新型コロナウイルスの影響で、私たちの生活が大きく変わりつつあります。それは「仕事」においても例外ではありません。オンライン化やテクノロジーの浸透によって、仕事に求められるスキルやマインドにも大きな変化が今、求められています。
そこでソフトバンクニュースでは、さまざまな分野で活躍する達人たちに、ニューノーマル時代のビジネスパーソンのヒントとなるような話を毎回お聞きしていきます。
第2回目はコミュニケーションの達人として、メディアなどでも幅広く活躍する落語家・立川談笑さんに、落語で本筋に入る前の小話「マクラ」の秘訣やオンライン会議を盛り上げるコツ、ニューノーマル時代のコミュニケーションの極意についてお話を伺いました。
今回の達人は、ベテラン落語家
立川 談笑(たてかわ・だんしょう)
1965年、東京都江東区生まれ。早稲田大学法学部卒。司法試験合格を目指して勉強する傍ら、予備校講師などさまざまなアルバイトを経験。93年に立川談志に入門。テレビの情報番組でリポーターを務めながら芸を磨き、96年に二つ目昇進。2003年に談笑に改名、2005年に真打ち昇進。古典落語にブラックジョークを交えるなど、アレンジした改作に定評がある。
パワハラやDVは伝えたくない。古典落語を現代的にアップデート!
今回はオンライン会議などにも役立つような、落語家の“コミュニケーションの極意”をお聞きしたいと思います。まずは談笑さんが落語の世界に入られたきっかけから教えていただけますか?
法学部を卒業して、司法試験合格を目指して勉強を続けていたんですが、当時は今よりもさらに狭き門でして。受けてみたはいいものの「合格まであと2〜3年はかかりそうだな……」という感じだったんです。そのうち「司法試験は何年後かにでも受験できるけど、今しかできないこともあるんじゃないか?」と思うようになりまして。
そんなときに思いついたのが、落語だったんですね。落語は昔から好きでしたが、ちょうどその頃、放送作家の高田文夫先生が「立川 藤志桜(とうしろう)」という名前で、古典落語に独自ギャグを取り入れた斬新な落語をやられていたんですね。それがもう、爆発的におもしろくて。「自分もこんな落語をやってみたい!」と落語の世界に足を踏み入れたわけです。
新しいスタイルの落語に衝撃を受けられたのですね。
もうひとつ、もともと法律家を目指したのは、自分の中に「社会正義を実現したい」という思いがあったからなのですが、「落語でもそれができるんじゃないか?」と考えまして。みんなが暮らしやすい社会をつくるためには、法律みたいな「論理」ももちろん大事だけど、笑いを通じて人々の「感情」に働きかけることも、すごく大事なんじゃないかと。そういうことが、実は私の落語の裏テーマとしてあります。
落語と社会正義がつながっているとは……すごく意外な感じがあります。
例えば古典落語の多くが、江戸から明治くらいの古い時代に成立しているわけです。そうすると、どうしても現代の価値観にそぐわない話も出てきてしまう。「これってDVじゃない? パワハラじゃない?」って、今の人たちのハートにすんなりリンクしない部分も多いし、噺を聞いていてもそれがノイズみたいに気になっちゃう。
だから私の落語では、設定や物語の筋を変えない範囲で現代的にアレンジしています。例えば「浜野矩随(はまののりゆき)」という噺があって、自分の息子が腰元彫りの名人になれることを願って、母親が自殺しちゃうストーリーなんですが、これを母親が老衰間近で亡くなりつつある……という設定にしてみたり。
お客さんから「今まで苦手だった噺が、談笑さんのを聞いて初めていいと思えました」とか言われると、すごくうれしいですね。
5秒でウケを取るべし!? マクラとアイスブレイクの共通点
落語には「マクラ」と呼ばれる前置きの話がありますが、ビジネスシーンでの「アイスブレイク」にすごく通じるものがある気がします。
そうですね。落語で本筋に入る前の小話をマクラというわけですが、昔はマクラというのは固定的な決まり文句だったそうなんです。
「江戸っ子は五月の鯉の吹き流し。口先ばかりで腸(はらわた)は無し、なんて申しまして……」
みたいな。今みたいに、身辺雑記やエッセイっぽい身近な話を漫談的に話すというのは、立川談志が確立したスタイルだと私は認識しています。
決まり文句からフリートーク的に変化してきたわけですね。
その上で、マクラは“落語家の人となりをお客さんに紹介する”という意味が大きいものだと私は考えています。「私はこんな人間です」というのを、まずはお客さんに浸透させる。同時に落語家の方でも、マクラを話しながら「今日のお客さんはどんなポイントで笑うかな?」「話すトーンやスピードはどれくらいがいいかな?」と、お客さんとの間合いを探るわけです。
談笑さんがマクラを話すときに気をつけているのはどんなことですか?
ネガティブワードを避けることですね。例えば、
「平日の昼間から、ようこそお越しくださいました。皆さんよっぽど行くところがないんですね」
みたいな言葉は、目先の笑いは取れるかもしれないけど、ボディブローのようにジワジワとお客さんのテンションが下がっていっちゃうんですよ。
自分を貶めるような言い方もよくない。「いやぁ、私なんかペーペーですから」と自分を下げちゃうと、お客さんは「なんでこんなやつの話を聞きに来ちゃったんだろう?」って、がっかりしちゃう。自分を下げるより、お客さんを持ち上げる方が絶対いいです。
「今日のお客さんはいいですね〜。最高のお客さんだと、楽屋でもみんな狂わんばかりに喜んでおります」
みたいに言われると、お世辞でも気分がいいでしょう? いずれにせよ、つかみでウケを取ることはとても大事。弟子たちには、高座に上がって5秒で笑いを取れと言っています。
5秒で笑いを取る……! めちゃくちゃ難しそうです(笑)。
実際、難しいですね(笑)。でも高座に上がるからには、それくらいの気持ちで臨みなさいということです。
みんなが感じていることを話せば一体感が生まれる
談笑さんが「この人のマクラはうまい!」と思うのはどんな人ですか?
「ああ、確かに!」という共感を、お客さんに与えるのがうまい人ですね。共感は“共通点”を見つけることから生まれます。その場にいるみんなが、同じことを感じ、同じ笑いを共有することで、場に一体感が生まれてくるんです。
例えばすごく古典的ですけど、天気の話。あれはバカにできません。誰にでも共通する普遍的な話ですし、「昨日は雪が降りましたね」「そうですね」と、聞き手もとりあえず肯定できますからね。これはビジネスのアイスブレイクでも鉄板じゃないでしょうか。
あと、噺の最中に客席でスマホが鳴ったりする。ものすごく気まずい空気に包まれます。鳴らした本人はもちろん、周囲の人だって気まずい。そんなときは「お〜い、番頭さん。鳴ってるよ、“電話”が」みたいに噺の中で触れてあげると「あ、笑ってもいいんだ」と場の空気がゆるんで、ドーンとウケたりします。
そういった「その場の全員が実は気になっていたんだけど、言葉にできなかったこと」に触れてあげると、効果絶大ですね。
お客さんの反応や空気感を高座からしっかり見ていらっしゃるんですね。
我々の仕事は高座から一方的にしゃべるのではなく、半分以上はお客さんの反応をキャッチすることだと思っています。そこで行われているのは、コミュニケーションのキャッチボールなんですよ。
ですから、マスクでお客さんの表情が見えないのは、落語家としては実はかなり不安なんです。目を閉じてキャッチボールしているような感覚とでもいいましょうか。オンライン会議をやるときも、画面に顔を映すなど、参加者の表情が見えた方がいい気はしますね。
他に高座から客席を見て気づくことは何かありますか?
高座から客席全体を俯瞰するように見ていると、おもしろい瞬間があって。お客さんが集中して聞いているときは、全体がビシッと固まったように動かないんです。だけど「あ、つまらなさを感じているな」というとき、我々の業界では「それている」と言うんですが、そんなときは客席全体がモゾモゾとうごめき始めるのがわかるんですよ。
あと、“場の呼吸”みたいなものは絶対にありますね。話し手とお客さんが一体になって、会場全体がグルーヴ感に包まれるような瞬間がある。談志はこの感覚を「客席全体が自分の手のひらに乗る」と表現していました。そういうときは本当に気持ちがいいものです。
談笑さん流「一体感」を生み出すテクニック
そういった場の一体感を意図的に生み出すテクニックもあります。大切なのは呼吸。噺の途中、落語家が「スーッ」と大きく深呼吸を入れることで、お客さんと呼吸のリズムを合わせていくんです。本来は一人ひとりバラバラなお客さんの呼吸のリズムが、話し手の呼吸のリズムと同調していく。そういうときは、笑うタイミングもピタリと合ってきて、オチに向かってドカーン、ドカーンとウケていきますね。
オンライン会議では、まずボスキャラを攻略せよ!?
コロナ禍以降、オンライン会議をよくやるようになって「対面の会議とはまた違う空気があるな」と感じます。なかなか盛り上がらないことも多いのですが、何か談笑さんなりのアドバイスはありますか?
やっぱりまずは、参加者全員の共通点や気になっていることに触れてあげること。
「◯◯さんの部屋って意外と“和”な感じなんですね」とか「誰か今、救急車通りました?」とかね。コワモテ上司の画面に、猫とか子どもが乱入してくると、すごく親近感が湧いたりしませんか? そうやって、画面からその人の“人となり”みたいなものも感じられると、場もほぐれると思うんですよね。
もうひとつ、「ボスキャラを攻略する」というのも大事なポイントです。
ボスキャラを攻略……どういうことでしょうか?
落語をやっていて、笑わせるのがなかなか難しいお客さんがいるのですが、その代表格が仕事関係の付き合いで来ているお客さん。取引先のお偉いさんや上司に連れてこられた場合、落語の内容よりも、その人たちのことばかり気にしちゃうと思うんですよ。「こいつ、こういうネタで笑うんだ」みたいな腹の探り合いというか、場に“力関係”みたいなものが生まれちゃうと、なかなかウケない。これって、オンライン会議でもよくあるシチュエーションだと思うんです。
確かに心当たりはある気がします……。
そういうときはまず、その場の一番偉い人、ボスキャラをほぐす必要がある。ボスを持ち上げてもいいし、いやらしくない範囲でお世辞を言うのも効果的かもしれない。「いやぁ、あのときはピンチだったけど、ボスのおかげでうまくいきましたよ」みたいなね(笑)。
まずはボス経由で、その場の共通点を一個つくり出す。
なるほど。
会議を仕切る人が参加者のキャラクターを事前に把握しているときは、あらかじめ“会話のポイントゲッター”にアタリをつけておくのもいいですね。笑わせるのが上手い人、説得力がある人、静かに聞いているけど最後にバシッと一言決める人……。盛り上がらない時は、そういったポイントゲッターに話を振ってみる。
落語家にもそのようなテクニックを使う人がいて、客席の中のよく笑ってくれそうなお客さん2〜3人にアタリをつけて、その人たちの反応を指標に噺を進めるらしいです。全員が笑うネタなんてそうそうないので、まずは2〜3人に笑いのピントを合わせて、全体に笑いの波を波及させていくわけですね。
あと、私もオンラインで落語の配信をやってみたのですが、オンライン会議だと、いつもよりちょっと大げさなくらいにうなずいたり、ジェスチャーを入れたりした方がいいかもしれない。画面越しだと、相手の表情やリアクションが5割減くらいに見えちゃうので。
オンライン会議のツールには、拍手やいいねボタンなどもありますが、個人的にはもっといろいろなことができるようになると、楽しくなると思いますね。カメラの角度がたまに自動で切り替わったり、画面にでっかく「笑」という文字が出せたりとかね(笑)。
ニューノーマル時代に必要なのは町内会的コミュニケーション?
最後にこれからのニューノーマル時代、談笑さんが大切だと考えるコミュニケーションの秘訣みたいなものがあれば教えてください。
こんな時代だからこそ、“町内会的なコミュニケーション”を大切にしたいと思うんです。お互いのことをよく知っている人だけじゃなく、近くにいるけどよく知らない人。そういう人たちとのコミュニケーションですね。
例えば、行きつけのコンビニの店員さんとか、同じマンションの住人とか、たまたまバス停で一緒になったおばあさんとか。一緒に飯を食いにいくほど仲良くはないけど、顔は知っているくらいの距離感。そんな人たちと、気軽にあいさつやコミュニケーションが交わせる精神的な余裕があれば、心も干からびずにすむのかな、と。
もともと落語も、知らない人同士が集まる都市部を中心に発展した芸能です。よく知らない者同士が狭いところに押し込まれて生まれるコミュニケーションを描いている噺が多い。これからの時代に必要なコミュニケーションのヒントも、落語にはいっぱい詰まっているような気がしますね。
ニューノーマル時代の新しい働き方へ
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(掲載日:2021年2月15日)
文:井上麻子
高座写真提供:橘蓮二
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