都会の暑さや喧騒から逃れ、自然に触れてリフレッシュできる登山は人気のアクティビティです。この夏、初めての登山に挑戦してみたいと考えている方も多いのでは。しかし、山は危険が多い場所でもあり、ほんの少しの油断が大きな事故を招いてしまうことも……。登山の前にはどのような準備をすればいいのでしょうか? 登山教室を主催する栗山祐哉さんに、初心者が知っておきたい登山準備のポイントを教えていただきました。
目次
お話を聞いた人
Kuri Adventures 登山教室代表主任講師 栗山 祐哉さん
Kuri Adventures 登山教室の企画全体を受け持つ代表主任講師。登山歴27年の経験と蓄積し続けた圧倒的情報量から、科学的根拠に基づいた理論的な技術指導を得意とする。主に技術講習を軸として担当。プライベートでは地形図の中から見つけ出した独自のラインを、土とほこりにまみれて登る登山を好む。
自然の中に踏み込むことで人生観が変わる。登山は万人におすすめ!
素晴らしい景色やおいしい空気、いつもとは違う環境に身を置く非日常感、登り切ったときの達成感や満足感。登山の魅力はたくさんありますが、登ったことがない人にとっては「難しそう」「体力がないとムリ」といったイメージも。
しかし、登山の難易度は山や登り方によってさまざま。日本には低山も多く、登頂を目的としない登山スタイルもあります。自分の体力レベルに合わせて、無理なく楽しみましょう。ハマったらどんどん山の難易度を上げていくなど、レベルアップする楽しみもあります。
「登山は一生ものの趣味になります。いろんな山に挑戦していくというゲームっぽい楽しさもありますし、自分のレベルに合わせれば80代になっても続けられますよ。他の趣味は何かのきっかけでパタッとやめてしまうこともあると思うのですが、登山を完全にやめちゃう人ってすごく少ないんです。しばらく離れることはあっても、どこかで戻ってきたり。自然の深いところに踏み込むことで人生観が変わるので、とにかく一度山に行ってみてください!」
登山をするなら事前の準備は不可欠!
楽しい一方で、山は遭難事故の危険性もある場所。たとえ日帰りのハイキングであっても、自宅から離れた慣れない場所で事故が起きれば、助けが来るまでに時間がかかります。ヘリコプターを呼ぶことになったり、その日のうちに救助が来ない可能性も……。安全に登山を楽しむためには事前の準備が欠かせません。また、万が一事故が起きたとしても、確実に生き延びるための装備や知識を身につけておくことが大切です。
「装備を集めることや、事前に予習しておくことも含めて登山です。あまり怖がらずに、事前準備から楽しんでほしいなと思います。特に意識しておきたいポイントは6つです」
まずは事前にしっかり計画を立てること
登山をする前には、どの山にいつ・どのようなルートで登るのかしっかりと計画を立てる必要があります。山選びと登山計画の立て方についてそれぞれ解説していきます。
ポイント① 登る山を選ぶ
初めての行き先を選ぶときは、下記のポイントを押さえましょう。
- メジャーで登山者が多い
- 登山口まで電車で行ける
- 標高が低い
- 1日の累計行動時間が4時間以内
メジャーな低山は登山者が多く登山道も整備されているため、道迷いのリスクが極めて低くなります。例えば捻挫などで動けなくなったとき、人通りが多いと発見してもらいやすいといったメリットも。
初心者におすすめの山
具体的には、どんな山がいいのでしょうか? 関東在住の栗山さんいわく「関東に住んでいるのであれば、高尾山、筑波山、大山、金時山などがおすすめ」とのこと。
「富士山や日本アルプスの山と違って、低山は地元の人しか知らないことがほとんど。高尾山のように有名な低山は珍しいんです。なので、その地域の低山を知るなら地元のガイドブックを買うのがおすすめ。
また、小学生が遠足で訪れるような山はしっかり整備されています。地元の小学校の遠足でどこに行くのか、リサーチしてみましょう」
ポイント② 登山計画書を作る
山岳遭難事故の要因の第1位は「道迷い」。警視庁の「令和2年における山岳遭難の概況」によると、山岳遭難者2,697人の事故要因のうち、44%が「道迷い」で、15.7%が「滑落」です。滑落は道迷いが原因で起きるケースも多いので、道迷いさえ起こさなければ、事故の確率は大きく下がります。
そのために必要なのは、登山計画をしっかり立てること。
- どこの登山口からどういうルートで登り、どこに下山するのか
- 何時頃、どこを通る予定か
それらを事前に把握し、同行者と共有します。地図のコピーを用意して、登るルートに線を引きながら計画を立てるといいでしょう。
そして、地図を元に行動計画を記した「登山計画書(登山届)」を作成します。登山計画書は登山口にある登山ポスト(山によってはない場合も)か、登る山を管轄する警察署、コンパスなどの電子申請に提出するのが理想的。併せて家族にコピーを渡しておき、「〇日の△時までに連絡がなかったら警察に救助要請を」と伝えておきましょう。
- ※
(公社)日本山岳協会作成の書式です。必ずしもこの書式で出すわけではありません。
また、スマホに登山用GPS地図アプリをインストールしておくことも大切です。スマホの電波が届かないところでも見られるよう、自分が行く山域の地図情報をあらかじめダウンロードしておきましょう。
「こうしたアプリだとGPSで現在地が把握できるので便利です。だけど、スマホの電波が届かなかったり、充電がなくなったりすることも考えられるので、紙の地図とコンパス(方位磁針)も必ず用意しておきましょう」
Apple Watchなどのスマートウオッチは登山でも大活躍
登山中にスマホで地図を見ようとしてポケットから取り出すのは意外と面倒。ですが、スマートウオッチに地形図を表示すれば瞬時に現在地を把握することができます。心拍数や日の出・日の入りの時間の確認、コンパスも表示できるだけなく、リモート撮影もできます。ただし、バッテリーもちが悪いので泊まりの場合は必ず充電器を持っていくようにしましょう。
必要な装備と、もしもの備えは忘れずに
計画を立てたら、次は持ち物をそろえていきましょう。登山の際には装備だけでなく、保険などのいざというときの備えも必要になります。
ポイント③ 思わぬアクシデントにも対応できる装備をそろえる
登山に行くなら登山靴や防寒着、レインウエアなど専用の装備が必要なイメージが強いかと思いますが、実際のところはどうなのでしょうか。日帰りの低山登山に必要な持ち物リストは下記の通りです。
- ザック(バックパック)
専用のものが理想ですが、まずは両手が開けられれば街用のものでもOK。 - レインウエア上下
レインウエアはもっともお金をかけるべきところ。防水性・透湿性が高い素材のものを選べば、ぬれたときの快適さが段違いです。 - ヘッドライト
日帰り登山ならほとんど使いませんが、思わぬアクシデントで下山が遅くなったときのために必要。最低でも200ルーメン以上の明るさのものを選びましょう。 - 防寒着(ダウンやフリースなど)
軽くてコンパクトに畳めるダウンがおすすめ。中厚手くらいのものだと、春秋の低山から夏の高山までカバーできるので重宝します。 - 地図とコンパス(方位磁針)
スマホの登山アプリと併用すると安心です。 - モバイルバッテリー
万が一のときの救助要請や登山アプリを見るため、スマホのバッテリーを確保しておきましょう。 - トイレットペーパーとファスナー付きポリ袋(ゴミ持ち帰り用)
トイレがない山に行く場合や、トイレから遠いところで用を足したくなったときのために。環境保護のため、紙は必ず持ち帰りましょう。 - 水
1時間あたり、最低でも体重×5倍(単位ml)の水を摂取しましょう。例えば、体重50kgの人であれば250mlが必要。行動時間が6時間であれば250ml×6で1.5Lです。これは気温20℃のときを基準とした量なので、夏はそれよりも多い水分を携行しましょう。 - 行動食
十分な量を持っているといざというときも安心です。おにぎりでいえば1時間につき1つくらいが目安。おにぎり+おやつでもいいですね。
「『登山をするなら、まず買うべきは登山靴!』と言う人もいますが、初心者向けの低山に登るだけならスニーカーでOKというのが僕の見解。スニーカーと言ってもいろんな種類がありますが、ランニングシューズなど、しっかり運動ができる靴に限ります。防寒着以外の服装は、ぬれてしまっても体が冷えにくく乾きやすい化繊100%のものを選びましょう。ジーンズ、チノパン、コットンTシャツなど、綿の衣類を着用すると、低体温症を引き起こすリスクを伴います」
お目当てのものが決まっているならYahoo! ショッピングで探してみよう
ウエアや靴など、あれこれ試しながらお気に入りを見つけるのも楽しみのひとつですよね。既に決まっている欲しいものや、手に取ってみなくてもいいものは、Yahoo! ショッピングでそろえるのも手ですよ。
ポイント④ 緊急時の備えをしておく
遭難などのもしもの事態に備えて知っておくと良いのが、会員制捜索ヘリサービス「ココヘリ」。
ココヘリに加入すると、遭難時に専用の会員証(発信機)の情報をもとに民間のヘリコプターが捜索を行うため、リスクを小さくすることができます。捜索・救助費用も補てんされるため、お金の負担から家族を守ることにも。
また、山でけがをするのは自分だけとは限りません。落石などで他人をけがさせてしまったときは補償をする必要があるので、賠償責任保険に加入しておくのがおすすめです。
「もしもの事態に備えたサービスは一度の低山ハイキングであれば必ずしも加入しなくても良いかもしれません。ただ、この先も趣味として登山を継続するのであれば、絶対に入っておいた方がいいですよ」
1日から入れるPayPayほけんの「あんしんアウトドア」
PayPayほけんの「あんしんアウトドア」は1日から加入することが可能。遭難したときの捜索費用、賠償責任の費用のほか、携行品損害など補償します。保険料は180円らで手軽かつ、出発当日でも加入することができます。PayPayアプリ内の「1dayほけん」から申し込めますよ。
知っておくべき山の天気と登山のマナー
計画を立て、必要な装備を準備した後は山の天気の特徴についても把握しておきましょう。また、山のマナーも知っておくと登山をより楽しむことができますよ。
ポイント⑤ 天気予報をチェック
山の天気は変わりやすいもの。出発前に天気予報は必ずチェックしておきましょう。
天気予報を見るときは、晴れマークや降水確率だけではなく、天気図を確認します。チェックするポイントは、高気圧と低気圧の位置、風向き、風上に海などの水があるかどうか。なぜかと言うと、地上の暖かい湿った空気が山の斜面を駆け上がると、山の上で雲が発生して雨が降ります。そのため、風上側に水がある場合は、晴れ予報でも雨が降る可能性が高くなるのです。
また、寒さ対策も大切です。標高が100m上がるごとに気温は0.6℃下がります。山では雨よりも風の影響が大きく、風速1mにつき体感気温が1℃下がると言われています。秋冬以外でも油断せずにしっかりと防寒対策をしましょう。
「山に特化した天気予報サービスもありますが、天気図を見るなら普段から使っているYahoo!天気アプリなどでも大丈夫です!」
登山前のチェックにも普段使いにもいい「Yahoo!天気アプリ」
ポイント⑥ 登山のマナーを知る
登山者以外には意外と知られていない山のマナー。登山者同士でトラブルを起こさないためにも、山のマナーやルールをあらかじめ知っておきましょう。
第一に知っておきたいのは、「自分で持ち込んだものは自分で持ち帰る」という山のルール(山小屋で買ったジュースの空き缶などは、山小屋で引き取ってもらえる場合がほとんどです)。環境保護のため、ゴミは必ず持ち帰りましょう。
また、登山道で人とすれ違うときは、基本的に登りの人が優先です。道を譲るときは、山側の斜面か安定した場所で立ち止まり、相手が通り過ぎるのを待ちましょう。
「人とすれ違ったらあいさつをするのも山のマナー。街では知らない人同士であいさつをすることはあまりありませんが、山では当たり前のコミュニケーションです」
山にはゴミ箱がないことを知っておこう
登山者を迎え入れる施設の山小屋ですが、街の宿泊施設やレストランと違うのはゴミ箱がないところ。もしも登山者が山小屋にゴミを捨てていったら、そのゴミはどうやって処分すると思いますか? 答えは、ヘリか歩荷(ぼっか。人間が荷物を背負って運ぶこと)で山から下ろし、街のゴミ処理場へと運びます。山は、ゴミを捨てるにもコストがかかる場所なのです。登山道にポイ捨ては言語道断ですが、山小屋にもゴミを捨てないでくださいね。
(おまけ) 体力に不安があるなら、こんなトレーニングも
毎日通勤で歩いていた頃と比べて、コロナ禍での運動不足で登山に耐えられる体力があるか不安という方もいるのではないでしょうか。
「体力に自信のない方はLSDトレーニングをしてみましょう。ロング・スロー・ディスタンスの略で、低負荷・長時間の運動を意味します。早歩きのウオーキングやゆっくりペースのジョギング、自転車や水泳など、まったく息切れしない程度の運動を長時間やってみてください。1日2時間が理想ですが、30分でも効果あり。これを1カ月続けたら、低山に登れるだけの体力はつくはずです」
【まとめ】
登山の事前準備のポイントを改めておさらいしましょう。
- 登る山を選ぶ
- 登山計画書を作る
- 装備を用意する
- もしもの備えをしておく
- 天気予報をチェック
- 登山のマナーを知る
行き先を決めて登山の計画を立てたあと、必要な装備の準備と保険などの万一の備えを。現地に行く前に山の天気を必ずチェックし、できれば山のマナーについても頭に入れておき、いざ出発です!
「登山にリスクは付き物ですが、登山によって得られる人生の豊かさは計り知れません。まずは手軽な山から体験し、山を好きになってほしいです」と栗山さん。紹介したポイントを押さえて、この夏は初めての登山に挑戦してみてはどうでしょう? 自然の中で新しい自分に出会えるかもしれませんよ。
(掲載日:2022年7月28日)
文:吉玉サキ
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