長崎県大村市にある市立大村市民病院は、地域の要となる中核医療機関(2次救急医療機関 ※1)です。高齢化が進む一方で、転入者の人口増加が続く大村市では、医療ニーズの拡大に伴い救急搬送が増加し、「受け入れが難しい」という声も上がっていました。そこで、「断らない医療」を掲げている同院は、スマートフォンやPCを使って現場の映像と音声をリアルタイムに共有できる「VISUAL TALK(ビジュアルトーク)」を導入し、救急現場と病院、在宅の最前線を映像でつなぐことで、受け入れ判断のスピードと精度を飛躍的に高めました。
「他社システムと比較してもVISUAL TALKは初期費わずか数万円、月額も安価のサブスクリプション型で『これならすぐ試せそう』と判断できたことが、スピード導入につながりました」
市立大村市民病院 地域連携・患者支援センター 山開 歩 氏
市立大村市民病院が抱えていた最大の課題は、救急搬送時の「受け入れ困難」でした。当直体制では曜日ごとに外科・内科が交代で担当しており、専門外の症例では判断が難しくなります。結果として、外科当直時に内科疾患が、内科当直時に外傷患者の搬送要請が入った場合、やむを得ず「受け入れできない」と判断するケースも少なくありませんでした。
このような状況が続いた結果、救急側は別の病院を探すために何度も電話をかけ直す必要があり、いわゆる“たらい回し”が発生していました。現場到着から病院収容までの平均時間は年々延び、応需率 ※2の低下が地域全体の課題となっていました。全国的にも救急搬送にかかる時間が長引くことが問題視され、2024年の診療報酬改定では「救急患者連携搬送料(下り搬送)」 ※3の新設や救急医療体制を評価する仕組みが導入されました。その結果、迅速な受け入れ体制の整備は医療の質だけでなく病院経営にも直結する課題となっていました。
「応需率を上げることは単に数字を伸ばすことではなく、地域からの信頼を取り戻すことです。実際、消防隊から『市民病院は受け入れが難しい』と言われる状況は、現場にとって看過できない現実でした。地域の信頼を取り戻すためにも、仕組みそのものを変える必要があると感じていました」(野中氏)
同院では施設やクリニックに通院するのが難しい患者さんを病院救急車※4で迎えに行く“お迎え搬送”という新しい搬送の取り組みも行っていました。この取り組みは病院職員が病院救急車を運転し、病院救急救命士(看護師)が同乗して現場に向かいます。本来であれば医師も同行し、その場で処置や判断ができるのが理想です。しかし、病院ではほかの救急患者への対応もあり、常に医師が現場へ出ることは難しいのが現状でした。こうした背景から、“お迎え搬送”でも新たな課題が生じていたのです。
「これまでは現場で病院救急救命士(看護師)が患者の状態を確認してから電話で医師に報告し、緊急性の高いときには消防の救急車を要請していましたが、音声だけの情報を頼りに緊急性を見極めるのが難しい状況でした。病院の救急車も法律上はサイレンを鳴らして走る緊急走行をすることが可能ですが、運転する病院職員にとってハードルが高く、安全面への配慮もあって、できるだけ通常走行で搬送するようにしていました。しかし、病院救急救命士(看護師)が患者の状態を確認しても、病院にもどるまで緊急性を正確に判断することが難しく、「このまま通常走行でよいのか」という不安を抱えるケースも少なくありませんでした。職員の安全を守りつつ、限られた体制の中で効率的に搬送を行う。それが“お迎え搬送”における大きな課題となっていました。断らない医療の実現には、診療科や立場を越えて“見て判断できる仕組み”が必要でした」(野中氏)
市立大村市民病院 病院長 野中 和樹 氏(左)と市立大村市民病院 地域連携・患者支援センター 山開 歩 氏(右)
もう一つの課題は、救急隊・看護師・医師の間で情報が正確に伝わらないことでした。
従来の救急要請は、救急隊が電話で症状を説明し、看護師がメモを取り、医師へ伝達するという手順で、いわば“伝言ゲーム”のようでした。
声のトーンで重症に聞こえたり、説明が省略されたりして、現場と医師の認識に食い違いが発生していました。
「医療現場はいまだに電話とボールペンで動いている。だからこそ、ここを変えることが地域医療を変える第一歩になると思いました」(野中氏)
“見えないまま判断する医療”から、“見て判断できる医療”へ。
この発想の転換こそが、「VISUAL TALK(ビジュアルトーク)」導入につながりました。
導入のきっかけは、後輩医師の一言でした。
「今の医療は35年前と変わっていないですよね」
この言葉に背中を押され、新しい仕組みを探す中、野中氏は北里大学メディカルセンター 救急科 副部長の田村智氏による「リアルタイム映像共有システムの共同研究」の発表にたどり着きました。
ちょうどその直後、鹿児島で田村氏の講演があるということを知り、直接会いに行った野中氏は、講演後の懇親の席で医療に対して互いに共鳴し、「現場で見て判断できる仕組みが、必ず地域医療を変える」と確信しました。その数カ月後、田村氏が長崎で学会に登壇するタイミングで、市立大村市民病院を訪問し、病院、救急隊向けにデモを実施し、トライアル導入が決まりました。
偶然の出会いとタイミングの重なりが、実証実験までのスピードを生み出したのです。
救急搬送での実証実験を始めるには、救急隊との連携体制を整えるために大村市や消防署との調整が必要で、時間が掛かることが分かったため、並行して、別の業務でのVISUAL TALKの利用を模索することになりました。
最初の舞台となったのは訪問看護の現場でした。市立大村市民病院に併設されている「訪問看護ステーションさくら」では、利用者の体調管理、医師の指示による医療処置、保清(入浴・清拭)などのケア、精神的サポート、家族への介護相談などに対応している施設です。
訪問看護の現場でも、患者とのコミュニケーションにさまざまな課題があり、VISUAL TALKの導入には大きな期待があったと看護師の今泉氏は語ります。
「通院が難しい高齢患者や、家で最期まで過ごしたいという方が多くいます。でも、ちょっとした体調変化があるたびに受診させるのは大変でした。VISUAL TALKを使えば、その場で先生に見てもらえる。これが本当に大きかったです」(今泉氏)
実証実験では、在宅療養中の患者の容態を映像で共有し、医師がその場で診察・処方の判断を行う仕組みを検証しました。表情、顔色、褥瘡(じょくそう)※5、傷の状態など、静止画では伝わりにくい症状もリアルタイムで共有できるため、より確かな診療ができるようになりました。
また、在宅療養中に体調が悪化した際など、受診や入院を迷う家族への説明にもVISUAL TALKが役立ったと言います。
「“先生が直接お話ししてくれた”ということだけで、ご家族の迷いが消える。入院の決断がついたことで、結果的に命を救えたケースもありました」(今泉氏)
この“人をつなぐ映像”が訪問看護の不安を軽くし、現場スタッフの支えにもなっています。
「これがなかったら本当に困る。私たちの安心は、患者さんやご家族の安心にもつながっていると感じます」(今泉氏)
こうした段階的な実証の成功が院内で共有され、「お迎え搬送」などの活用の幅を広げる一役となりました。
訪問看護での実証を経て、次に検証したのが病院救急車で患者の元へ迎えに行く「お迎え搬送」での活用でした。お迎え搬送では、現場に行くことのできない医師が、音声だけの情報を頼りにその重症度を判断して緊急走行の要否を判断することが困難な場合もありましたが、VISUAL TALKを活用することで、現場の病院救急救命士(看護師)と病院に待機する医師が、映像を通じて同じ患者の状態をリアルタイムで共有しながら判断できるようになりました。
これにより、「この程度であれば通常走行で問題ない」または、「今すぐ救急隊を要請しよう」といった判断を、確実かつ迅速に下せるようになりました。
また、映像で容体を確認できることで、病院救急救命士(看護師)が現場で感じていた心理的な負担も軽減し、医師と同じ映像を見ながら判断を共有することで、「自分の判断で誤ってしまうかもしれない」という不安が大幅に減りました。
結果として、病院職員の安全を守りながら、搬送判断の精度とスピードがともに向上に寄与しました。「必要な場合にのみ緊急走行を行う」という運用ルールも確立し、消防との連携がよりスムーズになりました。
市立大村市民病院のお迎え搬送の救急車
市立大村市民病院のお迎え搬送の救急車内
訪問看護の実証で効果が確認された後、次にVISUAL TALKの活用に取り組んだのは、特定ケア看護師の辻一成氏でした。
特定ケア看護師は、在宅医療と院内医療の”橋渡し役”として、心電図や超音波検査(エコー)など医師に準じた処置を担う専門職です。辻氏は実証実験の知見を引き継ぎ、「より医療的な判断を遠隔で支援できるか」という視点から新たな活用方法を模索していました。
「患者さんの状態をその場で医師に見せながら、診療方針を一緒に考えられるようになりました。このスピード感は、患者の命を守るだけでなく、私たちの判断力を磨く機会にもなっています」(辻氏)
医師の表情や声が直接届くだけで、患者さんも家族も安心する。辻氏は「これが無いと在宅診療は成り立たない」とVISUAL TALKの必要性を語っていました。
「当初は、どの角度で映せば医師が見やすいか分からず、試行錯誤の連続でした。スマートフォンを手で持つと手ブレが起きてしまい、エコー画像も光の反射で白く飛んでしまう。病院の医師からは『光が強くて見えづらい』『もう少し引いて撮って』など細かい指摘をもらいながら、撮影位置や照度を一つひとつ調整していきました。
その後、百円ショップのスタンドや備品を組み合わせて、自分たちなりの固定セットを作るようになったんです。そうした工夫の積み重ねがチーム全体の学びになり、今では『もっと活用しよう』『次はこう試してみよう』と、自然に意見が出るようになりました」(辻氏)
訪問看護・在宅医療を行っている辻氏
辻氏が訪問看護の際に、持っていくツール類
辻氏は、現場での映像の見え方を改善するため、市販のスタンドや照明を活用し、自ら機材をカスタマイズするなど、DIYさながらの試行錯誤を繰り返しました。
訪問看護から始めた実証実験と並行して、救急搬送での利用に向けて大村市や消防との調整を主導していたのは、地域連携・患者支援センターの山開歩氏です。
「当院は公設民営の運営方式のため、システム導入には大村市の承認が必要になります。大村市と調整を進める中でさまざまな課題が出てきましたが、特に苦労したのは録画データの管理でした。搬送中に撮影した映像など、診療に関わるデータは機微な個人情報に該当するため、市からは厳重な管理体制を求められました」(山開氏)
そこで役立ったのがVISUAL TALKの管理機能でした。VISUAL TALKでは映像データにアクセスできる利用者を制限できるほか、管理画面から「いつ・誰が・どの映像を閲覧したか」も把握できるため、適切な情報管理が実現できます。
山開氏はこのような操作権限の設定や運用ルールを文書化し、市の担当者にも共有したことが懸念点の解消につながりました。
アクセス権・管理権限のイメージ
「私もこのようなシステム導入は初めてのことなので、運用ルール策定には時間を掛けて慎重に進めていました。ただ、その一方で現場からは『早く使わせてくれ』という声も頻繁に上がってきました。これは先に進めていた訪問看護での取り組みが院内でも成功事例として共有されていたからだと思います。これらの実績も市に報告することが、救急搬送への導入の後押しになったと思います。
また、調整を進める中で、市を納得させる材料になったのが導入コストが低かったことも後押しになりました。他社システムと比較してもVISUAL TALKは初期費わずか数万円、月額も安価のサブスクリプション型で「これならすぐ試せそう」と判断できたことが、スピード導入につながりました」(山開氏)
正式導入後、救急搬送の応需は目に見えて改善しました。
映像で症状を確認できるため、外科・内科を問わず柔軟な判断が可能になりました。加えて、三者通話によって医師・看護師・救急隊が同じ情報をリアルタイムで共有できるようになったため、これまでのような“伝言ゲーム”の状態も解消しました。
「当院は2次医療機関なので、重症患者を受け入れることができないのですが、電話だけで判断する場合、救急隊の声のトーン次第で重症に聞こえてしまうことがあります。でも、映像があれば“これなら受け入れても大丈夫”と判断できる。伝言ミスも減り、患者さんのたらい回しを防げるようになりました」(田中氏)
さらに、意外な使い方もあったようです。患者を受け入れる際に氏名をカルテに入力する必要があるのですが、これまでの電話でのコミュニケーションではうまく聞き取れないこともあり、氏名の入力ミスが散見されていたようです。VISUAL TALKのビデオ通話では身分証明書などを撮影しながら氏名の確認ができるため、カルテへの氏名入力ミスを大幅に削減することができたようです。DXの思わぬ効果として業務効率化にも役立っています。
院内から「VISUAL TALK」を使用している様子
救急医療において、消防との連携は欠かせません。現場で得られる一次情報をいち早く医療側に共有できるかどうかが、受け入れ判断のスピードと正確性を左右します。まさに「断らない医療」を支えるもう一つの現場です。
大村消防署は、大村市・諫早市・雲仙市の3市が共同で運営する「県央地域広域市町村圏組合」に属する独立組織です。広い管轄エリアをカバーしていますが、市内には3台の救急車が効率的に配置されており、出場までの初動対応を迅速に行える体制が整っていました。
一方で、搬送件数が年々増加する中で、どの医療機関に搬送するかの判断に時間を要するケースが増えたことが課題となっていました。
「出場は速やかにできる体制でしたが、患者をどこに搬送するかの判断には時間がかかっていました」(坂中氏)
2025年7月から始まった救急隊との連携では、患者の状態を救急車内からリアルタイムで映像共有し、医師が直接指示を出せる体制を構築しました。これにより、受け入れ可否の判断時間が平均で数分短縮されました。
救急車内でスマホから「VISUAL TALK」を使用している様子
「電話のみの報告では、軽症でも『受け入れが難しい』と判断されることがあったが、映像によって傷の深さや意識レベル、心電図の波形などを確認できるため、正確な判断が可能になりました。
1分遅れるだけで患者の状態は変わります。映像で“患者の状態を確認してもらえる”ことで、先生の判断が早くなりました。映像で共有できるのは大きな進歩です」(森塚氏)
この取り組みを通して、これからの地域医療にどのよう携わって行きたいか、坂中氏、森塚氏はこう語りました。
「VISUAL TALKの利用が『当たり前』になることで、搬送の現場と医療側がより密に連携し、市民が『安心して救急車を呼べる』地域医療圏を目指したいです」
これまでの救急医療は、患者が病院に到着してから診察が始まるのが常識でしたが、VISUAL TALKの導入により、搬送中から医師が状態を確認し、指示を出すことが可能になりました。
“移動時間を治療時間に変える”―これが大村市モデルの最大の進化です。
左から森塚氏、坂中氏
野中氏は、医療DXの先にあるのは「人の安心」だと語ります。
「映像を使えば、患者さんも家族も“見てもらえている”と感じられる。それが、何よりの安心につながる。技術はそのための手段にすぎません。私が医師になって30年以上経ちますが、現場はいまだに電話とボールペンのままです。だからこそ、私たちはそれを変えたい」(野中氏)
今後は院内ネットワーク環境の整備、AIによる文字起こし・記録の自動化、そして医師会と連携した地域医療のDX推進など、「大村市モデル」をより発展させる構想を抱いています。
VISUAL TALKは、高価なシステムではなく“現場の困りごとを解く道具”として進化し続けています。
「人と人がつながる仕組み」として、地域医療DXの新しいモデルを示しています。
※1:2次救急医療機関:夜間・休日を含む救急搬送を受け入れ、入院や緊急手術にも対応できる地域中核病院。地域の救急体制で、初期(1次)と高度(3次)の中間に位置づけられる。
※2:応需率:救急要請に対して実際に受け入れた割合。
※3:救急患者連携搬送料(下り搬送):2024年度診療報酬改定で新設された、救急搬送時の病院間連携に対する評価制度。
※4:病院所属の救急救命士及び看護師が同乗し、搬送中も患者状態を確認しながら対応を行う。搬送中は市立大村市民病院の医師と映像で連携し、リアルタイムで情報を共有し、必要な指示を出すことが可能。
※5:褥瘡(じょくそう)とは、長時間同じ姿勢でいることなどにより、皮膚やその下の組織が圧迫されて血流が悪くなり、壊死してしまう状態、いわゆる「床ずれ」。
お話を伺った方
市立大村市民病院 病院長
野中 和樹 氏
市立大村市民病院 地域連携・患者支援センター
山開 歩 氏
公益社団法人 地域医療振興協会
訪問看護ステーションさくら 看護師
今泉 愛子 氏
市立大村市民病院 診療部 診療支援部 特定ケア看護師室 副師長
辻 一成 氏
市立大村市民病院
看護部 外来 師長
田中 博子 氏
県央地域広域市町村圏組合
大村消防署 指揮隊長 消防司令
坂中 和昭 氏
県央地域広域市町村圏組合
大村消防署 救急隊長 消防司令補
森塚 康博 氏
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