「AI採用」は就活戦線をどう変える ソフトバンクの新たな挑戦

日経ビジネス2017年7月14日号掲載より抜粋したものです。

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AI(人工知能)への期待が高まる中、すでに積極的な業務活用を進めている企業がある。それがソフトバンクだ。同社は2017年5月末から、人材採用のプロセスにAIを適用。自然言語認識によって応募者のエントリーシートを評価し、採用担当者の業務負荷削減、人材マッチングの精度向上を実現している。この取り組みは、就職活動戦線にどんなインパクトをもたらすのか。同社の狙いに迫った。

応募者の公正な評価を目指して

ソフトバンク株式会社
人事総務統括
人事本部 採用・人材開発統括部
統括部長
源田 泰之氏

学生に会社のことをもっとよく知ってもらいたい。ビジョンに共感したやる気のある人材を採りたい——。会社の未来を託す優秀な人材をどう確保するかは、企業の人事部にとって切実な課題である。

しかも昨今は好調な経済状況を反映し、“就活”戦線は売り手市場が続く。企業にとっては厳しい時代だ。学生の意識も変わりつつある。SNSの普及で学生同士の情報交換が活発になり、先輩社員に直接話を聞く機会も増えている。より良い出会いを求めて能動的に動く学生が増えている中、従来型の“待ち”の採用活動では、良い人材は集められない。

そんな中、学生の心を捉えて応募者数を伸ばす企業がある。IT大手のソフトバンクである。

好調の理由の1つが、ユニークな採用活動だ。例えば、新卒・既卒を問わずに通年エントリーできる「ユニバーサル採用」を2015年から導入。人型ロボット「Pepper(ペッパー)」のプログラミング能力や活用アイデアを競う「ハッカソン採用」、地方創生インターン「TURE-TECH(ツレテク)」、スポーツや学術などの分野で1位をとった学生を採用する「No.1採用」などを展開する。

「ただ一方で、課題も浮上していました。ピーク時にはひと月数千件の応募が集中するため、採用担当者がエントリーシート(ES)を読む作業にかかりきりになってしまっていたのです。先に紹介したような施策や、大学訪問での学生との交流、面談といった業務に十分な時間を割けなくなっていました」と同社の源田 泰之氏は語る。

別の課題もあった。ESの自己PRや小論文は、応募者の論理的な思考力などを知る上で重要な項目となるが、その評価プロセスでは、どうしても担当者ごとの評価軸の“揺れ”が介在してしまう。「明確な基準を設けても、人間が行う限り、揺れを100%取り除くことはできません。揺れを排除し、評価の精度と公平さを高めることが、応募者と真摯に向き合うために必要だと考えていました」(源田氏)。

AI採用のジレンマを徹底的に議論

ソフトバンク株式会社
人事総務統括
人事本部 採用・人材開発統括部
人材採用部 採用企画課
安藤 公美氏

これらの課題解決に向けて取り組んだのが、ESの評価に「AI」を活用することだった。人より圧倒的に速く、かつ一定の評価基準で“読む”ことができれば、採用担当者の負荷削減、および評価の公平性を高めることができると考えた。

様々なAI技術の中から同社が採用したのが「IBM Watson」である。APIの1つ「NLC(Natural Language Classifier、自然言語分類)」を活用すれば、自然言語で書かれたESの内容を認識し、項目ごとに評価を行うことができる。かねてソリューションパートナーとしてIBM Watsonのサービス提供を行ってきた経験も後押しになった。

「とはいえ、実際に運用を開始するまでは、AIエンジニアリング部と共に様々な試行錯誤を繰り返しました」と同社の安藤 公美氏は打ち明ける。

例えば、就職活動は学生の将来を左右するライフイベント。一部とはいえ、AIに評価を委ねることで、応募者や社会から反発を招かないか。社内で何度も議論が繰り返されたという。また万一、設定ミスや不具合で誤った評価が行われたときのことを考え、セーフティネットも確実に用意する必要があった。

やがて、同社は解決策を見いだす。基準を満たす評価が提示された場合は選考通過とし、そうでない場合は採用担当者が合否の再判定を行うという方式だ。同時に、AIの設定段階では、学習データの選定やチューニング、テストを徹底的に行い、評価の精度を人間同等のレベルまで引き上げた。

「つまり、十分な精度を持つAIに、正の方向でのみ一次選考を行わせるというものです。この方式なら、担当者の負荷削減と評価軸の揺れの排除という当社の狙いを満たすことができ、応募者にとってもメリットのある仕組みが実現できると判断しました」と安藤氏は言う。

ソフトバンクにおける採用活動へのAI活用

ソフトバンクにおける採用活動へのAI活用

膨大なエントリーシートの一次選考に活用。自然言語で書かれた文章も、IBM WatsonのAPIを活用することで、人間同様の精度で読み解くことができる

学生と向き合う時間が大幅に増加

同社は、2017年5月末からAIによるESの評価を開始。すでに大きな成果が出ており、採用業務とAIの“相性の良さ”を実感しているという。例えば、採用担当者のES確認時間は、従来の約1/4に削減。再判定に費やす時間を含めても、十分な時間をプロアクティブな施策の実施に充てることができている(図)。

「強調したいのは、負荷削減がゴールではないということです。学生と直接会う時間は、事業内容やビジョンを深く知ってもらえる貴重な機会。引く手あまたの優秀な人材といち早く接点を持てる、“攻め”の採用にリソースを充てられるようになったことが、何よりの効果だと思います」と源田氏は述べる。

また、実はソフトバンクがAIを業務に取り入れたのは今回が初めてではない。すでに40以上の社内プロジェクトでIBM Watsonなどが活用されており、幅広い業務領域でAI活用のナレッジを蓄積しているという。今回の取り組みでも、「どんな学習データを投入すれば、最もESの確認精度が高まるか」といった運用上の知見を得ることができた。それらの経験を踏まえ、ゆくゆくは採用向けAIソリューションのパッケージ化も視野に入れている。

「導入効果を最大化するポイントはもちろん、1ユーザーとして感じた不安や懸念などのリアルな感覚もお伝えしながら、お客様のビジネスに貢献していければと思います」(源田氏)

先端技術を自らものにすることで、企業の課題を先回りして解決するソフトバンク。労働力人口の減少、需要・供給のアンマッチといった問題が山積する人材採用領域に向けても、同社は新しい切り口から解決策を提示しようとしている。

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