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AI-RANが通信業界のゲームチェンジャーに。「AI-RANアライアンス」のトップが語るその革新力と未来

AI-RANが通信業界のゲームチェンジャーに。「AI-RANアライアンス」のトップが語るその革新力と未来

ソフトバンク株式会社は、2023年に「AI-RAN」のコンセプトを発表し、AIと共存する社会を支える次世代モバイルネットワークの基盤として、実用化に向け着実に歩みを進めています。その進展において重要な役割を果たしているのが、先端技術研究所の顧問であり、AI-RANアライアンスの議長を務めるAlex Jinsung Choi(アレックス・ジンソン・チェ)です。AI-RANが持つ革新力と、企業や消費者にもたらす未来について話を聞きました。

Alex Jinsung Choi(アレックス・ジンソン・チェ)

ソフトバンク株式会社 先端技術研究所 顧問 / AI-RANアライアンス 議長

Alex Jinsung Choi(アレックス・ジンソン・チェ)

現在、ソフトバンク株式会社の先端技術研究所 顧問、ならびにAI-RANアライアンスの議長を兼任。30年以上にわたり、モバイル通信業界でグローバルな経験を持つ技術者である。LG電子にてモバイルコア技術ラボおよび次世代通信ラボの責任者を務めた後、SKテレコムにてCTO(最高技術責任者)、企業R&D部門長、技術戦略室長を歴任。さらに、ドイツテレコム グループテクノロジー部門 T-Labs 所長、O-RANアライアンス 議長なども務めた。企業での活動に加え、韓国人工知能産業協会 会長、Telecom Infra Project(TIP) 初代会長などを務めた経歴を持つなど、業界団体においても多くの要職を担う。

AI-RANでコスト効率化と顧客体験の向上が可能に

AI-RANとはどのようなものなのでしょうか? そのメリットについて教えてください。

AI-RANとは、AIとRAN(無線アクセスネットワーク)の技術を相互活用することで新たな価値を創出する技術コンセプトです。従来のネットワークの構造や運用などをさまざまな観点から見直し、AIを組み込んで再構築することを目指しています。

通信事業者にとって、AI-RANを導入するメリットは3つあります。1つ目は、ネットワークの総保有コスト(TCO)の削減です。通信事業者は毎年莫大(ばくだい)な金額をネットワークの運用に投じており、大きな負担となっていますが、AI-RANによってコストを効率化することができると考えます。

2つ目のメリットは、新たな収益創出の可能性です。モバイル市場の飽和で通信分野の売り上げの伸びは鈍化しています。その状況を打破するため、新しいビジネスの構築が求められていますが、その実現には新たな価値の提案と、それを可能にする技術的な仕組みが必要になります。

AI-RANは、「AI for RAN(RANのためのAI)」、「AI on RAN(RAN上で動作するAI)」、「AI and RAN(AIとRANの共存)」の3つの要素で構成されています。中でも「AI and RAN」は、新たなビジネスモデルの構築に適しています。大規模言語モデル(LLM)や生成AIを用いた推論などをネットワークエッジで処理可能になることで、新たなビジネスモデルや収益源が創出できると考えています。

3つ目は、顧客体験の大幅な向上です。現在でも、多くのユーザーがネットワークの通信容量や通信エリアに不満を抱えており、まだまだ改善の余地があります。AI-RANは、エリア全体の通信環境をAIで最適化することで、従来のRANと比べてより快適で安定した通信を提供することができます。

AI-RANは、間違いなく “ゲームチェンジャー” になると確信しています。通信事業者にとって今がまさにチャンスで、ソフトバンクはAI-RAN分野のフロントランナーとしてリードする絶好の立場にあります。

未使用のネットワーク容量を活用して、新たなAI駆動型サービスを提供

AI-RANによって、通信事業者がどのように収益を伸ばせるのか、もう少し詳しく教えていただけますか?

RAN(無線アクセスネットワーク)の平均的な利用率は、実は30%を下回っているんです。またモバイルデータのトラフィックも、よほどのことがない限り予測でき、「いつ」「どこで」「どれだけ」の容量が使えるかを、事業者側はあらかじめ見通すことができます。

そこで通信事業者には2つの選択肢があります。1つは、ネットワークを完全にオフにして電力コストを節約することです。ヨーロッパのようにエネルギーに対する意識が高い地域では、即座にコスト削減につながるため、一定の合理性があります。しかし、何らかの緊急事態で突然トラフィックが発生する可能性を考慮して、ネットワークの一部は常に稼働させておく必要があるため、思ったほど大きな節電やコスト削減の効果が得られるわけではないのです。

もう1つの選択肢は、AI-RANを活用して未使用のネットワーク容量を収益化することです。例えば、スマホやタブレットを使っていると、「アップデートしてください」と通知が来て、データをダウンロードすることがあります。こうしたアップデートは通信トラフィックが少ない夜間に行うことができます。これは未使用のネットワーク容量を有効活用する1つの方法です。

他にも、企業はカメラやセンサーなど多くのIoTデバイスを活用しています。これらのデバイスは大量の生データを収集しますが、サーバーに送る前に、分析などに利用しやすい形に処理することが必要です。AI-RANを活用することで、IoTデバイスが収集した生データの処理を、使われていないネットワーク容量を活用してエッジコンピューティングで行う。そして処理されたデータをサーバーに送信し、企業側はその後の分析や保存などを行う、ということが可能になります。こうした処理は、RANの負荷が低い時間帯に実行することができます。

AI-RANの導入によって他にどのような新ビジネスが実現できますか?

超低遅延で高品質なサービスも実現可能です。最近のチャットボットには「推論機能」が搭載されていますが、よりスマートで知的な応答ができる一方、最適な答えを考えるための時間が必要で、結果として応答に遅れが生じます。しかし、人が助けを必要とする場面では、1ミリ秒の遅れも重要になります。そこで機械学習やエッジでのAI推論を活用することで、データの送信から受信までの遅延を劇的に減らし、リアルタイムなコミュニケーションをすることができます。

また、単なる応答にとどまらず、動画や音声、テキストといった多様なコンテンツがリアルタイムでデバイスに届く、そんな「究極の未来の顧客体験」を私たちは目指しています。AIを活用し高品質な顧客体験を実現するには、エッジ側でのAI推論の支援が不可欠です。AI-RANはそうした次世代サービスの実現に向けた鍵を握る存在です。

チャットボット以外にも、魅力的な活用例はありますか?

ロボットの機能は大きく向上すると考えています。ロボットには「指揮官」が必要ですが、その役割をエッジ側でのAI推論処理が担うことになると考えます。

ソフトバンクは、2024年11月に、従来のRANを使用したロボットとAI-RANを活用したロボットを比較した実証実験を慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)で行ったところ、通信の遅延による動作の違いが明確に示されました。

特にセキュリティー用途ではこの違いが重要です。泥棒が何かを盗んだ際、ロボットは即座に認識して追跡する必要がありますが、通信に遅延があるとカメラが泥棒を見失い、追跡が難しくなります。一方、低遅延で動作するロボットは、カメラ映像を途切れずに取得し続け、泥棒を確実に追跡することが可能です。このように、AI-RANを活用したロボットは、人を守る “ボディーガード” のような存在として、日常の安全を支えることができるのです。

急成長中のAI-RANアライアンス、AI-RAN実現に向けたエコシステムを構築中

Alexさんのインタビュー

AI-RANを実現するために、どのような企業が連携しているのでしょうか?

AI-RANの構想は、もともとソフトバンク、Arm、NVIDIAの3社によって生まれました。ただ、このビジョンの実現にはより多くのパートナーが必要だと考え、2024年2月に発足したのがAI-RANアライアンスです。 現在、AI-RANアライアンスには、アメリカのT-Mobile USやBoost Mobile、韓国の通信事業者3社、フィリピンのGlobe Telecom、インドネシアのIndosat Ooredoo Hutchison、トルコのTurkcellなどが参加しており、今後さらに多くの通信事業者が参加する予定です。また、Ericsson、Nokia、Samsungといった通信機器ベンダーも参加していますし、アメリカのNortheastern Universityや東京大学のような学術機関、さらにはDeepSigのようなスタートアップ企業も加わっています。設立当初のメンバー数は11社でしたが、現在は84社にまで増えました。認知度も大きく向上していて、他にも70社以上が加盟申請中です。これらの審査・承認手続きが完了すれば、最終的には160社規模のアライアンスになる見込みです。

さらに、技術的な方向性を決める役割のテクニカル・ステアリング・コミッティー(TSC)と、アライアンスの認知度向上と市場での影響力拡大に取り組むマーケティング・ステアリング・コミッティー(MSC)という2つの委員会を設立しました。最近では、「Data-for-AI」と「Test Methodology」という2つの重点プロジェクトや、AI-RANアライアンスとして認定した4つのラボの設立について発表するなど、かなり安定した運営体制になってきています。

ものすごい速さで成長しているんですね。

AI-RANアライアンスには、「AI for RAN」「AI on RAN」「AI and RAN」の3つのワーキンググループがあります。私は2024年7月にAI-RANアライアンスの議長に就任し、それぞれのワーキンググループの活動指針、マイルストーン、成果物、ユースケースといった、必要な体制と運営原則を整えてきました。すでに各ワーキンググループから興味深いユースケースがいくつも出てきています。

AI-RANアライアンス

一方で課題もあります。3GPPやO-RANアライアンスなど他の組織もあるため、AI-RANアライアンスの活動の理解が進んでいない現状もあります。こうした課題に対しては、ビジョンや目標、ワーキンググループの活動内容を積極的に共有するようにしています。

AI-RANアライアンスは、他の標準化団体(3GPPやO-RANアライアンス)とはどのような関係なのでしょうか?

技術の商用化を目指してそれぞれが役割を担っています。通信業界では、新しい技術が世に出るまでに5つのステップがあります。まず技術を研究・開発する「リサーチ」を行い、その研究結果を基に誰もが同じ基準で利用・実施できるようにする「標準化」を行います。その後、実際に技術を製品やサービスに組み込む「実装フェーズ」を経て、「テストと認証」そして「商用ルールの整備」へと進みます。

このうち3GPPやO-RANアライアンスが「標準化」と「テストおよび認証」を担当し、私たちAI-RANアライアンスは、標準化前の「リサーチ」と標準化後の「実装フェーズ」に取り組んでいます。他の業界団体と比べてAI-RANアライアンスに参加している学術機関の割合が非常に大きいのもこれが理由です。「実装フェーズ」では、AI-RANを実装し、技術デモやブループリント(設計モデル)の形で公開します。その後の公式なテストや認証プロセスについては、第三者機関が担当し、技術が商用化されていきます。

AI-RANアライアンスの議長に就任される前は、O-RANアライアンスのトップを務めるなど、さまざまな業界団体で中心的役割を担ってこられましたね。そうしたご経験から、得られたものや今に生きている考えはありますか?

これまでの経験から、私が大切にしている原則が3つあります。1つ目が、「ひとりでやろうとしないこと」です。中には、とても優秀で自ら引っ張っていこうとするリーダーもいますよね。「自分が動けば、周りも自然とついてくるはずだ」と思いがちです。それは、社内チームのように指示系統がはっきりしている組織では通用しますが、業界のアライアンスではそうはいきません。たとえ自分にその力があったとしても、焦らず、他の人に委ねることが必要です。まずは協調と連携を最優先にしなければなりません。

2つ目は、通信業界における技術のライフサイクルは非常に長いということです。だからこそ、どれだけ優れた技術でも技術を実際に世の中に広めていくためには、業界関係者からの確かなサポートが不可欠になります。ここで重要なのが「巻き込んで、楽しませる」ことです。商用化に関する最終的な意思決定は、経営層が行います。現場の担当者には「素晴らしいアイデアだ」と思ってもらえても、実際に商用化や調達フェーズに進むには、意思決定層に対してしっかり説明する必要があります。場合によっては、そこまで進んでから計画が白紙に戻ることも少なくありません。そのため、経営層に主体的に関わってもらえるような関係を築くことが重要になります。

3つ目は、「明確なビジョンを持つことが何より重要」ということです。通信業界では、技術のライフサイクルが非常に長く、1つの技術世代が10年続くことも珍しくありません。だからこそ、どこに向かうのか、何を目指すのかというビジョンを明確に持ち、リーダーシップを発揮する必要があります。ビジョンがなければ、誰もついてきてはくれません。また、ビジョンを持つことは、単に理想を語るのではなく、進むべき方向を示すことでもあります。

通信事業者は「ただの通信回線提供者」ではなくなる

AI-RANアライアンスにとって、短期的な課題は何でしょうか?

まず「効率化」が最大のテーマです。これまで通信業界は非常に速いスピードで成長してきましたが、よく見るとあちこちに重複や無駄が多く残っているんです。例えば、ネットワークの効率、オペレーションの効率、財務面の効率… あらゆる面で、改善の余地がまだまだあります。そうした課題を見つけ出し、一つ一つ取り除いていく必要があります。

同時に、デジタル化を進め、日々の業務の中にAIを積極的に取り入れていく必要があります。ハルシネーションのような問題もあるため、AIを完全には信頼しきれないと感じている企業も少なくないですが、大事なのはその特性を理解し、必要に応じて工夫や代替手段を見つける姿勢です。また、テクノロジーの進化は非常に速く進んでいて、こうした問題が起こる確率は以前よりもかなり低くなっています。もちろん、まだやるべきことはたくさんありますが、完璧になるまで待つ必要はありません。企業はAI技術を積極的に業務に取り込んでいくべきだと思います。

AI-RANアライアンスの今後について、どのようにお考えですか?

私はAI-RANアライアンスには素晴らしいビジョンがあると確信しています。将来的にRANの進化と変革をけん引し、通信事業者にとって新たな価値を提供するでしょう。AI-RANへの貢献によって、通信事業者は「ただの通信回線提供者」になる運命を避けることができるのです。

Alexさん

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(掲載日:2025年4月18日)
文:ソフトバンクニュース編集部

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