医療情報システム解説
ITエンジニア向け入門ガイド

2024年8月16日掲載

ガバメントクラウドに接続する準備〜LGWANやマルチクラウド接続の検討〜

近年、医療分野におけるデジタルトランスフォーメーションが急速に進展しています。

大手クラウドサービスプロバイダーも、医療データの効率的な収集、保存、分析のためのサービスを提供しています。以下はその一例です。

  • Amazon Web Services(AWS):AWS HealthLake
  • Microsoft Azure:Azure Health Data Services
  • Google Cloud:Cloud Healthcare API

膨大な医療データを効率的に管理し、診断や治療の質を向上させる仕組みが整いつつあります。ビッグデータ解析やAI技術を活用することで、予防医療やパーソナライズド医療などへの応用も期待できるでしょう。

医療データを取り扱うシステム設計には、高度なIT技術力が求められます。しかし、非医療従事者にとって、医療分野への参加は馴染みのない用語やプロセスが多く、難しいと感じることもあるかもしれません。

本記事では、ITエンジニア向けに、医療システム分野で必要となる基礎知識について解説します。読了後に、以下の図が理解できるよう説明していきます。

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目次

HISとそのサブシステム群

HIS(Hospital Information System)とは、病院内の業務をサポートするための統合的なシステムです。患者情報、診療記録、薬剤情報などの管理を一元化し、医療機関全体の効率的な運営を支援します。

患者目線で、その行動フローから、背後で活躍するHIS内のシステムを追いかけてみましょう。

例:足を捻挫した患者

  1. 新患受付:病院に到着し、新患受付で必要な情報を登録。HISは患者情報をデータベースに保存。
  2. 外科受付:新患受付を済ませた患者は外科受付に進み、診察の順番を確認。HISは診察スケジュールをリアルタイムで管理し、患者に適切な待ち時間を案内。
  3. 外来診察:医師はHISを使用して、患者の新規電子カルテを作成し、初診の記録を入力。診察から放射線科での検査が必要と判断。
  4. 放射線科受付:患者は放射線科受付に移動し、HISにより検査の予約を確認。HISは放射線科のスケジュールを管理し、検査の順番を案内。
  5. 撮影室:放射線科で撮影。撮影結果はHISを通じて電子カルテに自動的に反映され、担当医師が結果を確認。
  6. 外科受付(再訪):撮影が終了した患者は再び外科受付に戻り、次の診察の順番を確認。HISはこの情報を管理し、診察の準備。
  7. 外科診察(再訪):医師は撮影結果を確認し、患者を診断。今回は軽傷のため、湿布の処方を決定。HISにより処方情報が電子カルテに記録され、薬局に送信。
  8. 会計窓口::患者は会計窓口で診療費を支払い。HISは診療費用を自動計算し、会計手続き。
  9. 薬局窓口:患者は薬局窓口で、HISにより管理された処方情報を元に薬の受領。

このように、HISは新患の受付から診察、検査、再診、会計、処方に至るまで、全てのステップを効率的に管理し、患者へのサービス向上と医療スタッフの業務負担軽減を実現します。

HISのサブシステムとして、特定の機能に特化したシステムが多数存在します。その一例として、放射線科情報システム(Radiology Information System: RIS)があります。RISは、放射線科における検査予約、画像の保存・管理、レポートの作成などを行うシステムで、放射線科の業務を効率化し、他の医療従事者との円滑な情報共有を支援します。

1から10までの全てのステップが、病院情報システム(HIS)のネットワーク内でカバーされます。
ステップ5と6は、HISの一部であると同時に、放射線科情報システム(RIS)のサブシステム内で機能します。

IHE(Integrating the Healthcare Enterprise)とは

IHEは、医療情報システム間の情報共有と、相互運用性を向上させるために設立された国際的なプロジェクトです。医療情報を標準化するためのガイドライン作成などを行っています。

これ自体は規格ではありません。既存の標準規格(例えばHL7やDICOM)をどのように使用するのか、また統合して活用するかの実装方法の指針を提供します。これをIHEプロファイルとも呼びます。

医療システム関連のドキュメント内でよく利用されるキーワードであるため、覚えておくと役に立つでしょう。

HL7、DICOMの概要

HL7(Health Level Seven)とDICOM(Digital Imaging and Communications in Medicine)は共に規格です。それぞれの違いを一言で述べると以下の通りです。

  • HL7:医療情報の交換のためのプロトコル
  • DICOM:医療画像データのプロトコル

それぞれをもう少し細かく見てみましょう。

HL7

■ 目的

HL7は、医療業界における情報交換の標準化を図るために策定された規格です。主な目的は、異なる医療情報システム間でのデータの一貫性と相互運用性を確保し、患者の情報や医療業務データを効率的に伝達・管理できるようにすることです。これにより、医療の質の向上や業務の効率化が図られます。

■ 仕様

HL7にはいくつかのバージョンがあり、それぞれ異なる仕様を持っています:

  1. HL7 V2.x
    仕様:テキストベースのメッセージ形式で、医療業務データ(例えば、患者の基本情報、診療記録、検査結果など)を交換します。メッセージはセグメントとフィールドから構成されており、各フィールドは異なるデータ項目を表します。
    課題:さまざまな実装が可能で、仕様の自由度が高いですが、そのために実装のばらつきが生じることがあります。
  2. HL7 V3
    仕様:XML形式を用いており、より厳密なデータモデルと標準化された仕様が特長です。データの構造や内容が統一されているため、解釈の一貫性が確保されています。
    課題:定義が厳格で、実装が複雑な場合があります。
  3. FHIR(Fast Healthcare Interoperability Resources)
    仕様:Web技術を基盤にしたAPI形式で、JSONやXMLフォーマットを使用してデータを扱います。現代のアプリケーションやモバイルデバイスとの統合を考慮した設計です。軽量で導入が容易、最新の技術に対応しているため、迅速なデータ交換が可能です。

■ 使用例

  • 患者管理:病院内での患者情報(例:入院・退院、診療記録など)の管理と交換に使用されます。例えば、電子カルテシステム(EMR:Electronic Medical Record)と検査システム(LIS:Laboratory Information System)が患者情報を共有する際にHL7メッセージが利用されます。
  • 検査結果の共有:検査機器が取得した検査結果を電子カルテに伝送する際、HL7プロトコルを使用して、データの形式や内容が標準化されています。
  • 医療データの統合:複数の医療機関で得られた患者の診療データを統合する際に、HL7 FHIRを利用してデータのアクセスや統合を行うケースが増えています。

■ 利点

  • 相互運用性:HL7に準拠したシステムどうしが情報を正確に交換できるため、異なる医療機関やシステム間でのデータの一貫性が確保されます。
  • 効率化:標準化されたメッセージフォーマットやデータモデルにより、データ入力や管理の効率が向上し、医療業務のプロセスがスムーズになります。
  • データの整合性:データの標準化により、情報の解釈に一貫性が生まれ、データの誤解やミスが減少します。最新技術への対応: HL7 FHIRなどの新しい規格は、Web技術やモバイルデバイスとの連携を考慮しており、現代の技術環境に適応しやすいです。

 

DICOM

DICOMは、医療画像データとその関連情報の保存、交換、表示を標準化するための規格です。主な目的は、異なる医療機器やシステム間での画像データの互換性を確保し、医療画像の効率的な管理と利用を可能にすることです。これにより、医療画像の診断精度や患者ケアの質が向上します。

■ 仕様

DICOMのデータフォーマットには、以下の主要な要素が含まれています。

  • 画像データ:CTスキャン、MRI、X線、超音波などの医療画像を標準化されたフォーマットで保存します。画像データは、ピクセルデータ、解像度、カラーマップなどの情報を含みます。
  • メタデータ:画像に関連するメタデータ(患者の情報、検査条件、撮影機器の仕様など)も含まれ、画像の文脈や取得条件が記録されます。

■ 使用例

  • 医療画像の保存:CTスキャンやMRIの画像データをDICOMフォーマットで保存し、PACS(Picture Archiving and Communication System)にアーカイブします。
  • 画像の転送:医療機器(例:MRIスキャナー)で取得した画像データをDICOMプロトコルを使用して、リモートの診断システムや他の医療機器に転送します。
  • 医療画像の表示:医療画像ビューアーを使用して、DICOMフォーマットの画像を表示し、診断や分析を行います。

■ 利点

  • 標準化:DICOMは医療画像データの標準フォーマットを提供し、異なるメーカーや機種の医療機器間での互換性を確保します。
  • データ統合:医療画像と関連するメタデータを統一された形式で保存・管理できるため、医療情報の統合が容易になります。
  • 効率的な情報交換:DICOMネットワークプロトコルを用いることで、画像データの迅速かつ正確な転送が可能になり、診断のスピードが向上します。
  • 柔軟性と拡張性:DICOMは、多様な画像形式や機器に対応可能であり、最新の技術や新しい医療機器にも対応するための拡張性を持っています。

 

HL7とDICOMは異なる分野から発生した、全く異なる規格です。HL7とDICOM間のフォーマット変換は、RISが、IHEの指針に沿った形で行います。

まとめ

ITエンジニアが医療システム分野で活躍するための基礎知識について解説しました。医療情報システムの基盤を形成する標準規格には、IHEに準拠したHL7(+FHIR)やDICOMがあり、医療現場でのデータ交換を円滑に進める重要な役割を果たしています。これらの規格を理解することは、医療情報システムの効果的な運用と将来的な技術革新において不可欠です。

医療従事者とITエンジニアが連携することで、以下のような利点がもたらされます。

  • 患者ケアの質向上:患者情報が正確に共有されることで、医療従事者は最適な治療計画を立案しやすくなります。
  • 診断と治療の迅速化:データのリアルタイムアクセスにより、診断と治療のスピードが向上します。
  • 医療コストの削減:重複検査の防止や効率的なリソース配分によって、医療コストの削減が可能になります。
  • 次世代医療の提供:デジタル化された医療がベースになることで、AIを使った分析・解析、ウエアラブルデバイスとリモートモニタリング、手術ロボット、自動薬剤調剤、リモート医療などが実現できます。

医療情報システムの分野は日々進化しており、ITエンジニアにとって新たな挑戦と機会が広がっています。このガイドが、医療システム分野における理解を深める一助となれば幸いです。

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