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イノベーションは誤差数センチの測位技術から。高精度測位サービス「ichimill」開発者インタビュー

イノベーションは誤差数センチの測位技術から。高精度測位サービス「ichimill」開発者インタビュー

正確な“時間”と“場所”を捉える測位技術は、クルマの自動運転やドローン、ロボットといった移動システムの発展には欠かせない技術です。

4機体制の準天頂衛星「みちびき」や、各国のGNSSを活用したソフトバンクの高精度測位サービス「ichimill(イチミル)」は、誤差わずか数センチの高精度な測位を実現しています。

測位の精度にこだわり続けて10年。「ichimill」を開発した測位のスペシャリストに、正確な位置情報がもたらすさまざまな可能性について話を伺いました。

永瀬淳さん

永瀬淳さん

ソフトバンク株式会社
法人事業統括クラウドエンジニアリング本部IoTサービス統括部

2000年ソフトバンクECホールディングス株式会社入社。2009年からスマートフォンを活用した、新しいライフスタイルの創造をテーマに、測位技術を活用したサービス開発に従事。独自の測位サービス「ichimill」を開発し、ソフトバンクの高精度測位サービスをけん引している。

高精度測位サービス「ichimill」について

準天頂衛星「みちびき」などのGNSS※1から受信した信号を利用して、RTK測位※2を行うことで誤差数センチメートルの測位を行い、正確な位置情報を利用したい企業向けのサービス。

全国に張り巡らせた3,300以上の独自基準点で安定して衛星の信号を受け、"揺らぎ"が少ない状況で生成されるデータをもとに位置補正するため、正確度・安定度が高く、誤差わずか数センチの位置情報の提供が可能になる。

通信キャリアのインフラを使って、通信とのシナジーを出している「ichimill」は、Beyond Carrierを実践するソフトバンクならではの事業と位置づけられている。

  • ※1GNSS(Global Navigation Satellite System)とは、QZSSやGPS、GLONASS、Galileoなどの衛星測位システムの総称
  • ※2RTK(Real Time Kinematic)測位とは、固定局と移動局のふたつの受信機を利用し、リアルタイムに2点間で情報をやりとりすることで、高精度での測位を可能にする手法のこと

数で面を押さえる。3,300カ所以上の独自基準点で、誤差数センチの位置情報を提供

正確な位置情報は、ビジネスにどう活用されているのでしょうか?

永瀬:例えば、カーナビなどは一番分かりやすい例ですね。携帯電話の地図サービスもGPS衛星などからの信号を受信していますが、昔と比べると誤差が少なくなっていると思いませんか?

今、測位サービスのニーズが一番高いのは自動運転への活用です。車両を制御するには、正確な位置情報を知ることが必須ですから。また、IT農業が進んでいる北海道では、すでに数万台の自動運転トラクターがGNSS受信端末を搭載して動いています。人口減少が加速する中、広大な耕地を耕すためには農機の自動化が有効です。「ichimill」によって、GNSS受信端末を搭載した自動車や農機など、さまざまな機器の位置を正確に把握することができます。

通信キャリアだからこそできる、高精度な測位サービス

ichimill の特長は何でしょうか?

永瀬:ソフトバンクは全国に基地局があるため、電源やネットワークなど基準点の設置に必要なインフラはすべてそろっています。そこから最適な場所を厳選して基準点を設置しました。この基準点の数こそ最大の特長です。

今後、基準点はもっと増えるのですか?

永瀬:基準点の「3,300」という数字には意味があります。

位置を測るときの基本は3点測量です。3点の基準点を結ぶ基線長が20キロ以内であれば、誤差は3センチ以内という高い精度になります。「ichimill」の場合は、基線長を10キロとして基準点を設置しました。

日本の国土を10キロで分けると3,300カ所。つまり、「ichimill」の基準点は十分に日本国内を網羅しているわけなのです。常に自分が立っているところの10キロ以内に必ず3つの基準点があるので、仮に1つダウンしたとしても20キロ以内に基準点がありますから、精度劣化を最小限にしてサービスの提供を継続することができます。

網走監獄と人気アニメの聖地と測位技術と。体力の限界で挑んだ実証実験

2013年に鹿児島県の種子島でスマホのGPS機能とARを活用した実証実験を実施

アニメの聖地に乗り込み、キャラクターのARで追求した測位精度

永瀬さんが測位に関わったのはいつからですか?

永瀬:2009年からです。新規事業を立ち上げるインキュベート部隊に出向していましたが、本社に帰任する際にスマートフォンのような端末が出てくることを想定した新たなビジネスについて考える目標が与えられたのです。

そこで、高機能な端末を持って移動するなら"位置"がクローズアップされるはずだという仮説を立てました。当時のガラケーにもGPSがありましたが、測位データの精度がまだ低くあまり使えませんでした。

そして2010年に「みちびき」の初号機が打ち上がり、「これから位置情報の精度がもっと高くなる」と確信。その頃にはiPhoneも発売され、正確に計測した位置情報をビジネスにつなげることを目的に、各種実証実験に取り組みました。

難しいと言われる山中での測位の正確性を、屋久島での実証実験で確認。行程の終盤、史上最強の台風が屋久島を直撃し命がけの実験となった

具体的には、何に取り組んだのですか?

永瀬:一般の方は衛星にあまり関心がないと思いますが、正確な位置情報が重要だということを知ってほしかった。それを実体験してもらうために、スマホの位置情報を利用したデジタルスタンプラリーや、ARなどを活用した実証実験を企画しました。

南北に長い日本は経度によって測位の精度に違いが出るので、北は北海道の博物館「網走監獄」、南はJAXAのロケット発射場がある種子島という、北端と南端をあえて実証実験の場所に選びました。また、屋久島や箱根、広島でも実験を重ねました。

小型のQZSS受信機を独自に開発し(左)、ARを使った種子島での実証実験には、島外も含めて約400人が参加した(右)

小型のQZSS受信機を独自に開発し(上)、ARを使った種子島での実証実験には、島外も含めて約400人が参加した(下)

豊富なデータを蓄積し、衛星測位システムの発展にも寄与

種子島では全島を使い、島外からも参加者を募集して大規模な実証実験をしたそうですね。

永瀬:経済産業省の「準天頂衛星システム利用実証事業」に係る補助事業に採択されたことを受けて、屋久島と種子島で10日間にわたって実証実験を行いました。特に種子島は大規模なイベントを企画し、屋内外でのシームレスな測位にも挑戦しました。

種子島は人気アニメの聖地と言われていて、多くのファンが訪れる場所です。たくさんの人に参加してほしいので、コンテンツの力を借りて聖地巡礼を考えました。参加者には、スマホのGPS情報を補足するQZSS受信機を配布し、測位の精度を上げることで、島内の指定ポイントに出現するアニメの登場人物のARを見つけるデジタルスタンプラリーを体験してもらい、アンケート調査などに協力してもらいました。

種子島での実験は、実用に近い社会実証を実施することで「みちびき」の事業化の有効性を証明するという目的を果たすことができました。その後、2号機以降の「みちびき」に役立ててもらえるよう、実証実験の結果は国にリポートしました。

実証実験中に史上最大と言われた台風の直撃もあり、体力の限界に挑戦するようなプロジェクトでしたが、得られた成果は大きく、ランドマークとなる実証であったと思っています。

インフラのメンテナンスや災害予測まで。応用範囲の広い位置情報は、あらゆる産業を変える

位置と時間がもたらすイノベーションが楽しい

2017年10月、準天頂衛星「みちびき」の4号機が打ち上げられ、24時間365日、常に日本の上空に衛星がある状態になりました。

ついに永瀬さんの念願だった4機体制になりましたね。どんなお気持ちでしたか?

永瀬:ようやく24時間、正確な測位ができるようになったので感激しました。高精度な準天頂衛星と他のGNSSの観測情報を組み合わせることによって、XYZ軸で極めて高精度な測位が可能になります。

高さの測位でもセンチメートル級のサービスができると、例えば、縦に少しずつ動くものの様子も測れるので、数ミリのずれが検知できる。微妙な位置のずれから崖崩れなどの前兆が遠隔でわかるようになるなど、大きな建造物のメンテナンスなどにも活用できるようになります。

これらの情報は産業の基底となる情報で、より精密になることであらゆる産業分野にイノベーションをもたらすと考えています。

道路やダム、橋りょうなどのインフラ監視に利用すれば、人の目では分かりにくい位置のずれなどがわかる

興味が尽きない測位。新しい天気予報サービスもできる?

永瀬さんは、長く測位に携わっていらっしゃいますが、興味は尽きないのでしょうか?

永瀬:これからもずっと、位置を追及していきたいと思っています。

高精度な位置情報、時間情報が誰でも手に入る時代になりました。新しいインフラの活用は、日本の成長戦略を支える重要な要素です。

正確な位置が分かると、収集したデータの5W1Hが完成します。「Where」が正確に分かることで、いろいろな分析が可能になる。コンビニのどの棚に何を配置するかといったマーケティングへの応用から、より的確に避難経路へ誘導できるなどの災害時対策まで、さまざまな業界で重宝されると思います。つまりAIにつながるんです。

自動運転や機械・ロボットの制御など、位置情報はAI時代の今だからこそ注目されています。

ところで、位置がずれて誤差が生じるのは、大気中の水蒸気の違いが要因の1つなのですが、これを応用すると天気の予報ができるんですよ。

空気中の水蒸気がどのくらい増えたか分かると、どういう雨が降るかが分かります。独自基準点でその揺らぎが分かれば、どこにゲリラ豪雨が降るかなど、リアルタイムで詳細な雨の検知ができるようになります。「ichimill」の基準点は日本全国にありますから、「リアルタイムで気象データを配信する天気予報にも応用できるなぁ」なんて妄想しています。

ビジネスに応用できる範囲が広くて、本当に興味が尽きないんです。高精度測位技術って。

準天頂衛星「みちびき」の初号機しかない時代から、正確な測位の実現に情熱を注ぎ続けてきた永瀬さん。東日本大震災で被害を受けた鉄道路線に代わるバス高速輸送システム(BRT)の自動運行や、農機のIT化への取り組みなど、その豊富な知識と経験を新たなイノベーションに生かすべく、日本各地の現場で活躍されています。

(掲載日:2020年5月22日)
文:ソフトバンクニュース編集部