近年はさまざまなシーンで「本人確認」が必要なケースが増えてきています。窓口での対面や証明書のコピーによる確認以外にも、オンラインでの本人確認など、確認方法も多様化しています。
普段は要求されるがまま、本人確認書類を提示していることが多いかと思いますが、そもそも本人確認というプロセスはなぜ必要なのでしょうか。
弁護士の篠原孝典さんに本人確認をする理由や必要な書類、本人確認の手続きの種類などについてうかがいました。
目次
お話を聞いた人
篠原孝典さん
弁護士・2011年に金融庁総務企画局企画課調査室(専門官)に任期付公務員として赴任、2020年~2022年まで金融庁監督局総務課(課長補佐)に任期付公務員として赴任。現在は森・濱田松本法律事務所所属のカウンセルとして、金融機関関連のM&A業務や、銀行法・金融商品取引法・保険業法、その他の金融関連規制分野における対応業務を行う。
さまざまなシーンで要求される本人確認
役所で書類を発行するときや、クレジットカードを新しく作るときなどに、「ご本人であることを確認する書類はありますか?」と尋ねられた経験はないでしょうか?
日常生活において本人確認を求められるシーンが増えてきていますが、篠原さんによると、そもそも一般的な用語として使われる「本人確認」自体には一義的な定義はないのだそう。
「一般的な『本人確認』と呼ばれるプロセスは、サービスの利用者を登録する際に当該利用者が実在する本人であることを公的な書類等で確認する『身元確認』と、実際にサービスを利用する際に当該利用者が身元確認を行った本人であることをID・パスワード・生体認証などを用いて、システム認証の対象となる人物かどうか確認する『当人認証』の組み合わせで行われます。
実は、法律的にはこのような『本人確認』のプロセスを定めたものはないんです。また、法律では『本人確認』とは本人の氏名や住所などの本人の特定に関連する事項を確認することを指す用語として使われていますが、本人確認をする目的は法律の目的によって異なるので、確認すべき事項も確認方法も法律によって同じではありません。
例えば、犯罪による収益の移転防止に関する法律として、『犯罪収益移転防止法』がありますが、この場合は犯罪者等により金融機関等が利用されたときに、資金の流れの追跡(資金トレース)を可能とするために自然人※であれば氏名・住居・生年月日の3つを確認しましょう、というものです」
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生まれてから死亡するまでの人間の「人」(法人ではない)を指す法律用語。
「犯罪収益移転防止法」とは?
正式名称は「犯罪による収益の移転防止に関する法律」。
マネー・ローンダリングやテロ資金供与防止のために、金融機関等の特定の事業者がマネー・ローンダリングの恐れの高い一定の種類の取引をする際の本人確認を含む取引時確認、確認記録・取引記録の作成などの保存、疑わしい取引の届け出の義務などの規制を定めた法律です。
本人確認はどんなシーンで要求されることが多い?
本人確認はお金が絡むシーンだけでなく、ライブ会場やイベントの入場時、医薬品の購入など、日常的に本人確認を求められるケースが増えてきています。
本人確認が求められるシーンの例
- 銀行口座の開設
- 証券口座の開設
- 保険への加入時
- クレジットカード契約の締結
- 代金支払いが現金で200万円を超える宝石・貴金属等の売買契約の締結
- 宅地建物の売買契約の締結
- スマホの機種変更やプラン変更時
- 行政機関での手続き
- 支援金・給付金などの申請書類の提出時
- フリマやリセールサイトへの出品時
- マッチングアプリへの登録時
- 古物を業者に売る時(品物やゲームなど)
- 郵便の本人限定受取の利用時
- 一部医薬品の購入時
- ライブ、イベントなどの入場時
- アパレル・スニーカーなどの人気商品の抽選販売時
本人確認が必要な理由とは?
本人確認は、基本的にはリスク対策として行われることがほとんどです。特に、「お金・情報・人・モノ」に対するリスクを踏まえ、取引や契約を行う際に本人確認を行います。
「本人確認が必要な理由はいくつか考えられます。例えば、犯罪組織やテロ組織のマネー・ローンダリングやテロ組織への資金流入を断つためだったり、インターネットの掲示板上での誹謗(ひぼう)中傷や名誉毀損(きそん)に対するリスク防止で、あらかじめ本人確認を行ったりするケースもあります。その他にも、なりすましやフィッシング詐欺、オンライン注文による誤配達、品質の悪いものが届くといった事態に備えるために確認を行うケースもあるでしょう」
近年はコロナ禍の影響で非対面の取引が増えたこともあり、なりすまし犯罪が増加傾向にあります。
「オンラインを含めサービスが増えてくると、当然犯罪の防止や国民の生活を守るために行政目的で本人確認を求める場面が増えてきます。また、チケットの転売防止という意味では、本人確認を厳しくしてチケットの適切な流通を保護するという目的もありますよね。民間事業者の場合、犯罪防止などの一定の行政目的に基づいて定められた法律上の義務への対応にとどまらず、お客さんに金銭的な被害が生じないかなど、お金・情報・人・モノの損害をお客さんにかぶらせないための『なりすまし対策』といったリスク対策の観点から、身元確認と当人認証を組み合わせたで本人確認を行っていると考えてよいかもしれません」
さまざまなシーンで行われる本人確認ですが、法律に基づき行われるものと、法律とは関係なく任意に行われるものがあるそうです。
「銀行口座の開設、中古の本やゲームを売る場合、携帯電話の機種変更時などは、犯罪収益移転防止法や古物営業法、携帯電話不正利用防止法によって確認書類を提出すること等の方法で、本人を特定するための一定の事項を確認することが義務付けられています。また、民泊で外国人の宿泊者がパスポートを提示している光景を見かけたことがあるかもしれません。
これは、パスポートの提示義務が法律で規定されているわけではなくて、あくまでも行政からの指導に基づき行われているものになります。これ以外でも、法律で定められていなくても企業側で自主的に本人確認をしているケースもあります。皆さんがよく利用しているかもしれないフリマアプリがその例ですね。
本人確認に際して行われる身元確認や当人認証の方法には、さまざまな方法がありますが、例えば当人認証を複数要素を組み合わせて行ったとしても、身元確認がなりすまされていたら意味がない。いかにサービスがもつリスクに応じた適切な本人確認の方法を定めていけるかが、今後の検討課題かと思います」
本人確認の手続きに必要な書類は?
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写真はイメージです
本人確認の際に求められる書類は、氏名・住所・生年月日が記載された公的書類となります。原本またはコピーを提示することがほとんどです。
「本人確認書類で信用度が高いとされているものが、公的機関が発行しているもので、かつ顔写真が載っているものですね。代表的なのが、運転免許証になります。犯罪収益移転防止法が求める本人確認では、顔写真がない本人確認書類を提示する場合は公共料金領収書などの補完書類も一緒に提示をするなどの必要があります。意外と知られていないのですが、パスポートは2020年に旅券法の一部が改正され、住所記載欄(所持人記入欄)が廃止されました。ですので、2020年の2月4日以降に作成したものは補完書類の提示が求められます。また、金融機関によってはそのようなパスポートを本人確認書類として使用できないとしているところもあります」
例えば、犯罪収益移転防止法で定められている本人確認書類および補完書類はこちらとなります。
・本人確認書類
運転免許証 | 顔写真付き、現住所が記載されており、有効期限内であること |
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マイナンバーカード | 顔写真付き、氏名・生年月日、現住所が記載されており、有効期限内であること
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日本国パスポート(2020年2/4以降発行のものは補助書類が必要) | 顔写真付き、氏名・生年月日、現住所が記載されており、有効期限内であること |
身体障がい者手帳、療育手帳、精神障がい者保健福祉手帳 | 氏名・生年月日、現住所が記載されており、有効期限内であること |
在留カード + 外国パスポート | 氏名・生年月日、現住所が記載されており、有効期限内であること
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健康保険証(補完書類の提示等が必要) | 氏名・生年月日、現住所が記載されており、有効期限内であること
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年金手帳(補完書類の提示等が必要) | 氏名・生年月日、現住所が記載されており、有効期限内であること
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・補完書類
公共料金の領収書(電気・ガス・水道など) | 現住所が記載されており、領収日付の押印があるもの |
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国税・地方税の納税領収書・納税証明書、社会保険料の領収証書 | 現住所が記載されており、領収日付の押印または発行年月日の記載があるもの |
多様化する本人確認の手続き
本人確認の方法は、対面だけでなくインターネット上での手続きやスマホのアプリを利用した認証など、多様化してきています。対面や郵送での本人確認は「KYC」と呼びますが、スマホやPCを利用してオンライン上での本人確認を完結させる方法は「eKYC」と呼ばれています。
「オンラインの取引では、まずは本人確認書類をアップロードした後、郵便で書類が送られ、そこで本人確認が終了して取引がスタートという流れが一般的でした。しかし、今すぐ取引したい、申し込みたい、口座を開設したい、となると、郵便が届くまでに何日かかかるため、すぐにはできません。お客さんとしては不便ですし、サービスレベルも下がるので、すぐに使えるような本人確認手段を用意してほしいというニーズが高まりました。そこで『eKYC(electronic Know Your Customer)』というものが法律上に盛り込まれたんです。
eKYCのメリット・デメリット
コロナ禍によって非対面・非接触の取り引きの需要が高まったことを受け、日本国内ではeKYCに期待が寄せられています。しかし、eKYCにはメリットもあれば、デメリットもあります。
「eKYCのメリットとして、本人確認が即日で終わることや、サービス利用者にとって書類のコピーや郵送等が不要になることが挙げられます。確認する側としても、確認作業の工程が短い点は大きいメリットといえます。なりすまし、不正アクセス、不正利用防止という点においても、ある程度の基準はクリアできています。
一方、デメリットとしては個人情報の漏えいなどのセキュリティ面でのリスクがあること、専用のアプリをインストールする手間があることなどが挙げられます。高齢者の場合は操作が難しく感じる可能性がありますし、そもそも対応している本人確認書類を持っていないという場合は利用できません」
eKYCの本人確認書類は、証明書類に写真が付いていることが求められます。また、金融機関等が提供するソフトウェア(アプリなど)を使用して本人の容貌と本人確認書類の写真を送信することが法律上の要件になっています。
これからも多様化していく本人確認
本人確認には個人情報の流出や犯罪から身を守るといったさまざまな目的があり、オンラインによる手続きが普及している昨今は、本人確認の方法も多様化しています。ID・パスワード、本人確認書類等を取り扱うことが増えていますので、セキュリティに関する意識を常に持つことが重要です。
(掲載日:2022年10月14日)
文:川添祥子
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