【One Tech #12】ナレッジマネジメントから考える組織内の「知」の取り扱いについて〜 ITソリューション導入の前に考えること〜

2023年3月29日掲載

キービジュアル

こんにちは。サイバーセキュリティ本部の村上です。

この連載企画【One Tech】も今回で12回目になります。

One Tech】とは、さまざまな部署・職種のエンジニアが世の中にあるさまざまなIT関連のキーワードや流行の1つに着目し、独自あるいはその職種ならではの視点からIT関連の技術用語やトレンドについて執筆していく連載企画です。

最近chatGPTが世間を賑わしていますね。私も個人的によく利用していますが、かなり便利だと感じています。記事の自動生成など、chatGPTと連携を始めた企業も続々と出現しています。

このようなテクノロジーの台頭によって、私達人間の知的活動や知識の取り扱い方に大きな影響を与え始めています。

私は、社内のセキュリティ推進の戦略や企画を行う部隊で組織内のナレッジ活用を推進するPJに取り組んでいるのですが、まさに組織内の知識などをどのように管理・活用し、知的活動を活性化していくかを考えています。そこで「ナレッジマネジメント」という考え方を改めて知ることになり、人のもつ知識をどのように活用していくべきなのか、そのためにテクノロジーをどう使用していくべきかを今一度考えるきっかけになりました。

今回はナレッジマネジメントについて、概要から基礎理論、ITソリューション導入におけるポイントなどを交えながら解説してみようと思います。

目次

  • 本記事ではナレッジマネジメントツールの導入の話はあつかいません。
  • ナレッジマネジメントの基礎理論などを中心に解説します
  • この記事を読むことで、ツール導入前に理解すべき、ナレッジマネジメントの理論について理解できます。

ナレッジマネジメントとは

既存の知識を共有・活用し、新たな知識を創造していく経営におけるコンセプトを指しています。

ここで重要なのは、単なる知識の管理のような意味に留まらないという点です。あくまで、管理や活用などはナレッジマネジメントの前段階に過ぎず、真の価値は知識の創造まで行うことを指しており、ナレッジマネジメントの提唱者と言われている野中郁次郎氏も間違った理解が浸透することに警鐘を鳴らしています。

学術的には、経営学的な分野に近いのかなと思います。あくまで組織経営における知識の取り扱い方に話を絞っています。実際にISOで標準化も行われており、ISO 30401で国際規格として取りまとめられています。(参考:ISO 30401

ナレッジマネジメントの重要性

組織における経済活動の源泉、言い換えると組織における経済価値を生み出している最小単位は人です。人から生まれる知識の相互作用によって組織に対して価値が生み出され、その知識は組織の資産となっていきます。

これらを考えると、組織は人から生まれる知識をうまく活用しなければ、環境の変化や新たな価値創造を行うことができず、競争力を失っていくことになります。属人化している業務をしている人が退職してしまう、一度作ったものが他の場所でも作り出されてしまう(二度手間)、等々が想像しうるナレッジ課題の事例です。

以上から、組織内の知見や知識のようなものをいかに管理して、共有し、新たな知識として加工していくかを考えることは、企業にとっては必要不可欠なタスクの一つであることは言うまでもありません。そこで、これらを実現するための考え方の枠組みを提供しているものが、次で説明するナレッジマネジメントの基礎理論です。

ナレッジマネジメントの基礎理論/考え方

ナレッジマネジメントを実現するフレームワーク(モデル)が、一橋大学大学院教授の野中郁次郎氏らによって提唱されました。このモデルが、現在のナレッジマネジメントの基礎理論になったと言われています。

このモデルでは知識を以下の2つに分けて考えています。

①個人が持つ知識や経験などの暗黙知

②図やグラフ、文書などの言語化された情報である形式知

そして、これらの知識同士の変換プロセスによって説明されています。

各変換プロセスは以下のように状態(モード)とそれぞれを実践する「場」が定義されています。
ここでいう「場」とは、

共有された−あるいは知識創造や活用、知識資産記憶の基礎(プラットフォーム)になるような物理的・仮想的・心的な場所を母体とする関係性

と定義されており、その「場」にいないと分からない文脈や背景、状況などはその場に関わる人々によって作られるというものです。

モード

変換プロセス

共同化(Socialization)

創発場

暗黙知 → 暗黙知

表出化(Externalization)

対話場

暗黙知 → 形式知

結合化(Combination)

システム場

形式知 → 形式知

内面化(Internalization)

実践場

形式知 → 暗黙知

共同化のフェーズでは、自分以外の人と経験を共有することで、技能的・経験的な知見(暗黙知)を共有します。例えば、会社で行われるOJTや職人の技を見て覚えるなどが該当します。共同化を行う場を創発場と呼びます。今回の例ではオフィスなどが該当します。

表出化のフェーズでは、共同化で獲得した主観的な暗黙知をMTGや文書化(マニュアル化)などを通して言語(形式知)化します。これによって初めて、客観的な情報として形式化されます。表出化を行う場を対話場と呼び、zoomや会議室などが該当します。

結合化のフェーズでは、他の形式知と組み合わせることで新たな形式知を生み出します。例えば、社内チャットツールやイントラネット、グループウェアなどを用いて情報を組み合わせることができます。形式化を行う場をシステム場と呼びます。

内面化のフェーズでは、結合化で得た新たな形式知を実際に試してみることで、自己に経験や技能として暗黙知を獲得します。自分なりに生み出した新たなマニュアルを実際に試してみるなどが該当します。内面化を行う場を実践場と呼び、研修やe-learningなどが該当すると思います。

このように、各状態が下の図のように何度もスパイラルしながら知識が創出される流れを説明したものがSECIモデルと呼ばれています。

参考論文[1]を参考に作成

 

以上から、ナレッジマネジメントを推進する際は、それぞれのモードに対応する場をいかに社内で活発化させるかを考えることができるようになります。例えば、フリーアドレスの導入によって、共同化を行う創発場を活性化することができるなど。現在では、様々なITソリューションが生まれています。Google Driveなどのクラウドストレージサービスは形式知を共有できるツールになる例の一つです。他にも、冒頭で紹介したchatGPTといったAIチャットのようなものも、形式知を補完してくれる役割になるので一つのソリューションと言って良いでしょう。

このように、SECIモデルをベースにすることで組織内の情報共有や情報管理の課題を洗い出すことができますが、ただ実践すれば良いという話ではありません。次に、これらを積極的に推進するマネージャーやリーダーが必要になります。彼らが意識すべきことを取りまとめたものがナレッジ・リーダーシップという考え方です。ナレッジ・リーダーシップでは、リーダーが以下の4項目について取り組む必要があると言われています。

知識ビジョンを提供する

知識を絶えず創造し続けるためには、組織全体を方向づけ、動かし、同調させる知識ビジョンが必要である。知識ビジョンを創り、それを社内外に広める

知識資産を定義する

知識ビジョンを実現するために、いかなる新しい知識資産が必要とされるのか、ということを定義することによって、知識戦略策定をリードする

場を創り、場にエネルギーを与え、場をつなぐ

マネジャーやリーダーは、会議室のような物理的スペースやコンピュータ・ネットワークなどのサイバースペース、あるいは共通のビジョンのようなメンタル・スペースを提供する

SECIプロセスをリードし、促進し、正当化する

全社レベルでの知識創造プロセスが知識ビジョンに向かっているか、そして創られた知識が知識ビジョンに照らして正しいかどうか、を絶えずチェックすることによって、SECIプロセスを統率する(すなわちリードし、促進し、正当化する)

参考論文[1]から引用

参考論文[1]から引用

ITソリューション導入とナレッジマネジメント

これまでの話から、ナレッジマネジメントのSECIモデルなどをベースにすることで適切なITソリューションの導入が、場の活性化に繋げることができると考えることができると思います。これらに合った様々なITソリューションが出ていますし、多くの企業ではDX推進の一つとしてこのような取り組みを行っているところも近頃多く見かけます。しかし、適切なナレッジマネジメントを考えなければ多くの課題が新たに生み出されてしまいます。例えば、システムやマニュアルなどの文書情報の乱立などが挙げられます。以下はデジタル化に関するアンケートです。システムの乱立やデータの散在が上位二つを占めていることがわかります。

参考:https://enterprisezine.jp/news/detail/14605

 

このように、ただITソリューションを導入すれば解決するというものではないことが示唆されていると考えられます。テクノロジーの進歩によって、便利なツールやアプリケーションが使えるようになりますが、それよりも根底にある知識や知見をどのように管理してどのような管理体制を目指していくかといった、ナレッジマネジメントの考え方を導入することで、適切な運用が実現できると考えています。寧ろ、これらを考えなければ真のDXやデジタル化の実現は難しいとも捉えられるのではないでしょうか。参考論文などにナレッジマネジメントの実践例が紹介されていますので、興味がある方は一読してみてください。

まとめ

ナレッジマネジメントについて解説してみましたがいかがでしたでしょうか?近年はAIなどの台頭によって様々なテクノロジーによるITソリューションが生み出されていますが、安易な導入には危険が孕んでいるということを伝えたいと思って、敢えてテクノロジーのブログにこのような内容を執筆してみました。現場での業務効率化やDXなどを考える際は、一度組織内での人がもつ知識をどう扱うべきかに立ち戻って考えることで、正しく考えるべき課題が見えてくると思っています。ぜひ、現場や社内などでナレッジマネジメントの考え方を導入していただければと思います。

次回の【One Tech】もお楽しみに〜!

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参考論文

  •  [1] 野中 郁次郎, 梅本 勝博, 知識管理から知識経営へ : ナレッジマネジメントの最新動向(<特集>「ナレッジマネジメントとその支援技術」), 人工知能, 2001, 16 巻, 1 号, p. 4-14, 公開日 2020/09/29
  •  [2] 梅本 勝博, ナレッジマネジメント : 最近の理解と動向(<特集>ナレッジマネジメントにおけるWeb活用), 情報の科学と技術, 2012, 62 巻, 7 号, p. 276-280, 公開日 2017/04/18
  •  [3] 野中 郁次郎, 知識経営の戦略, 47 巻 5 号 情報処理 2006 年 5 月
  •  [4]  國藤 進, Knowledge Management : Resonance of Knowledge in Knowledge Management, 情報処理, 47-9, 1021 - 1027, 2006-09-1

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