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本記事は、一エンジニアが「技術の倫理への問い:実践から理論的基盤へ」という書籍を読み、現代における技術者の役割について考えたことのまとめです。
先日、科学技術哲学を専門にされている金光秀和先生の「技術の倫理への問い:実践から理論的基盤へ」(勁草書房)という本を読みました。技術倫理とは、歴史的に高尚な道徳理想から生まれたものではなく、技術者が雇用主に対して自律性を主張するために作られた側面があるということは驚きでした(19世紀にエンジニアたちが自身のプロフェッショナルさを対外的に示すために作られたのが技術倫理)。
技術倫理と聞くと窮屈な印象を受ける人もいるかもしれません。ところが、この本で明らかとなるのは正反対のことです。
本書のなかにこのような言葉がありました。
これらの言葉は、エンジニアが便利ツールを作るだけなく、世界のあり方に参与しているというメッセージのように感じました。この本を読み、一エンジニアとして、技術者が社会の中で担う新しい役割について考えたので、こちらの記事で共有します(本記事は筆者個人の見解です)。
本書のキーワードは「技術的媒介」です。人間が世界をどのように経験するかは使用する技術によって媒介されているというポスト現象学の言葉です。まず抑えるべきキーワード(概念)は、「知覚の媒介」と「行為の媒介」です。
メガネを通して世界をみるとき、メガネそのものを意識することはありません。無意識にそれが変換した世界をみることになるように、技術が現実と我々の関係を媒介するとき、わたしたちは技術というレンズや変換器を通して変換された知覚に無意識に縛られています。技術的人工物はユーザー自身に組み込まれて、人間が世界との関係を作る基盤となる。このことを本書では知覚の媒介といっています。
行為の媒介もキーワードです。例に挙げられていたのは、使い捨てのプラスチック容器を使用後にわたしたちが捨てるという行為です。なぜそれをするのかを考えたとき、それはマニュアルに書いてあるからではなく、むしろその容器が物理的に何度も洗って使うことができないからだと指摘しています。つまり、技術のあり方が使用者の行為を方向づけています。逆に言えば、気づかないままにわたしたちの意思や行動は方向づけられてしまっています。
知覚の媒介、行為の媒介、これをまとめて表現するキーワードが「技術的媒介」です。
本書の特長は、技術倫理について、歴史を紐解きながら、「技術的媒介」というポスト現象学の概念をもとに読者を導いている点です
脱構築を通じた認知的なアハ体験を象徴するものが本書の「技術的媒介」というキーワードです。本書を一言で言えば、「技術倫理の歴史をたどりながらポスト現象学の視点で捉え直し、技術的媒介というキーワードで技術倫理を捉え直した本」です。
むかし、職人が活躍していた時代、世界は「小さな社会」であったといいます。しかし、現代は大きな社会です。
現代社会は、匿名性、分業、大量生産に特徴づけられています。消費者から見ると、無意識に隠された意図がわからなくなる、責任が曖昧になる、それが社会全体に影響を強く及ぼすというリスクがあります(本書ではこれらを非対称情報のリスク、匿名性のリスク、規模のリスクという名前で呼んでいます)。そして、このような特徴とリスクを踏まえると、技術倫理とは世界の設計に関わる社会的なあり方を定義することです。
わたしは、これまで技術倫理というのは、漠然と上から降りてくる固定的なもののような印象を受けていました。しかし、社会のあり方を設計するという視点から捉えると、技術倫理というのが創造的な分野であるように思います。
ソフトバンクは「情報革命で人々を幸せに」という理念を掲げています。そのために「ソフトバンク人権ポリシー」「ソフトバンクのプライバシーポリシー」「情報セキュリティポリシー」「ソフトバンクAI倫理ポリシー」といったポリシー群を策定しています。
普段の業務でも、これらのポリシーと整合しているかを確認しながら進めてきました。しかし、この本を読むと、それは一方的に守る、遵守するというものではなく、どのように世界を設計するかというガイドラインであり、それをベースに積極的な関与をしていくことが必要なのだと思いました。
技術と思想の歴史を紐解いて明らかになるこのような視点は、わたしたちエンジニアが日々業務を行うなかで、あらためてモチベーションをあげてくれる気付きのように思います。
もし機会があれば、手にとって読んでみてください。
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