2019年4月から全国で行われた、ソフトバンクのCSR施策「愛のランドセル寄付プロジェクト」。ネパールと日本の架け橋となるべく、寄付された約2万個のランドセルが海を渡りました。
今回は、プロジェクトの中心メンバー3人にインタビュー。計画から支援者のリアクション、表に出てこない苦労話……等々、どのような想いで行動したのでしょうか。その舞台裏に迫ります。
ネパールの現状
ネパールはアジアの中で国民1人あたりのGDPが最も低く、経済的に豊かとはいえません。そして、ネパール国内で大きな社会課題になっているのが子どもたちの教育環境です。特に村落部では、学校に通うために荒れた山道を数時間も歩かなければいけなかったり、卒業を待たずして学校を中退してしまう子どもたちが後を絶たなかったりと、いかにして子どもたちに質の高い教育を提供するか、その方法が模索されています。
今回の登場人物
シャラド・ライ:YouMe Nepal代表
2011年から母国ネパールに学校を作り始め、現在2校400名以上の生徒達に高質な教育を提供中。”子供達が自らの人生や自国の未来を切り開いていく”を大切に、公立学校とのオンライン教育改革等にも取り組む。2014年東京大学大学院卒業。ソフトバンク勤務を歴て、東京大学博士課程在籍中。
齋藤 奏子(さいとう・かなこ):マーケティング担当
2010年ソフトバンク入社。入社以来カタログ・ユニフォーム・DMなど幅広いプロモーションツールの制作を担当し、2018年よりコミュニケーション戦略を担当。その他「愛のランドセル寄付プロジェクト」など様々な企画を行う。小学1年生と2歳の子育て中。
箕輪 憲良(みのわ・のりよし):CSR担当
2007年ヤフー株式会社入社。マーケティング本部リサーチ部のリサーチャーを経て、2011年3月より東日本大震災の復興支援を担当。2017年10月より、グループ人事初の交換留職でソフトバンクへ異動。社会の課題をみんなで解決できる方法を探る。
愛のランドセル寄付プロジェクト
それぞれの家庭で役目を終えたランドセルを、全国のソフトバンク・ワイモバイルショップへお持ちいただき、それをネパールの子どもたちのもとへ届けるプロジェクト。ネパールの子どもたちに「学ぶこと」や「学校へ行くこと」に対してポジティブな気持ちを抱いてほしい、という想いが込められています。
「大変そうだからこそ、成功させたい」——プロジェクトの発足
そもそも、このプロジェクトを思いついたきっかけはなんだったのですか?
実は発案当時、私が子どもの「ラン活」(小学校入学を控えて、子どものランドセル選びをすること)を経験していまして。最近のランドセルってとても質がいいので、6年間使い倒しても意外とピカピカな状態で残るんですよね。それなのに、そのあとの使い道がまったくないというのがもったいないな、と。
調べてみると、こういったランドセルの寄付を募っている団体はいくつかあるんです。でも自分で箱を用意しないといけなかったり、送料を負担が必要だったりと、なかなかハードルが高くて。そこで全国にショップがあるソフトバンクが窓口になれば、スムーズな形で寄付が行えるのでは?と考えました。
しかし、アイデア自体は良い一方で、実現はなかなか難しいのでは……とも思っていました。ランドセルはモノとしても大きいし、そもそもどれくらい集まるかもわからない。そんなときに、社内に頼りになりそうな人がいることが判明したんです。それがライさんだったんですよね。
私は今年の3月までソフトバンクで働いていたんですが、副業として「YouMe Nepal(ユメ・ネパール)」というNPO団体の代表を務めていました。そのときは故郷でもあるネパールの教育環境に関係するクラウドファンディングを行っていて、プロジェクトのチラシを社内あちこちに置いていたら、齋藤さんから声をかけてもらったんです。
ランドセルは子どもたちにとっての“学びの象徴”
ランドセルの送り先がネパールになったのは、ライさんのプロジェクト参加がきっかけだったのでしょうか。
ライさんがきっかけになり、確かにネパールとソフトバンクの間に縁ができました。しかしそれだけの理由で選ぶのではなく、本当にランドセルを送るべき国はどこか、しっかり見極めなければいけない。このことは、共通認識として私たち全員が持っていました。
そこでネパールの状況について改めて調べたデータに加え、ライさん自身の経験や活動内容も含め報告したところ、社内で承認が通ったという流れですね。ネパールはアジアの中でGDPがもっとも低く、切実に支援を必要としている国ですから。
齋藤さんから連絡を受けたときはとてもびっくりしましたし、個人的にとても嬉しかったです。ただ、YouMe Nepalとしては、喜ばれないものを一方的に押し付けてしまうようなことは避けたかった。そこで、実際にどれくらいの子どもたちがランドセルを必要としているか、プロジェクトをスタートさせる前に調査しました。
まずはソフトバンク社員から募ったランドセルを数十個ほど現地の学校へ送り、子どもたちに1週間使ってもらって、アンケートを実施したんです。
片道3時間かけて登校する子どもも。本当に喜ばれるかをトライアル
ネパールでは、家から学校までの道のりがとても険しいと聞きますね。
片道3時間くらいかけて登校する子どもは珍しくありません。日本のランドセルはとても頑丈ですが、その分それなりの重さもあるので、「子どもの体格がランドセルに耐えられるか」は重要な判断基準です。そこで、ネパールの「グレード4から8」、日本の学年で言うと小学校4年生から中学校2年生を対象に、ランドセルを渡すことにしました。ある程度の体格があれば、大きなランドセルに「背負われて」しまうこともありませんから。
ランドセルがない子どもたちは、普段どんなカバンで登校しているのですか?
あっという間にボロボロになってしまうような、ナイロンや布製のカバンですね。ですから実際にランドセルを背負ってもらったところ、「ストロングでとてもいい!」と好評でした。同時に「日本の子どもたちと同じものを背負っているんだよ」と伝えると、子どもながらに日本のことを想像したり、調べたりしたようです。
私たちの団体としても、ただ“モノ”を贈るということではなく、教育の大切さという“想い”を伝えたくて活動しているので、これはとても意義のあるプロジェクトだと感じることができました。
ランドセルってまさに「学びの象徴」なんですよね。僕たち自身も「便利なものを“渡す”」ではなく、「これを背負ってたくさん勉強してほしい」という “祈り”に近い気持ちで、ランドセルを贈っています。
このプロジェクトの目標は、17個あるSDGsの目標の4番目「質の高い教育をみんなに」に関わる内容だと思っていて。子どもたちが健やかに学び、世界の広さを知って、社会の中で自分の役割を見つけていってほしい。だからこそ、贈るものがランドセルである意味があるんですよ。
SDGsの目標4:質の高い教育
国連による「持続可能な開発目標(SDGs)」で定められた17の目標のうちのひとつ。「すべての人が、包摂的で公平な、質の高い教育を受けられるようにします。また、誰もが生涯学び続ける機会を得られる環境をつくることに取り組みます」
楽しみながら寄付してもらうために、ソフトバンクのマーケティングや物流のノウハウを生かす
実際にプロジェクトを動かすことが決定したあとは、マーケティングの視点で、どういったところを工夫されたのでしょうか。
「どうすれば少ない予算で、多くの人にプロジェクトを知ってもらえるか?」を考えました。そこで、まずは東京都のPTAを通して保護者の方へ封書を配布したんです。やはりお母さんに直接伝えるのが一番だろう……という発想だったのですが、この反響が想像以上でした。インスタを通して「子どもがこんなチラシをもらってきました」と投稿してくれたり、某タレントさんが「寄付しようと思います」とブログに書いてくださったり、それをウェブニュースとして取り上げていただいたり。
また、社内の人間や昔の仕事仲間が、自発的にSNSでシェアしてくれたというケースも多かったですね。「今から寄付しに行きます!」と写真と一緒に投稿してくれた方もいました。「いいことをしている」というより「楽しんでやっている」という広がり方をしたのが、いい成果として見えた感じがします。
自然的に拡まっていったのですね。
実は僕も、キャンペーン中の店舗をいくつか回りました。3,000店舗を巻き込んだCSRの施策は今回が初めてだったので、クルーの皆さんの業務負担が増えてしまわないか、ちょっと不安だったんです。でも、実際にお店を覗いたら皆さんとてもにこやかに対応していて、これはいける! と確信しました。
「ソフトバンクのノウハウが上手く活かされた」と感じることは多々ありましたね。クルーの業務を少しでも軽減できるよう、シンプルな回収キットを準備しました。そして、寄付いただける方には簡単な検品をしたらそこに入れてもらい、着払い伝票を貼って運送業者さんへ渡してもらうだけというフローを確立したんです。
社内の技術が生きたという点では、ランドセルを入れるためのボックスや感謝状のデザインもこだわって作りました。感謝状は、ついSNSにアップしたくなるような「映え」を意識してデザインされています。
さまざまな支援事業を行っているNPO団体の多くは、支援先は細やかにフォローしていますが、NPOを応援してくれる人たちに向けては深く考えたコミュニケーションをとるまで手が回らない現状があります。本プロジェクトにソフトバンクのクリエイティブチームに入ってもらったことで、受け取った支援者の間で会話やコミュニケーションが生まれるようになりました。
当然、物流に関してのノウハウもありますしね。ロジスティクス担当の方にご協力いただき、ランドセルに合わせたサイズの段ボール箱をつくり、ランドセルを汚すことなくスムーズに保管することができました。
ボックスや感謝状をあとから見せてもらって、そこまで自分は気が回っていなかったので驚きました。ここまで徹底してやってくれるんだな、と。
嬉しい悲鳴から生まれた苦労も。2カ国の子どもたちの共生を叶えるための「愛のランドセル」
ソフトバンクならではの技術という点でも功を奏した、と。ところで当初の予定と、実際に集まったランドセルの数はどのくらいの差があったのですか?
発足当初は目標7,000個、現実的に考えて4,000個くらいの予定だったんですが、蓋を開けると4,000個が2週間で集まりました。集まったランドセルは、最初はソフトバンクの倉庫で保管する予定だったのですが、それだけでは保管場所がまかなえず、外部に約100坪の倉庫を借りました。最終的には7倍近くの約2万個のランドセルが集まりましたね。
想像以上のペースでランドセルが集まったので、一部の店舗ではダンボールや感謝状などのグッズが切れてしまうこともあったのですが、その場合はお店からお客様にきちんとご説明したうえでランドセルをお預かりしました。初めて行うキャンペーンということもあって、全てにおいて完璧なオペレーションはできなかったのが心残りですが、お客様からも快くご理解していただいて。
すごいですね。このあとのランドセルの流れはどうなっていくのでしょうか?
国内で受け取ってから先の輸送はYouMe Nepalが推進します。日本からネパールへ輸出入し、現地で活動している僕たちのチームや現地のNGOなど多く協力の下、正確な住所もないようなそれぞれのエリアまで運び、受け入れ対象となっている学校まで運びます。
今回のプロジェクトでは、「透明性」を大事にしているんです。ネパールの「どの地域の、どの学校の、どの学年の、◯◯さん」に届けられるのか。寄付をした人にとっても印象的な体験として心に残るかどうか。こういったストーリー性のあるプロジェクトなんですよね。
実際に、これだけの数のランドセルが集まってきていると知ったときの心境はいかがでしたか?
実は、スタートするまではちょっとドキドキしていたんです。というのも、「愛のランドセル」はネパールの財務大臣からの承認を得て始まったプロジェクトだったので、これを成し遂げられなかったらこれまでの活動への信用をすべて失ってしまう……と。
ただ、ランドセルの集計データを毎日確認していたのですが、想像以上の数が集まるのを見て日に日に安心感と喜びが大きくなっていきましたね。
僕は、これほどの反響があったことに対して、素直に嬉しかったですね。一番怖かったのが「無風」だったので。この国も捨てたものじゃないな、なんて思いました(笑)。
日本とネパールの架け橋を作りたい
ソフトバンクのCSR部門は「共生社会をつくること」を目標にしています。その中で今回のプロジェクトのように、6年間愛用してきたお子さんや親御さんの気持ちもすべて含めて、ランドセルをネパールへ送ることにすごく意味があったなと感じています。未来に向けて、すごくワクワクする気持ちが湧き上がってきました。
私自身はずっとプロモーションの世界にいたので、社会貢献活動に関わったのは初めてだったんです。正直、遠い世界のことだと思っていたのですが、自身の経験や業務知識がこのプロジェクトで生かすことができ、世の中に広めることができたのがとてもやりがいになりました。今後もCSR的視点を忘れず、仕事に取り組んでいきたいです。
このチームを始め、あらゆる部署や店舗の方、数千人もの方々にネパールの子どもたちについて考えてもらえたことはとてもありがたいですし、もちろんランドセルを持ってきてくださった皆さんの想いは現地でしっかり届けてこようと決めています。
11月以降、ランドセルの引き渡しが行われる予定ですが、それを背負う子どもたち一人ひとりが皆さんの想いに少しでも触れることができたら、日本とネパールの架け橋になる「愛のランドセル」になるのかな、と今から楽しみです。
(掲載日:2019年11月12日)
文:波多野友子
編集:ノオト
撮影:小野奈那子