「地図を見ても道に迷ってしまう」「気づいたら全然違う場所に行っていた」。そんな方向音痴エピソードは話のネタになりますが、本人にとっては大きな問題だったりもします。そこで、編集部きっての方向音痴メンバーが、専門家に方向音痴の原因をうかがいました。
目次
今回の登場人物
解説する人:成城大学社会イノベーション学部 新垣紀子(しんがき・のりこ)教授
方向音痴の専門家としても知られる。著書に『方向オンチの科学:迷いやすい人・迷いにくい人はどこが違う?』(講談社/野島久雄との共著)がある。
聞く人:編集者K
近所の散歩でも車を運転しても道に迷う筋金入りの方向音痴。道だけでなく、アウトレットやショッピングモールなどの大型施設でも迷ってしまうほど。
私、方向音痴で困っているんです!
まずは、編集部Kがその方向音痴っぷりと悩みを新垣先生に相談します。あなたはどのくらい共感できるでしょうか?
編集者K(以下、K):歩いても、車を運転していてもすぐに道に迷ってしまって…。本当に方向音痴で困ってます。
新垣先生(以下、新垣):具体的にどんなことで困っているんですか?
K:地図を見ても、地図と現実世界の風景が一致しないんです。
新垣:地図は抽象化された情報なので、視覚的に見た情報と合致させるのは難しいですよね。例えば、フェンスなんかは実際の風景にはあっても地図には描かれません。そういった場合は、地図よりもストリートビューで確認するといいでしょう。
K:たしかに、ストリートビューのほうがイメージしやすそうです。
新垣:それと、道を覚えるときもいかに目印を見つけるかがポイントです。道を覚えるのが上手な人は、大きな建物など特徴的なものがない場所でも「この消火栓を左に曲がる」というように自分から目印になるものを見つけて覚えています。
K:目印の見つけ方にもセンスが出るんですね。私は注意力がないのか、なかなか道を覚えられないんですけど…。
新垣:意識的に覚えようとしないと覚えられないものですよ。漢字やレシピなど、今はパソコンやスマホで調べればなんとかなりますよね。そうすると人間は、自分で覚えようとしなくなるんです。
以前、テレビ番組の取材である実験をしたのですが、数人で移動する中、道を覚えるのが得意なオリエンテーリングの選手はときどき振り返っていたそうです。景色をいろいろな方向から注意深く見ることで、道の特徴を覚えようとしているのではないでしょうか。
K:なるほど。覚えられないというよりは、覚える努力を怠っているのかも…。
ところで、私は地図アプリを見ても進行方向がどっちか分からないんです。少し歩いてみて、現在地を示す印の動きで進行方向が合っているかどうかを判断しています。
新垣:「最初の一歩」が難しいとはよく聞きますね。最初に進む方向を間違えると、どんどん目的地から遠ざかって目的地に関する情報も減ってしまうので、最初の一歩は大事です。
K:地図アプリを使う際に最も難しいのは最初でしょうか?
新垣:最初と最後じゃないでしょうか。ナビに「目的地に到着しました」と言われても、必ずしも入り口を案内されるわけではないので。そんなときはストリートビューを使うと、入り口を視覚的に確認することができますよ。私が知っている就活生は、事前にストリートビューと面接で訪問する会社の公式サイトの写真を見比べて建物の入り口の位置を確認していました。
K:慎重ですね。私は、時間が迫っていると、自信がなくてもつい歩き出しちゃうんです。立ち止まって地図を見るよりも、移動しながら見たほうがいい気がして…。
新垣:たしかに地図を読むのは時間的・精神的なコストがかかりますが、間違えてからだとそのコストは余計にかかってしまいます。焦ると視野が狭くなりがちなので、なるべく立ち止まってこまめに地図を確認するのがいいですね。
道に迷いやすいかどうかは何で決まる?
そもそも、なぜ道に迷う人とそうではない人がいるのでしょうか? 続いて方向音痴の原因とその特徴についてうかがいます。
K:方向音痴の人とそうではない人の違いはなんでしょうか?
新垣:空間的な知識を作るのが得意な人と、そうではない人がいます。空間を右に曲がるというように言語的に表現しようとする「ルート的知識」と、俯瞰(ふかん)的な「サーベイマップ的知識」があり、人によって得意・不得意がありますね。
K:では、やはり方向音痴の原因は脳の空間認知力ですか?
新垣:いえ、原因は1つではありません。空間認知力や注意力、客観的な視点を持てるかどうか、今までの社会的な経験などが複合的に絡んでいます。
K:なるほど。空間認知力を鍛える方法はあるのでしょうか?
新垣:残念ながら、空間認知力を鍛える方法は現時点では分かっていません。
K:そうなんですね…。生まれつきの能力で、後天的に伸ばすのは難しいのでしょうか?
新垣:実はそうとも言い切れないんです。
昔の研究に興味深いものがあります。ロンドンのタクシードライバーの研究によると、経験年数が長いタクシードライバーほど記憶を司る海馬の発達が大きく、空間的な知識を作るのが上手だったそうです。となると、生まれつきとは言えませんね。
K:記憶力も関係するのでしょうか。私はわりと記憶力がいいんですが、道だけは全く覚えられません…。
新垣:道の記憶については、脳の使っている部分が違うという研究もあります。自分中心の視点で空間を捉える人と、客観的・地図的な視点で空間を捉える人がいて、後者の方が海馬を使っているという研究も。ただ、脳のどの部分が方向音痴に作用しているか、明確には明らかになっていません。
K:「女性は方向音痴が多い」という説を聞くことがありますが…。
新垣:性別と方向音痴の関係性について、ホルモンが影響している説もありますが、はっきりしたことは今の段階では分かっていません。
「女性は方向音痴が多い」説の根拠ですが、昔は性役割があり、男性が車を運転することが多かったんですね。また、社会的な経験も男性の方が多かった。だから、女性よりも男性の方が道を覚える機会があったのではないでしょうか。
K:社会的な要因なんですね。他にも外的な要因はあるのでしょうか。建物や街づくりの複雑さにも原因があるとか…。
新垣:それはあります。例えば、駅の出口にある地図は北が上ではなく、進行方向が上になっているものが多いです。分かりやすいですが、北が上の地図に慣れている人にとっては余計な混乱を招きます。曲がるたびに配置している地図の向きが進路にあわせて変わると、地図上での目的地の場所も変わるので混乱してしまう… なんて問題もありますね。
5つの心得でスムーズに目的地にたどり着こう
やはり、気になるのは方向音痴を克服する方法。新垣先生がお勧めする「道に迷わないために心がけたいこと」をご紹介します。
地図アプリを使って5つのポイントを意識すればもう迷わない
①歩きだす前に地図でルートを確認しておく
迷いやすい人は、地図を目的地まで見ずに歩きだすことが多いです。歩きだす前に、スタート地点から目的地までのルートを地図で確認しておきましょう。「コンビニの角を右に曲がるんだな」「ここに踏切があるんだな」など、あらかじめ知っておくだけで違いますよ。ルートを確認しておくことで心に余裕が生まれるので、焦って違う場所で曲がったりなどのケアレスミスも無くなってくるかと思います。
②ストリートビューで、目的地までのルートや道の様子を予習しておく
出かける前にストリートビューで予習しておきましょう。予習と言っても、景色を完璧に覚える必要はありません。ざっと見て目印になりそうなものを探しておくだけでも大丈夫です。
③こまめに現在位置を把握する
なるべく俯瞰(ふかん)の地図で、目的地と現在地の印がどんどん縮まっていくことを確認しながら進むといいでしょう。迷いやすい人は地図を拡大しがちですが、拡大によって地図がずれたり、自分のいる場所が分からなくなったりするので、むやみに拡大しない方が無難です。
④地図と現実の風景を照らし合わせるときは、目印を2つ見つけて、2点の位置関係から方向を把握する
例えば、コンビニを目印にしたとして、そのコンビニが角にあったら面している通りは2本ありますよね。そうすると進行方向を判断しにくい。その場合は「コンビニと銀行」など、目印を2つ以上見つけてください。その2点を地図と一致させると、地図の向きがわかります。
⑤AR機能を活用する
最近はARなど、スマホ画面をかざしたら矢印が出てくる機能もありますよね。GoogleマップにもYahoo! MAP(iOSのみ)にもAR機能があるそうなので、そういったものを活用するといいでしょう。
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歩きながらスマホの画面操作をする行為(ながらスマホ)は、交通事故などにつながるおそれのある危険な行為であり、周囲の人への迷惑にもなります。絶対にやめましょう。
K:やはり事前の予習が大事なんですね。それに、地図アプリにAR機能などがあるなんて全然知らなかったです。便利ですが、それに頼るとますます道が覚えられなくなりそうです…。
新垣先生:まずは自分がどうしたいかが大事です。とにかく方向音痴を克服したいのであれば、便利な機能に頼りつつ、道を覚える努力をしてみるのが一番の近道だと思います。
【まとめ】
迷わずに目的地にたどり着くために必要なポイントを改めておさらいしましょう。
- 歩きだす前に地図でルートを確認しておく
- ストリートビューで、目的地までのルートや道の様子を予習しておく
- こまめに現在位置を把握する
- 地図と現実の風景を照らし合わせるときは、目印を2つ見つけて、2点の位置関係から方向を把握する
- AR機能を活用する
方向音痴の要因を知ると、なぜ自分がよく道に迷うのか理解できた気がします。事前の予習が大事というのは目からウロコでしたね。教えていただいた注意ポイントを意識して、普段から道を覚える努力をしてみようと思います!
(掲載日:2022年9月26日)
文:吉玉サキ
編集:エクスライト