社会のデジタル化が進み、IoT機器やセンサーの発達によって身の周りのあらゆる事柄のデータ化が進んでいます。また、公共機関や事業者が多様なオープンデータを提供するなど、さまざまな産業や分野で社会課題の解決手段としてデータの活用に期待が寄せられていますが、データを集めるだけでは課題の解決にはたどりつけません。集められた膨大なデータをAIで適切に分析し、そこから課題を見つけ、解決の手段を導き出すことができる人材が必要となります。
未来を担うAI人材の育成を目的に、国立大学法人東京大学の学生を対象に実社会のデータを使ったデータハッカソンが開催されました。
学生たちの熱意あふれる取り組みの様子を取材してきました。
目次
- 実社会のデータだからこそ生み出される生きたアイデア
- ハイレベルのアイデアが続出。全21組のチームが社会課題を解決するソリューションを発表
- 「すぐにでも実現してほしい」第一線で活躍する審査員たちをうならせたビジネスアイデアとは
- アイデアをカタチにする実践的データハックをサポート。学生たちの挑戦を支えたAI・DX人材育成サービス「Axross Recipe」
実社会のデータだからこそ生み出される生きたアイデア
「集え次世代のグローバルAI人材! 実社会のデータでAI活用ハッカソン」は、最先端のAI研究機関を目指し東京大学・ソフトバンク・ヤフーによって設立された「Beyond AI 研究推進機構」の取り組みの一環として、ソフトバンクが企画・運営を務め、東京大学と共同で開催されました。
2023年2月1日から3月15日までの1カ月半で、ウェブ上で公開されている実社会のデータとAIを活用し、社会課題を解決するビジネスの企画とサービスやアプリケーションのモックアップを開発、発表を行います。
国内では、まだ活用が十分に進んでいないといわれるオープンデータを含む実社会のデータを使うことで、AIやデータ活用について実践的に学ぶことができます。また、上位入賞者にはFindability Sciences Inc.のインドにある拠点で7日間のインターンシップが提供されるなど、ビジネスの最前線を体験できる絶好の機会となります。
提供された実社会のデータ
Datatang株式会社 | 株式会社APTO | 一般財団法人 日本気象協会 |
---|---|---|
|
|
|
Datatang株式会社
- 画像:12か国自然シーンOCRデータ
- 画像:監視シーン下の物体識別データ
- 音声:多国籍なまり英語音声データ
株式会社APTO
- 画像:自動生成された顔画像(年齢性別アノテーション付き)
- 画像:自動生成された顔画像のマスク付き
一般財団法人日本気象協会
- 数値:国内外の気象データ
ハイレベルのアイデアが続出。全21組のチームが社会課題を解決するソリューションを発表
2月1日に行われた開会式から1カ月、短期間の中で学生たちが懸命に練り上げたアイデアを発表するプレゼン大会が3月8日に開催されました。
オンラインで行われたプレゼン大会には、全21組のチームが参加。1組5分間の英語によるプレゼンテーションに対し、東京大学のシステム創成学専攻の教授をはじめ、ソフトバンクのグループ会社でデータサイエンスやAI開発、スタートアップ支援に携わるメンバーが、社会的ニーズや実現可能性、AI活用度やモックアップの完成度など、ビジネスとテクノロジー両面から総合評価し審査を行いました。
さまざまな社会課題をテーマに練り込まれた鋭い視点やアプリケーションのモックアップの完成度に、ビジネスの一線で活躍する審査員たちからも「想像以上にレベルが高くて驚いている」といった声も聞かれました。
予選を終え、10組に絞られたチームで本選が行われ大会が終了。気になる審査結果は1週間後の閉会式で発表へ。
「すぐにでも実現してほしい」第一線で活躍する審査員たちをうならせたビジネスアイデアとは
そして迎えた3月15日の閉会式。ソフトバンクの竹芝本社のオフィス内ラウンジの会場には、30人の学生が集まったほか、会場に来られない学生向けにオンラインでのライブ配信も実施されました。
いよいよ審査結果の発表。海外インターンシップが提供される上位3チームのほかに、データ賞、テクノロジー賞、ビジネス賞の3つの特別賞を受賞したチームが表彰されました。
上位入賞チーム
1位:クラゲの発生量を予測しよう!
大川敦也さん、池田一将さん
ビジネスアイデア
近年問題となっているクラゲの大量発生による漁業被害を、環境省の気候データやクラゲの発生観測データなどを用いてAIで分析。発生量を予測することで効率的な漁を支援するプラットフォーム。
今回の取り組みについて、お二人に話を聞いてみました。
「クラゲ」という変わったテーマでしたが、どのようにして決めたのですか?
何か良いオープンデータがないか、と探していたところ、環境省の海洋のデータを見つけ、興味を引かれました。そこで、当初は赤潮の発生について扱おうと思ったのですが、残念ながら赤潮のデータはなく、クラゲのデータがあることを知って、今回テーマとして採用することにしました。
このビジネスアイデアを今後どう展開していきたいですか?
漁業はローカルな分野で、このアイデア自体市場規模的にもニッチな側面もあり、この事業を継続していくには、課題への思い入れや本当にクラゲが好きな人など、愛情を注げる人材が必要になってくると思います。私の知り合いにクラゲ好きがいて、このプロジェクトを考えるにあたっていろいろと教えてもらいました。そういう人を巻き込んでいくか、あるいはアイデアをお渡しして育てていただくのが良いのか、考えているところです。
2位:レガシー対応の線路侵入検出AI「RailSentry」
立花卓遠さん、石井修都さん、田村寧樹さん
ビジネスアイデア
人身事故の防止に効果が高いといわれるホームドアの設置が進まない地方の鉄道が抱える課題に対し、ホームの映像から物体検出するAIで監視、一定の範囲に人が侵入すると危険を察知しアラートを発するシステム。
2位:Green.ai
Thanisorn OON PITIPONGSAさん、Yossathorn TIANRUNGROJさん、Tanachai ANAKEWATさん
ビジネスアイデア
AIが、温室効果ガスの削減量やカーボン・クレジットの管理を最適化する戦略を提案し、カーボンニュートラルの実現に向けた企業の取り組みを支援するBtoBのSaaS
特別賞
データ賞
データ賞
訪日外国人向けメニュー翻訳アプリ
多様な食文化を持つ訪日外国人が安心して食事できるメニュー翻訳アプリ
ビジネス賞
ビジネス賞
ごみログ
自治体やスマートシティ関連企業向けに都市環境の統計調査を行うサービス
テクノロジー賞
テクノロジー賞
多国籍Webサイトの最適なデザイン生成
サイトの多言語化を行うシステム。AIが、翻訳だけでなくその国の商文化や消費行動に合わせデザインも提案
閉会式の締めくくりとして、審査員も務めたFindability Sciences Inc.の松ヶ谷勲氏、また東京大学の執行役・副学長(現:理事・副学長)である津田敦氏が登壇し、講評を述べました。
Findability Sciences Inc. Board member & Strategy Head 松ヶ谷 勲氏
皆さんがプロジェクトを進める様子を見て、とてもワクワクした1カ月半でした。入賞者の皆さんに、Findability Sciences Inc. でのインターンシップでどんな課題を出そうかと考えていましたが、皆さんの発表を見て、そのアイデアをさらに深堀りしていくような課題も良いな、と思いました。また、今回残念ながら入選しなかった方々も、さらにアイデアを突き詰めたいという思いがあると思います。われわれも含め、相談できることがあると思うので、これからもぜひ頑張ってください。
東京大学 執行役・副学長(現:理事・副学長) 津田 敦氏
この取り組みは、キャンパスの授業では得られない体験をすることで、学ぶ意欲を一層強めることを目的に本学で実施している体験型教育プログラムの一環です。
昨年ソフトバンクと実施したデータ分析コンペティションでは、共通のテーマが与えられましたが、今年は自分で課題を見つけ、それを解決するビジネスモデルを実装に近いところまで作った。課題を自分で見つけるプロセスは非常に大切であり、それを学べるこの取り組みはぜひしばらく続けてほしいと思います。
以前、上位入賞者がインターンシップに伺うFindability Sciences Inc. の方々とお話をしましたが、その熱量は桁が違います。彼らの熱量、テクノロジーの知識、俯瞰的な物の見方などに触れ、ぜひ圧倒されてきてほしい。落選した皆さんも、ぜひリベンジしてまたさらに経験を積んでくれることを願っています。
アイデアをカタチにする実践的データハックをサポート。学生たちの挑戦を支えたAI・DX人材育成サービス「Axross Recipe for Biz」
今回、ソフトバンクはデータハッカソンの運営だけでなく、学生たちがアイデアを形にするサポートも行っていました。プロトタイプを作成するために必要なデータやAIの知識を学ぶ教材としてソフトバンクのAI・DX人材育成サービス「Axross Recipe for Biz」を提供したほか、勉強会の開催やプレゼン資料のブラッシュアップなど、1カ月半にわたる学生たちの挑戦を裏で支え続けた担当者に話を聞きました。
ソフトバンク株式会社 AI戦略室 AIプロジェクト推進部
藤原 竜也(右)
鈴木 祥太(左)
今回のデータハッカソンで、ソフトバンクはどのような活動を行ったのですか?
最初に行ったのが、データハッカソンに必要なスキルを習得するための勉強会です。ビジネスアイデア創出ワークショップや、Pythonを使ったモックアップ開発、プレゼン資料の作り方講座など、学生たちがアイデアを完成するためのスキルを学べる機会を提供しました。
講師には、AIベンチャーで代表を務める東京大学OBやデータサイエンティスト、またソフトバンク社内の研修などを担当している「社内認定講師」の社員を迎えるなど、ビジネスの現場を反映した実践的なノウハウを提供できたと思います。
学生の皆さんのモックアップの完成度がとても高かった印象ですが、開発や制作のサポートも行ったのですか?
参加学生の中には、プログラミングができない方もいます。プログラミングの知識がなくても、アイデアを形にできるよう、コードを書かずにシステム構築やデータ分析ができるノーコードツールを提供したほか、合計34回にわたるブラッシュアップ会を実施するなど、学生の発想を具現化するためのサポートを徹底しました。
さらに、今回のデータハッカソンでは、企画からモックアップの提出・評価までをサポートするツールとして、ソフトバンクが提供するAI・DX人材育成サービス「Axross Recipe for Biz」も活用しています。利用する実データの提供をはじめ、審査員による評価も、「Axross Recipe for Biz」上に提出された成果物と、プレゼン大会の内容を踏まえて審査を行いました。また勉強会でも「Axross Recipe for Biz」にてアーカイブ動画を配信、レシピの学習環境を提供するなど、ハッカソンのほぼ全ての工程が「Axross Recipe」上で行えるように整備しました。
「Axross Recipe」は、現場で活躍しているエンジニアがAI開発やデータサイエンスのノウハウや事例を教材化した「レシピ」をもとに、オンラインで学習・体験できる教育プラットフォームです。企業向けには、最新のAI技術のほか、デジタルリテラシーやデータ分析、新規事業開発など、DX事業に役立つ講座をeラーニングや研修、ワークショップなどを通して学べる総合DX人材育成サービス「Axross Recipe for Biz」を提供しています。
勉強会や「Axross Recipe for Biz」に対する学生の反応はいかがでしたか?
今回、約1,400名の学生が、「Axross Recipe for Biz」を利用してくれました。また勉強会も、実際のビジネスやAI開発の現場で活躍する講師から学べる機会とあって、大学の講義などでは得られない学外ならではの体験を楽しんでくれていたと思います。
大会を終えた学生たちからも、「単に開発するだけでなく、自ら社会課題を見つけてプロダクトやサービスを検討するのはいい経験だった」「普段は交流する機会の少ない、企業の方々や他の学科の方など新たな人とのつながりを形成できた」といった感想が上がっており、得るものが大きい機会となったのではないかと思います。東京大学の事務局の方からも、「これほど多く学生を巻き込んだ企画は初めて」と高い評価をいただきました。
今回の開催を振り返って感想はいかがですか。
私自身も学生の頃によくビジネスコンテストに参加していたのですが、自分で課題を見つけて企画、サービスに落とし込んでいく楽しさ、難しさ、達成感をこのプログラムでも学生たちにも感じてほしいという思いがありました。
Axross Recipeの事業は、『基礎教育と実務で求められるスキルのギャップを埋められるようなサービスができないか』という発想から生まれたものです。今回のデータハッカソンでは、教科書に載っているようなものではなく、実社会のデータを使って現実の課題から着想した新規事業の企画や、モックアップの開発に挑戦してもらいました。学生はチームワークを発揮して私たちの期待を超える成果を出してくれたと思います。この成果を今回で終わりにせず、学生の皆さんには今回の経験を次に生かしていただきたいですね。Axross Recipeの事業としてもこのような取り組みを企業や自治体などへとさらに広げていきたいと思っています。
学生の皆さんのこれからの活躍が楽しみですね。ありがとうございました。
関連記事
(掲載日:2023年4月13日)
文:ソフトバンクニュース編集部