県全体の重要施策としてEBPM(証拠に基づく政策立案)が推進される一方、行政の現場では「前例踏襲」や「経験と勘」に頼る傾向が見受けられました。その現状を打破するため、検索・位置情報などの行動ビッグデータを分析できる「DS.INSIGHT」を全庁規模で導入しました。 特徴的なのは、ツールを「配って終わり」にしない推進体制です。IDを配布した85所属に対して利用後の分析レポート提出を依頼するとともに、推進担当者による週1回以上の事例発信や、分析のポイント解説など利用定着に向けた工夫を徹底。職員の心理的ハードルを下げ、データ活用文化の醸成を着実に進めています。
「特別なデータ解析スキルがなくても、直感的に『県民の関心』が見える点が現場の関心を集めています。まずは業務の中で『データを見る』習慣を付ける第一歩として、庁内の意識変革につなげていきたいです」
静岡県 企画部 デジタル戦略課 主任 山田 桃子 氏
「データを重視したスピード感の高い経営に転換」。その方針のもと、静岡県ではデータ活用の取り組みが進められていましたが、現場への定着には大きな壁がありました。多くの組織が直面するように、現場では「前例踏襲」や「経験と勘」に基づく判断が残りやすく、客観的なデータに基づいた施策立案を「いかに現場へ定着させていくか」が大きなテーマとなっていました。こうした課題に対し、庁内でのデータ活用環境の整備を含む、全庁的なデジタル化の推進を担ってきたのが、デジタル戦略課です。その取り組みを現場で担ってきた山田氏は、当時の状況を次のように語ります。
「当時、県として『データドリブン経営を行政現場に根付かせる』という方針を掲げていました。将来的に職員数が減少し、行政課題が難しくなっていく状況に対応するため、データを活用して業務の質を向上させようという意向がありました。
『データドリブン経営』という県の方針を現場で具現化するため、デジタル戦略課が中心となって庁内の活用推進を担うことになりました。県民のニーズをより深く把握するため、既存の統計データに加えてビッグデータを活用する方針が固まり、ツールの選定に着手しました」(山田氏)
デジタル戦略課がツール選定で最も重視したのは、あらゆる分野に対する興味関心が表れる検索データの特性と、幅広い行政シーンにおいて活用できる汎用性の高さであり、その中で候補となったのが「DS.INSIGHT」でした。ソフトバンクのグループ企業であるLINEヤフー社が提供する同ツールは、検索や位置情報などのビッグデータを分析し、生活者の興味関心や実態を可視化できるデスクリサーチツールです。
「DS.INSIGHT」を選定した理由を山田氏は次のように語ります。
「最大の決め手は『検索情報』と『位置情報』を関連させられるツールが、探した限りではDS.INSIGHT以外になかったことです。検索データのみ、人流データのみであればほかにも多くのツールがありますが、DS.INSIGHTは検索情報に加えて、位置情報や性別・年代・居住地などさまざまな属性を結び付けることができるという点は非常に大きいメリットです。また、コストパフォーマンスの良さも魅力でした。
さらに、あらゆる分野に対する県民の興味関心が表れる検索データを、比較的簡単に閲覧できる点もメリットでした。DS.INSIGHTは前日の検索データが翌日には分かる仕様になっているので、最新の情報をリアルタイムに得られる点もほかにはない強みでした」(山田氏)
2025年5月に契約を結び、6月からすぐにライセンス利用を開始するというスピード感で導入は進みました。
「利用を始めてまず最初に取り組んだのは、庁内の電子掲示板での『分析事例』の紹介です。『DS.INSIGHTを使えばこういう分析ができる』という具体的なイメージを持ってもらうことから始めました。その後、6月下旬に全庁向けの説明会を実施して、希望する部署へのID配布を行いました。そこから9月末までを『試行期間』と位置付け、利用部署にはアンケートと分析レポートの提出をお願いしました。
さらに、期間中に操作研修会を2回実施し、ソフトバンクの方に講師として使い方や分析の観点を分かりやすくご説明いただきました」(山田氏)
こうした活動を通じて山田氏が目指したのは、「利用の定着」に向けた土壌づくりでした。
ツールを身近に感じてもらうため、静岡県では「IDを配って終わり」にしない、2つの特徴的な取り組みを実施しました。
<利用後の分析レポートの提出>
IDを配布した85所属に対しては、利用期間終了後に「分析レポート」の提出を依頼しました。この狙いについて、山田氏は次のように語ります。
「いきなり業務に直結させるのは難しいので、まずは『DS.INSIGHTでどんなことができるのか』を知ってもらい、『面白そうだな』と感じてもらうことを重視しました。レポート提出をお願いしたのも、まずは実際にツールに触ってもらうきっかけを作りたかったからです。
提出されたレポートはソフトバンクの方にも目を通していただき、分析に対するコメントをいただくなど、フィードバックの面でもご協力いただきました」(山田氏)
<週1回の「事例発信」で関心を喚起>
庁内の関心を維持し続けるために山田氏が特に注力したのが、庁内掲示板を使った地道な「広報活動」でした。
「IDを配布する前の段階から、DS.INSIGHTユーザー向けの情報サイト『DS.LAB』の記事や、私自身が作成した分析事例を庁内の掲示板に投稿し『このツールを使えば何ができるのか』を具体的にイメージしてもらえるよう発信を続けました。
ID配布後は、提出が早かった部署のレポートを『好事例』として紹介するフェーズに移行しました。単に『こんな事例が出ました』と掲載するだけでは読み飛ばされてしまうので、『ここが分析のポイントです』といった解説や、『こうすればもっと良くなる』という提案を私の言葉で書き添える工夫もしました。試行期間中は、多いときで週2〜3回、基本的には週1回のペースで更新を続け、とにかく皆さんの目に触れる機会を増やしました」(山田氏)
※ 実際に掲示板に発信された投稿(タイトル部分を抜粋)
ここまでの「試行期間」を振り返り、山田氏は次のように語ります。
「まず、アンケートの結果、特に『課題やニーズの把握』を目的として活用した所属の9割近くが、DS.INSIGHTを『役に立つ』『ある程度役に立つ』と回答しています。導入初期には、『自分の担当事業名で検索しても結果が出ない』という戸惑いの声もありましたが、『行政用語ではなく、県民はどんな言葉で探しているのか?』と、別のキーワードや側面からアプローチする工夫が生まれるきっかけにもなっています。
利用後の声を見ても、『大枠の興味・関心の傾向をつかみやすい』『検索データをもとに課題やニーズを把握する使い方が分かりやすかった』という感想が多く挙がっています。特別なデータ解析スキルがなくても、直感的に『県民が何を知りたがっているか』が見える点が、現場の関心を集めているポイントだと思います」(山田氏)
具体的な成果につながる事例も、さまざまな部署で生まれています。
<事例1:イベントの「場所選び」をデータで最適化>
スポーツ関係の部署では、大規模スポーツ大会に関連したイベントの開催地選定において、DS.INSIGHTを「場所選び」の有効性検証(事後分析)に活用しました。
本事例では、県内の商業施設で実施したイベントが大会の認知・関心の拡大に寄与したかを検証するため、まずは自転車競技の会場(伊豆)に関心がある層の動向を分析。その結果、イベント会場となった商業施設との高い親和性がデータとして示されました。
イベント開催後の人流データを確認すると、当日の来訪者数は前年の同期間と比較して、イベント実施時間帯において増加していたことが判明しました。これまでの経験や主観的な予測にとどまることなく、ターゲットが確実に集まる場所であったことを客観的な数値で証明した、データ活用の好事例です。
<事例2:若者の「口に出せない悩み」を検索窓からキャッチ>
保健所では、社会課題となっている若者の「オーバードーズ(薬物の過剰摂取)」をテーマとした分析に活用しました。
検索データを分析したところ、行政が啓発で使いがちな「危険性」などの言葉ではなく、当事者である若者は「具体的な薬品名」で検索している実態が浮き彫りになりました。
SNSには書き込みにくい個人の悩みも、検索窓には反映されやすいという特性があります。こうした「見えにくい本音」を可視化できる点は庁内でも注目されており、精神保健分野などの専門機関からもID配布の依頼が寄せられるなど、支援が必要な人へのアプローチを検討する新たな手段として関心が高まっています。
導入から運用が進み、現場職員の意識にも変化が見え始めています。
「一番の成果は、85もの所属でツールに触れてもらい、前向きな反応を得られたことです。全庁説明会には120人以上が参加し、忙しい業務の合間を縫って約50所属がレポートを提出してくれました。その内容も決して的外れなものではなく、現場の職員が『ある程度は使いこなせている』と実感できたことは大きかったですね」(山田氏)
一方で、一過性のブームで終わらせないための課題も見えてきました。
「多くの職員が面白がって使ってくれるのですが、検索データを見て『へぇー!』と感心して終わってしまうケースも少なくありません。これを日常の業務フローの中に組み込み、予算要求や事業立案などの場面で『当たり前に使う』状態にするには、まだ時間とステップが必要だと痛感しています。
目指すのは、上司がふとした疑問に対し『ちょっとこれ、DS.INSIGHTで調べてみてよ』と部下に指示できるような、データ活用が日常化した組織です。そのために次年度以降は、操作研修だけでなく『仮説の立て方から施策立案まで』を体験できるワークショップ形式の研修を計画しています」(山田氏)
さらに、庁内で導入が進む「生成AI」との連携も構想中です。
「現場からは『データは出せたが、この膨大な結果をどう解釈していいか分からない』『どう施策に転換すればいいか分からない』という声も聞こえてきます。そこで、生成AIに分析の観点や仮説を提案してもらうような活用を考えています。『このデータはこう見ればいい』というヒントをAIが出してくれれば、もっと迷わず使えるようになるはずです」(山田氏)
職員のスキル向上とテクノロジーの活用により、誰もがデータに基づいた判断を「当たり前」に行う組織へ。静岡県の挑戦は、次のフェーズへと進もうとしています。
お話をうかがった方
静岡県 企画部 デジタル戦略課 主任
山田 桃子 氏
Yahoo! JAPANが保有する検索データや位置情報データといった行動ビッグデータを分析できるデスクリサーチツールです。これらのビッグデータをもとに、消費者の興味関心や行動を可視化し、次の施策や出店計画などに活用できます。
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