【DX塾:医療】2030年の医療を予測する3つのキーワード「多角化」「個別化」「主体化」

2021年3月31日掲載

「(オンライン健康相談や診療が一般的になり)2030年頃には、手術などの処置を受ける一部の患者だけが病院に行くようになると思います」

医療の未来について語る加藤氏の言葉に、思わず「10年で実現するということですか?」と尋ねると、同氏は「遅くないですか?」と聞き返した。

あと10年足らずで医療を取り巻く環境が一変する。それが医療DX(デジタルトランスフォーメーション)の最前線で活動する加藤氏の体感であり、課題を抱える日本の医療に残されたリミットとも言える。AI、IoT、5G、ロボティクス──、医療はテクノロジーによって、今、大きく変わろうとしている。

毎回異なるテーマでDXの本質に迫る、連載企画「DX塾」。第6回目は、眼科専門医であり、遠隔医療、AI、IoTといったデジタルヘルスの政策提言に携わってきた加藤浩晃氏を講師に招き、医療のDXの現在地と未来について伺った。

目次

加藤浩晃

医師/デジタルハリウッド大学大学院客員教授/アイリス株式会社取締役CSO/東京医科歯科大学臨床准教授/千葉大学客員准教授/経済産業省Healthcare Innovation Hubアドバイザー/厚生労働省 医療ベンチャー支援(MEDISO)アドバイザー。2006年度浜松医科大学卒業。
専門は遠隔医療、AI、IoTなどデジタルヘルス。眼科専門医として1500件以上の手術を執刀、白内障手術器具や眼科遠隔医療サービスを開発。大企業やスタートアップ企業の顧問・アドバイザー・取締役も務める。著書に『医療4.0(第4次産業革命時代の医療)』『デジタルヘルストレンド2021』など。

1限目:日本の医療の課題

2030年、高齢者1人を現役世代1.8人で支えることになる

加藤氏:日本の人口は2008年の1億2,808万人をピークに、減少フェーズに入りました。65歳以上の高齢者人口は2015年に3,392万人となり、2030年には3,685万人に達すると予測されています。

総人口に対して15歳〜64歳の現役世代の人口が少なく、2015年には高齢者1人を現役世代2.3人で支える状態に。すでに少子高齢化は深刻な社会問題となっています。これが2030年になると、高齢者1人を現役世代1.8人で支える計算となり、日本はこれから世界でも類を見ない劇的な人口変動を迎えます。

高齢であるほど医療費や介護費がかかるため、今後の社会保障給付費の急激な増加は避けては通れません。そのため、国民一人一人が健康意識を高め、健康で自立的な生活を送れる期間である「健康寿命」を伸ばしていくことが大切です。しかし、個人の意識だけで解決できる問題ではないことは明らかです。

地域ごとに高齢化のピークは異なり、医療の偏在が進む

加藤氏:日本全体の課題である高齢化ですが、地域ごとに見ると様相は変わってきます。

実は、今後高齢化の流れが加速するのは、東京や大阪をはじめとした大都市圏の9都府県。これらの都市では2040年頃に高齢化のピークを迎えると予想されています。一方、地方都市では2010〜15年頃にすでに高齢化のピークを迎え、人口減少が加速している地域もあります。

こうした地域ごとの違いによって何が問題になるのか。1つは、提供できる医療サービスにばらつきが生じることです。今後高齢化が進む都市部では医師の需要が高まり、医師の数は増えていくと予想されます。一方で人口が減少している地方では医師の数も減っていていくことは明らかです。

現時点で医師の平均年齢は約50歳、開業医だけを見れば平均60歳という状況があり、特に地方においてはすでに若い医師の不足が顕著です。

町に産婦人科医がいないために出産ができず、公立病院が産婦人科医を求めている地域もあります。また、専門医が都市部の大学病院に集中するために地方で受けられる治療に限りが出ているケースも。

すでに、日本では医療の偏在化が進んでいるのです。

2限目:2020年代は「医療4.0」の時代へ

20年ごとに変革してきた日本の医療

加藤氏:日本の医療の歩みを振り返ってみると、これまでに3回の大きな変化がありました。

まずは、1960年代に国民皆保険制度が生まれ、現在の医療体制の基礎ができた「医療1.0」。次に、1980年代、高齢化への対策として老人保険法などが制定され、今につながる介護施策が登場した「医療2.0」。そして、2000年代、電子カルテの導入といった医療のICT化が進んできた昨今の「医療3.0」。

今、誰もが当たり前のように享受している日本の医療ですが、およそ20年ごとのスパンで大きな変革を遂げてきたのです。

そして、2020年代。世の中にはAIやIoT、ロボティクスなどのテクノロジーが浸透し、第4次産業革命が到来すると言われています。

医療分野においても、高齢化、社会保障給付費の増大、医療の偏在といった課題を解決するためには、医療のDXを進め、次なる「医療4.0」へと進化していかなければなりません。

「医療4.0」では、医療の多角化・個別化・主体化が進む

加藤氏:テクノロジーを活用し、人々の医療への関わり方を変えていく「医療4.0」。その特徴として、私は3つのポイントがあると考えています。

1つめは、医療の「多角化」です。

これまでの医療は病気やケガをした人を診るのが主でしたが、今後は病気になる前の予防や検査、治療後のリハビリなどのアフターケアを含め、人々と医療提供接点が多角化して増えていくことが考えられます。

また、日本では2015年8月に「遠隔診療の解禁」とされる時期があり、また2018年4月からはオンライン診療(遠隔診療)が保険診療でも一定の条件下で始まり、病院に行かずとも医師の診断を受けられるようになりました。病院に行くかどうかを相談したり、自宅にいながらオンラインでリハビリ指導を受けたりといったことが、今後一般的になることが予想されます。医療は、診察や治療をするだけでなく、人々の健康的な日常を支える存在になっていくでしょう。

2つめは、医療の「個別化」です。

さまざまなテクノロジーが発達したことで、個人に合わせた医療のオーダーメイド化が進んでいくでしょう。

例えば、多少の選択肢はあるものの、基本的には同じ病気の人には同じ薬が処方されていました。治験の結果、大分部の人に一定以上の効果があると認められているからです。

しかし、同じ薬を使用しても副作用が出る人や効果が出ない人もいます。「この病気にはこの薬が一番よく効くはずですが、あなたに効くかどうかは試してみないと分からない。」というのが、これまでの医療です。

これからは、個人の睡眠や食事のデータ、過去にどういう薬を飲んでどんな変化があったかなど、一人一人のデータを記録し、治療や健康観察に役立てていくことが可能になります。個人の健康や生活に関するビッグデータをもとに、その人自身にあったオーダーメイドの投薬や治療を提供していくことができるようになるのです。

こうした流れを受けて、AIの診断を分析し、患者に分かりやすく伝えていくデータサイエンティストのような仕事をする医師や、日常的に健康のアドバイスをする健康総合プロデューサーのような医師も登場していくでしょう。

そして3つめは、医療の「主体化」です。

今までは「医師がそう言うなら、その治療法でお願いします」と、患者は言われたままに治療を受けるケースが一般的でした。しかし、今後は患者が自分の健康について主体的になるという流れが顕著になっていくと考えています。

これまで患者の健康に関するデータを診て判断していたのは医師だけでした。今後はIoTやAIの発達によって、日常的に使うアプリケーションで健康データを取得・管理し、分析してもらい、アドバイスを受けることが可能になります。

すでに、2021年3月からは健康保険証とマイナンバーが紐付けられ、健康診断の情報を患者自ら確認できる取り組みが進んでいます。こうした流れの中で人々の健康意識が高くなり、主体的にセルフケアを行い、自分で治療の選択をしていく人が増えていくでしょう。

3限目:すでに始まっている「医療4.0」の事例

ゲノム、AI、ロボティクスを活用した最新医療

※ゲノム … 遺伝子(gene)と染色体(chromosome)から合成された言葉で、DNAの全ての遺伝情報のこと ※ゲノム … 遺伝子(gene)と染色体(chromosome)から合成された言葉で、DNAの全ての遺伝情報のこと

加藤氏:テクノロジーを活用した医療の革新はすでに起きています。

例えば、ゲノム医療は進化していて、すでに個人の遺伝子の解析が可能です。将来どのような病気になるリスクがあるかを予測したり、その人に効果がある薬をピンポイントで選択したりすることもでき、医療のオーダーメイド化の流れを加速させるとみられています。

医療現場でのAIの導入も進んでいます。CTやMRI、内視鏡の画像をAIが解析してガンなどの疾患を見つける取り組みは、各地で始まっています。医師が見逃した病変をAIが発見するなど、医療の質を高めることにもつながっています。

また、問診にAIを導入して医師の負担を減らす取り組みや、AIで新薬の候補となる化合物を予測し、創薬の開発コストと時間を圧縮する取り組みも進んでいます。

手術においては、すでに実用化されている内視鏡手術支援ロボット「ダヴィンチ」が知られていますが、ロボティクスとAIを組み合わせることで、近い将来、精度の高い手術をオートマティックに行うことも可能になるかもしれません。また5Gの整備が進むことで、離れた場所にいる医師が実際の映像やVR映像を見ながらロボットを操作して手術を行えるようになるでしょう。

こうしたテクノロジーを活用した医療が広まっていくことで、地方の病院にいる患者が都市部の大学病院にいる専門医の診察や手術を受けることができるようになります。地方の医師不足、医療格差を解決する手段として注目を集めています。

スマホアプリを使った「治療」も登場

加藤氏:もう少し、人々の生活に身近な部分でも、テクノロジーを活用した医療や健康相談のサービスは始まっています。

オンライン診療は、医療機関側の体制の問題、操作になじみにくいといった声などがあり、現時点では広く一般的になっているとは言えませんが、コロナ禍でも安心して医師の診察を受けられることもあって、今後は導入が進んでいくでしょう。2030年にはオンライン診療も対面診療と同様に誰もが気軽に受けられるようになるのではないでしょうか。

また、スマホアプリやウェアラブルデバイスでデータを取得し、それを日々の健康アドバイスにつなげていくサービスはさまざま登場していますが、今までは「相談」の領域を出ませんでした。

現在はアプリケーションで「治療」できるというサービスも生まれています。先駆けて米国では米Welldoc社の糖尿病を管理するデジタルセラピューティクス(DTx)「BlueStar」がその効果を認められているなど、生活習慣病や精神的な病気を中心に、ソフトウェアを医療現場で活用する取り組みが進んでいます。

また日本でも株式会社CureAppがニコチン依存症治療の領域で、医療機器に該当する治療用アプリを開発し、2020年12月からは保険適用もされました。従来、禁煙する人に対しては、薬を出す内科治療か手術をする外科治療かの選択肢しかありませんでした。そこにアプリを使って診療を行うサービスが生まれたのです。

4限目:「医療4.0」実現に向けて必要なこと

「医療4.0」に向けて乗り越えるべき課題

加藤氏:紹介した事例に限らず、2030年頃に訪れると予想される医療危機に備え、テクノロジーを活用した医療機器やサービスの開発に力を入れる企業は、今後ますます増えていくと見込まれています。しかし、本格的な「医療4.0」の時代にシフトしてくためには、まだいくつか乗り越えなければならない課題があります。

まずは、テクノロジーが先行して、法律の整備が後まわしになりがちである点。医療は人の健康や命に関わる分野であり、新しいテクノロジーの導入には慎重にならざるを得ない部分があります。

そのため、法律で制限をかけているわけですが、一方で変革の足かせになることもあります。守る部分と攻める部分のバランスを取りながら、適切に進めていくことが必要です。

2つめの課題は、投資です。課題先進国の日本において、ヘルスケアビジネスの市場はさらなる成長が見込まれています。しかし、実際の投資の規模はまだ海外の1/10程度。日本ではヘルスケアはマネタイズが難しい部分もあって投資が集まりにくいという現状があります。海外ではバイオ産業を含めて利益をしっかりと出しながら成長している企業もあるので、今後どうやって投資を加速させるかが鍵となるでしょう。

3つめは、医師自身のマインドの問題です。医療業界は狭く、社会には最先端のテクノロジーが一部で導入される一方で、医療業界は10年やそれ以上前と同じ方法で診察や治療をしている医師もいます。同じ方法だから即良くないというわけではないですが、現在のテクノロジーを活用することで、患者さんに対して質が高かったりニーズにもあったりする方法が提供できるのだとしたら、テクノロジーを活用しようとチャレンジすることも必要なのではないかと思っています。医師が自ら社会の変化や人々のニーズを敏感に感じ、自身も変わっていこうというマインドを持つことが大切だと思います。

医師の役割は、社会を健康にすること

加藤氏:医療のDXが進み、「医療4.0」が実現するであろう2030年頃には、病院に行くのは、手術などの処置を受ける一部の患者だけになると思います。

それ以外の多くの人は、健康相談サービスやオンライン診療を活用することが一般的になっているでしょう。ソフトバンクが提供しているオンライン医療相談サービス「HELPO(へルポ)」も、もちろんそのうちの1つです。病院に行くこと自体は減りますが、予防やアフターケアなどを含めて医療と生活者の接点は広がっていく。こうした時代があと10年せずに訪れます。

医師法第1条には、医師の目的として診療をすることではなく、簡単に言うと「医師は社会を健康にしましょう」ということが書いてあります。病院の中での行為に限定されてもいなければ、AIを頼ることを禁止されているわけでもありません。今後、医師の役目は目の前の患者を治療するだけではなく、幅広い分野で社会を健康にするためのサービスを提供していくことへと変わっていくのだと思います。

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