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あの人の名前、何だっけ…? 記憶力日本一のプロが教える「顔と名前の覚え方」

あの人の名前、何だっけ…? 記憶力日本一のプロが教える「顔と名前の覚え方」

社内や取引先、保護者会や習い事など、私たちは常に多くの人と出会っています。しかし、「人の顔と名前を覚えるのに苦労する…」と悩む声は少なくありません。一度会ったことがある相手に「はじめまして!」と言ってしまい、気まずい思いをするのは避けたいですよね。

実は、人の顔と名前を覚えられないのには、きちんと理由があるのです。今回は、40歳を超えてから記憶術に出合い、日本記憶力選手権で6回連続優勝を果たした「記憶力グランドマスター」の池田義博さんに、その理由と覚えるテクニックを教えていただきました。

池田 義博(いけだ・よしひろ)さん

教えてくれた人

記憶力グランドマスター、一般社団法人記憶工学研究所所長

池田 義博(いけだ・よしひろ)さん

大学卒業後、エンジニアを経て学習塾を経営。2011年、塾で使用する教材のアイデアを探していた時に記憶法と出合い、脳の使い方を学ぶ。以降、人間の脳力の可能性に興味を持ち、独自にさまざまな記憶法を極める。2013年、日本記憶力選手権大会に挑戦し、初出場で優勝し記憶力日本一となる。翌年から2019年大会までに出場した6回全てで連続優勝という快挙を達成。また、2013年にはロンドンで開催された世界記憶力選手権において、日本人初の「記憶力グランドマスター」の称号を獲得。2021年、記憶力・脳力開発の普及のために一般社団法人記憶工学研究所を創設。著書『人生が変わる 大人の独学記憶術』など。

顔と名前を覚えられないのは、「情報の種類」が異なるから

仕事にプライベートに、私たちは日々新しい人と出会います。知り合った直後には名前を覚えたつもりでも、後から「あれ、あの人の名前は何だっけ…?」と思い出せないことはありませんか? その理由は、顔と名前は「情報の種類」が異なるからなのだそうです。

顔と名前を覚えられないのは、「情報の種類」が異なるから

早速ですが、なぜ「人の顔と名前」を覚えられない人がいるのでしょうか?

池田さん 「前提として、顔と名前は『情報の種類が違う』ことをお話ししましょう。顔は視覚的な映像情報で、名前は文字情報です。異なる種類の情報をひもづけて覚えることはとても難しく、『人の顔と名前は覚えにくい』と感じる人が多いのはこれが原因です。

そもそも『脳は忘れるもの』。脳は人体の中でそれほど大きな器官ではありませんが、消費するエネルギーは全体の25%ほどと言われています。エネルギー消費量が多いため、見たもの、聞いたもの、触ったものなどを全て覚えているとパンクしてしまう。なので、脳は自分にとって重要じゃないことや興味のないことから忘れていくようにできているんです。一度会っただけの人の顔と名前を覚えられないのは、至って普通のことだと言えるでしょう」

なるほど。でも、顔と名前をすぐに覚えられる人もいますよね? その差は何なのでしょうか?

池田さん 「顔と名前に限らず、ものを覚えるためには『段階』があります。意識的にでも無意識的にでも、それに即した覚え方をしている人が、いわゆる『覚え上手』なんですよ。脳の性質を利用してものを覚える。それが記憶法です。

記憶には、『記銘(覚える)』『保持(覚えておく)』『想起(思い出す)』の3段階があり、これらのステップを経たものが『記憶』と呼ばれます。よく『名前を思い出せないから、私は記憶力が悪い』と言う人がいますよね。でも、それは大きな間違い。『記銘できていない=そもそも覚えていない』から、思い出せないだけなのです。脳は何でもかんでもを覚えることはできませんから、まずは『覚えよう』という意識を持って『記銘』の段階をクリアすることが大切です」

名前を「映像情報」にして覚えてみよう!

名前を「映像情報」にして覚えてみよう!

具体的にどのように「人の顔と名前」を覚えればいいのでしょうか?

池田さん 「顔と名前は情報の種類が異なるということを踏まえて、私がおススメするのは2つの情報の種類をそろえること。顔を文字情報にするのは途方もないので、名前を顔と同じ映像情報に変換すればいいのです。

例えば『田中さん』だったら、その人が田んぼの真ん中に立っている姿をイメージします。『坂本さん』なら、その人を坂本龍馬の子孫だと妄想して、その人の顔の横に坂本龍馬の顔を貼り付けてみる。こうやって、名前から連想されるイメージを創作して、顔とセットで映像情報として覚えていくのです。

名前を映像情報に変換することに慣れないうちは、実際に絵を描いてみるのも有効ですよ。『松本さん』を覚えるなら、打ち合わせ直後などに名刺やスマホに、簡単に『松の木に本がぶら下がっている絵』を描いてみて、相手の顔と交互に見てみるなど。これは記憶の種類で言えばエピソード記憶といって頭に残りやすい記憶になるんです」

連想ゲームみたいで、楽しく覚えられそうですね! この覚え方は、顔と名前以外の情報にも使えたり…?

池田さん 「もちろん。その人の趣味や家族構成など、名前以外の情報を覚えたいと思ったら、例えばゴルフが趣味ならゴルフクラブを顔の横に貼り付ける、子どもが2人いるなら両肩に2人の子どもが乗っている姿をイメージするなど、名前と同じようにイメージ化して覚えるといいですよ。次のその人に会った時にパッとその映像が浮かべば、名前も趣味も家族構成も芋づる式に思い出せる、というわけです」

名前を「映像情報」にして覚えてみよう!

この覚え方に何かコツはありますか?

池田さん 「なるべくインパクトの強いイメージを作ることです。なぜなら、面白いとかうれしいといった感情が動くと、より記憶に残りやすくなるからです。脳の中には『海馬』と呼ばれる、記憶のコントロールタワーの役割を果たす場所があります。記憶に残るのは、海馬が重要であると判断したもの。そして海馬のすぐ隣にあるのが、喜怒哀楽、すなわち感情が生まれる『扁桃(へんとう)体』です。扁桃体が活性化すると、その刺激が海馬に伝わり『この情報は覚えておくべきものだ』と海馬が判断して記憶してくれます。

電車の種類やゲームキャラクターの名前を何百も覚えている人がいますよね。あれは記憶力がすさまじく良いからではなく、覚える対象が自分の好きなものだからです。好奇心によって扁桃体が活性化し、刺激が海馬に伝わることで、特に覚えようと必死にならなくても簡単に記憶できるんですね」

ちなみに、覚えるために役立つアプリやデジタルツールはあるのでしょうか?

池田さん 「ものを覚えることに関して言えば、デジタルはトレーニングに役立てるというよりも棲み分けることを意識するのがいいでしょう。先ほどもお話しした通り、人の脳はパンクを防ぐためにものを忘れるようにできています。私だって、先のスケジュールや知人の電話番号をわざわざ覚えるようなことはしません。スマホのカレンダーや電話帳を使えば、自分で覚える必要がありませんからね。自分で覚えなくてもいいことはデジタルに任せて、その分、覚えるべきものに集中できる状態をつくるのがおススメです」

頭の中に「メモリーパレス」を作り、そこへ記憶を放り込む

「覚えよう」と意識して、名前という文字情報をイメージ化することが覚えるコツだと分かりましたね。でも相手としばらく会う機会がないと、せっかく覚えた顔と名前もうっかり忘れてしまいそうです。何か策はあるのでしょうか。

覚えたものを「覚えておく(保持)」ためにできる工夫はありますか?

頭の中に「メモリーパレス」を作り、そこへ記憶を放り込む

池田さん 「自分の脳に印象づける作業を繰り返すことです。例えば、打ち合わせで初めて会った人がいたら、『高橋さんは、これについてどう思いますか?』『高橋さんの名刺入れ、とてもすてきですね』など、なるべく会話の中にその人の名前を入れて呼んでみることです。アウトプットを繰り返すことによって、脳内で記憶が強化されます。

もう一つ、頭の中に『メモリーパレス』という記憶の保管庫を作ることもおススメですよ。メモリーパレスは、いつでもパッと思い出せる、実際にある場所がベスト。なじみのある自宅がいいでしょう。場所を決めたら、玄関前を1番、玄関マットを2番、家に入って観葉植物を3番、ポスターを4番… などのように場所ごとに順番を設定します。

例えば『リンゴ、パンダ、新幹線、カブトムシ』とものの名前を順番に覚えないといけない場合、『玄関のノブにリンゴがぶら下がっている』『玄関マットにパンダが寝そべっている』『観葉植物のまわりを新幹線が走っている』『カブトムシのポスターが貼ってある』というように、映像イメージで覚えてみる。そして思い出すときには、玄関前のスタートから順に、リンゴがある、パンダがいる、新幹線がある、カブトムシがいる… と思い出していくのです」

興味深い方法ですね! これは一般的な記憶法なのですか?

池田さん 「そうですね。メモリーパレスは『記憶の宮殿』とも呼ばれていて、古くから実践されている記憶法です。こうした場所とものをひもづけて覚えるやり方は、『関連付け』と言います。人の顔と名前を覚える際は、『場所』を『顔』に置き換えて関連付けていることになりますね。

このメモリーパレスは、屋外に作ってもいいですよ。その場合、自宅から目的の場所まで歩いていく順番にある構造物… 例えばポストや信号、コンビニ、横断歩道などを保管場所に設定して、自分の足で歩きながらスマホカメラで場所の写真を撮っていきます。その後、撮影した写真に画像の編集機能などを使って覚えたいものの絵や図を重ねていけば、自分だけのメモリーパレスができあがるんです」

大事なのは好奇心! 感情を動かして「覚えられる人」になろう

大事なのは好奇心! 感情を動かして「覚えられる人」になろう

池田さんは、顔と名前を覚えられることのメリットはどんなところだと思いますか?

池田さん 「やっぱり、コミュニケーションが円滑になることではないでしょうか。会社で上の役職の人が、新入社員に向かって『鈴木さん、頑張っているね』と名前で呼びかけたら、新入社員はうれしいですよね。仕事へのモチベーションが上がったりその役職者への信頼感が醸成されたりする効果もあるでしょう。

上司と部下の間だけではなく、どんな関係性でも名前で呼びかけられて嫌な人はいないはずです。営業職や接客業など人と接する仕事に就いている人は、それを武器にすることもできると思います」

ありがとうございます! 最後に、記憶力に自信がないと思っている人にアドバイスをお願いします。

池田さん 「今回お話した通り、脳はそもそも忘れるようにできています。記憶力が悪い人なんていません。『覚えよう』という意思を持つことから始めてみましょう。そして大事なのは、知的好奇心を持つこと。大人になると経験値が増えている分『もう知っている』『前にやったことがある』といったことが増えて、いちいち感動したりワクワクしたりする場面が減りますよね。でも興味の対象を増やして、常にアンテナを高く張っておくことが、扁桃体を刺激することにつながります。人の顔と名前に限らず、好奇心を大切にすることがものを覚えることに役立つはずですよ」

「老化で記憶力は落ちないんですよ」とも話す池田さん。大人になってからでも、覚える意志を持って段階を踏んだ覚え方を意識すれば、新しいことをたくさんインプットできるのだと分かりました。これから新しく人と出会う機会があったら、皆さんもぜひ試してみてくださいね。

(掲載日:2023年10月20日)
文:佐藤葉月
編集:エクスライト

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