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散歩中やリラックス中などに「いいアイデアを思いついたのに、メモしていなくて忘れてしまった!」ということや、やらなければならないと分かっているのに、なかなか作業を始められない」という経験はありませんか?
レポートや資料、メールなどを作成することの多いビジネスパーソンが活用したいのがスマートフォンの音声入力機能。普段から仕事で音声入力をフル活用しているという野口悠紀雄さんに、そのメリットやおすすめの使い方について伺いました。
お話を聞いた人
一橋大学名誉教授
野口 悠紀雄(のぐち・ゆきお)さん
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、一橋大学名誉教授。専門は日本経済論。著書に、『話すだけで書ける究極の文章法 人工知能が助けてくれる!』(講談社)、『「超」整理法』(中公新社)、『「超」創造法』(幻冬舎新書)、『生成AI革命』(日経BP 日本経済新聞出版)など。
音声入力機能のメリットは2つある
ご自身は執筆に大いに活用をしているという野口さんによると、音声入力の最大のメリットは「アイデアを逃さないこと」と「文章を書き始められること」の2つが挙げられるそうです。まずはそれぞれについて詳しく聞きました。
メリット① アイデアを逃さない
アイデアを逃さないために、音声入力が適しているのはなぜでしょうか?
野口さん 「アイデアは非常に逃げ足が速い上に、いいアイデアを思いつくときはたいてい、メモを取りにくい状況にいます。たとえば、入浴中や散歩中、寝る直前や目覚めてすぐなどです。いいアイデアは、リラックスしているときに浮かんでくるものです。私の執筆はスマートフォンに向かって話すことから始まると言っても過言ではありません」
たしかに、ベッドの中でメモを取るのは難しいですもんね。
野口さん 「そうです。メモできるようにと枕元に紙とペンを置いている人もいると思いますが、うとうとしているときのメモは字がぐちゃぐちゃで後から読めないことが多い。スマートフォンであれば数タップの操作をしてしゃべるだけ、後からの解読も容易です」
「後で見返したときに読みやすい」ことも重要なんですね。
野口さん 「メモは後で見返すためにあるので、書いたものをいかに整理していくかが非常に重要です。紙だとそのものを紛失してしまうことがありますが、音声メモならその心配もありません」
メリット② 文章を書き始められる
音声入力のメリットの2つ目、文章を書き始められるとはどういうことでしょうか?
野口さん 「文章を書くときにもっとも難しいのは、書き始めることです。例えば、込み入った内容のビジネスメールや企画書を書かなければならないとき、机に向かうことやPCを立ち上げることが億劫になります。やらなければいけないのに、ついつい後回しにしてしまうというのは誰しも経験があるかと思います。音声入力機能を使うと、そのハードルを突破できる。スマートフォンに向かって寝転んだまま喋ればいいわけですから」
とにかく億劫な「最初の一歩」が踏み出しやすくなるんですね。
野口さん 「そうです。どれだけ億劫でも『とにかく書き始める』ことが大事です。ビジネスメールや企画書を書くのがいくら億劫でも、仕事ですからいつかは手をつけなければいけません。当然のことながら、手をつけないと完成できません。これは自明のことですが、重要なのは、書き始めれば、(ほとんどの場合に)完成するということです。つまり、仕事を始めるのは、仕事を完成させるための必要条件であるだけでなく、多くの場合に、十分条件なのです。直すのは、書くことに比べてはるかに楽な作業ですから」
誤変換が多いというイメージは古い? 年々進化している音声入力機能
野口さんが音声入力機能を執筆に活用し始めたきっかけは何でしょうか?
野口さん 「私は1980年代にPCを使うようになってからずっと、音声入力機能を求めていました。90年代にIBMの音声入力システムができてすぐに試しましたが、当時はほとんど使いものになりませんでした」
最近は誤変換も減りましたよね。
野口さん 「性能が著しく上昇しましたね。例えば以前のSiriでは、私の名前の漢字を誤変換していました。それがこの数年で技術が進歩し、正しく変換できるようになっています。最近は非常に性能が高く、専門用語も的確に変換してくれます」
知らない間に音声アシスタント機能も進化しているんですね。
野口さん 「直近の1年を振り返っても、驚くべき進化です。昨年の今頃は、Siriの誤変換の修正にChatGPTを使っていたのですが、最近は誤変換が激減したため、ChatGPTによる校正がほぼ不要になりました。今後はAIが個人の癖を学習して、その人が使いやすいようにパーソナライズされていくでしょう」
野口さん流 音声入力の活用法。リラックスした環境で出たアイデアを確実に記録しよう
では、実際のところ野口さんはどのように音声入力を活用しているのでしょうか? 具体的な方法について聞きました。
野口さん 「スマートフォンを用い Google ドキュメント に入力していく方法がおススメです。アプリを立ち上げて新しいファイルを開き、キーボードのマイクアイコンをタップするだけで音声で入力できるようになります。
なぜ Google ドキュメント がいいのかというと、音声入力で書いたファイルがそのままクラウド上の Google ドライブ に保存され、書き留めたアイデアや文章を後から修正しやすいからです。
ローカル保存すると後からファイルを探すのが大変ですが、 Google ドライブ に保存すればどの端末からでもアクセスできます。文章の修正作業はスマートフォンよりもPCのキーボードで行ったほうが格段に早い。スマートフォンで音声入力した文章を後からPCで手直しするというやり方なら、作業がスムーズになります。
また、常にスマートフォンを持ち歩くという意識も重要です。室内でも外出先でも、とにかく思いついたことをすぐに音声入力でメモするよう習慣づけておきましょう」
スマートフォンさえあればいいので、何かのついでにできるのも便利ですよね。野口さんはどんなことをしながら音声入力をしていますか?
野口さん 「散歩の他、雨の日は家でエアロバイクを漕ぎながらやっています。身体を動かすことによって思いつくアイデアがあるので。ソファに寝転がって音声入力をすることもあります。机に向かうよりもリラックスして取り組めます」
机に向かう気力がないときも、それならできそうですね。ところで、実際に音声入力をしようとしても、いざスマートフォンを前にするとぜんぜん言葉が出てこないのですが……。
野口さん 「頭の中で文章を組み立ててから喋ろうとしていませんか? よく勘違いされがちですが、それではなかなか入力する言葉が出てきません。頭の中でモヤモヤしていてはっきりまとまっていない状態でもいいので、思いつくままに喋るのがポイントです。まずは、頭の中のモヤモヤを音声入力でアウトプットすることで、『思考の見える化』をしましょう」
思考が整っていなくても、とりあえず音声入力でアウトプットすることが大切なんですね。
野口さん 「その通りです。断片的なアイデアの段階であっても、忘れないうちに音声入力しましょう。頭の中でまとまるのを待っているうちに忘れてしまいます」
先ほども「アイデアの逃げ足は速い」とお話しされていましたね。
野口さん 「昔から多くの人が枕元にメモを用意し、目が覚めてすぐにメモを取ってきました。数学者のフォン・ノイマンはこの方法を毎日用いていました。音楽家のシューベルトは夢をメモすることで作曲に活かしてきました。シューベルトは近視だったので、起きたときにすぐメモを取れるよう、眼鏡をかけたまま寝ていたそうです」
なるほど。ところで、音声入力はどんな人におススメなのでしょうか?
野口さん 「仕事でもプライベートでも文章を書くすべての方に試してほしい。人間のもっとも自然な表現方法は話すことですから。昔から、権力者は本を書くときに口述筆記をさせていた。たとえば、ジュリアス・シーザーの『ガリア戦記』は、シーザーが行軍の途中で、馬の上から口述筆記をさせて書いたと言われています。昔は権力者の特権だった口述筆記が、いまや誰でもできる。素晴らしいことです」
保存したファイルをどう見つけやすくするかも大事
Google ドキュメント を使われているとのことですが、メモを保存する際のポイントはありますか?
野口さん 「私の場合、 Google ドライブ に保存しているドキュメントのメモや文書は1万個を超えています。その中から目的のものを探し出すのは簡単ではありません。そのため、必要な文書を後から見つけ出すやすい保存ルールを構築することが非常に重要です」
どのように保存すればよいのでしょうか?
野口さん 「最終更新を基準に Google ドライブ のファイルを整理しておくと、よく使用するファイルが上部に集まるので簡単に見つけやすくなります。また、ファイル名や検索機能で引き出すようにするだけでなく、該当ファイルのリンクを貼った目次を作成することで、必要な情報にアクセスしやすくしています。索引のない本は、本とは言えません。詳しい考え方や実践方法は私の著書の『「超」創造術』でも触れているので、ぜひ読んでみてください」
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音声入力を使いこなすために知っておきたいポイントとは?
便利なのはわかっているけれど、使ったことがないとなかなか手を出せない音声入力。そんな音声入力にまつわる素朴な疑問を、野口さんに投げかけてみました。
先ほど「散歩中に音声入力をする」とお話されていましたが、外でスマートフォンに向かって話すことに抵抗はありませんか? 周りに人がいると、ちょっと恥ずかしくなってしまうのですが……。
野口さん 「私の場合は広い公園を歩くので、人に見られることがあまりありません。でも、『人前で音声入力をするのが恥ずかしい』という気持ちはわかります。私は主に自宅で仕事をしているので、人目を気にしないで音声入力ができますが、たしかに人がたくさんいるオフィスで音声入力をするのははばかられます。そういうときは、廊下に出て喋るのがいいと思います」
音声入力をするときは、なるべく静かな環境のほうがよいのでしょうか?
野口さん 「必ずしも静かな場所である必要はありません。電車のガード下で音声入力を試してみたことがありますが、ちゃんとできました。駅でも、構内アナウンスが邪魔になるといったことは特にありませんでした。人間の声を認識する機能が進化しているのか、周囲の雑音を拾わないのでそこまで気にしなくても大丈夫です」
音声入力はリモートワークと相性がいい
野口さんのお話を聞いて思いましたが、リモートワークと音声入力はすごく相性がいいような気がします。
野口さん 「その通りです。ずっとPCに向かって同じ姿勢で仕事をしていると、疲れるし、集中力も途切れてしまいます。そんなときは、歩いたりソファに座ったりしながら音声入力で仕事を進めれば、仕事をしながら気分転換ができます」
リモートワークなら周囲に気兼ねなくできるのがいいですね。
野口さん 「机に向かいながら仕事していて、立ち上がった瞬間に何か思い出すという経験はありませんか? 人間は環境が変わるとアイデアが浮かぶので、ずっと机に向かっているよりも、外を歩きながら仕事をしたほうがはかどる傾向にあります。私は執筆のために散歩をして、だいたい20分間で2000字くらい書けます」
それはすごいですね! PCのキーボードで打つよりも音声入力のほうが早いのでしょうか?
野口さん 「机やPCの前でうだうだ悩んでいる時間がないので、たくさん書けるとも考えられます。メールでも企画書でも、文章はとにかく書き始めなければ完成しません。まずは書き始めるための出発点として音声入力を活用してみてください」
「音声入力はちょっとしたアイデアを逃さずストックできるだけでなく、文章を書くきっかけ作りになったりと、本当に便利な機能」と野口さんが言うように、音声入力を使うことで書き始めるハードルはぐんと下がります。スマートフォンに向かって話すだけなので、まずはちょっとしたメモを取ってみることくらいから始めてみませんか。
(掲載日:2024年3月6日)
文:吉玉サキ
編集:エクスライト