近年は、ゲームやバーチャル空間上で自分自身のアバターを作成したり、コミュニケーションツールとしてアバターを利用したりする人が増えてきています。ゲームやVRチャットだけでなく、ビジネスの分野においてもアバターによる接客への活用などが広まりつつあります。
皆さんは、自分のアバターを作成することを考えたときに自分に似た姿にしますか? それとも別の性別にするなど自分と全く違う姿にしますか? 今回は、バーチャルリアリティや拡張現実の研究に取り組んでいる東京大学大学院情報理工学系研究科 准教授の鳴海拓志さんに、バーチャルが生活に浸透していくこれからの時代、もう一人の自分とも言えるアバターはどんな存在になるのか話をうかがいました。
目次
話を聞いた人
鳴海拓志さん
東京大学大学院情報理工学系研究科 准教授。2006年東京大学工学部システム創成学科卒業、2008年同大学大学院学際情報学府修了、2011年同大学大学院工学系研究科博士課程修了、同大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻助教、講師を経て、2019年より准教授。博士(工学)。バーチャルリアリティや拡張現実(AR)の技術と認知科学・心理学の知見を融合し、五感に働きかけることで人間の行動や認知、能力を変化させる、人間拡張技術等の研究に取り組む。文部科学大臣表彰若手科学者賞、日本バーチャルリアリティ学会論文賞、グッドデザイン賞など、受賞多数。
アバターが人の思考や行動を変える?
SNSのアイコンやゲームで操作するキャラクター、ソーシャルVRを使用する際などに、自分自身の分身である「アバター」を作成する人も多いかと思います。近年は技術の進化に伴い、バーチャル空間でアバターを通して世界中の人とつながったり、ビジネスの分野でアバターを採用したりするなど、アバターの使い道もさまざまです。
アバターはオンライン上でのツールの一つとして使用されますが、バーチャル空間でアバターを使うことで他者とのコミュニケーションが積極的になったり、新しい価値観を持てたりと、私たちの思考や行動にも影響を与えるといわれています。
アバターを使うことのメリット
例えば、SNSで自分の顔写真をアイコンにするのに抵抗があるように「自分の素顔を見られるのが恥ずかしい」という気持ちや、バーチャル空間だからこそ「違う自分になりたい」などの理由から現実の自分の姿とは違うアバターを作成するという人も多いのではないでしょうか。鳴海さんによると、アバターを使用することで、新しい人間関係を築きやすいというメリットがあるといいます。
「アバターを使用すると、バーチャル空間で現実世界とはまた違った、新しい付き合い方が可能になります。例えば、私が大学で人と話すときは、どうしても“大学の先生”というイメージを相手に与えてしまいますが、アバターを使用するバーチャル空間ではこちらの素性を明かさずに気軽に話ができ、そういう状態だからこそ新しい友だちを作りやすいというのがあると思うんです。匿名のアバターを使うことで、性別・人種・出身地・職業をリセットして、新しい自分として人と関わることができるので、現実世界では出会うことのない交友関係や関係性を作れるのがアバターのメリットだと思います」
アバターが人に与える影響
アバターを“自分の分身”として捉える人も多いかと思いますが、近年の研究によると、アバターにはユーザーの行動や思考を変化させる「プロテウス効果」というものがあるそうです。
「アバターによって行動や思考が変わる“プロテウス効果”は、近年の研究によって明らかになりました。アバターという新しい身体を与えられることで、アバターが与えるイメージに引き寄せられて、自分の状態が変わるという効果です。これは、今まで自分にあった縛りから解放され、自由になれることを意味しています。例えば、見た目が良いアバターや身長が高いアバターを使うと、現実世界よりもコミュニケーションが積極的になりやすいという例があります。アバターは言動だけでなく能力にも影響を及ぼすことも分かってきていて、アインシュタインのアバターを使ってVRでひらめきが必要なテストを解いてもらったところ、テストの正解の数が増えたという研究データもあります」
私たちが普段無意識のうちに制限していることが、アバターを使用することで解除できることもあるのだそう。
「普段生活する中で、“いつもの自分を考えると、こういう発言をするのは変に思われるかもしれない”と感じ、あえて発言を控えるということもあるかもしれません。ですが、アバターを使用するバーチャル空間では、そういった無意識の抑制から解放されて自由に発言できることが多いようです。身体的な話だけではなく精神的な面も含め、これまではできなかったことができるようになるのが、アバターの面白いところです。例えば、現実世界で人助けをするのは気恥ずかしくてなかなかできなかったりしますが、アバターを通したバーチャル空間では自然にできるかもしれない。そして、そのようなバーチャル空間での経験を積み重ねることで、現実世界でも同じ行動ができるようになるのではと私は考えています」
自分に似せる派? 似せない派?
2022年10月に開催されたバーチャルイベント「Meta connect 2022」では、iPhoneのFaceIDカメラを使って30秒で自分と同じ姿のアバターを作る技術が発表され、リアルとフィクションの見分けがつきにくい自分そっくりのアバターと、今の自分とは違う姿のアバターのどちらがいいのかSNSで話題になりました。
アバターを作成する際は、アバターの外見を自分に似せて作るか、それとも全く違う外見にするかは、人によって判断が分かれるところだと思います。
ゲームやメタバースで作る自分の分身 #アバター。
— ソフトバンクニュース (@sbg_news) November 21, 2022
あなたがアバターを作るとき、自分に似せる派ですか? 似せない派ですか?
その理由もリプライで教えてください。
ソフトバンクニュースの公式Twitterで、「アバターを自分に似せる派or自分に似せない派」で投票を実施したところ、自分に似せる派は42%、自分に似せない派は58%と、4:6くらいで似せない派が多いという結果になりました。
鳴海さんによると、アバターを自分に似せるかどうかは、どのような用途でアバターを使用するのかも影響しているそうです。
「アバターはコミュニティとの相性があると思います。例えば、ビジネスで使うのであれば、メタバースにも今までの信頼関係を持ち込めるように、現実の自分に近いリアルなアバターの方が良いでしょう。それ以外にも、自分自身に近いアバターの方がVRの没入感が高くなったり、いろいろな感覚を補完しやすいといった効果もあります。逆にデメリットとしては、今はまだ大丈夫ですが、もっとメタバースが一般化された場合に、電車の中で寝ている間にスキャンされて勝手にアバターを作られ、なりすましをされることもあるかもしれません。動画でフェイクニュースを拡散されたり、オレオレ詐欺的な使い方をされたり、といったリスクが考えられますね。
ただ、ネットユーザーの中にはインターネットの匿名文化が浸透している人もいます。外見などに縛られず、好みや考え方が似ている人、内面が合う人と知り合いたい場合は、わざわざ自分と似たアバターをそこで使用する必要はないと考えるかもしれません。知り合い同士でも、リアルの自分とまったく違う姿のアバターを使うことによって、上司・部下、先輩・後輩といった現実世界でのしがらみにとらわれずにフラットなコミュニケーションをとることができるというメリットもあるかと思います」
男性でも女性アバターを使う人が多い?
アバターを通してコミュニケーションを取るメタバースなど「ソーシャルVR」では、性別に関わらず半数以上が女性アバターを利用する傾向があるようです。これは海外だけでなく日本においても同じ現状があり、圧倒的に女性のアバターを使うユーザーが多いといいます。
「日本で女性のアバターを選択する人が多い理由は、できるだけストレスなく他者に受け入れられたいという思いがあるからだと思います。自分で使っていてもストレスを感じないし、他者から見ても受け入れやすい印象の良い見た目になりたいと。そうなると、男性より女性の姿の方が認められやすいというところがあるんです。それ以外にも、自分にコンプレックスがあったり、理想的な自分を表現したいという場合は、自分自身とは全く違うアバターを利用するケースが多いかと思います」
アバターにも「自分らしさ」が必要?
バーチャル空間で自分自身とは全く異なる姿のアバターを利用する人もいますが、一方で、自分自身のアイデンティティの一部を投影させるという人もいます。特にアバターを使う頻度が多い場合は、自分らしさをほんの少し取り入れることで、アバターが自分の一部と感じやすくなるそうです。
「アバターを日常的にずっと使うことと、単発で使うことは別かもしれなくて、毎日使っていると自分らしいところが欲しいと思うこともあるようです。以前、Vtuberの方にインタビューしたときに、どれくらい自分に似せて作ってるんですか?とうかがったところ、『ほくろの位置は自分と同じにしている』とか、少しでもこれは自分の一部なんだと感じやすくされている方がけっこういたんです。完全に別物ではなく、何かしら自分と地続きのアバターにしたいという思いを持っている方もそれなりにいるのかなと思います。
これと関連したおもしろい調査結果があって、若者を対象に、アバターの影響を使って自分の性格や能力を自由自在に変えられるような時代が来たら、そんな『なりたい自分』になれるアバターをどんなふうに使いたいのか、エッセイを書いてもらって分析してみました。驚いたことにみんな使いたくないと言うんです。そういうアバターを使うと、本来の自分と理想的な自分とのギャップを感じてしまい、“自分はそんな人間じゃないのにまるで人を騙しているような感覚になる”、“罪悪感が芽生える”といった意見が寄せられました。
調査の対象だったのが今の大学生くらいの年頃で、VRを毎日使っているわけではない子たちに聞いているので、使ったときの体験のイメージが湧いていないということもあるかと思いますが、技術者としてはちょっとショッキングな結果でしたね。いろいろとおもしろい使い方のアイデアが出てくるかと期待していたので。
一方で、自分の在り方が社会的に変わるというテクノロジーでは、いかにリアルの自分と地続きであるか、それを自分の人生にどう組み込むのかを考える必要があるということが現れているのだと思います。そのためには、現実の自分と同じ位置にほくろをつけるとか、同じようなメガネをかけさせるとか、自分の人生の一部としてアバターを認められるような『自分らしさ』を残すちょっとした工夫が必要なのでしょう」
活躍の場がさらに広がるアバター
SNSやゲームなどを通して、すでにアバターを利用している人も多いかと思います。しかし、将来的にはアバターを活用する幅はさらに広がっていくことが予想されます。
「今後は、アバターを利用してバーチャル空間でビジネスミーティングを行うということも、十分あり得ます。心理的な抵抗があって人前では喋りにくいという人もいるかと思いますが、アバターならそうした問題も解消できますよね。実際、VRで聴衆がいる状況を模擬してプレゼンの練習をすると緊張しにくくなったという研究もあります。対面では人数比や肩書きなどの影響で同調圧力が生じて現場の雰囲気に流されがちですが、バーチャル上で人数比や外見を調整してあげると同調圧力を低下させることができて、発言しやすくなったり、議論が冷静になって納得しやすいといったVRならではの特徴があります」
テレワークが普及し、オンライン上で会話をする機会が多い中、アバターを利用することで集中力が高まる効果も期待できるそうです。
「実は、最近ある研究を行いました。オンラインで授業をする際、先生が1つのアバターで90分話すよりも、4種類のアバターを使って15分ずつ話したときの方が、その後に行ったテストの点数が良いという研究です。話者の印象が記憶の手がかりになるので、アバターを変えながら話すと内容の定着が良くなるんですよね。オンラインでカメラオフの状態で話をしていると、結局誰がどんな発言をしていたのか分かりづらい。今回の調査では、オムニバスでいろんな先生から話を聞いたような授業をすることで、成績が上がるということが分かってきました。VRでは、そうした学習効率の高いことができるかもしれないので、そういう意味でも教育現場やビジネスシーンで積極的にアバターの活用をしてほしいですね」
アバターが自分自身を成長させるきっかけに
ゲームやSNSのコミュニケーションツールとして、バーチャル空間におけるもう一人の自分であるアバター。自分自身に似せた姿にすることで、まるで自分も体験しているかのような気持ちになれたり、自分とはまったく異なる姿で新しい人間関係を築いたりと、アバターを利用することで、自分の中にある可能性を広げるチャンスがつかめるかもしれません。
(掲載日:2022年11月30日)
文:川添祥子
編集:エクスライト
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