオンライン。このシステムにアクセスするのもデジタルIDです。銀行のAPIと連携させることで、納税の申告書をシステムが自動生成します。修正申告の必要がなければ、電子署名をして、終わり。還付がある場合には、翌々日には銀行に着金しています。

私もエストニアに住んでいるので、毎年申告をしていますが、先日は空港の待ち時間にシステムにアクセスして、申告をしました。基本的には3分もかからずに、完了してしまいます。

電子契約サービス

日本でも電子契約は広まりつつありますが、基本的には有料のサービスです。エストニアでは、国家インフラとして政府が電子契約のシステムを無償で提供しています。雇用契約書、賃貸契約書、融資契約書などあらゆる契約が、デジタルIDによって、オンラインで行われます。

紙の契約書は偽造の可能性がありますが、電子契約であれば改ざんできない記録として保存することができます。

オンライン選挙投票

選挙投票にも、デジタルIDが使われます。エストニアでは選挙の時期に、投票のために10分間の休憩時間が全ての企業で設けられます。企業は法定有休として、選挙休憩を与えなくてはならない。でも、10分です。10分で投票できるなんて、日本では信じられないですよね。

なぜ、エストニアではデジタルIDが普及したのか?

日下氏:なぜ、ここまでデジタルIDが普及したのか。その1つの答えは義務化です。エストニアでは15歳以上はデジタルIDが必携になっています。

では、日本も同じように義務化すれば良いのか? しかし、そんなに簡単ではありません。デジタルIDが普及しても利用されなければ意味がないからです。

前述の教育サービスは、現在は民間企業に運営が委託されていますが、最初は政府の予算でスタートしました。学校がこの教育サービスを利用することは義務化されていませんが、このサービスが便利だからこそ、90%の学校が導入しています。そしてこの教育サービスが普及することで、同時にデジタルIDも利用されることになります。

卵が先か、鶏が先か。日本ではマイナンバーカードを利用する便利なサービスがないから、マイナンバーカードが普及しない。マイナンバーカードが普及していないから、それを利用するサービスが生まれない。

この問題をエストニアは、政府主導でデジタルIDを利用したサービスを用意することで解決しました。デジタルIDによる便利な未来──、それを口で言っても信じてもらえないならば、作ってしまおう、という発想です。

日本が目指すべきは「電子化」ではなく「DX」

日下氏:よくエストニアと日本が比較されることがありますが、両国の状況は違います。エストニアが行ったのは、電子化であり、デジタル化。アナログにあった仕組みをオンラインにするということです。

しかし、日本がやらなければならないことは違います。今、日本には46,000種類もの行政サービスがありますが、正直、その中には要らないものもあります。

住民票をPDFにしてペーパーレス化しようという議論の前に、そもそも住民票を提出する必要はあるのか? 住民データに参照しにいくAPIがあればいいのでは? こういった議論、つまり制度設計からデザインをし直す、DXが求められています。

日本では、どうしてもこれらの合意形成に時間がかかってしまう。そこで、日本の行政のDXにおいて、今後のキーワードになるのが「官民連携」です。

行政と民間の間に引かれている線は、もっと曖昧で良いはずです。民間はこれまでの行政の領域に入り込み、行政はこれまでの民間の領域に入り込む。そうしなければいけない時代になっているのだと思います。

私たち、xIDは「マイナンバーカードのスマート化」をコンセプトに、クロスIDというサービスを提供しています。

先ほど述べたように、エストニアではデジタルIDをスマホに読み込むスマートIDというアプリがあります。一度読み込むと、デジタルIDの機能をスマホで利用できるようになる。

クロスIDはこの日本版です。マイナンバーカードと連携した日本唯一のデジタルIDアプリ。民間事業者にもAPIを公開することで、マイナンバーカードをデジタルIDとして活用したサービス開発もできる仕組みになっています。

日本の行政のDXは、地方から始まる

日下氏:>もう1つ、エストニアと日本には大きな違いがあります。エストニアは人口130万人の国ですが、日本は人口1億2000万人の国。その手法をそのままコピーしようとしても、上手くいくはずがありません。日本は地方分権のもと、地域経済によって支えられています。

日本全国で共通の課題は?と問われると意外と答えるのが難しいものです。しかし、地域社会の単位までブレイクダウンすると課題が明確になっていきます。それぞれの地方自治体と連携しながら、一つずつ地域課題を解決していかなければなりません。

そうすると、地域間で共通するユニバーサルな課題が見えてくることがあります。そこでシステムで共通化できるところを共通化していくことで、コストを抑えることができるようになるのです。

デジタルIDの話で言えば、認証基盤が共通化されていれば、自治体ごとにインターフェースには個性があっても良いと思います。大切なのは、基盤となるシステムがオープンソース化されていて、ベンダロックインされないことです。システムをオープンにしないと、自治体毎に個別のシステムがつくられていき、いつまでたっても日本全体のDXにはつながっていきません。

今後の官民連携にあたっては、自治体はシステムを発注する際にオープンソース化することを要件に入れるべきだと思います。そうすることで、各自治体での取り組みが全国へ波及していくことにつながります。

コロナ禍がDXの追い風に

日下氏:先ほど日本共通の課題を挙げるのは難しいと言いました。しかし、今、コロナ禍によって日本全国で共通の課題が浮き彫りになっています。これは日本の行政のDX化においては、追い風と言えます。

全国の自治体は財源が無い中で、さまざまな対策を講じなければならない。そこでオープンソースがあれば、各自治体は積極的に採用を検討します。最近では、東京都がコード・フォー・ジャパンに委託した新型コロナウイルス感染症対策サイトのデータがオープンソース化され、全国に広がっています。

この東京都の事例は、今後の官民連携の在り方を考える上で、とても良いきっかけになったのではないでしょうか。

また、日本ではマイナンバーカードが普及していないと思われがちですが、絶対数で言えば既に2200万人が保有しています。エストニアや中国、インドでは義務化することでマイナンバーが普及していますが、そうせずに、これだけの人がマイナンバーカードを持っているのは、すごいことです。

この国民性こそが、日本の行政のDXにあたっても大きな追い風となるのではないでしょうか。

編集後記

ブロックチェーンによる「フェアな透明性」を基盤に成立するエストニアの電子国家。日下氏が指摘するように、人口も国民性も異なる日本において、エストニアの事例をそのまま当てはめることは難しいのかもしれません。日本独自のDXへの進化の過程とは。シリーズ2回目では「日本の自治体のDX」を取り上げます。

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