今、世界中で人気を集めている日本食。そのブームは、本場の味を求めてやってくるインバウンドへの対応や、日本産食材の輸出など、国内の飲食業界にもさまざまな影響を与えています。
そこで、国内外に日本食の魅力を伝え続ける近茶流嗣家・柳原尚之さんと、日本食輸出支援プラットホームを開発、運営するumamill(ウマミル)株式会社の若き経営者・佐藤晶洋さんのお二人を直撃! 日本食ブームの現状と課題、そして真の日本食を海外に広めるためには何が必要なのか? 「料理家」と「ベンチャー企業経営者」、それぞれの視点からお話を伺いました。
目次
今回の登場人物
江戸懐石近茶流嗣家 柳原 尚之(やなぎはら・なおゆき)さん
江戸懐石近茶流嗣家(えどかいせききんさりゅうしか)。東京農業大学醸造学科にて発酵食品学を学ぶ。卒業後、小豆島の醤油メーカーや海外の帆船での勤務経験を持つ。帰国後、江戸時代から続く懐石料理の流派を受け継ぎ、宗家である柳原一成と共に、赤坂の料理教室にて日本料理の研究、指導にあたる。現在、NHK「きょうの料理」などの料理番組出演のほか、ドラマの料理監修を多く務める。その他、日本料理をグローバルに広げる活動も積極的に行う。平成28年には文化庁文化交流使に任命。平成30年、日本食普及の親善大使任命。
近著に『美味しい暮らし 季節の手仕事』(池田書店)など。
umamill株式会社 代表取締役 CEO 佐藤 晶洋(さとう・あきひろ)さん
ソフトバンク株式会社で法人向けの営業に従事した後、社内起業制度「ソフトバンクイノベンチャー」に挑戦。「誰もが簡単に輸出に挑戦できる場をつくる」を理念に日本食輸出プラットホーム「umamill(ウマミル)」を提供するumamill株式会社を2019年4月に設立。日本食材や飲食店に関わる、すべての人のカスタマーサクセスを目指して日々まい進中。
日本食輸出支援プラットホーム「umamill」とは?
「umamill」は、食材の海外販路を開拓する際のコスト、ノウハウ、言語などの課題を解決し、日本の食品メーカーと海外の食品バイヤーをつなげる日本食輸出支援プラットホームです。
「umamill」を通して商品掲載(無料)と試食品の発送ができるため、食材の生産者や食品メーカーの方は、海外のバイヤーと日本にいながら商談ができ、「umamill」が食品商材の輸出まで、必要なすべての業務をサポートしてくれるので安心です。
「umamill」の仕組み
今や世界中が大注目。海外における日本食事情
早速ですが、今、海外では空前の日本食ブームだとか。海外の方が感じている日本食の魅力とは何でしょう?
まず、食材の多さが世界の中でも断トツです。日本は島国で、暖流と寒流がちょうどぶつかるところに位置しているので、質の良い漁場となっています。
さらに国土が南北に長くさまざまな気候区分に属しているため、育つ野菜の種類も豊富です。豊洲では毎日、150種類近くの魚と、200種類近くの野菜が集まります。それだけたくさんの食材が集まる市場は、世界的にもかなり珍しいんですよ。
また、日本食は魚がメインで、一食で多品目を取れること、油の使用量が少ないことが、健康志向の海外の人に受け入れられています。
海外のバイヤーとの会話でも、「日本食=健康的」というイメージを持っているように感じます。“生食”も日本ならではの文化として認知されていますよね。
素材本来のおいしさはもちろん、自然の状態から極力手を加えないという点も評価が高く、日本料理家にも「料理で芸術を生み出している!」と、リスペクトを抱いていましたよ。
それはうれしいです!
確かに、日本のように春夏秋冬で器を変えたり、食材の旬にこだわったりと、季節感を大切にした食文化は他の国には見られません。郷土料理や年中行事といった、土地や時期ならではの料理が多いのも日本食の特徴ですね。
まだ見ぬ日本食を求めて、都市から地方へ
海外で日本食に関心が高まっていることについて、お二人の実感はありますか?
私は2015年に文化交流使として、ニュージーランド、ブラジル、カナダ、アメリカの大学や料理学校で日本食を教えましたが、実際は47もの国から派遣を希望する応募があり、「みんな日本食に興味があるんだな〜」と驚きました。
海外の名店で腕をふるうシェフたちも、日本食に注目していますよ。「日本の食材や技術を、自分の料理にも取り入れたい!」と。
特にアジア圏は、ここ数年での日本食レストランが急増していますね。umamillとしても、今はシンガポールに限定して輸出支援をしていますが、今後アジアには大きなビジネスチャンスがあると確信しています。
出典:農林水産省Webサイト(海外における日本食レストラン数の調査結果(令和元年)の公表について[農林水産省])
僕は、日本食の広がりはインバウンドと深い関係があると考えているんです。日本でおいしい日本食を食べた海外の人が、SNSでその体験を発信する。すると、その投稿を見た人が日本食に興味を持つ。そして、海外の日本食レストランに足を運んで、本場の味を求めて来日する人が増える、という広がり方です。
そうですね。以前は海外の人がイメージする日本食といえば、すしか天ぷらでした。それが、実際に日本に来る人が増えたことで、日本食の多様性に気づき始めたように思います。行き先も東京や大阪といった大都市だけでなく、次第に地方へ向かうようになり、各地の郷土料理とも出会っていますから。
ただ、食材でいうと、海外では日本の一部メーカーの加工食品が流通の主流を占めているというのが現状です。海外のバイヤーが欲しがっているような、地方の特産品や中小企業の食品のほとんどは、まだ出回っていないんです。そうした状況は、umamillを始めるきっかけの一つとなりました。
海外は日本食材が手に入りにくい? 中小企業の抱える輸出の課題とは
海外で日本の食材を入手するのは、かなり難しいのでしょうか?
国によるので一概には言えませんが、観光やビジネスで滞在する日本人が多い都市部には、日本の食材を扱っている大きなスーパーマーケットがあります。しかし、日本人が住んでいない場所だと、手に入る食材の種類が一気に減ります。あったとしても、至ってベーシックなしょうゆやのりぐらい。
なので、私たちが海外でイベントを開く時は、食材を日本から持って行くことが多いです。だしに欠かせないかつお節や昆布の他にも、しょうゆ、みそ、みりん、酒……発酵調味料さえ持っていれば、どこにいても日本料理を作れますから。
なぜ日本の食材が海外で流通しにくいかというと、国ごとに細かく決まっている規制によるんですね。僕たちが最初のサービス対象国としてシンガポールを選んだのも、他の国に比べて比較的規制が緩く日本の食材も流通しやすいというのが大きな理由です。
それでも、シンガポールと日本の間には「シンガポールに肉を輸出する際、流通過程で一切人の手で触れてはいけない」という規制があるため、少ロットのサンプルで貿易のきっかけを作る当社は、ブロック肉などの肉類が扱えないのです。
持ち込み自体がNGの場合もありますよね。みそやしょうゆなどの発酵調味料は、言ってしまえば菌ですから。
私も2015年のミラノ万博で、日本食を振る舞う機会がありましたが、かつお節の持ち込みができず困りました。カツオをいぶす過程でタールや焦げが付くと、そこに発ガン性物質のベンゾピレンが生成されるから、だとか。日本では問題ないのですが、EUでの基準を超えていたんですね。
代替品を探し回って、外国産の作り方が異なるかつお節を見つけましたが、やはり日本のかつお節とは味わいが違います。最終的には唯一EUに流通ルートがある日本の老舗メーカーのかつお節を見つけることができ、使わせてもらえることになりました。
食品貿易に足りなかったのは、インターネットの力
日本の中小企業にとっての、輸出のハードルの高さとはどのようなものでしょうか?
まず、コストの壁が非常に高いですね。一般的に、日本企業が貿易環境を整えるには、現地の商社を視察するために多額の渡航・滞在費が伴います。ですが、運よく商談までこぎつけても、好条件で貿易関係を結べるかは分かりません。中小企業は資金的な余裕も体力もないので、たくさんのお金をかけて海外を目指すのはハイリスクです。
また、先ほどお話しした規制に関する知識をはじめ、貿易に関するノウハウ、海外とのやりとりに不可欠な言語力が十分でない場合が多く、「コスト」「ノウハウ」「言語」の問題があるため、これまで日本の中小企業は、海外に向けて情報を発信したくてもできない状況が続いていました。
つまり、海外の小売店や日本食レストランにとっても、日本の中小企業や地方の食材に関する情報は得にくいということですね。
国内にいても、そうした情報を仕入れるのは簡単ではありません。私は代々、実際に産地に足を運んで、食材がどのように育てられているのかを自分の目で見るように教わってきました。
ただ最近では、とにかく大量の情報が早く手に入るので、インターネットもチェックしていますね。今まで知らなかった知識や情報の中から、気になった食材や場所を自分の目で見て、さらに深掘りしていきます。
それが効率的ではありますよね。実はこれまで、umamillのように海外から商品情報にアクセスできる、ウェブカタログのようなプラットホームがなかったんです。
海外の人が日本で何が売れているのかを調べるときは、YouTubeやFacebook、Instagramでバズっているものを探して、取引のある商社に「この商品が気になるんだけど……」と問い合わせ、連絡を受けた商社が生産者を探してコンタクトを取る、という流れで時間も手間もかかっていました。
umamillを使えば、日本の各地の企業にとっても今まで十分に届けられなかった商品情報を、限りなくゼロに近いコストで届けられるというメリットがあります。
umamillが日本の中小企業と海外をつなぐことで、貿易にチャレンジしやすくなったんですね!
日本料理家と若きベンチャー企業の経営者が描く、日本食の未来
海外でも日本の食材が手に入りやすくなるということで、さらに日本食を世界に広めるためにはどんなアクションが必要だと思いますか?
今、海外の人は貪欲に日本食を学ぼうとしています。それに負けじと、日本人も日本食を知っておかないといけないな、と感じますね。
私が学校で子供を対象に「味覚の授業(五味と言われる、塩味、酸味、苦味、甘み、うま味を育てる体験型学習)」を行っているのも、日本の子供たちが日本食を食べる機会を増やしてあげたいからなんです。
人は小さい頃から食べているものをおいしいと感じるようになっているので、子供のうちからさまざまな食体験をしてほしい。そのためにも、“日本の食材で作る日本食”は不可欠ですね。
umamillとしては、日本の食材をより世界に流通させるために、今まで掛かってきた不要なコストをなくしたいですね。その上で、海外で今より質の高い日本食や食材が身近になれば、「食」を求めて日本に遊びに来る人もぐっと増えるはず。
最終的には、海外の小売店や日本食レストランが、日本のアンテナショップのような存在になってくれたらいいなと思っています。海外で日本食のファンを増やし、日本に呼び込むことで、さらなるインバウンド消費が期待できますよね。
帰国後も、日本食を自宅やレストランで楽しもうと思ってもらえれば、食材の輸出量もおのずと増えるはず。そういったサイクルを作っていきたいです!
今回の対談は、柳原尚之さんが副主宰を務める「柳原料理教室」にて行いました
「umamill」で扱う、注目商品はこちら
かき美醤(かきの魚醤)
[倉橋島海産株式会社/広島県]
栄養価の高い広島かきを、特殊な製法を用いて発酵・熟成。かきのうまみが凝縮され、炒め物や汁物に数滴入れるだけで格別の味わいに。
(掲載日:2020年2月5日)
文:秋葉成美
編集:エクスライト
撮影:山野一真