環境問題への意識が世界中で高まっていますね。植林などの緑化運動が、低炭素社会の実現を目指す取り組みとして行われていますが、どこに、どれだけの木を植えたらCO2(二酸化炭素)吸収源として効果があるのでしょうか?
芝生や森林などの緑地におけるCO2の吸収量を推定し、効果的な緑化計画の実現を支援するために実証実験を行っているのは、ソフトバンクが提供する農業AIブレーン「e-kakashi(イーカカシ)」。さて、21世紀の“カカシ”は、どのように環境問題に貢献しているのでしょうか? 開発担当者に話を聞きました。
ソフトバンク 5G&IoTソリューション本部「e-kakashi 」担当
山本 恭輔(やまもと・きょうすけ)さん
2015年入社。二つの大学院で、画像解析と機械学習を使った植物の高速フェノタイピング※に関する研究に携わり、2015年農学博士号を取得。入社以来「e-kakashi」の研究開発を担当
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研究対象となる作物の形質を定量的・定性的な数値として算出し、客観的な評価が可能となる形に変換するプロセスのこと。
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取材はオンラインで実施しました。
緑化を進めるための “How” を提供するのが「e-kakashi」
今日は「e-kakashi」の環境問題への取り組みについて教えてください。「e-kakashi」といえば、データから最適な栽培方法を提案する農業生産者向けのAIソリューションというイメージでしたが……。
基本的にやっていることは同じです。「e-kakashi」から取得する地表面温度などの環境データに、独自のアルゴリズムを組み合わせて、芝生や森林などの緑地での二酸化炭素(CO2)の吸収量をリアルタイムに推定し見える化する取り組みです。
YKK株式会社が緑化の取り組みの一環として整備を進める「YKKセンターパーク」に「e-kakashi」を設置して、芝生の育成データをリアルタイムで取得。年間でどのくらいCO2が吸収できるのかを推定しています。
地球上のCO2循環の中では、森林が吸収源として大きな役割を果たしていますね。
そうですね。植林など、植物をCO2の吸収源とする緑化活動が盛んですが、CO2削減の根拠となる数値を導き出すのが非常に難しいんです。そのあたりは少しフワッとしているというか……。
フワッとしているとは、どういうことでしょう?
南北に長い日本では、植物が生育している環境が大きく違うし季節によっても異なります。きちんとその場所の環境データを使って、どのくらいの木を植えたら実際にどのくらいCO2を吸収するのか? を計算するのは難しい。木の持つポテンシャルや何年後はどれぐらい吸収するかを想定したうえで、「これだけできます」というハッキリした数値はわかっていないんです。
意外ですねぇ。
なので、きちんとその場所の環境データを使って、どのくらいの木を植えたら、実際にどのくらいCO2を吸収するのか? を、この実証実験で確認しようとしています。
YKKセンターパークにおけるCO2吸収量見える化の取り組みについて
YKK株式会社黒部事業所 環境・安全管理部 中島 智美
YKK株式会社黒部事業所 環境・安全管理部
中島 智美
YKK黒部事業所は「技術の総本山」の役割を果たす製造・開発拠点で、自然豊かな黒部川扇状地に立地しています。創業者の吉田忠雄が理想とした、森の中にある工場の実現を目指し、創業100年となる2034年に向け、2006年から黒部事業所内に「ふるさとの森」の整備を開始。黒部で育まれた遺伝子を保全するため、近隣の山野で採取した種から育てた20種2万本の樹木を植樹し、現在では、タヌキなどの哺乳類や鳥類といった絶滅が危惧されるものを含め約300種の生物が生息しています。この森を「YKKセンターパーク」の一部として一般公開するとともに、子どもたちへの環境教育に活用しています。
長期の環境目標「YKKサステナビリティビジョン2050」の達成に向けた活動の一環として、2020年11月から緑地におけるCO2削減効果を可視化する実証実験を開始。ふるさとの森に設置した「e-kakashi」を活用し、周辺の気象データと各種センサーから取得される地表面温度などの環境データを組み合わせてCO2吸収量をリアルタイムで可視化し、パーク内にある展示館内に設置したサイネージで公開しています。
実証実験で得られたデータは、緑地でのCO2吸収の仕組みに関する理解促進や、環境学習プログラムに活用するとともに、世界中の工場緑地におけるCO2吸収量算定の資料に用いてまいります。
「e-kakashi」は芝生の光合成が推定できる、独自のシステム
実証実験では森林だけではなく、芝生のCO2の吸収量も推定しているそうですね。
はい。緑化活動で植林が盛んなのは、森林のほうが面積当たりのCO2の吸収量が圧倒的に大きいからです。でも、芝生は体積当たりのCO2量吸収のポテンシャルが大きい。きちんと管理すればそれなりの吸収量が期待できます。
CO2の吸収量って、どのように測定するんですか?
簡単に言うと、さまざまな環境データ(温度、日射量、飽差※)から光合成速度を推定し、それらのデータから独自の計算式を使って年間のCO2吸収量の想定値を導きだすんです。
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ある温度と湿度の空気に、あとどれだけ水蒸気の入る余地があるかを示す指標
植物は水とCO2、光エネルギーで光合成をします。そのときにCO2が植物に取り込まれる光合成速度は環境によって違うので、「e-kakashi」で収集したデータをベースにCO2吸収量を推定し、環境に最適な緑化活動に生かせるようにしようという取り組みです。
独自のアルゴリズムは、どうやって作ったのですか?
今回の実験で芝管理会社や芝草学会の理事メンバーとチームを組み、いろいろな情報を得ることができたのが大きいですね。あとは関係する文献やさまざまな環境データなど、世の中にあるデータを参考にしながらアルゴリズムを作り、芝生の光合成活動を数値化することができました。
「e-kakashi」は、芝生の光合成が推定できる独自のシステムと伺いました。
僕が知る限り、同様のシステムはないと思います。そもそも芝生の研究は欧米が中心。日本ではサッカー場やゴルフ場など、競技のために芝の育成管理をされていて、それ以外に芝生のエリアを増やそうという状況は少ないですね。
確かに、欧米の住宅地は芝生のエリアが大きいイメージです。
はい。なので一般家庭の芝生管理を温暖化防止の活動につなげようという試みがあるぐらいです。でも芝生って、そこにあることによって人が和む、いやされる、遊べる、転んでもケガしないとか、人間に働きかけるモノが大きいと思うんですよね。緑化運動だからではなく、もっと芝生エリアが増えればいいんじゃないかなぁ…。
人が集まるところ=CO2を排出するところ、ですね……。
もちろん芝生だけじゃダメで、CO2吸出量が多い森林も合わせて考える必要があるんですけど、人が暮らしている中で、いかに自然と寄り添い合あった暮らしの実現をサポートしていけるか? が、「e-kakashi」の担当者としてのミッションですからね。
森林・芝生による効率的なCO2吸収活動を、「e-kakashi」がサポート
2020年10月、日本政府は2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を宣言し、脱炭素社会の実現を目指すと発表。世界第5位のCO2排出国で、すべての温室効果ガスを合わせても世界7位の排出国である日本には、より高い貢献が求められています。
脱炭素社会を目指した取り組みに「e-kakashi」が貢献できることは何ですか?
温室効果ガス削減の目標を達成するのは、人や、企業・団体によっては、難易度が高い場合もあるようです。そのためにカーボン・オフセット※1や、クレジット化※2 が考えられたのですが、将来的には「e-kakashi」からのデータによってクレジット化できると理想的なので、「e-kakashi」のCO2吸収量推定の手法は正しいという、公的な機関からの認証が必須なんです。
達成目標スケジュールが設定されているので、時間が限られていますね。
はい。すでに「e-kakashi」は稲作によるメタンガス排出量の測定実験を3~4年やっている実績があるので、データと知見は集まっています。これらの結果も合わせたうえで頑張って論文を書いてます!
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日常生活や経済活動において避けることができない、CO2などの温室効果ガスの排出について、できるだけ排出量が減るよう削減努力を行なっているにもかかわらず、排出される温室効果ガスについて、排出量に見合った温室効果ガスの削減活動に投資することなどにより、排出される温室効果ガスを埋め合わせるという考え方。
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植林や間伐などの森林管理(吸収プロジェクト)により実現できた温室効果ガス削減・吸収量を、決められた方法(方法論)に従って定量化(数値化)し取引可能な形態にしたもの
出典:経済産業省 資源エネルギー庁 2019年度 総合エネルギー統計より
「e-kakashi」が認定されることを期待しています!
ありがとうございます! 今、ブラジルではユーカリの木を使って、効率的な緑化を目指した植林についての実証実験が行われているそうです。環境に合う品種の木はどれか? CO2の吸収量をどれぐらい見込めるか? どこに植えたら光合成が活性化されるのか?など、効率的な植林活動につなげるためのデータ収集のためです。どこの森から再生するべきか順番を決めたり、切るべき木を見極めたりといったことまでデータから読み取れるようにしていく試みが重要です。
「e-kakashi」でも実績を重ね、植林計画、環境関係の計画を立てるための有益な情報を出せるようにしたいと考えています。
SDGsの達成に向けた、マテリアリティ「テクノロジーのチカラで地球環境へ貢献」
ソフトバンクは「すべてのモノ、情報、心がつながる世の中を」をコンセプトに、SDGsの達成に向けて6つのマテリアリティ(重要課題)を設定。そのうち、SDGsの目標13「気候変動に具体的な対策を」を踏まえた「テクノロジーのチカラで地球環境へ貢献」では、2022年度までに、全基地局電力量の70%以上に再生可能エネルギーを導入する目標を定めるなど、省エネ化の促進を進めています。
(掲載日:2021年5月27日)
文:ソフトバンクニュース編集部