移動体通信技術はおよそ10年ごとのサイクルで進化していますが、これらの技術研究は、商用サービスの開始よりもだいぶ前から行われます。2001年ごろに3Gサービスが、2010年ごろから4Gサービスが始まり、いよいよ2020年には5Gサービスが本格的に始まりつつある中、研究者の世界では、早くも5Gの先の通信技術 Beyond 5G/6G(第6世代移動通信システム)への挑戦が始まっています。
Beyond 5G/6Gのキーワードは“テラヘルツ”
Beyond 5G/6Gとは何か? 情報通信分野でどのような利便性をもたらすのか? 研究開発に取り組む研究者たちの中でもまだ完全に定まっていません。しかしBeyond 5G/6Gに含まれる可能性のある技術に関してはすでに議論が進んでおり、中でも「テラヘルツ波」の活用が6Gの重要要素になると提言されています。
通信技術や電波利用は国家の基盤を支える重要産業です。
2019年2月、トランプ米国大統領は自身のツイッター上で、6Gの技術開発を米国企業がリードして行くことを望む、とツイートしました。その発言を受け、FCC(Federal Communications Commission: 米国 連邦通信委員会)はテラヘルツ(THz)帯の電波周波数を利用するための法制度を整備しました。
I want 5G, and even 6G, technology in the United States as soon as possible. It is far more powerful, faster, and smarter than the current standard. American companies must step up their efforts, or get left behind. There is no reason that we should be lagging behind on.........
— Donald J. Trump (@realDonaldTrump) February 21, 2019
このように世界中の注目を集めるテラヘルツ波とは、一体どのようなものなのでしょうか?
電波と光のいいとこ取り「テラヘルツ波」
テラヘルツ波は300GHz(ギガヘルツ)から3THz(テラヘルツ)の周波数帯域のことを指します。電波と光(光波)の中間領域にあたるテラヘルツ波は、電波の透過性と光の直進性を併せ持つのが大きな特徴です。
医療や産業で多く用いられるX線とは異なり、テラヘルツ波は電離作用を持たないため、物質を破壊せず生物学的に安全性が高いと言われています。
また、物質ごとに異なる吸収特性を持ち、紙や布、木材、プラスチックなどの物質を通り抜ける一方、金属や水のような導電体は透過しないなどの特徴を生かして、テラヘルツ波を物質に当てた際の微弱な反射信号強度を測定して化学物質の分析や、美術館の名画の下に何があるのかといった調査、人工衛星からの地球環境のセンシングなどにも利用されています。
なぜこのような優れた特徴を持つテラヘルツ波がこれまで通信技術で使用されてこなかったのでしょうか? それは単純に、私たち人類が“使いこなせなかった”のが理由です。
電波と光の中間にあるテラヘルツ波は、電波としては周波数が高すぎ、また光としては周波数が低すぎるため、従来の技術ではテラヘルツ波の発生や検出が困難でした。また、テラヘルツ波は波長によって大気中の伝搬特性が大きく異なるなど利用環境による電波伝搬に未解明な部分が多く、扱いの難しさも理由の一つと言えます。
通信技術で利用される電波は、歴史的に長波、短波、超短波、マイクロ波と、周波数が低い順に技術が発展してきました。現在主流の4G LTEのチャンネル帯域幅は最大20MHz。5Gでは100MHzから400MHzとされています。これに対し、Beyond 5G/6Gのチャンネルあたりの帯域幅はさらに拡大して2GHzから69GHz。帯域幅が広いほど高速通信が可能になるので、Beyond 5G/6Gサービスではさらに超高速通信が期待されています
さらに、4Gではスマートフォンでの高速通信、5GではさらにIoTデバイスなど産業用途にも拡大するなどと、情報通信の形態が大きく進化する中で、さらに多くの周波数が必要になっています。現在広い周波数帯域が未使用のまま残っているテラヘルツ波は、まさに今後の超高速通信における救世主として期待が高まっているのです。
テラヘルツ波が使えるのはいつから?
国ごとに周波数をどのように使うかの法令は決まっていませんが、すでに国際間での議論は始まっています。Wi-Fiの標準規格を策定したことでも有名な電気通信関連の使用を標準化する団体IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers: 米国電気電子学会)では、テラヘルツ波のチャンネル割り当てについての検討が進められています。
また、世界的な周波数資源の割り当て指針は、国際電気通信連合 無線通信部門のITU-Rにより策定され、ITU-Rにおける昨年の会合WRC-19では、地球観測衛星との干渉なども考慮したテラヘルツ波の利用について議論され、275-450GHz帯の新たな使用が合意されました※1。
このような状況で、各国政府の自国における優位性確保の動きが活発になっています。FCCは2019年3月に、95GHzから3THzの周波数帯を利用するための新しいルールを発表しました※2。日本でも国際的な動向を注視しつつ、一国にとどまらず欧州と連携し実用化を目指す「ThoR(TeraHertz end-to-end wireless systems supporting ultra high data Rate applications: 大容量アプリケーション向けテラヘルツエンドトゥーエンド無線システムの開発)」というテラヘルツプロジェクトに、学術研究機関などが多数参加して行われています。
通信分野でのテラヘルツ波の実用化へ
テラヘルツ波による超高速通信は、さまざまな用途が期待されています。スマートフォンでの通信はもちろん、隣接する機器同士でメモリーに含まれる全てのデータを一瞬で転送する非接触型通信が実現されるかもしれません。現在は夜中に行われるスマートフォンのアップデートも数秒で終わり、必要なときにすぐ新しいOSが使えるようになるでしょう。データセンターのサーバーのラック間の通信に使うことで、膨大な配線がすっきりするかもしれません。屋外でのラストワンマイルをテラヘルツ波で超高速通信にすることも考えられます。
ソフトバンクがBeyond 5G/6Gで思い描く未来像は “スマートフォン × テラヘルツ” の実現です。テラヘルツ波での通信が現実のものになるときに備え、わたしたち移動体通信事業者が検討するべき課題は山ほどあります。
小型で簡単にテラヘルツ波を出入力できる端末は、どのような用途に使うのが最適なのか? それぞれの用途に適したアンテナやチップはどのようなものか? どのように評価するか?
産学連携での共同研究
テラヘルツの研究開発を開始するため、2018年に独立行政法人 情報通信研究機構(NICT)、岐阜大学、ソフトバンクの三者で共同研究契約を締結しました。テラヘルツの中で一番低い290GHzを用いたテラヘルツ通信環境を実際に電波暗室内で構築し、実環境を模した実験やスマホで使えるアンテナの模索、テラヘルツ波の実用性評価を行っています。
岐阜大学でのテラヘルツ波の研究
岐阜大学では、光技術を駆使したテラヘルツ波の発生・計測実験が行われています。
240〜340GHzの帯域内で、テラヘルツ波の生成に成功。今後の研究や実験の発展・応用に期待できる大きな成果となりました。
NICTでのテラヘルツ研究
NICTは国内のテラヘルツ研究の中心として、その知見や充実した試験環境を活用。共同実験を通してテラヘルツ波の利用可能性を評価しています。また国際的には、テラヘルツ連携プロジェクトの中心として活動しています。
テラヘルツ波周波数帯の通信実験
2019年1月、テラヘルツ波通信を大型暗室内で実施した結果、ソフトバンクとして、初めてテラヘルツ通信実験に成功(最大16QAM、32Gbps、暗室内20m)。半導体でのテラヘルツ通信実験が可能なレベルに到達しました。
<実験結果>
「テラヘルツ波」という未知の領域に踏み込んだ通信分野の研究。技術のますますの発展に期待が高まりますね。ソフトバンクの6Gへの取り組みにもぜひご期待ください。
(掲載日:2020年6月18日)
文:ソフトバンク株式会社 先端技術開発本部
編集:ソフトバンクニュース編集部
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