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海中にも通信によるイノベーションを。国プロで採択された長距離水中レーザー通信の基礎研究が始動

海中にも通信によるイノベーションを。国プロで採択された長距離水中光無線通信の基礎研究が始動

5GやBeyond 5G/6Gといった通信技術の実現によって、大容量で高速な通信がどこでもできるようになる世界が訪れると期待されています。しかし、電波の特性により通信エリアが十分に整備されていない領域があるのですが、どこだと思いますか? 答えは水中、つまり海洋です。ソフトバンクは、海中でも利用可能な光による無線通信を実現するための研究開発を進めており、この取り組みが国防装備庁の令和4年度の新規採択研究課題として採択されました。

水中光無線通信の技術が日本の海洋開発にどんな貢献ができるのか、このプロジェクトを推進する責任者に話を聞きました。

今井 弘道(いまい・ひろみち)

ソフトバンク株式会社
テクノロジーユニット IT-OTイノベーション本部 サービス基盤統括部 サービス基盤企画部 サービス基盤企画2課 担当課長
今井 弘道(いまい・ひろみち)

日本の海域は国土の約12倍。山積する課題解決の鍵は「水中ロボットの活用」

日本の海域は国土の約12倍。山積する課題解決の鍵は「水中ロボットの活用」

日本には島々が数多くあるため、領海や接続海域、排他的経済水域といった海域の規模が大きく、世界でも有数の海洋国家です。沿岸域では海運や水産だけでなく資源開発や保全などさまざまな活動が行われています。

今井:日本の広い海域の利活用はまだまだこれからです。令和2年に国土交通省が開催した協議会では、沿岸域の課題が提示され、ASV(小型無人ボート)、AUV(自律型無人潜水機)、ROV(遠隔操作型無人潜水機)といった海の次世代モビリティが海洋産業活性化の鍵としてフォーカスされました。こうした水中ロボットを活用した課題解決には安定した通信手段が欠かせませんが、実用的な通信手段は有線通信しかなく、電波による無線通信が自由に使える陸上に比べて海洋産業のイノベーションは大きく遅れているのが現状です。

海洋周辺の課題例

  • 沿岸域には現在数千の漁村集落がありますが、その4分の3の地域で過疎化や高齢化が進んでおり、今後も減少見込みです。人的リソースを補う変革が求められています。
  • 海水や潮風にさらされる過酷な環境のため、沿岸域には50年以上経過したインフラも多くあります。十数年後には全体の7割が老朽化する見込みで、防災・減災の面からも対策が急がれます。
  • 極圏航路の利用や極地資源の開発も注目されるようになり、氷に覆われた環境での通信の実現も期待されています。また、近年ではSDGsの観点から海洋環境保全のための調査ニーズが高まってきています。
  • 新型コロナウイルス感染の拡大により、有人による潜水作業のあり方にも変化が求められるようになりました。資源開発における調査・運用や海難救助の現場では潜水士に代わる水中ロボットや水中ドローンの活躍が期待されています。

今井:こうした課題に対し、徐々にROVなどが投入され始めていますが、水中で作業するための機材は重く、電力も大量に消費します。大型のROVを動かすためには電力ケーブルを何Kmも伸ばす必要があり、潮流の影響を受けたり、複数の機材を投入したくてもケーブルの絡まりや切断リスクがあったりと、活用は一部にとどまっています。そのため、われわれは水中ロボット利活用の推進を支える有用な水中無線通信を提供したいと考え、汎用的に社会実装できる技術の開発を進めています。水中でも届く光を使った通信技術で海中にあるさまざまなものへ通信を提供し、将来的にはNTNを通じて陸上の通信とも接続する、より高度な海のDXを実現したいと考えています。

見直される「光」による無線通信が実現する未来像

そもそも、光無線通信とはどんなものでしょうか?

今井:世界初の無線通信は光で行われたんです。しかし、遮蔽(しゃへい)物により途切れてしまうなど、電波に比べて使い勝手が悪いと評価されました。そのため、リモコンの赤外線通信やビル間の固定設置回線など、一部の限られた用途でしか使われませんでした。それが現在、衛星によるブロードバンド通信など、Beyond 5Gの時代に向けて改めて光が重要視されてきているんです。

見直される「光」による無線通信が実現する未来像

光無線通信の特長
  1. 大容量・低遅延

    電波は数百Gbpsまでの通信容量しか実現できないところ、光は1Tbpsを超える大容量で低遅延の通信を実現することができます。大容量通信により、現実世界の大量の情報をバーチャル空間にリアルタイムに反映させることができ、V2X通信(車車間通信)では低遅延を生かして前の車が急ブレーキを踏んでも後続車が即座に対応できるなどのメリットが考えられます。

  2. 電磁ノイズ耐性・不干渉性

    電波の影響を受けず、干渉することもなく使用できるため、安定性が確保されます。光は周囲から通信していることが分からないため、電磁波による攻撃や通信のハッキングなどにも強く、航空機管制などでも導入計画が進んでいます。

  3. 水中での通信

    電波が届かない水中でも無線通信が可能なため、海中ロボットや海中インフラ設備など、無線による遠隔操作などが実現でき、海洋開発へ大きく寄与することが期待できます。

  4. 無線量子通信

    無線による量子暗号通信は、次世代の暗号通信技術として期待されているものの、電波では実現できませんが、光なら実現することができるためセキュリティの大幅な向上が見込めます。

光無線通信の特長

今井:電波の利用にあたっては電波法により厳しい規制が行われていますが、光は(安全基準を満たす必要があるが)自由に使えるため、さまざまな活用法を検討することが可能です。無線通信技術の進化に伴って、余剰の電波帯域が少なくなってきており、有限希少な資源である電波の利用効率化のためにも光による無線通信を実現できるのは大きなメリットです。VRやメタバースなど大容量のデータが発生するものは光無線通信、携帯電話による音声や軽い動画、テキストなどは電波通信、といった使い分けも可能ですよね。

ソフトバンクのトラッキング技術で光の弱点を解消

ソフトバンクのトラッキング技術で光の弱点を解消

光無線通信の有用性が見直され始めましたが、課題もあります。光は針のように細いレーザーで正確に相手に通信を届ける必要があり、少しずれてしまうだけで通信が途切れてしまいます。そのためビル間などの固定通信がメインで、幅広いシーンでの実装ができずにいました。

今井:解決するためには、これまでにないアクティブなトラッキング技術を考え出す必要がありました。動く対象物をカメラで認識して追いかけ、相手にレーザービームを当てるというソフトバンク独自の技術を開発し、2019年に原理実証に成功。その後、特許を取得しました。

トラッキング光無線技術の概要

トラッキング光無線技術の概要

  1. 1対の通信装置がそれぞれ自装置のカメラで対向装置を画角内に捉える
  2. 画像認識技術を用いて対向装置自身や通信ポート、もしくはマーカーあるいは光そのものを識別する
  3. 識別された対象が撮像素子中央に位置するように3軸(2軸)の回転制御を行う
  4. 向き合った通信ポート同士の光無線通信を行う

今井:カメラを使って画像で認識するので1対多の通信も可能ですし、双方の間に入った障害物などを検知してすぐに通信を止めることや、光が遮られないよう回避制御を行うことができます。また、相手側に何か光るものが付いていれば通信対象として認識できる他、レーザー通信装置がなくても限定的な低速通信まで可能なので、コストを抑えて実装することができます。例えば、ドローンなどはすでに灯火など何かしらの発光体が装備されているので、追加の設備投資をせずに光無線通信を実現できるということなのです。

陸上の利活用から水中での利用へ。国プロ採択により研究を加速

陸上の利活用から水中での利用へ。国プロ採択により研究を加速

2020年にニコン社と共同で陸上での通信の実証実験を行い、100m先の動く相手との通信に成功。続いて2021年に東京海洋大学との共同基礎実験で、水中での1対1通信を、2022年には1対多通信を成功させました。

今井:難易度が高くなるに従い、トラッキングする手法をいくつも用意する段階に入りました。水中では距離が離れると相手のマーカーや発光体が見えないので、相手の位置を判断するために、カメラによる画像認識とは違う手法を併用します。また、今後は多対多通信を目指した開発をしていきます。これができるようになると、自律航行している複数の水中ロボットへ同時に命令したり、水中ロボット同士のすれ違い通信ができたり、1対1通信とは違うユースケースへの応用が期待できるんです。これらの研究開発をさらに加速させていち早く水中での利用を実装するために、国プロに応募することにしました。

「国プロ」とは

政府や行政主導で行われる大型プロジェクトの活動の俗称「国家プロジェクト」の略称。各省庁が設定した研究テーマに民間研究組織等が応募し、採択された組織が委託契約を締結して公的資金により研究を実施する。

ソフトバンクの複合トラッキング技術による水中での長距離レーザー通信の研究開発は、2022年12月に、防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」に係る令和4年度新規採択研究課題として採択されました。これは、設定された研究テーマに沿った先進的な「民生技術」についての基礎研究を後押しするもので、ソフトバンクの水中光無線通信技術によって海洋産業におけるROV利活用の効率化・高度化を飛躍的に向上させることで、海のDX/海の産業革命に寄与することを目的としています。

陸上の利活用から水中実装へ。国プロ採択により研究を加速

移動中の水中航走体に対する長距離海中レーザー通信を実現するには、対象を捕捉してレーザーの光軸を合わせる技術が必要になります。この研究では、リングレーザーにより相手を捉える「粗追尾」と、リングレーザー中心部の通信用レーザーにより光軸を合わせると同時に通信を行う「精追尾」を複合した技術の研究開発を行う予定です。水中で有線通信レベルの高速光無線通信を確立できると、ケーブル接続が不要なROV(Tetherless ROV)が実用化され、同一海域におけるROVの複数運用や狭い空間での安全な作業が可能になると見込まれています。

今井:現時点での実用範囲は50mから100mくらいなので、300m以上を目標に研究を行います。将来的にはもっと距離を伸ばせると考えています。海中のDXはこれからです。この技術に関連する法整備なども必要になるので、今後は国とも連携しながら海中光トラッキング技術の高度化を目指していきます。

(掲載日:2022年12月7日)
文:ソフトバンクニュース編集部

ソフトバンクの研究開発

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