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地域医療の課題解決へ。オンライン診療とヘルスケアモビリティの可能性

地域医療の課題解決へ。オンライン診療とヘルスケアモビリティの可能性

超少子高齢化、人口減少といった社会情勢が進む中、医師・医療施設の偏在や医療・介護に対するニーズの増加など地域医療課題への解決が急がれる今日。こうした課題は、特に高齢者の多く住む地方の過疎地において、医療施設へのアクセスの利便性の面で大きな影響を及ぼしています。

そんな中、長野県伊那市で、慢性疾患の患者さんを対象に、医師が遠隔で問診ができるテレビ電話システムを搭載したヘルスケアモビリティの実証実験が行われるなど、地域医療課題を通信技術などを利用したテクノロジーで解決しようとする動きも起き始めています。

今後、地域医療において、テクノロジーがどのような役割を果たし、貢献することができるのでしょうか。以前よりオンライン診療を積極的に導入し、地域医療の課題解決に取り組まれている、千葉県いすみ市「外房こどもクリニック」の小児科専門医・黒木春郎氏にお話を伺いました。

目次

黒木 春郎

外房こどもクリニック・院長 黒木 春郎(くろき・はるお)
昭和59年千葉大学医学部卒業。医学博士。千葉大学医学部臨床教授、日本外来小児科学会理事、日本小児科学会専門医・日本感染症学会専門医・指導医の傍ら、厚労省「オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直し検討会」構成員、日本遠隔医療学会オンライン診療分科会・分科会長、日本医師会「オンライン診療研修に関する検討委員会」委員などを務める。

外房こどもクリニック

地域医療における2つの課題「アクセスの不均衡」と「専門医の偏在」

国内にある地域医療課題について教えていただけますか。

まず挙げられるのは、医師や医療施設といった医療資源の偏在です。全国的に、大都市圏と比べて、地方都市や過疎地域では医療施設の減少率が高く、さらに同一県内でも都市部と農漁村部とでは医師数に偏りがあります。

二次医療圏ごとに見た人口10万人対医療施設従事医師数の増減(2008年→2014年)

二次医療圏ごとに見た人口10万人対医療施設従事医師数の増減(2008年→2014年)

2008年から2014年にかけて、大都市医療圏(人口100万人以上又は人口密度2,000人/km以上)、地方都市医療圏(人口20万人以上又は人口10〜20万人かつ人口密度200人/km以上)、過疎地域医療圏(上記に属さない医療圏)ごとの医師数の増減を比較した図。全体では医師数は増加傾向が見られるが、地域の規模ごとに比べると過疎地区では減少している地域が多いことがわかる。

出典:「医師偏在対策について」(厚生労働省)平成30年2月9日

都道府県(従業地)別にみた医療施設に従事する人口10万対医師数

都道府県(従業地)別にみた医療施設に従事する人口10万対医師数

その地域の人口に対して医師が足りているかを比較した図。東京は医師数が充実していることがわかるが、隣接する千葉県や埼玉県は全国的にも低い数値を記録している。人口の多い地域にも医師の偏在は見られる

出典:「平成30年(2018年)医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」(厚生労働省)平成30年12月31日現在

救急医療は重症度に応じて三段階(一次救急、二次救急、三次救急)に分けられていますが、一次救急であるプライマリ・ケア(家庭医やかかりつけ医のような、身近で健康や病気の相談ができる継続的・総合的な保健医療システム)に関していうと、例えば、千葉県の場合、千葉市内は病院が複数あり、全国的にみると充足していますが、中心部から少し離れれば状況は変わります。私はいすみ市内の小児科専門医ですが、他に小児科専門医がいる医療施設は、うちのクリニックから1時間はかかる、50キロも離れた場所にあります。このように、各都道府県の中でも医療資源が都市部に集中し、地方は少なくなっています。医療施設が集中している場所とそうでない場所の差が出ていますが、これは、医師数を増やせば解決するかというとそんなことはありません。

医療資源の偏在は、患者さんをはじめとする人々の生活にどのような問題を引き起こしているのでしょうか。

「アクセスの不均衡」と「専門医の偏在」という2つの問題です。アクセスについては、都市部であれば、徒歩や公共交通機関で医療施設に行くことも可能ですが、地方では車で30分以上かかることも多く、住んでいる地域によっては患者さんに大きな通院負担がかかってしまいます。それに、介護が必要で外出困難な患者さんはもちろんのこと、高齢化が進む今、自分で運転ができない、代わりに運転をしてくれる身内がいない高齢の方も増えてきているので、アクセスの不均衡はまず挙げられる重要な問題です。

居住地域で不便や気になったりすること(複数回答)

居住地域で不便や気になったりすること(複数回答)

高齢者の方が居住地域で不便に思われていることを調べた調査。「医院や病院への通院に不便」が2位となるなど、医療へのアクセスの不便さを訴えられる高齢者が多いことがわかる

出典:「平成30年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査結果」(国土交通省)

医療側にとっては、どのような問題があるのでしょうか。

アクセスの問題は訪問介護や訪問診療を行うような医療側にとっても同じで、患者さんが点在している地域では、効率よく訪問できません。また、専門医の偏在については、全国的にみても、都市部以外の地域では常勤の専門医が少ないため、自宅の近くに医療施設があったとしても、診てもらいたい診療科の医師がいなくて遠方の病院へ行かなければならないという患者さんもいらっしゃいます。希少疾患を診ている施設であれば、この問題はさらに大きいでしょう。私のいるいすみ市周辺から東京駅へ出て、そこから新幹線で遠くの病院まで通われている方もいますし、都内の専門疾患の医師の話によれば、遠方に住む患者さんの中には、飛行機で通院される方もいらっしゃるそうです。

遠方への通院は、身体的にも経済的にも大きな負担となりますね。

はい。訪問介護などがまだ始まる以前は、患者さんが医療施設に自分で来ることが前提だったため、患者さんは自らがんばって医療施設に行くしかありませんでした。訪問介護開始以降、医療従事者が患者さんの元へ行くようにもなりましたが、これだけでは地域医療の根本的な問題解決にはなりませんね。

こういった状況の中、患者さんのニーズも変わってきているのでしょうか。

人口減少や少子化の時代ですが、例えば小児科は、患者入院数は減っているものの、外来患者数は微増、小児救急電話相談にかかってくる相談数は急上昇しています。子どもの数が減っている一方で、子どもを持つ人達の医療に対するニーズが増えているんですね。これまでのように、発熱や痙攣などの病状が出て医療施設にかかるということだけではなく、便秘があり落ち着きがない、学校に行けない、といった生活に関わるより広範囲な問題に対応することが医療のニーズになっている。言わば、医療の役割が、個人のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)に応えることになってきているということが言えると思います。

通院負担を減らす「オンライン診療」というソリューション

今、仰られたような過疎地などにおける地域医療課題の解決に、さまざまなテクノロジーを活用しようという動きが見られています。黒木先生が長年取り組まれている「オンライン診療」も大きな可能性を秘めているかと思いますが、「オンライン診療」とはそもそもどのような技術なのでしょうか。

オンライン診療は、「テレビ電話を使ったリアルタイム診療」と定義されている診療方法で、医師が患者さんとテレビ電話をつなげて診療を行います。患者さんは、スマホやパソコンを使ってあらゆる場所からアクセスすることができるので、まず通院負担が減ります。例えば、高齢者の方がいらっしゃる介護老人保健施設などでも常勤医が不在の施設もありますので、患者さんにとってかなり大きなメリットだと思います。それから、待合室にいる他の患者さんを気にすることもないプライベートな空間なので、患者さんもリラックスして医師と話ができるようです。医師側としても、患者さんの日常生活の様子が分かり、生活指導もしやすくなるなど、患者さん、医師双方にメリットがあります。

実際のオンライン診療の様子

実際のオンライン診療の様子

オンライン診療は、どのくらい普及してきているのでしょうか。

すでに海外では、救急にかかるべきかどうかの判断基軸として取り入れられており、日本でも2018年にオンライン診療は保険診療に取り入れられました。しかし現状では、対象疾患が限定されていることや保険点数の抑制などの制度面での制限がある他、ITリテラシーや決済方法などの不安から利用をためらう人もいるなど、国内ではまだまだ普及しにくいのが現状です。

地域の交通課題を「ヘルスケアモビリティ」が解決

オンライン診療と同じく注目を集めているのが、ヘルスケアモビリティの分野です。ソフトバンクやトヨタ自動車などが出資する”MONET Technologies株式会社”が、2019年に長野県伊那市で、車内でオンライン診療ができる「ヘルスケアモビリティ」を活用した実証実験を行なっていますが、地域医療課題解決へのアプローチとして、ヘルスケアモビリティにはどのような可能性があるとお考えですか。

私も伊那市のヘルスケアモビリティの実証実験の発表を伺ったことがありますが、対面診療とオンライン診療、そこにウェアラブルなどのデジタルデバイスを組み合わせ、かつ各地域の患者さんのニーズを見ていくことで、可能性は広がると思います。

伊那市の実証実験では、テレビ電話ができる設備を搭載した車両を用意。看護師が車で患者の自宅などを訪問し、医師の指示に従って患者の検査や必要な処置を行ったり、テレビ電話を通して医師が患者に問診したりすることを想定しています。また、車両はMONETの配車プラットフォームと連携させ、効率的なルートで訪問できるようになっています

伊那市の実証実験では、テレビ電話ができる設備を搭載した車両を用意。看護師が車で患者の自宅などを訪問し、医師の指示に従って患者の検査や必要な処置を行ったり、テレビ電話を通して医師が患者に問診したりすることを想定しています。また、車両はMONETの配車プラットフォームと連携させ、効率的なルートで訪問できるようになっています

具体的にどのような点に注目されましたか。

都市部と田舎、田舎でも山間部と離島とではかなり状況が違うので、住んでいる方の目的地へのアクセス方法も変わってきます。例えば、いすみ市はほぼ9割方、車社会です。もちろんバスもありますが数時間に1本しか出ていない上に、買い物に出たら自分で荷物を運ばなければいけません。地元のタクシー会社は9時から17時まで営業していますが、車を運転できなくなった方が買い出しに利用することが多く、空車が少ない。やはり地方の生活には車が必須になってしまうんですね。高齢者の方だけでなく、障がいを持たれている方や介護が必要な方もいらっしゃいます。そういった患者さんの疾患や状態が人それぞれ違うという個別性、そしてアクセス方法といった地域性に合わせて、モビリティで巡回しながらオンラインで医師とつながるという態勢はいいですね。患者さんのアクセスや専門医の偏在といった医療側の問題を同時に解決することができるのではないでしょうか。

オンライン診療との組み合わせは有効そうですね。

さらに言えば、このようなモビリティにおけるICT技術が医療だけではなく、生活全般に対して利用できるようになれば、医療をベースにして地域の生活全般を支えることも不可能ではないと思います。

可能性がますます感じられる「医療×テクノロジー」の未来。まだ実用化や普及には課題の感じられるオンライン診療も、近年規制緩和の動きが少しずつみられるようになってきています。

また、お話を伺った黒木さんも期待を寄せているのが、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)の可能性。専門医の少ない過疎地でもきめ細やかに医療を提供していくヘルスケアモビリティに関しては、すでにオンライン診療とも連動した実証実験も行われ、地域医療の課題解決に大きな貢献をもたらしてくれそうです。

今回のような医療分野に限らず、今後ますます少子高齢化の進んでいく社会において、快適で便利な交通プラットフォームの需要は、一層高まっていきそうです。そういった意味でも、MaaSが今後あらゆるシーンで普及し、活用されていくことは間違いないでしょう。

(掲載日:2020年4月21日)
文:河田早織
編集:都恋堂