今、働き方改革に関する動きはグローバルで活発になっています。
2015年に国連サミットで採択された持続可能な開発を目指すための指針である「SDGs(持続可能な開発目標)」で掲げられている17の目標の8つ目「働きがいも経済成長も」では、2030年までに全ての男性と女性の完全かつ生産的な雇用と「ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)」を達成することを目標としています。
日本でも「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」や「育児や介護との両立など、働き方の多様化」といった社会課題に対して、厚生労働省が「働き方改革」を掲げるなど、働き方を巡る変化が生じています。
中でも、注目を集めているのは多様化しているニーズにどう応えていくのかについて。法定雇用率も平成30年4月1日から引き上げられ、企業や行政の動きも変化しています。
障害者雇用率制度で定められた民間企業の法定雇用率
平成30年4月1日以前 | 平成30年4月1日以降 | 平成33年4月1日時点 |
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2.0% | 2.2%(+0.2%) | 2.3%(+0.1%) |
では、多様なニーズに応えられる「誰もが働きやすい職場」とは、どんな職場なのでしょうか。今後、企業や社会はどの方向に進んでいけばいいのでしょうか。
ダイバーシティ社会の促進に貢献するため、「魔法のプロジェクト」「ショートタイムワーク制度」など、さまざまな取り組みを実施しているソフトバンク CSR統括部の木村幸絵と横溝知美、多様な人が暮らしやすい社会づくりを目指すNPO法人soar(ソア)代表理事の工藤瑞穂さんと、soarの理事でありLITALICO発達ナビ編集長でもある鈴木悠平さんの4人で、働きやすさや多様性のある職場について話しました。
誰もが働きやすい職場づくりに動き出す社会。日本の働き方もこれから変わる?
木村:soarさんにはさまざまな読者がいらっしゃるかと思います。読者の方々は「働く」ということに関して、どのように感じていらっしゃるのでしょうか。
工藤:soarの読者には、精神障がいや発達障がいなどで働くことに悩む方がたくさんいらっしゃいます。例えば、以前は働いていたけど、職場の人間関係が理由でうつ病になった方は、復職する際もコミュニケーションに不安を持っているんです。
木村:働きたいけれど、自分らしく働ける場所を見つけるのが難しい状況にある方が多いのでしょうね。
工藤:そういう方は多くいらっしゃいますね。回復途中の方だと、いきなり週5日フルタイムでの勤務は難しいし、自身の体調を理解してくれるかどうかも不安なようですね。発達障がいのある方は、できることと・できないことの差が激しく、特性をオープンにして働ける職場を見つけられない方も多いです。その一方で、重度の障がいや難病がある方は、家から出て外で人とコミュニケーションを取ることも難しいため、働くことが一切できていないという方もいらっしゃいます。
障がいの特性やレベルに合わせた柔軟性が必要
横溝:既存の働き方でのみ考えてしまうと、障がいのある方の働く環境とのギャップが多々ありますよね。
鈴木:「障がいのある方」といっても一人一人状況も違うので、その人の心身の特性に合わせた柔軟な働き方ができる仕事は、まだまだ少ないのが現状だと思います。また、その人の持っている力を伸ばし、発揮しやすくするための環境整備も重要です。
木村:障がいのある方の働き方に関して、世界ではどのような動きがあるのでしょうか。
鈴木:「障害者権利条約」のように国際条約レベルで障がい者の差別を解消していこうとする動きはあります。国内でも、2016年4月に施行された「障害者差別解消法(正式名称:障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)」により、可能な限り「合理的配慮」を提供することが行政・学校・企業などの事業者に求められるようになっています。
合理的配慮
障がいのある方々の人権が障がいのない方々と同じように保障されるとともに、教育や就業、その他社会生活において平等に参加できるよう、それぞれの障がい特性や困りごとに合わせて行われる配慮のこと。
木村:日本でもこの2、3年でかなり動きが活発になってきているように感じます。
鈴木:そうですね。また、法定雇用率が平成30年4月1日から引き上げられたため、身体障がい者だけではなく、精神障がいや発達障がいのある方の雇用に取り組もうとする企業も増えてきています。今後、さらに動きは活発になっていくと考えられます。
「障がいのある子どもたちが将来働きやすい環境をつくりたい」から始まったショートタイムワーク制度
工藤:ソフトバンクでも、多様な人が働きやすい環境をつくろうという意識から「ショートタイムワーク制度」を立ち上げられたと思うのですが、どのような経緯でスタートしたのでしょうか?
木村:2009年からソフトバンクグループでは、東京大学先端科学技術研究センター(以下、東大先端研)と共に、タブレット端末や人型ロボット「Pepper」を特別支援学校などに無償で貸し出し、さまざまな障がいのある子どもたちの生活や学習支援を行う「魔法のプロジェクト」を実施しています。そこで出会う子どもたちに対して、就学期はサポートすることができますが、将来就職する際にいろんな壁があると感じていたんです。障がいのある子どもたちが大人になったときに、働きやすい場所をつくりたいと考え、「ショートタイムワーク制度」が始まりました。
ショートタイムワーク制度
精神障がいや発達障がいなどの理由により、業務の遂行に支障がなくても長時間勤務の難しい方が、週20時間未満の労働時間で就業できる制度です。それぞれの特性を生かし短時間でも働ける職場環境をつくることで、今まで就労意欲があっても、働く機会を得られなかった方の就労機会を創出する取り組み。
工藤:障がいのある子どもたちと関わってきた経験があるからこそ、「教育の次は雇用だ」という流れだったんですね。
木村:そうですね。精神障がいや発達障がいのある方は配慮の仕方が異なることもあり、一人一人に合わせて配慮するには経験が必要です。長く働き続けてもらえるよう、企業と本人が対話してお互いを理解する必要があると考えています。
鈴木:おっしゃる通りですね。ソフトバンクでは、どのように導入を進めていったのでしょうか?
木村:雇用制度自体をつくらなければならなかったため、障がい者雇用における課題を整理して人事に共有し、同時に社内理解も進めていきました。最初はどういった配慮をしたらいいか分からなかったので、「魔法のプロジェクト」でもご一緒していた東大先端研からのアドバイスをもらいながら、少しずつ雇用人数を増やしていくことで徐々に慣れていき、今では「この障がいのある方にはこういった配慮が必要かもしれない」と想像できるようになってきました。
「社会の一員としての実感が生まれ、自信につながった」
工藤:障がいがあり、なおかつ短い時間しか働けないとなると、個人の特性に合わせた仕事を考える必要がありますね。「ショートタイムワーク制度」では、どのように業務を募集したのでしょうか?
木村:制度について部署ごとに説明をして、まず制度の考え方を理解してもらいました。社内エレベーターの動画掲示板や社内限定のポータルサイトでも、制度についての説明を掲載したんです。そうしたら「この業務内容は制度を活用できますか?」と相談してもらえるようになりました。業務改善を合理的にやろうとしている部署は、制度を前向きに捉えてくれますね。
鈴木:会社として制度に対する認識はどのようなものになっているのでしょうか?
横溝:「ショートタイムワーク制度」で働いている方のように、適切な配慮の下であればパフォーマンスを発揮できる方もいます。おのおのの特性にあった業務にアサインすることで、企業全体として作業効率も向上し、企業にとってもメリットがあると考えています。さらに、「社会の一員としての実感が生まれ、自信につながった」という声もあります。
多様な人が働く職場だからこそのコミュニケーションの工夫とメリット
工藤:以前私たちが取材した福祉施設では、朝礼で体調や精神的な調子について全員に共有する時間をつくり、安心感を持って働いてもらう配慮をしていました。ソフトバンクでもコミュニケーション面で工夫していることはありますか?
横溝:「ショートタイムワーク制度」で働いている方には、今日の体調や睡眠時間、気分や仕事の進み具合などを日報に書いて提出してもらい、部署に確認してもらっていますね。また、部署と「ショートタイムワーク制度」で働いている方へ毎月メールマガジンを出していて、「何か伝えたい事があれば書いてください」と伝えるなど、SOSを出しやすい環境をつくっています。他にもスタッフ同士で悩みを相談しあえるランチ会を行ったり。
鈴木:日々のコミュニケーションでも配慮しつつ、状態を共有しやすい関係性の構築を心がけていらっしゃるんですね。加えて、定期的に丁寧にフィードバックする機会も設けて。
木村:そうですね。勤務時間が短いので、コミュニケーションは頻繁に行うようにしています。例えば、仕事を休んだ人がいたときは、翌日に出勤したら「体調大丈夫?」と声をかけたり、さりげなく意識するだけで働きやすさは変わると思います。そもそも「調子がよくなかったら休むこと」を大前提としているので、「体調が悪いので休みます」と連絡がきたら「はい、大丈夫です」とすぐ返すようにしています。休みや早退へのプレッシャーを感じることなく働いてもらえるようにしていますね。
共に働くことで、チームが良くなり、誇りも生まれる
工藤:soarで障がいのある方やLGBTの方が働きやすいと言われている会社にインタビューして、職場や社員にどんな影響があったかをリサーチしたことがあったんです。そのとき、「互いをサポートし合う気持ちが向上し、チーム力が上がった」という声や、「自社は社会に対して素晴らしいことができることが分かり、企業への誇りが生まれた」という声がありました。ソフトバンクでも、社内で何か反響はありましたか?
木村:お子さんに発達障がいのある社員から、「自社がこの制度を導入しているのは希望になった」という声がありました。制度をポジティブに捉えている声も多く、社員にいい影響があると考えています。制度自体は障がいのある方に限っていますが、社員にもそれぞれの理由で時間や業務内容などで配慮が必要な方もいるので、「人はそれぞれ違っていて、その人に合わせて対応しないといけない」という考えが広まり、みんなが働きやすくなったらいいなと思いますね。
鈴木:働き方を柔軟にしようという動きは、あらゆる人にとって重要ですね。働き方改革で注目を浴びている「サイボウズでは勤務体系が選べる」ようになったり、「スマイルズでは複業を推奨」しています。「オトバンクでは満員電車禁止令」を出していて、通勤ラッシュの時間帯に出社しなくてもいい。働き方の多様性が広がると、誰もが働きやすい職場に近づいていくはずですね。
前編では、社会で起こり始めている働き方の変化について話を伺いました。後編では、誰もが働きやすい職場づくりに向けて、企業や社会がどう変化していくべきなのかについて話を伺っていきます。
「ショートタイムワーク制度」を社会に普及させる
ソフトバンクが企業/自治体と共に「ショートタイムワーク制度」の普及に取り組む「ショートタイムワーク・アライアンス」では、参加企業/自治体を募集中です。
ダイバーシティに関するCSR活動記事
今回の登場人物
工藤瑞穂(NPO法人soar代表理事、soar編集長)
社会的マイノリティーの可能性を広げる活動に焦点を当てたメディア「soar」を中心にさまざまなアプローチで、全ての人が可能性を発揮して生きていける未来づくりを目指している。
http://soar-world.com/
鈴木悠平(NPO法人soar理事 LITALICO発達ナビ・LITALICO仕事ナビ編集長)
〈わたし〉からはじまる「小さな物語」たちを紡ぎ、編み、届けていくことを主たるアプローチとし、メディア事業の立ち上げ・プロデュース、コンテンツの企画・執筆・編集に携わる。
https://h-navi.jp/
https://snabi.jp/
木村幸絵(ソフトバンク 人事総務統括 CSR統括部 CSR部 CSR1課 課長)
2006年入社。モバイルの代理店営業、営業戦略部での業務を経て、自ら希望しCSR部門へ異動。「ソフトバンクらしい社会貢献」の推進を目指し、ICTを活用した障がいのある人への支援の取り組みを行うチームをまとめている。
横溝知美(ソフトバンク 人事総務統括 CSR統括部 CSR部 CSR1課)
2016年入社。CSR部門で障がい者支援や募金サービスに関する施策などを担当。
(掲載日:2018年4月5日)
文:モリジュンヤ(inquire Inc.)