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もう1つの世界で未来を予測。デジタルツインで街があなたを「おもてなし」?

もう1つの世界で未来を予測。デジタルツインで街があなたを「おもてなし」?

休日にお出かけすると、街はいつもより混雑していない様子。駅前の映画館ではちょうど観たかった映画が上映中。映画鑑賞した帰りに、落ち着いたカフェでひと休み。その後、たまたま出店していた物産展で買い物をして……。

この何気ない休日の1日、実は事前にシミュレーションされていた未来だったかもしれません。

今、デジタルツインという技術によって、現実世界と同じもう1つの街をデジタル空間上につくり、街の未来をシミュレーションしようという研究がされています。少し先の未来の話……と思いきや、この技術は実はすでに実際に活用され始めているそう。デジタルツインで私たちの暮らしはどう変わるのでしょうか?
東京大学でデジタルツインを研究する田中謙司准教授とソフトバンクでAIに関する研究開発を行うAI戦略室の國枝良、加藤大造に話を聞きました。

目次

プロフィール

東京大学大学院 工学系研究科
田中謙司 准教授

東京大学大学院修士課程修了後、マッキンゼー・アンド・カンパニー、 投資ファンドの日本産業パートナーズを経て、2017年より東京大学工学部助教。 2013年より特任准教授、2019年より現職。

ソフトバンク株式会社 テクノロジーユニット AI戦略室 企画室 室長
國枝良

ソフトバンク株式会社 テクノロジーユニット AI戦略室 企画室 担当課長
加藤 大造

「もう1つの世界」でシミュレーション。デジタルツインとは?

まず、田中先生にお聞きします。デジタルツインとはどんな技術なのでしょうか?

田中:現実世界の物理的なデータをデジタル空間上にコピーして再現し、いろいろな条件でシミュレーションできるのがデジタルツインです。

すでに導入されているのが製造現場。例えば、工場の設計前に設備の劣化の経過や不良の発生頻度などを調べたりするために、稼働後の工場をデジタル空間でシミュレーションすることができます。

将来何が起こるか、現実そっくりの空間で確認できるんですね。

田中:そうなんです。今われわれが挑戦しているのは、都市をデジタルツインでシミュレーションすることです。

テレビなどで人流データを参考にした人出予想が伝えられることがありますよね。しかし、実際の人の流れには天候や交通の状況、周辺で開催されるイベントや何らかのアクシデントなど複数の要素が複雑に関係しています。そういったさまざまな現実のデータをデジタル空間に反映して、精度の高い予測をしようという取り組みです。

まさに現実の鏡のような、もう1つの世界ですね! どんなデータを反映させるんですか?

田中:例えば、天候、スマートフォンの位置情報、駅の乗降客数データ、AIカメラの映像、その街についてのSNS投稿などがあります。ほかにも、将来的にはIoTセンサー、電力、物流の納品データ、レジの売り上げデータなども活用を想定しています。これらを3D地図上にマッピングしていくことで、街のどこでどんな人が動いているかも可視化することができるんです。

これは究極の形ですが、その一歩としてまずは人流の予測に絞って取り組んでいます。

精度の高い人流予測で、街を活性化させるアイデアを検証する

デジタルツインで街をシミュレーションするというのは、どういうイメージでしょうか。画面上に街が表示される感じですか?

田中:そうですね。デジタル画面上に街の3D地図があり、そこに電車やバスが時刻表に沿って動き、人流が可視化されているイメージです。

過去のデータを反映すると、特定の日時に人々がどんな動きをしていたかも分かるような仕組みをイメージしています。映画を観ている人、買い物をしている人、通勤の人がどのくらいいるかが分かり、映画を観てからすぐ家に帰る人やカフェに立ち寄る人の数などを予測できます。

現在、このように条件を変えてシミュレーションして、どんな条件のときにどのような人の動きが発生するのかを予測する仕組みを研究しています。

ゲームみたいですね! 人の動きを予測できると、どんなことが可能になるのでしょうか?

田中:先ほどの例の続きだと、映画を観てすぐに帰宅してしまう人に対して、どうやって街を楽しんでもらうかもシミュレーションができます。

映画終了直後に空いているカフェを案内したり、その人がよく行く店の割引クーポンを発行したり、物産展のようなイベントを開催してみたり。どんな施策をしたらより多くの人が街を回遊してくれるのかをデジタルツイン上でシミュレーションして、街を活性化させ、商業施設の来客や売上アップに効果が高いと予測が出た施策を実際に実行することが可能になります。

実施する前に効果予測ができるのは助かりますね!

田中:その人のライフスタイルにあった情報を提供して誘導するので、自然体で街を楽しんでもらうことができます。どんな施策をしたら街が活性化するのか、「住みたい」「行きたい」と思われる付加価値の高い街をつくれるのか。こうした探索をデジタルツインで追求していきたいですね。

ちなみに、実現するのはだいぶ先……なんですよね?

田中:いえ。すでに、小田急線の海老名駅周辺でデジタルツイン計画を始めています。

デジタルツインで「もう1つの海老名」をつくる

海老名で進行中というデジタルツインプロジェクトとは? 続いてソフトバンクの國枝、加藤にも話を聞きます。

國枝:われわれソフトバンクと東京大学が産学連携で進めている「Beyond AI 研究推進機構」の枠組の中で、「次世代AI都市シミュレーター」の研究開発を行っています。

『次世代AI都市シミュレーター』イメージ

これは、海老名駅と周辺施設の人流、交通、購買、訪れる人の属性などのデータをデジタルツインに反映して、人の流れや行動を予測するプロジェクトです。実際の海老名のデータをもとにシミュレーションして、条件を変えて過去・現在・未来の状況をデジタルツイン上で見ることができるようにします。最終的には社会実装して密の回避などアフターコロナも見据えたサービスを提供する段階までいきたいと考えています。

研究対象予定エリア(小田急線海老名駅および周辺施設)

例えば、1週間後の売上予測もできるんですか?

加藤:そうですね。過去の人流をふまえ、当日の天候や周辺イベントなどの条件を設定して売上予測をすることもできるようになります。売上が10%下がるという予測がでたら、いくつか条件を変えてシミュレーションして原因を検証することも可能です。売上減少の予測ができれば、回避するためにクーポンを配ったり、デジタルサイネージのコンテンツを変えたりして対策を立てることができますよね。

未来に何が起こるか予測できるって、便利ですね! 将来的には海老名以外の街でも実現される可能性はありますか?

加藤:海老名で実証実験をして、さらに精度を上げて、ゆくゆくはさまざまな都市のスマートシティ化を支える技術にしていきたいですね。

「次世代AI都市シミュレーター」の研究開発

東京大学、ソフトバンク、小田急電鉄、グリッドの4者で、小田急線海老名駅の周辺エリアを対象に、来訪者の行動変容を促す人流誘導アルゴリズムを実装し、スマートシティに応用する研究を2021年4月からスタート。デジタルツイン技術を活用して、どこに人が集まるのか、どんな施策をしたら周辺施設の売上が上がるのかなどをシミュレーションし、アフターコロナにおいて人流を抑制しながらも賑わいのある新しい街づくりに活かしていくことがねらい。2022年にはシミュレーションの予測をもとに実際に各種施策を実施して、その効果を検証する実証実験をおこなう予定。

「Beyond AI 研究推進機構」

東京大学、ソフトバンク、ソフトバンクグループ、Yahoo! JAPANが設立したAI研究機関。次世代AIの中長期研究と事業化・社会実装を目指すハイサイクル研究を推進し、事業で得たリターンをさらなる研究活動や人材育成にあてる、エコシステムの構築を目指しています。

デジタルツインが実現する、未来を予測する世界

では、田中先生。デジタルツイン技術が広まっていくと、私たちの暮らしはどう変わっていくのでしょうか?

田中:先ほど挙げた例のように、クーポンを配布したり、空いている近隣店舗の情報を伝えたりすることで、「この街でこんな過ごし方ができるよ」と生活者に提案できるようになります。生活者にとっては自分の行動に即した自然な流れで情報を受け取ることができます。つまり、気が付かないレベルで自然に誘導されているわけです。

長期的に、人流データを活用することで、「この時間帯は人が少ない」といった予測をもとに、人流にあわせたダイヤ編成、オフピーク通勤、店舗のスタッフ配置やシフト作成なども可能になると思います。資源や人手、費用を無駄なく活用でき、事業者にとっては業務効率アップにつながり、従業員にとっては労働環境の改善につながるでしょう。

また、電力や物流などさまざまなデータをデジタルツインに統合してシミュレーションできるようになれば、電力や物流の最適化、店舗在庫の適正管理も可能になります。

IoT化が進んで、以前より取れるデータが格段に増えてきました。もちろん、生活者のプライバシーを侵害しないのは大前提でさまざまなデータを今後集めていくことで、快適に暮らせるスマートシティづくりに役立てていけると思います。

気が付かないうちに自分が求める提案をしてくれるのはうれしいですね。デジタルツインが一気に身近に感じられるようになりました。ありがとうございました!

(掲載日:2022年3月25日)
文:野垣映二
編集:アクアリング

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