近年、「SDGs」(持続可能な開発目標)や「サステナビリティ」という言葉が浸透してきました。それにともない「ESG」という言葉を耳にする機会も多くなったのではないでしょうか?
企業成長や投資に関わる概念といったイメージはあるものの、いまいちつかみどころがないESG。今回は、ESGの専門家である夫馬賢治さんに取材し、これからの企業の成長におけるESGの重要性や、流行している「ESG投資」とこれまでの投資の違い、一歩先を行く国内企業の事例などについて教えていただきました。
目次
教えてくれたESGの専門家
株式会社ニューラルCEO、経営戦略・金融コンサルタント
夫馬 賢治(ふま・けんじ)さん
サステナビリティ経営・ESG投資アドバイザリー会社を2013年に創業。サステナビリティ経営・ESG投資ニュースサイト「Sustainable Japan」編集長。環境省、農林水産省、厚生労働省でのESG関連の専門家会議委員。『データでわかる 2030年 地球のすがた』(日本経済新聞出版)、『ESG思考』(講談社+α新書)など著書多数。5月21日に新著『超入門カーボンニュートラル』(講談社+α新書)が発売予定。
- Twitter:@KenjiFuma
- 株式会社ニューラル
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取材はオンラインで実施しました。
ESGとは? —企業の長期的な成長を測るための指標
ESGとは、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)の頭文字を取った言葉です。企業の長期的な成長のためには、この3つの観点から長期的な事業機会や事業リスクを把握する必要があるという考え方が、現在、世界的に広まりつつあります。反対に、ESGの観点が薄い企業は大きなリスクを抱えており、長期的な成長が期待できないと考えられています。
環境(E) |
社会(S) |
ガバナンス(G) |
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E 環境分野でのコミットメント
製品を製造する際に、太陽光や風力、地熱など、二酸化炭素の排出につながらない再生可能エネルギーを電源として確保することは、「脱炭素」という言葉が強調される現在においてエネルギー源を確保するための重要な戦略となっています。今後、資源が枯渇化したり、資源が高騰することが予測される中、廃棄物を利用してリサイクル可能な素材を作ることは、安定的な資源調達につながると考える企業も出てきました。
S 社会分野でのコミットメント
社会の分野で大きな比重を占めるのが、従業員の分野。少子化で人手不足になる中、人材育成や雇用確保、労働安全性の確保、多様なバックグラウンドを持つ従業員が働きやすい環境づくりなどは、企業経営に不可欠になってきています。最近は、介護休業や産休・育休、時短勤務制度などの整備を進める企業も増えてきました。
G ガバナンスでのコミットメント
日本証券取引所グループ(JPX)は、企業のガバナンス(コーポレート・ガバナンス)を「会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」と定義しています。具体的には、長期的な経営リスクに対処するための経営陣や取締役の資質、企業の長期的な成長にコミットさせる役員報酬などについての情報開示も求められるようになっています。
ESGはいつ頃生まれた? —始まりは投資の世界から
ESGという概念が生まれたのは、2006年。当時の国際連合事務総長だったコフィー・アナン氏が金融業界に対して提唱したイニシアティブ「PRI(責任投資原則)」がこの年に発足し、その中で、ESGという言葉が初めて使われました。
PRIの6原則の要旨
- 投資先を選ぶ際に投資先のESGの状況を考慮する。
- 投資先にESGの観点で経営を強化するよう求める。
- 投資先にESG課題についての適切な開示を求める。
- 資産運用の間で、この原則が受諾、実行されるよう働きかける。
- この原則の署名機関の間で協働する。
- この原則の実行状況や進捗状況を報告する。
「PRI以前には、経済が進むと環境は破壊され、社会の秩序は乱れ、格差は拡大する… といったことが懸念されてきました。そのような危機への対策として何ができるか、国際的な金融機関などが集まり議論を開始。その結果、企業を環境面や社会面から見ることで、その企業の長期的な成長や、投資リターンの高さが判断できるかもしれないと気づいたんです。これは、投資家にとって非常に重要な観点であるとして、少しずつESGが広まっていきました。つまり、ESGはもともと投資の世界で生まれた言葉なのです」
SDGsやSRIと、ESGとの違いは?
SDGs
2015年9月に国連がまとめた「持続可能な開発目標」のこと。貧困や紛争、気候変動による自然災害、差別など、人類が直面している課題を整理し、2030年までに人類が協働して達成すべき目標を、17項目に分けて提示しています。
SRI(社会的責任投資)
社会的・倫理的な価値観に基づいて投資先を選び、投資する方法のこと。基本的な概念はESG投資と同じですが、SRIは経済成長と社会・環境は相反すると考えられていた時代に誕生したため、SRIは財務リターンを重視せずに投資先を選ぶことが大きな特徴でした。それに対し、ESG投資はリターンを追求しながら、社会・環境にプラスのインパクトをもたらすことを志向する投資手法と言えます。
「SRIの根底にあるのは、リターンが目減りしてもいいという考え方。ところが、この方法では、年金や保険の加入者から資産を預かっている世界の9割の投資家は、投資に踏み切れませんでした。年金や保険の加入者でもある市民が心豊かに暮らすためには、事業を通じて社会や環境を改善しながら、同時に利益を増やしていける状態が必要になります。ESG投資とは、双方を両立する企業に投資するだけでなく、全ての企業に対し双方を両立するよう転換を促していく概念なんです」
ESG投資とは? —いままでの投資との違い
環境・社会・ガバナンスの3つの観点を含めた投資活動を、ESG投資と呼びます。その範囲は広く、将来的なリターンを増やすためにESGの観点を少しでも入れた投資は、すべてESG投資と定義されます。
投資家がどの企業に投資するかをESGの観点で判断するために用いられるのが、ESGスコアというものです。同じ業種であれば世界のどの企業も同じ尺度で評価されます。例えば自動車メーカーの場合、ガソリン車中心の大手老舗メーカーも、新興EV(電気自動車)メーカーも、同じ測定指標を基にスコアがつけられます。ESGスコアを採点している企業は、複数存在しており、双方が採点の力を競い合っています。
ESGの測定指標とは
「世界経済サミット」の異名を持つダボス会議を主宰している世界経済フォーラム(WEF)も、2020年9月22日に「ステークホルダー資本主義測定指標」というESGの採点手法を発表しています。この手法では、4つの観点において、21の中核指標と34の拡大指標で構成され、地域や業種を問わず適用可能です。
世界経済フォーラムが提案する21の中核指標
4つの観点 | テーマ | 中核指標 |
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ガバナンス | 企業統治の目的 | 企業統治目的の設定 |
統治機関の質 | 取締役会の構成 | |
ステークホルダー・エンゲージメント | ステークホルダーに影響を与えるマテリアリティの設定 | |
倫理的行動 | 汚職防止 | |
不正や非倫理的慣行を防止するための社内外の仕組み | ||
リスクと機会の監督 | 事業プロセスに機会とリスクを統合するための仕組み | |
地球 | 気候変動 | 温室効果ガス(GHG)排出量 |
気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFG)の実施 | ||
自然の喪失 | 土地利用と生態系への影響 | |
淡水利用可能量 | 水ストレス地域での取水量と水消費量 | |
人(従業員) | 尊厳と平等 | ダイバーシティ&インクルージョン |
給与の平等 | ||
新入社員およびCEOの賃金水準 | ||
児童労働や強制労働のリスク | ||
健康と安全 | 労働安全衛生 | |
将来のためのスキル | 社員研修 | |
繁栄(持続可能性) | 雇用と富の創出 | 雇用者数と離職者数の割合 |
財務指標 | ||
設備投資額と配当・自社株買額 | ||
より良い製品およびサービスの変革 | R&D支出額 | |
コミュニティと社会的活力 | 納税額 |
(出所)世界経済フォーラムの報告書「ステークホルダー資本主義の進捗の測定~持続可能な価値創造のための共通の指標と一貫した報告を目指して~」を基に作成
ESGスコアは、企業の情報開示の状況などに応じて、年1回から2回の頻度で更新されます。また、スコア獲得の基準も、年々厳しくなっていきます。そのため、前年と同じことを続けている企業のスコアは下がり、投資家から評価されなくなっていきます。
「ESGスコアの状況によって、企業が新しく取り組まなければならない課題が見えてきます。例えば『気候変動を止めるためには、海洋植物も保護しなければならない』といった新しい科学論文が発表された場合、それに対する取り組みも、評価の対象になってきます。新型コロナウイルス感染症のようなパンデミックも、企業に対策が要求される新たな課題として浮上しました」
7つに分類されるESG投資
これまで、日本の機関投資家の投資手法は、「TOPIX連動(東証一部上場の企業すべてに万遍なく投資する手法)」が主流でした。時価総額が最も高い大手自動車メーカーから、小規模企業まで、時価総額の割合に合わせて投資を行っていたのです。
一方、ESG投資では、「万遍なく」ではなく、ESGスコアの状況などに応じて、優れている企業への投資額を増やすという投資手法です。世界のESG投資の統計を発表しているGSIA(Global Sustainable Investment Alliance)では、ESG投資の種類を次の7つに分類しています。
ESG 投資の7つの分類 | 投資方法 |
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ネガティブ・スクリー二ング | 武器・たばこ・ポルノ・ギャンブル・アルコール・原子力発電・動物実験・化石燃料など、特定業界の企業を投資対象から除外する方法。 |
国際規範スクリー二ング | ESG分野における国際規範を基に、基準をクリアしていない企業を投資対象から除外する方法。国際規範の例としては、児童労働や強制労働、環境ルール違反などが挙げられる。 |
ポジティブ・スクリー二ング/ベスト・イン・クラス | ESG関連の評価が高かった企業・銘柄を選別し、集中投資する方法。同一業種の中で、ESG評価の高い企業だけをかいつまんで、投資先を決める。 |
サステナビリティ・テーマ投資 | 再生可能エネルギーや持続可能な農業といった特定のテーマに特化して投資する方法。水ファンドやワクチン事業に特化した投資ファンドなども、サステナビリティ・テーマ投資にあたる。 |
インパクト・コミュニティ投資 | 投資先企業の事業がもたらす社会や環境へのインパクトを重視する投資手法。そのため事業のインパクトを測定することが主流。財務リターンが多少犠牲にするものから、通常水準を上回るリターンを狙うものまで多様。 |
ESGインテグレーション | ESGのスコアに応じて、投資配分を変える方法。現在のESG投資の主流であり、日本では2018年からこの方法が広がっている。 |
エンゲージメント/議決権行使 | 株主としての立場から、企業のESGに積極的に働きかける方法。株主総会で議決権という株主の権利を行使し、企業の意思決定に介入することもある。 |
「『エンゲージメント/議決権行使』とほかの6つは、概念が異なるため、併用する投資家もたくさんいますね。『エンゲージメント/議決権行使』では、株主と企業の経営陣との意見が対立することもあり、委任状争奪戦にまで発展するケースもあります」
ESG投資のメリット・デメリット
最大のメリットは、投資パフォーマンスの良さ。現在までに多くの論文やデータが発表されており、そのメリットが実証されています。反対にデメリットは、投資の難易度が高いこと。いままでの投資にはなかったような分析が必要となり、個人投資家が参入するにはハードルが高いと言われています。
「これまでは、財務諸表が読めるだけで、個人投資家でも株の買いどきをある程度判断できました。しかし、ESGという概念が入ってきたことによって、見なければいけない数字が爆発的に増えてしまったんです。いまは、プロの投資家が作ったファンドや、投資信託などに投資する方法が注目を集めるようになってきていますね」
夫馬さんセレクトの国内の優れたESGへの取り組み事例2選。ごみの削減やダイバーシティの実現など
日本の投資家の動きが変化したのは、2017年。国内最大の機関投資家であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が動いたことで、資本市場が動き、企業にもESGの観点が必要と言われ始めました。
出所:GSIAの資料を基に夫馬さん作成
国内にも、ESGに着目した経営を行うことで、評価を高めている企業があります。ここでは、ESGにおいて一歩先を行く2つの事例をピックアップしてご紹介しましょう。
①大手消費財化学メーカーA社の事例
A社では、海外の競合の動きをベンチマークし、日本の機関投資家が動く数年前から気候変動に対するコミットメントを開始しました。その一例として、商品に貼付するラベルを廃止する取り組みが挙げられます。
「ドラッグストアなどに行くと、シャンプーやハンドソープなどに、プラスチック製のシールが貼ってありますよね。商品を目立たせるために貼られているものですが、A社では、いち早くシールの使用を廃止しました。無駄なゴミを出すことをやめ、コストを削減しながらでも、効果的に販促活動を行い売上を伸ばしているところが、投資家から評価されています」
②小売関連サービス事業を展開する大手企業B社の事例
ファッションビルなどの商業施設を展開するB社では、従業員のダイバーシティはもちろん、誰もが来られる場づくりが評価されています。コロナ禍の初期から、バックオフィスのスタッフをリモートに切り替え、店舗スタッフもシフト制にして出勤日数を減らすなど、素早い対応が注目を集めました。小売りが厳しい状況の中で、優れた人材を確保し、新たな事業を生み出していることが、投資家からの評価につながっています。
「A社とB社の両方に共通しているのは『◯年までにカーボンニュートラルを実現する』といった難易度の高い目標を、積極的に早くから打ち出せていることです。また、女性や障がい者の雇用など、従業員ダイバーシティの面でも優れています。社外取締役を活用し、社外の第三者に監督される状態をつくっていることも評価されていますね」
ソフトバンクが取り組むESG
ソフトバンクでは、2019年から本格的にESGを経営に採り入れはじめました。さまざまなアクションの中でも、特に注目したいのが「EVバッテリーの実証実験」だと、夫馬さんは言います。
次世代電池とは
CO2削減を目標に、これまで主流のリチウムイオン電池やニッケル水素電池から、次世代のEVバッテリー開発に各国がシフトを宣言しています。モバイル機器の多様化に欠かせない電池の次世代開発と実用化は、これからの技術革新に欠かせない鍵です。ソフトバンクでは、次世代電池の研究開発と早期実用に向けて、さまざまな次世代電池の評価・検証する施設「ソフトバンク次世代電池Lab.(ラボ)」を、2021年6月に設立予定です。
「今後、5Gの時代を迎えたり、DX化を進めたりする際に、蓄電池は欠かせません。ソフトバンクの電気の半分は、通信基地局。優れた電池を開発し、安価なエネルギーを安定的に確保するための布石です。蓄電池開発を自社で牽引することによって、基幹的な技術の開発に挑むことができ、長期的な成長も期待できます。ESGにおける投資家、企業、個人の違いは、見ている時間の尺度。プロの投資家は、10〜30年先の社会の変化を見据えて投資先を選びます。企業で働く方々も、できるだけ長い尺度で、カーボンニュートラルのような大きな社会の変化を見据えられるようになるといいかなと思います」
(掲載日:2021年5月19日)
イラスト:小林ラン
文:佐藤由衣
編集:エクスライト
ソフトバンクのESGへの取り組み
「すべてのモノ、情報、心がつながる世の中を」をコンセプトに、持続可能な社会の実現に向け、ESG活動などを通じて、さまざまな社会課題の解決に取り組んでいるソフトバンク。その取り組みをまとめた「サステナビリティレポート」や、ESGに関する各種データを記載した「ESGデータブック」を公開しています。