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東日本大震災から10年。ICTのチカラで東北の未来の価値づくりを。 − ソフトバンク 宮川潤一 × ヤフー 川邊健太郎 特別対談

東日本大震災から10年。ICTのチカラで東北の未来の価値づくりを。 − ソフトバンク 宮川潤一 × ヤフー 川邊健太郎 特別対談

2011年3月11日、三陸沖を震源に発生した東日本大震災は、東北に未曽有の被害をもたらしました。発災から10年間、社会インフラを担うソフトバンクとヤフーはどのような決意で何に取り組んできたのか、そして今後の東北への思いを、ソフトバンクの技術部門トップの宮川副社長とヤフーの川邊社長が語りました。

宮川潤一(みやかわ・じゅんいち

宮川潤一(みやかわ・じゅんいち)
ソフトバンク株式会社 代表取締役 副社長執行役員 兼 CTO テクノロジーユニット統括 兼 技術戦略統括

インターネット企業の経営者を経て、2002年に当社グループに入り、2006年4月に取締役専務執行役(CTO)に就任。主にテクノロジー領域の事業統括責任者を務める。2018年4月から現職。2021年4月1日より代表取締役 社長執行役員 兼 CEOに就任予定。

川邊健太郎(かわべ・けんたろう)

川邊健太郎(かわべ・けんたろう)
ヤフー株式会社 代表取締役社長 社長執行役員 CEO

ITベンチャー企業の経営者を経て、2000年にヤフー(現Zホールディングス株式会社)へ入社。「Yahoo!ニュース」などの責任者、COO(最高執行責任者)などを歴任後、2018年6月から現職。

大切なのは、震災を風化させないこと

東日本大震災の発生当時のことをお聞かせください。

宮川:当時、当社の携帯電話基地局の約3,800局が津波で流されてしまい、通信ができる状態に早く復旧をすることが最大の使命でした。震災後1カ月間は私も現地に滞在し、陣頭指揮をとりました。2011年の頃は災害に対しての備えがおろそかになっていて、本当に恥ずかしくなりました。とにかくあの時はネットワークの復旧に必死でした。

川邊:私は、「発災直後」と「その後」とあるのですが、発災直後は、当然困っていらっしゃる方の役に立とうと思いまして、忘れもしない3月11日金曜日から火曜日まで、会社に泊まり込んでさまざまな対応を行いました。地震、津波、原発事故、計画停電と、めまぐるしく状況が変わっていく中で、ユーザーの情報ニーズに応えようと一生懸命に取り組みました。

ただ、その数カ月後に振り返ってみると、津波による停電のため、被災して一番困っている方々はヤフーからの情報を見ることができなかったんですね。被災地に関する情報などを知りたい方々には役に立ったかもしれないけれど、実際に被災した方々には役に立てたかというと、必ずしもそうではなかったという忸怩たる思いをずっと今日まで持っています。

東日本大震災から10年。ICTのチカラで東北の未来の価値づくりを。 − ソフトバンク 宮川潤一 × ヤフー 川邊健太郎 特別対談

宮川:2年ぐらいかけて、ありとあらゆる考えられることはすべてやり遂げました。備えというものに対して、とにかく他社よりも一番だというところまでやり切ろうと。

ですから今は災害の復旧能力はソフトバンクが一番強いと言われるぐらいになったと自負していますが、それは当時の反省をふまえてやった結果だと思います。

近年自然災害が大規模化・多発化し、インフラの持つ役割がさらに増してきましたので、より強いインフラを作っていこうと考えて、現在も改善をし続けているというような状況です。

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川邊:私もあのときの悔しさから、2012年にヤフーの社長が宮坂に、私が副社長に経営体制が変わったときに、「ヤフー石巻復興ベース(現石巻ベース)」を作りました。被災の時は役に立てなかったかもしれないけども、復興では大いに貢献しようということで、「復興ベース」を中心にさまざまな活動を行ってきました。

最も力を入れたのは、やはりメディア企業として「震災を風化させない」ということに、この10年取り組んできたつもりです。

毎年3月11日に「忘れない」というテーマで、必ずヤフーの上で復興の最新状況をレポートしたり、あるいは、「検索は応援になる」というテーマで、1回検索をすると10円をマッチングして寄付したりすることによって、みんな「3.11」って検索で入れてくれるんですね。そうして、3.11のことを忘れないというような努力を10年間行ってきました。

東日本大震災から10年。ICTのチカラで東北の未来の価値づくりを。 − ソフトバンク 宮川潤一 × ヤフー 川邊健太郎 特別対談

宮川:同じく、風化させないことが大事だと思っています。ソフトバンクは、ネットワークの防災訓練というものを毎年必ず大規模にやるようにしています。ネットワークの復旧に必要な機器の総点検として、セットアップや機器の動かし方といった訓練を定期的に行っています。

それと同時に、震災当時も社員有志を募って、1,300人ぐらいが東北に行き復旧活動を行ったのですが、災害時に技術部門の社員だけだと人手不足になる恐れもあるので、技術部門以外の社員も含めて活動できるような、「災害時復旧要員」づくりも進めています。

東日本大震災から10年。ICTのチカラで東北の未来の価値づくりを。 − ソフトバンク 宮川潤一 × ヤフー 川邊健太郎 特別対談

ソフトバンクは海上保安庁と、被災時に通信機材を海上輸送することを想定し、全国各地の海上保安部と巡視船に可搬型基地局を積載する合同訓練を実施している

川邊:技術部門以外の社員も参加するのですね?

宮川:社内公募のメンバーなのですが、震災のことを覚えている社員や、志を持った社員が、防災訓練にも率先して参加してくれています。通信機器も誰でも組み立てができるようなものを開発しました。

川邊:それは大事なことですね。

他にも風化させないということでは、株式会社河北新報社とともに「ツール・ド・東北」という、毎年全国から3,000人以上のライダーが集まってくださる、三陸の沿岸を走る自転車のイベントをソフトバンクにも協賛いただき、継続開催しています。

  • 2020年の大会は新型コロナウイルスの影響を考慮し中止に。<

これも風化させないということと、現地にツーリズムのお金が落ちる、それで復興に貢献することにつながっています。

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防災から、発災、復旧、復興まで、変わるニーズに応えていきたい

東日本大震災から10年。ICTのチカラで東北の未来の価値づくりを。 − ソフトバンク 宮川潤一 × ヤフー 川邊健太郎 特別対談

災害における、安全・安心の観点でソフトバンクとヤフーが目指すことはどのようなことでしょうか。

宮川:いま、いくつかの自治体と防災の取り組みということで、あらゆることをさせてもらっています。例えば、河川の氾濫ですね。大きな災害につながらないように、水位を常に測っておくようなシステムです。防災や減災につなげていただくため、これらの情報を行政へ提供する体制を整えています。

災害時の避難場所への誘導をスマートフォンの上で表示していくだとか、さまざまなことを行政と共に取り組んでいまして、それらがスマートシティ、スーパーシティ構想へのいろんな知恵として集まってきて、いいものが出来つつあると思っています。

東日本大震災から10年。ICTのチカラで東北の未来の価値づくりを。 − ソフトバンク 宮川潤一 × ヤフー 川邊健太郎 特別対談

川邊:やはり災害というのはその時その時で状況が目まぐるしく変わっていくものだと、3.11を契機に、あるいはその後起こった災害を見ても思いますね。

災害警戒時、災害発生時とその段階に応じて減災に向けた取り組みを実施しなければいけない。そして、復旧・復興のフェーズになると状況が変わり、ニーズも大きく変わってきます。

宮川:テクノロジーでできることは、何でもチャレンジしていきたいね。

川邊:ソフトバンクは、通信サービスも、人員やお店も提供できる。その通信の上で動くさまざまなITのシステムをヤフーは提供できるということで、平時はもちろん災害警戒時から復旧・復興まで、トータルに解決手段を提供できると思っています。

平常時もさまざまなサービスを一緒に進めていますが、こと災害に関しては、そういうときこそソフトバンクとヤフーは垣根なく、被災された方々の目まぐるしく変わるニーズに連携して応えてきたいですね。

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自治体や支援団体と連携し、災害の発災から復旧・復興まで継続した支援をワンパッケージで行う「災害支援プラットフォーム」を2020年12月に発足した。

宮川:もちろん。ヤフーとソフトバンクは、それぞれの形でユーザーの方々と向き合っているわけですけども、それが足し算になれば、おそらく1+1が2ではなくて、3になり、4になり、5になるという組み合わせです。これはぜひグループを挙げて、防災に対しての取り組みをこれからも続けていきたいと思います。

東北の試行錯誤の成果を日本全国に広げることも大切だと考える

東日本大震災から10年。ICTのチカラで東北の未来の価値づくりを。 − ソフトバンク 宮川潤一 × ヤフー 川邊健太郎 特別対談

東北の未来について重要だと思うことがあればお聞かせください。

宮川:震災で受けたダメージというのは大変大きく、震災がなければ一番よかったと思いますけれども、これを乗り越えられた東北の人々というのは、より強くなっていると思いますので、日本をけん引するような集団、地域になっていくのかと想像しています。

川邊:日本は課題先進国とよく言われています。少子高齢化社会や自然災害という、どの地域にもやがて訪れるようなさまざまな課題が、東北の場合は3.11を契機に加速し、先に体験したと考えています。

東北の方々がこの10年で行った復興というのは、日本の未来を先取りする新しい形を試行錯誤されたのではないかと思っています。ぜひこの試行錯誤の成果であるとかノウハウを日本全国に伝搬させるような、そういう役割であってほしいです。

宮川:まさにそう思います。その先の、未来の価値というのを東北から作っていくというように。

川邊:当然、東北の人たちだけでそれをやるのではなくて、3.11を契機にわれわれも東北にオフィスを作って新たなネットワークを築きましたので、東北の人たちの支援を、ソフトバンクグループも連携させていただきながら、未来の価値を作り、それを日本中に伝搬させていく。そのようなことをこれからも東北の人たちと一緒にやっていきたいと思います。

東日本大震災から10年。ICTのチカラで東北の未来の価値づくりを。 − ソフトバンク 宮川潤一 × ヤフー 川邊健太郎 特別対談

若手水産事業者の団体「フィッシャーマン・ジャパン」の設立にヤフーも関わった

子どもたちの自己実現のサポートを、これからも続けていく

宮川:震災当時からこれまでの間、何度も東北を訪問して、多くのお子さんたちと会話をする機会がありました。震災直後の非常に暗かった顔から、だんだん明るくなってきたなと感じています。

復興支援という面では、ソフトバンクは東北の未来づくりに向けて次世代育成を中心に推進してきました。人型ロボット「Pepper」などの最先端テクノロジーを活用したプログラミング教育を提供し、AIやIoT、ロボットなどこれからの時代を生きるための人材育成支援も進めて来ました。これまでに東北においても、25の市町村で授業が行われています。

さらに、復興に向けた歩みを継続的に応援したいとの思いから、「SoftBank 東北絆CUP」を開催しました。住んでいる地域によって子どもたちの経験や学びに差が生まれないよう、ICTによるスポーツ支援をしたり、子どもたちの日頃の練習成果を発揮できる場の提供を通して、未来の東北の原動力につなげたいと思っています。

東日本大震災から10年。ICTのチカラで東北の未来の価値づくりを。 − ソフトバンク 宮川潤一 × ヤフー 川邊健太郎 特別対談

川邊:ヤフーの親会社であるZホールディングスはビジョンとして、『人類は、「自由自在」になれる。』という価値観を持っています。情報技術を用いてさまざまなサービスを提供することによって、人類を自由自在にしていこうという志です。

宮川さんのおっしゃる通り、みんな成長しているときに、ぜひ、われわれが提供する、「自由自在」にするためのさまざまな技術・ツールを用いて、大いに自己実現をしてもらいたいなと。

それがある意味生き残った、あるいは未来を背負った若い被災された方々の一つの使命なんじゃないかなと思いますので、ぜひ「自由自在」に駆け巡ってもらえればなと思います。

宮川:持続可能な未来や街を創っていくという観点では、今年新たな取り組みとして、原発の影響で退避を余儀なくされた小高地区(福島県南相馬市)を拠点に、若者の起業を支援する取り組みを、当社とヤフーのアセットやノウハウを活用し、現地のさまざまな団体と連携して一緒にやっていきます。

これからも東北の未来づくりのために、テクノロジーやノウハウを通して、人を育て、未来の活力と地域の活性化に貢献していきたいと思っています。

  • この対談はオンラインで行われました。

(掲載日:2021年3月10日)
文:ソフトバンクニュース編集部

3.11 TOHOKU 応援はつづく ~忘れない、あの日を。つなげよう、未来へ。

「そのとき、つながるということ」 東日本大震災から10年、進化し続けるソフトバンクの災害対策