私たちを取り巻く、数々のインターネットサービス。最近は、その中でも「XaaS(X as a Service)」という概念が注目を集めています。
「XaaS」の中で、私たちの生活に身近な事例のひとつが”シェアリングサービス”。カーシェア、シェアサイクルなどが有名ですが、最近では服や住宅、知識やスキル、傘など、さまざまなシェアリングサービスが登場しています。実はこのような「シェア」で成り立つ経済は、インターネットのない江戸時代にもあったのです。
当時の庶民の暮らしぶりが、現代日本とどのような共通点があるのか、お江戸のアイドル=お江戸ルとして活躍される堀口茉純さんが江戸東京博物館の学芸員さんにお話を聞きました。
目次
- “シェア”文化が根づいていた理由は、財産やモノを持たないから
- 「FaaS(ふんどし as a Service)」もあった? まだまだある江戸の“シェア”文化
- 現代では“ゴミ”でも、江戸時代では“商品”に? 価値観の違いと学ぶべきもの
今回の登場人物
お江戸ル 堀口茉純(ほりぐち・ますみ)
東京都足立区出身。小学生の頃から歴史に親しみ、大学進学後は歌舞伎や日本文化の研究をする傍ら、演劇、日本舞踊(若柳流)、殺陣の稽古に励む。卒業後に江戸文化歴史検定1級を最年少で取得。以降は歴史タレント、お江戸ル(お江戸のアイドル)として、テレビやラジオのほか、執筆、イベント、講演など幅広く活躍。江戸文化の魅力を発信し続けている。3月5日に新刊『胸キュン ?! 日本史』(集英社)が発売予定。
- Twitter:@Hoollii
- 公式ウェブサイト:堀口茉純 オフィシャルウェブサイト
東京都江戸東京博物館・学芸員 市川寛明(いちかわ・ひろあき)
東京都江戸東京博物館 都市歴史研究室研究担当係長・学芸員。1964年愛知生まれ、一橋大学大学院社会学研究科修了。専門は日本近世都市史、編著に『江戸の学び』(河出書房新社)、『江戸のくらしとリサイクル(売り声図鑑)』(絵本塾出版)などの監修を行う。
“シェア”文化が根づいていた理由は、財産やモノを持たないから
現代の日本では「シェアリングエコノミー」といわれるように、日用品から、服や傘、空間、映画や本などのコンテンツ、あらゆるものがインターネットを通じたサービスとして「シェア」できるようになってきています。その一方で、江戸時代でも庶民が「モノ」や「コト」をシェアするという事例がありましたね。
ええ。例えば「損料」という言葉は現代でも生きています。これは、衣服や器物を貸して、その消耗費用を賃料として取る商売のスタイルで、この起源は江戸時代にあったことがわかっています。いわば、レンタルサービスのはしりとも解釈できますね。
XaaSの考え方でいうと、生活に関わるもの全般なので「LaaS(Life as a Service)」の分野になりそうですが、どのようなものをレンタルすることが多かったのでしょうか。
一番有名なのは布団です。次に夏や冬の着物、そして蚊帳がよく知られています。貸しているものには季節性があって、蚊帳は夏限定ですし、布団は夏掛けと冬掛けがあります。その季節になったら借り換えして、使わないものは返すという流れです。今と違って、すべての物品に対してレンタルが普及していたというわけではありません。
そのような商売が成立していたのは、庶民の住環境の問題もあったのでしょうね。
現代の社会はほぼすべてのものに「市場」が成立していますが、江戸時代はそうではありません。しかし、ある種の合理化・抽象化が行われていて、損料屋は「モノを買うと場所が必要、でもそんなスペースはない、だったら必要な時だけ借りよう」という発想で生まれてきた商売であると思われます。
江戸庶民の暮らす長屋はとても狭かったようですものね。江戸博(江戸東京博物館)には実寸大の長屋のジオラマがあるので、こんな空間だったのか! と実感できます。
火事の多さから、財産を持たなくなった
九尺二間の裏長屋ですね(間口が約2.7メートル、奥行きが約3.6メートル)。風呂トイレなど共同の設備以外はそこで完結する暮らしです。しかも、江戸庶民の場合は狭いというだけでなく火事が多いので、基本的に財産を持たない、より正確にいえば持ち得ない生活であったと考えられています。
そうした暮らしのサイクルを表現したのが「その日暮らし」という言葉です。その日1日で得た金銭で、その日の生活を成り立たせて将来のことは考えない。江戸っ子の「宵越しの銭は持たない」というのは、一般的にきっぷの良さとして理解されていますが、その実態は労働力の価値が生活によって消費され、その結果一切の剰余がないことを指しています。
「FaaS(ふんどし as a Service)」もあった? まだまだある江戸の“シェア”文化
よく損料屋で「ふんどし」を貸していたなんて話を聞きますが、これは実際にあったのでしょうか。
大正末期から昭和初期にかけて、江戸時代を回顧する出版物が出始めたころに「彗星」という雑誌があったんです。その本で文久年間(幕末の1861年〜1864年)に、ある老人が新しいふんどしを248文で買って、使って汚れたので60文支払うと新しいふんどしを出してくれたという記録があったのです。これが「賃料」だったのか「洗濯料」だったのか定かではないのですが、その話が広がったものだと思われます。
1文が今の20円くらいだとしたら、60文で1,200円ですよね! 少し高くないですか?
新品のふんどしが248文(約5,000円)くらいだったとすると、賃料でも洗濯料でも60文はあり得ませんね。だから眉唾の話だと思ってます。
新品のふんどし、高いですね!
今と違って布が高価であったのは事実です。ただ、ふんどしは季節性のないものですから損料屋で扱うのには向いていないのではないでしょうか。というか、こんな話でよいのですか(笑)?
籠屋、船宿、博打、井戸まで…...。さまざまなシェアの仕方
他にも、現代の東京ではWeWorkのようなコワーキングスペース、シェアハウスなど「空間」をシェアするサービスが盛んです。いわゆる「WaaS(Workspace as a Service)」とでもいえそうな分野ですが、江戸時代だと銭湯がそれにあたるのではないかと思っていますが、この点はいかがでしょう。銭湯の2階では寄席を聞いたり、面白い話だと覗き穴があったりだとか...。
それはあると思います。ご存知のように江戸庶民の住居に内風呂はありませんので、頻繁に銭湯に行って、そして男性は2階に上がってお金を払えば休憩スペースを利用することができました。日常的に人が集まる社交場という意味では典型的ですね。
江戸時代から学ぶ、XaaS用語「WaaS(Workspace as a Service)」
モバイルファーストやリモートワークといった新しい多様な働き方を実現するために提供されるスペース。ソフトバンクグループは、コミュニテイ型コワーキングスペース「WeWork」に出資しています。
カーシェアリングのような移動手段も今は「MaaS(Mobility as a Service)」「TaaS(Travel as a Service)」のようにサービス化されています。移動に関してのシェアといった例はありますでしょうか。
籠屋はもちろんですが、江戸だと船宿がありました。これは乗り合いの船のように「移動」という目的もあれば、船遊びのような「娯楽」、物の運搬のような「輸送」といったさまざまな目的で使われていました。
江戸時代から学ぶ、XaaS用語「MaaS(Mobility as a Service」
公共交通機関も含めて、移動手段を共有しビジネス活動や暮らしを支援するサービスのこと。ソフトバンクでは、トヨタ自動車などとの共同出資会社「MONET Technologies」が自動運転時代を見据えて、MaaSの普及に向けて取り組んでいます。
「PaaS(Payment as a Service)」も主流です。「PayPay」などのキャッシュレスサービスもそれに当たりますし、面白いところではネット上で少人数でお財布を管理する、共同財布のサービスも出てきています。江戸時代では、共同でお金を積み立てて、クジで当たった人が旅に出る、伊勢講、富士講なども庶民の暮らしで盛んでしたよね。
当時は山岳信仰が盛んで、都市だけでなく村でもよく行われていたと言われています。実際には「講」という名目で(禁止されていた)博打のようなことが武士階級で行われていたこともあったようです。
江戸時代から学ぶ、XaaS用語「PaaS(Payments as a Service)」
サービスとしての支払い(Payments)を指す用語。最近では現金ではなく、クラウド上でのお金のやり取りが急速に増えていて、ソフトバンクのグループ企業が提供するスマホ決済アプリ「PayPay」も、支払い(Payments)の「PaaS」として捉えることができます。
江戸ではありませんが、地方の農村社会でもシェアが行われることはあったのでしょうか。
むしろ農村のほうが共同でやらなければならないことが多かったでしょうね。田畑や水の管理もそうですし、屋根の吹き替えも1人ではできません。ただ、これはサービスというよりも生活維持のためにお互い助け合っていくという視点なので、非市場的でシェアリングサービスというのとは違います。
サービスではないので、「AaaS(Agriculture as a Service)」とまではいえなさそうですが、「シェア」的な観点で見ると、江戸時代は現代よりも「助け合い」「共有」の精神が行き届いているといえそうですね。
一方、地方の農村と比べると江戸の町はかなり特殊で、大都会なので見知らぬ人がたくさんいます。そうすると農村社会の共同体ではありえない不特定多数を相手にした商売が成立したという背景があります。
江戸時代から学ぶ、XaaS用語「AaaS(Agriculture as a Service)」
設備投資に大きな費用がかかる第1次産業でもサービスが拡大。特に農業では「スマート農業」が進んでおり、ICTを活用した生産管理、省力化、ノウハウの共有などの取り組みが行われています。
ソフトバンクは農業AIブレーン「e-kakashi」を提供。ほ場で収集したデータを植物科学に基づく農業AIブレーンが分析し、栽培の判断をアシストします。
現代では“ゴミ”でも、江戸時代では“商品”に? 価値観の違いと学ぶべきもの
近代的な経済感覚は持っていないのに、モノをシェアする仕組みや余計なものは持たないという価値観が既に存在していたのには驚きです。江戸って季節労働でたくさん若い人たちが地方から入ってくる中で、他人とその時期は付き合わないといけない。その中で手に入るお金というのも少ないし、経済自体が低成長というか、この中で皆でなんとかやりくりしていく「循環の社会」だったのではないかと思いました。社会全体の構造は違うのですが、そこに今の日本の若い人たちが感じているちょっとした閉塞感と何か共通する部分やシンパシーがあるのかなと感じています。
なるほど。確かに江戸時代は実体経済を分析すれば成長していたかもしれませんが、人々の心の中ではまったくそういう経済発展するといった意識はありませんでした。富の総量は一定で、誰かが得をすれば誰かが損をする、「ゼロ・サムゲーム」なんです。なので高利貸しは嫌われるし、余分なものを持たず借りられるものは借りて済ますという経済合理性が精神的にも道徳性として現れているのだと思います。
シェアするのが素晴らしいとかモノを持たないのがエコでスマートだという現代の価値観とは異なるということなんですね。江戸庶民の経済感覚から今を生きるヒントのようなものを見いだせたら面白いと思ったのですが。
江戸から学べることがあると思うのですが、そのポイントはちょっと違います。よくあるのがリサイクルの話で、江戸時代はリサイクル社会だからその伝統から学んでリサイクルしましょうというね。ところが、実際の江戸時代において長屋などから出る「し尿」などは不要なものではなくて商品としての価値がちゃんとあるわけです。それに価値がないとかゴミだというのは現代人の感覚であって、江戸ではそれが普通の経済循環なんです。
エコロジーは本来市場的な価値を持ち得ないものをどうやってリサイクルの循環や排出削減につなげていくかという話なので、江戸時代とはやはりちょっと違います。ただ、モノを無駄にしないとか大事にするとか、「もったいない」とか「始末をよくする」という精神はとても重要で、そこから学ぶことはあります。
江戸博はそれを伝えるための施設ですもんね。
はい。現代とは違う、けれども自分たちのルーツである江戸時代の社会を見たときに「人間っていうのはこういうものだよな」と感じてもらうための仕事をしていると自分では思っています。
江戸時代を眺めていると、現代の日本が見えてくる!
「XaaS」や「シェアリングサービス」というと難しく感じますが、平たくいうと1つの資源をみんなで共有して効率的に利用する知恵や仕組みのようなもの。そういう意味では、布団のような生活必需品をレンタルしたり、銭湯で汗を流しながら裸のコミュニケーションを楽しんだり、市川さんのお話を通じて見えてくる江戸時代の庶民の暮らしにも「シェア」的な精神は息づいているといえそうです。
まったく違うようで、どこか共通点もある江戸時代。温故知新、XaaSなどの新しい概念を理解するためには、過去を振り返ってみるのもいいかもしれません。
(掲載日:2020年2月20日)
文:栗原亮
撮影:中村宗徳
協力:江戸東京博物館
XaaSを活用して、「すごい明日を、みんなのものに。」
想像もつかないくらいの進化をつづけているテクノロジー。ソフトバンクは、すごい明日を作るために、新しいサービス・ソリューションの実現に向け、さまざまな「XaaS」の取り組みを行っています。